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幕間 銭湯にて3

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「お風呂だけで帰るって言うのもあれよね。どこか寄る?」
 銭湯を後にして、まだ温かい身体は外気を浴びると湯気がたつようで、汗を流せた気持ちよさに頬をほころばせていた舞に質問が飛ぶ。
 この手の誘いには断らない、それがこの少女なのだが大人になると分かるのがただ食事で終わらないということで、事前に言わなければならないことがあった。
「いいですけど、お酒飲めないのでもよければ」
「あら、弱いの?」
「弱いというか弱すぎるというか、激しい動悸の後泡吹いて倒れちゃうんですよね」
 それは大学時代、20歳を超えて初めて開催された飲み会のことであった。今まで金もなく縁遠いものだったけれどたまにはいいかと調子に乗ったのが運の尽き、そもそも提供にすら3度の年齢確認があったというのに乾杯後5分で痙攣しだしたとなれば誰に責任問題があるのか、救急車に警察と大きな事件にまで発展したのだがそれをとりなしたのが当時から刑事だった森だった。
 当たり前だが法令遵守した店も誘った生徒もお咎めなし、舞がアレルギーと知らずに参加したという体裁にして事なきを得たのだけれどもその件以来飲み会というものに誘われなくなったのは言うまでもない。だから知らずに誘った人には前もって断りを入れるのが常となっていた。
「……もはや毒じゃない。どうしてそんなことになっているの?」
「どうしてって言われてもはじめてお酒を飲んだのも大学生になってからですし、モンスターになった影響かどうかもわかりませんよ」
 銭湯の前で立ち話とは行儀悪いが次が決まらないまま動く訳にも行かず、それどころか話の内容が戸事興味を引くこととなれば尚更。入る人出る人の視線を集めながら2人は会話を続けていた。
「へぇ……夜巡さんもモンスターだったの?」
「はい……あの、そろそろお店入りません? それともうちにいきますか? 話に気を使わなくて済みますよ」
 日が落ちてきたとはいえまだ夜半には程遠く、往来のど真ん中でモンスターだなんだと話していれば物騒極まりないと舞は移動を進言する。それに戸事は頷き、
「そうさせていただくわ。多分驚きすぎて食事も喉を通らないと思うから」
 2人は夜の街から離れていくこととなった。



「お邪魔します……ここが夜巡さんの家なのね」
 明かりを付けても薄暗い部屋で見えてくるのはソファーに机、一人暮らしにしては整っているというか女性にしては物が少なく首を1周見渡せばおおよそ全てが視界に入るというのはどうなのか。それほど高くないにしてもここ数ヶ月しっかりと給料は貰っていて、6月にはしっかりと賞与ボーナスもあると言うのにこの女、貧乏性は治りきらず大人になったものだから普段生きている上で必要に迫られないと物を買わなくなっていた。
「狭い家ですけど。あ、どこでもいいので座ってください」
「……ちょっと煙いわね。換気はしないの?」
 鼻を鳴らせば舞から香る匂いと同じような、いぶされた草のような香りが鼻につく。これだけ濃い匂いだと息苦しさすら感じるようだが舞は毛ほども気にした様子はなく、
「換気すると近くにいる猫とか鳥がばったばた倒れるので駄目なんですよ」
「……それって煙草の影響?」
「そうですね」
 サラッと言ってのけるが、恐ろしいことを言う。原因は舞の煙草が普通ではなく神経に作用するからで、驚いた野生動物が慣れるまで倒れたように眠っているだけなのだが事情を知らなければ毒ガスでも撒いているようにしか見えず、そんなものを口にしていると分かれば誰でも忌避感を覚えるものである。
「……人体には無害なのよね? いやよ、そんなことで死にたくないわ」
「まあ10年吸って駄目だった人はいないので多分。それより何か飲みますか? ビールに酎ハイ、乾き物なら結構そろってますよ」
「飲めないのに何でそんなものがあるのよ」
「客が多いですから、ちなみに普段は有料ですけど今日は招いた立場なのでただでいいですよ」
 将来を見据えて、営業許可などないがシガーバーを運営するものとしてのささやかな矜恃が金銭の授受を要求する。が、本来煙草も吸わない戸事から酒代とはいえ金を取るのは、それはそれで違う気がしていた。ちなみに乾き物を用意したのは舞だが、各種酒は来客が勝手に飲みたいものを置いていっただけなので金を取ることすらおこがましい行為であった。
「……あんまりお酒は好きなじゃないのよね。親が飲んでる姿見てたから」
「あぁ、煙草もその影響で?」
 親嫌いもここまで来ると感心出来る。初めて煙草に口をつけたときは反骨心が表に出てきてわからなかったがそれ以降はゆったりと吸うように見せて口に入れる回数も少なくお残しも多かった。何より吸っている自分に嫌がるような表情と言動が一般的な嫌煙とは違う雰囲気を見せていた。
「そうね、そうかも。でもいい機会なのかな、ビールと煙草もらうわ、もちろんお金は払うから」
「はいどうぞ」
 自分から受け入れるのであればそれ以上いう必要はないと舞は注文の品を差し出す。自分用のパイプに葉を詰めている間、テーブルの上に置いてあったライターで火をつけた戸事が大きく一息、舌の上で煙を転がすように味わい、
「……不思議な香り。甘酸っぱいラズベリーみたいな、でもスコッチのような深いスモーク臭と甘さがある、それが調和してまったくくどくない」
「……」
「……なに?」
 無言の舞に疑問が飛ぶ。笑いを堪えていた顔は緩み、それでも耐えきれずにふふと息が漏れ、
「いや、評論家みたいなことを言うので、ちょっと嬉しくて。うちの男共はそういう感想をあまり言わないんです。毎回毎回ちょっとずつ配合を変えていいフレーバーを作ってるのに、まるで気付かなくて」
「男なんてそんなものでしょう、期待するだけ無駄よ」
 同性愛者だからだろうか、戸事の男性に対するあたりが時折強いのだ。それも父親の影響かと舞は考えたが流石にそれはないと思い直す。
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