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夏、海、カツオ11
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ここで問題がある。舞の目の前にいるモンスターは何故か襲う様子を見せないが明るくなったせいで周囲が見渡せ、何処を見ても出入口のようなものが無いことに気付いたことである。口に当たる部位ならば舌なり歯なりがあっても良さそうなものだがそれすらないとなれば完全に閉じた空間ということになる。
では何をすれば良いのか、それがわかれば話が早いのだが簡単に思いつく頭脳があるならそもこんなところにいないのである。むしろ想定していた脱出方法が使えないとわかった分だけ状況は悪化しているとも言えた。
……掘るか。
道がないなら作ればいいと、壁に指を突き刺すが引きちぎるよりも早く爪の辺りに痛みが走り手を止める。肉壁の厚さがどれほどのものか分からないが10センチ進む前に両手の爪が剥がれることを容易に想像できたからだ。
道具がない、いや道具ならある。そのためにはどんと構える門番のようなモンスターを倒しその銛を奪わなければならないが、ちらりと脇見して舞は首を振る。無理、不可能、自ら死にに行くようなものだ。
……お?
いや待てよ、と舞が目を見開く。この状況に既視感を覚え、しかしそれがなんだったかいまいちピンと来ない。通常の生活を送っているときのことで無いのは明らかで、10年程前のことであると当たりをつけているが残念なことに舞の頭にある記憶の引き出しは錆び付いて開けるのに四苦八苦していた。
なんだっけかなと記憶を辿りながら歩いてみる。ふよふよとした足場は砂浜よりも歩きにくく、熱烈なファンのように視線を寄せるモンスターのせいで集中できない。ただその後ろにちらりと赤い宝石が浮かぶ様子を見て、
「あっ、あぁ!」
突然の奇声にモンスターは銛を構える。
「あーぶえるふ、アーヴェルフ……違うな、アヴェルフ――」
謎の呪文まで唱え始め、閉鎖空間にとうとう気が狂ったか。しかし舞の表情は真剣であり、
『――しもし、やーさん? ……しぶり、次はいつ来てくれ……の? もう漫画よみ……たから次の持って……よろしくぅ』
雑音混じりで酷く聞き取りづらい、そして舞とそっくりの声が響いていた。
「銘、めーい!」
『……お姉ちゃん? え、なんで、ちょっと……したの? てか今どこ?』
「ダンジョン」
『えー、遊びに来て……て無理か。でも他所のダンジョンに浮気な……酷いんじゃないの? たまにはこっちのダンジョ……も遊びに来てよー。1人で寂しいんだからさぁ』
幼な声が耳を打つ度に舞の表情は暗く重いものとなる。ただでさえ矢継ぎ早の捲し立てる言い方にノイズ混じりでまともに聞き取れない話、その中身もないとなれば深夜につけたテレビの砂嵐の方が耳当たり良いまであった。
何か言いかけて開いた舞の口が閉じる。喋る前から相手を疲れさせるのだから大したものだが、それでは状況は変わらない。
「銘、ちょっとは黙りなさい。いい加減にしないとその口縫い付けるよ」
『えー……どーい。そんなこと言わないでさ、どうせ暇……だし少しは付き合ってよー』
「暇じゃない、仕事中だから」
『仕事? お姉ちゃん社会じ……んだ。月日がながれ……早いねぇ。でも最近じゃ……ック企業なんてのもある……しょ? お姉ちゃんそういうのに騙され……から――』
「ストップ、ストップ! 今は人の話を聞きなさい!」
ついに耐えきれなくなって叫んでしまう。その行為が敵対と見なされたのか半魚人達が銛の照準を舞に向けていた。
まずっ――。
