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夏、海、カツオ10

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 ……死んだかな。
 誰がではなく自分が。波に揺られながら舞は諦観していた。
 いつの間にか陸から遠ざかり、もう岸を見ることも出来ない。大海原の真ん中ではどちらが陸地かもわからず、たとえ泳いで向かったとしても道中モンスターに襲われてしまうだろう。
 万事休すとはこのこと、諦めるつもりはないが打開策もなく、とりあえず事態が好転することを願う、困った時の神頼みしか道は残されていなかった。
 そんな願いが届いたのか、舞が視線を上げると波飛沫飛び交う中前方に動く影を見つけていた。
 ……Holy shitくそっ
 それは大きな洞穴、否、口だと気付いたのはだいぶ近くなってからで、鯨かなにかが大口を開けて舞達を待ち構えていた。
 その高さ、ほぼ山である。高層ビル程の高さはいつ現れたのか、いや最初から待っていてただ向かってしまっているのだろうか、とにかくこのまま行けば飲み込まれることは確定で、避けるために尾鰭を左右に振ったとて進路は変わらず、自分だけでも助かろうと早めに脱出しておけば良かったと後悔した時には既に口の中に入っていたのだった。


 多量の水が引き、むくりと立ち上がったのは筋骨隆々の男性、カツオさんだった。
 不思議な背中の重荷も無くなり、しばらくぶりの開放的な感覚に身体も軽い、不自然な柔らかい地面が気になるのかなんどか足をあげていたが少しするとそれもどうでも良くなったらしくベチョベチョと足音をたてながら辺りを徘徊し始めた。
 その足が硬いものを蹴飛ばしたと同時に悲鳴が上がる、伸びのあるハイトーンボイスは女性らしさよりも若さが目立ち、聞くに絶えない言葉の怒声が後に続く。
 どうしてそうなったのかと言えば、そこが全くの暗闇である程度広い空間であること以外何も分からないからだ。カツオさんもわざわざ蹴りたくて蹴った訳ではなく、たまたま寝転ぶ舞が足の先に居たというだけ、カツオさんからすればそんな所にいた方が悪いと非難するだろうがお互い意思疎通が出来ず、暗闇の中舞の声だけが響き渡ることとなった。



 海に来るということで持ってきていた防水仕様のライターに火をつける。弱々しく頼りない炎ま真っ直ぐに伸びるが照らす範囲は数センチと心許ない。
 可燃性のものと言えばチャック付きのビニール袋に入ったタバコとそれを巻くための紙程度しかなく、舞は断腸の思いで紙を燃やすも数秒足らずで灰になる。一瞬照らされた時に見えたのは赤く燃えるような色をした肉壁で、
 ……なるほど。
 なにかに頷くが、何となくわかった気になるためだけの意味の無い行動である、それでも気持ちを落ち着かせ冷静に考えるためには必要なことだった。
 柔らかな肉壁ということは考えるまでもなく内臓の中なのは明白で、食べられた次に待ち構えるのは胃袋、消化される未来以外にない。溺れ死ぬよりいくらか延命されただけで絶体絶命であることには何も変わりはなかった。
 安いホラー映画のような展開に笑えもせず、一緒にいたはずのカツオさんの気配も今はない。このまま座して待つくらいなら一思いに腹を割くくらいの度胸はあるがそのための道具もないというないない尽くしでは本人曰く明晰な頭脳もお手上げだった。
 ……さて。
 2回目の灯りも消え、これ以上は無意味と悟った舞は立ち上がる。人間なら口から肛門まで一直線であるから、壁沿いに伝っていけばそのどちらかにたどり着くはずである。出来れば口から出たいと願うのは20代の女性としては常識的な反応であるが出られさえすれば多くを望まないつもりでいた。
 幸いにも壁は直ぐに見つかり、温かく柔らかい、そしてねっちょりとした何かに手を付きながら彷徨い始めていた。
 それも数分足らずで終わりを告げていた。
「タ」
 声、声である。物音にしては指向性があり声帯を震わせたような馴染みのある音に舞は足を止める。音はいつものように頭の上から降り注ぐように聞こえており、漆黒の中では伺いみることは出来ない。
 先程同様紙を取り出して火を付けようとするがそれよりも早く、
「ラア」
 短く太い声と共に目を焼くような光が前に上にと散らばっていた。闇に慣れた目では明るすぎたそれは柔らかく暖かい光を帯びた球のようで10個以上が空中で漂っていた。
 そして見る、人がいた。いや、どうだろうと首を傾げる舞は上から下を見てまた逆に首を曲げる。
 人、と呼ぶには異形で、人ではないと言うには人の特徴を兼ね備えている。腰から下は蓑を履いた姿であり二足歩行、腕もあり頭もあるがその全身は鱗で覆われていて顔はあっさりとした塩顔のようで少し魚みがある。
 手には三又の銛を持ち、それも2体。よくよく見れば奥の方には倒れはらわたを撒いている男性の姿があった。
 魚顔からしてあのカツオさんだろう、おおよそ友好的には見えない状況に舞は冷や汗を吹き出して苦笑い。はははと喉を震わせながら後ずさると、追う気はないと微動だにせず、しかし丸い目だけが舞の姿を捉えて離さないでいた。
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