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幕間 銭湯にて5

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「んな生娘みたいなこと言われても……普段ゴブリンとか蛇とか棍棒で殴り殺してるほうが十分猟奇的ですよ?」
「そんなことより! 今はその人の治療が優先じゃないの?」
 戸事に諌められ、渋々血の採取を諦めた舞は褐色の薬瓶を逆さにふりかけ、おそらく消毒液か何かだろうが、たいそう沁みるようで痛みから大男の身体が跳ねる。釣ったばかりの魚の如し、しばらく暴れていた身体が動かなくなるのは恐ろしいし、それも慣れているといった感じで眉ひとつ動かさずに淡々と進める少女も怖い。
「無理っす」
「無理って……辛さんの時みたいに何か出来るんじゃないの?」
「あぁそういう意味ではなくて、やれることがないんですよ勝手に治るから。出来てベッドに寝かせるくらいですけどこれ運べます?」
 指さしたのは巨木の丸太のほうが軽いであろう筋肉の塊であるから、戸事はしばらく見つめたあとにゆっくりと首を振る。
「やーさんはハイブリッドだから頑丈にできてますんで放っといてください。どうせ調子乗って強いモンスターにでも喧嘩売ったんでしょうし」
「ハイブリッド?」
「色んなモンスターの要素を取り込んでるんですよ。だから馬鹿みたいに硬くて強い、今のところ人類の最先端行ってるんじゃないですか?」
 処置を終えた舞は煙草に火をつけて一息、残りを薬師丸の口に咥えさせる。重症患者に煙草とはどうなのだろうと眉を寄せる戸事を他所に、薬師丸は大きく息を吸って幸せそうに多量の煙を吐いていた。
「そう……それっていずれ誰かがそこまで到達するってこと?」
「誰かじゃなくて皆ですけど。それがダンジョンの目的ですし」
「舞……話しすぎ……だ……」
 ここで薬師丸から注意が入るがもう遅い。未だ謎多きダンジョンについて公開されていない情報も多く、そのため戸事や辛のように情報の横流し目的で入社する人もいる、それでも未だ深いところにある機密は隠されていて安易に触れてしまえばどうなるかわかったものでは無い。先日の闇バイトらしき若者が津波に攫われて行方不明になったことも、会社もニュースですら特段取り上げないほど人死にが身近になったのが今の世の中、1歩踏み間違えれば同僚ですら信じられないのだ。
「ちょっと待って、聞いちゃよくないことだったんじゃ?」
「えー、めんどくさ。秘密にしても何も変わらないってのに」
「そういう話じゃないでしょ! あーもう、怖いんだけど!」
 戸事が怯えることも仕方ないが、舞はそんなことお構い無しと淡々とした表情でパイプを咥える。
 舞は無知だった。なまじ人より知っていることが多くスパイ目的で入社した訳では無いのだから、情報について慎重になる理由がないのだ。誰にも教えてもらっていないのだから後で文句を言われても先に言えとしか感想を抱けず、直す気がないのは彼女の性分だったが。
「……ねぇ、モンスターの要素を取り入れるって辛さんみたいな状況になるってことよね。人間がそうなるってことは私も例外じゃない、そうよね」
「そうですよ?」
「ちなみにそれってすぐ出来るものなの?」
「貧者の水の在庫次第なんですけど私の分は使っちゃったので、やーさん持ってる?」
 質問を聞いて舞がポケットを漁るが、時価数億円の宝石がそんな所に入っている訳もなく、視線を向けた先、薬師丸は器用に煙草を横に振って否定する。
「あらら、すぐには無理みたいですね」
「そもそも貧者の水なんて超高級品使ってまでやってもらおうなんて思ってないわよ。いずれ機会があればってことね」
 問いも早ければ諦めも早い、元々期待していなかったのか戸事はソファーに戻り缶ビールを手に取る。口につける訳でも無くワイングラスのように缶を回すのは心ならず落胆している証拠のように見えた。
 そうまでして辛と同じになりたいのか、舞は倒れ伏せている薬師丸を放って戸事の前に座ると、
「いや、もうひとつ方法はありますよ。というかそれが正攻法なんですけど」
「そうなの? ならお願いしてもいいかしら」
 この時戸事は安易な行動に出たと酷く後悔することになる。


 翌日食堂にて。
 昼の時間になるとそれなりに混み合い喧騒も湧き上がる場所、しかし今日は事情が変わっていた。
 和気あいあいと昼餉を楽しむ声はなく、代わりと言ってはなんだが啜り泣く声がひとつ、またひとつと響き渡る。まるで葬式、通夜の雰囲気に多くいる職員たちの食欲も失せるというものだ。
「うぐっ……グスッ……うげっ……」
「ほらその程度で音を上げない。ノルマはあと2皿ですよ」
 テーブルに並べられた皿は7つ、そのうち4つは綺麗に完食されている。もちろん全てモンスターの食材を使ったもので、嘔吐を我慢して目にはいっぱいの涙を浮かべた戸事がぐちゃぐちゃの顔のまま手元の皿にスプーンを突き立てていた。
 好んで注文するなど舞と辛しかいないと思われたモンスター食に新たな愛好家が生まれたのかと、もしかして言うほど不味くないのではと勘違いする者が現れそうになっていたが様子を見るに減量中のスポーツ選手よろしく自分を痛めつける姿は、あぁやっぱりあれは不味いものなんだと聴衆の安堵を呼び起こさせていた。
「本当に……これ食べなきゃ……だめなの?」
「自分から言ったんですよね、諦めるのは無しですよ」
 大皿4つの時点でどれだけの美食ですらお腹いっぱい、美味しく食べられるわけもない、それがヘドロの煮込みより不味いものなら尚更だ。まだ手をつけていない未知の不味さが控えているテーブルを見て戸事はとうとう意識を手放した。
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