それは幸運というには出来過ぎた奇跡だった。虫の知らせというのだろうか、背筋の凍る嫌な予感に身をすくませた直後頭上を光の帯が通過する。髪の毛の焼ける不快な臭いが顔に降り注ぎ、巨大な熱線を放った銛は再発射のために光輝いていた。
あれはなにか、舞は知らない。銛を銛らしく使っていない事もそうだが、まるでアニメのような攻撃方法に思わず身体が強張っていた。
「め、め……銘! あれは何!?」
『あれ? あぁ、わかり…………く言えば魔法だよ。……フォーミングも進んでようやく次のだ……いまで来られたんだよね。かっこい……しょ』
「死にかけてるんですけど! 止めさせてよ!」
悲痛な叫びを伴った願いは届き、半魚人は銛を舞に向けることを止めまた直立不動の体勢に戻る、生真面目な性格なのはいいことだがいたいけな少女へ警告なしで攻撃すること自体に疑問を感じる情緒はないようだ。
ガーディアンだもんねぇ、仕方ないんだけどさ……。
お堅い対応なのも心当たりがある、舞は呆れてため息を1つ。
怪しく光りながら空中に浮かぶ宝石、それはダンジョンコアと呼ばれるダンジョン内で最も重要なものだ。壊されればダンジョンは崩壊、中にいるモンスターもそれに巻き込まれ全滅するとなれば万難を排して護ることは当然のことだった。
そしてそれを護るために存在しているモンスターがガーディアン、そのダンジョン内で最も強いモンスターでありコアルームに配置されている、自我はなくコアからの命令と敵対する、しそうな相手を殺すためだけにいた。
コアルームは普段開放されているが、ひとたび獲物が入れば閉じる、食虫植物のような構造をしている。中から出るためにはコアを破壊するかコアから出してもらうしかなく、多くの場合では死闘が約束されていた。
だが、舞は違う。
「とりあえずそっちに行くにはもうちょっと時間がかかるからさ、今は出してほしいわけよ」
『えー、つまん……のー。もうちょっといい……』
「よくない。早くしてよ」
駄々をこねる物言いもすっぱりと切り捨てる。舞が心配しているのは残ったメンバーが何をしだすかわからないからだった。
探しには来ないだろう、辛の時とは状況も危険度も違うのだ。しかし人が何を思ってどう行動するかなど読めるわけもない。他人から言わせれば舞の行動のほうが読めないのだが。
「銘。久々に声聞けてよかったわ、愛してる」
『……うん、お姉ちゃんも気をつけてね』
その言葉を最後に肉の地面が迫り上がる。流石コア、ダンジョン内ならなんでもありなのだ。と同時に足元に水が染み出してきて、
「……銘、ちなみにどうやって外へ出すつもり?」
嫌な予感が悪寒に変わる、すでに膝下まで水に浸かっているためか恐怖で背筋が凍る。昔見た船の沈没シーンの船内を思い出しながら舞は問う。
『調べたらゲート……結構距離がある……ね。ピューってとばし……あげ……よ』
「まっ――」
最後の言葉をいい切る前に舞の周囲に壁ができる。このまま押し潰されそうになると同時に上から陽が差し、
……あぁ。
諦めの表情のまま舞は空高く打ち上げられていた。
では何をすれば良いのか、それがわかれば話が早いのだが簡単に思いつく頭脳があるならそもこんなところにいないのである。むしろ想定していた脱出方法が使えないとわかった分だけ状況は悪化しているとも言えた。
……掘るか。
道がないなら作ればいいと、壁に指を突き刺すが引きちぎるよりも早く爪の辺りに痛みが走り手を止める。肉壁の厚さがどれほどのものか分からないが10センチ進む前に両手の爪が剥がれることを容易に想像できたからだ。
道具がない、いや道具ならある。そのためにはどんと構える門番のようなモンスターを倒しその銛を奪わなければならないが、ちらりと脇見して舞は首を振る。無理、不可能、自ら死にに行くようなものだ。
……お?
いや待てよ、と舞が目を見開く。この状況に既視感を覚え、しかしそれがなんだったかいまいちピンと来ない。通常の生活を送っているときのことで無いのは明らかで、10年程前のことであると当たりをつけているが残念なことに舞の頭にある記憶の引き出しは錆び付いて開けるのに四苦八苦していた。
なんだっけかなと記憶を辿りながら歩いてみる。ふよふよとした足場は砂浜よりも歩きにくく、熱烈なファンのように視線を寄せるモンスターのせいで集中できない。ただその後ろにちらりと赤い宝石が浮かぶ様子を見て、
「あっ、あぁ!」
突然の奇声にモンスターは銛を構える。
「あーぶえるふ、アーヴェルフ……違うな、アヴェルフ――」
謎の呪文まで唱え始め、閉鎖空間にとうとう気が狂ったか。しかし舞の表情は真剣であり、
『――しもし、やーさん? ……しぶり、次はいつ来てくれ……の? もう漫画よみ……たから次の持って……よろしくぅ』
雑音混じりで酷く聞き取りづらい、そして舞とそっくりの声が響いていた。
「銘、めーい!」
『……お姉ちゃん? え、なんで、ちょっと……したの? てか今どこ?』
「ダンジョン」
『えー、遊びに来て……て無理か。でも他所のダンジョンに浮気な……酷いんじゃないの? たまにはこっちのダンジョ……も遊びに来てよー。1人で寂しいんだからさぁ』
幼な声が耳を打つ度に舞の表情は暗く重いものとなる。ただでさえ矢継ぎ早の捲し立てる言い方にノイズ混じりでまともに聞き取れない話、その中身もないとなれば深夜につけたテレビの砂嵐の方が耳当たり良いまであった。
何か言いかけて開いた舞の口が閉じる。喋る前から相手を疲れさせるのだから大したものだが、それでは状況は変わらない。
「銘、ちょっとは黙りなさい。いい加減にしないとその口縫い付けるよ」
『えー……どーい。そんなこと言わないでさ、どうせ暇……だし少しは付き合ってよー』
「暇じゃない、仕事中だから」
『仕事? お姉ちゃん社会じ……んだ。月日がながれ……早いねぇ。でも最近じゃ……ック企業なんてのもある……しょ? お姉ちゃんそういうのに騙され……から――』
「ストップ、ストップ! 今は人の話を聞きなさい!」
ついに耐えきれなくなって叫んでしまう。その行為が敵対と見なされたのか半魚人達が銛の照準を舞に向けていた。
まずっ――。
それは幸運というには出来過ぎた奇跡だった。虫の知らせというのだろうか、背筋の凍る嫌な予感に身をすくませた直後頭上を光の帯が通過する。髪の毛の焼ける不快な臭いが顔に降り注ぎ、巨大な熱線を放った銛は再発射のために光輝いていた。
あれはなにか、舞は知らない。銛を銛らしく使っていない事もそうだが、まるでアニメのような攻撃方法に思わず身体が強張っていた。
「め、め……銘! あれは何!?」
『あれ? あぁ、わかり…………く言えば魔法だよ。……フォーミングも進んでようやく次のだ……いまで来られたんだよね。かっこい……しょ』
「死にかけてるんですけど! 止めさせてよ!」
悲痛な叫びを伴った願いは届き、半魚人は銛を舞に向けることを止めまた直立不動の体勢に戻る、生真面目な性格なのはいいことだがいたいけな少女へ警告なしで攻撃すること自体に疑問を感じる情緒はないようだ。
ガーディアンだもんねぇ、仕方ないんだけどさ……。
お堅い対応なのも心当たりがある、舞は呆れてため息を1つ。
怪しく光りながら空中に浮かぶ宝石、それはダンジョンコアと呼ばれるダンジョン内で最も重要なものだ。壊されればダンジョンは崩壊、中にいるモンスターもそれに巻き込まれ全滅するとなれば万難を排して護ることは当然のことだった。
そしてそれを護るために存在しているモンスターがガーディアン、そのダンジョン内で最も強いモンスターでありコアルームに配置されている、自我はなくコアからの命令と敵対する、しそうな相手を殺すためだけにいた。
コアルームは普段開放されているが、ひとたび獲物が入れば閉じる、食虫植物のような構造をしている。中から出るためにはコアを破壊するかコアから出してもらうしかなく、多くの場合では死闘が約束されていた。
だが、舞は違う。
「とりあえずそっちに行くにはもうちょっと時間がかかるからさ、今は出してほしいわけよ」
『えー、つまん……のー。もうちょっといい……』
「よくない。早くしてよ」
駄々をこねる物言いもすっぱりと切り捨てる。舞が心配しているのは残ったメンバーが何をしだすかわからないからだった。
探しには来ないだろう、辛の時とは状況も危険度も違うのだ。しかし人が何を思ってどう行動するかなど読めるわけもない。他人から言わせれば舞の行動のほうが読めないのだが。
「銘。久々に声聞けてよかったわ、愛してる」
『……うん、お姉ちゃんも気をつけてね』
その言葉を最後に肉の地面が迫り上がる。流石コア、ダンジョン内ならなんでもありなのだ。と同時に足元に水が染み出してきて、
「……銘、ちなみにどうやって外へ出すつもり?」
嫌な予感が悪寒に変わる、すでに膝下まで水に浸かっているためか恐怖で背筋が凍る。昔見た船の沈没シーンの船内を思い出しながら舞は問う。
『調べたらゲート……結構距離がある……ね。ピューってとばし……あげ……よ』
「まっ――」
最後の言葉をいい切る前に舞の周囲に壁ができる。このまま押し潰されそうになると同時に上から陽が差し、
……あぁ。
諦めの表情のまま舞は空高く打ち上げられていた。
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