半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

文字の大きさ
上 下
70 / 136

夏、海、カツオ3

しおりを挟む
 輝ける太陽の下、海岸から伸びる釣り糸を眺めながら、舞はレジャーシートに座っていた。そもそも経験が5歳くらいの時に釣り堀でマス釣りを1度した程度しかない舞にとって、まず何からすればいいかに戸惑い、辛からやり方を教わっても餌のイソメを潰し針に自分の指を刺すなど、いるだけで邪魔な存在に成り果てていた。遠投の際も服を引っ掛けるお約束までして、戸事から終始冷めた目で見つめられるなど、バカンスが台無しと不貞腐れていた。
 その感情は言葉に乗り、
「……釣れない」
 ピクリともせず揺蕩たゆたう釣り糸に、釣りとはこんなにもつまらないものなのかとため息、すっかり意気消沈した少女は体育座りをしながら虚ろな目で砂浜の砂に奇怪な文様を刻んでいた。
「変ねぇ。スレてるなんて聞いてないんだけど、いつもは嫌になるほど入れ食いだって言われてたのに……」
 スレるとは魚が警戒して餌に食いつかなくなること、人を積極的に襲うモンスターが寄り付かなくなるほどの乱獲をしたならばしばらく間引きすら不要のはずで、ただ異変と考えるには些か理由が弱い。たまたま近くにいないだけという可能性が否定できない以上、座して待つ以外の行動案はなかった。
 何が起きているのか不思議がっている辛は舞の横に座り、強い日差しの下、腕をぴったりと貼り付けてくる、滲んだ汗が気持ち悪いということはなく、汗すら吸収するスライムの身体が羨ましい。
「……随分その身体に慣れましたね」
「そーねー。初めはびっくりしたけど慣れたら昔の身体より楽だわ。弱点もあるけど風呂要らずなのは助かるわ」
「水道代値上がりしてますもんね」
「そういう訳じゃないんだけど……確かにそういう見方も出来るわね」
 やや呆れ顔の、しかし一理あると辛は頷く。人間の身体ではなくなったことを自虐的に話したつもりだったけれど、流石モンスター化10年も先輩である舞には悲観するところなどないようだ。
 さざ波が打ち寄せては消えていく、空にはミルクを零したような濃い雲が1つ2つと浮かんでおり、潮の香りが鼻をくすぐる。並んで座る2つの影はカップルのようで、しかし5分もすれば耐えきれず欠伸、目尻に涙を浮かべた舞は、
「網とかで掬ったほうが早いんじゃないですか? もしくはダイナマイト」
「過激ねぇ……あ、引いてるわよ」
 隠れているなら炙り出してやろう、と猟奇的な発想に至ったことへ、実行されてはたまらぬとなったのだろうか、先程までストライキを起こしていた竿の先端がピクピクと痙攣するように小さく跳ねる。先程までの有閑ゆうかんな雰囲気はどこへやら、ようやく訪れた変化に舞は飛び跳ね立ち上がり、アワセなど知らないため震える竿を掴んで思いっきり引き上げる。
「……なんですかこれ?」
 糸が張り、リールが唸る。幸運なことにバラさずすんだのだろう、次第に魚影が水面に浮かび、現れたのは老婆のごとく背の曲がった魚、ではなく、
「海老……かしら?」
 技術の進歩とは素晴らしく、スマホをかざして数秒待てば会社のデータベースにアクセスしてそれがなんなのかを示してくれる、釣竿を持つ舞の代わりに雑務をこなす辛がまだ活きのいい赤いそれを画面におさめると、程なくして結果が表示されていた。
「でたわ、『不味い海老』ね」
 あまりに安直な名前だが、わかりやすさ優先ということなのだ。既に茹だったように真っ赤な甲羅は薔薇を思わせる棘が無数に生えており、糸に吊るされフラフラと振り子に揺れる姿に力はなく磯臭さだけが鼻につく。
 舞の腿よりも太くどんな高級旅館でもこれほどまでに大きい伊勢海老はいくら金を積んでも出てこないだろう、惜しむらくはその味にマイナスの太鼓判が押されているということだが、それよりも初の釣果に1寸も心を動かされなかった不満たらたらにしなる竿先を眺めていた。世界中に愛好家の多い趣味とはいえ、合う合わないは当然あるのだが、えらく待たされた挙句に小物が1匹、どうにも性が合わない。素人考えではやはり大漁、大物釣りというわかりやすい派手さを求めたくなるもので、
「……これ餌にすれば大物狙えそうですね」
「大物を狙う意味あるのかしら……」
 仕事という事を忘れかけていた舞が獲物を砂浜に落とすと急に生き生きと動き出した海老、恐らく海へ戻ろうと足掻く上から辛がむんずと掴み無情にも頭と胴を引きちぎる。垂れ出てくるは脳髄か内臓か、黄色みがかった何色とも言い難いどろりとした液体を舐め取る姿は官能的でもあり、
「……鮮度が良ければ味がマシになる、って訳でもないのね」
「私が釣ったのになんで先に食べちゃうんですか!」
 食べたかったのにと苦情をいれると毒見よと返される。そして硬い殻のむかれた身で口を塞いでいる間に新しい餌を針につけ、もごもごと物言いたげな目を向ける舞の口から海老を抜き取ると代わりに大きく1口かぶりつく。女性同士であってもどきりと驚くような仕草に目を丸くする舞は、微笑むだけの辛を前にして気恥しいのは自分だけなのかと、
 ……やられたなぁ。
 手玉に取られ遊ばれているようで、ぷいと顔を背けて釣り糸を垂らす。
 打ち寄せ返す波は何処から来るものなのか、さざなみに耳をすませば生命の音が弾け、有限の大海はそれでも人を小さく見せるには十分で、
 ……。
 ……。
 無音、つまりは大きな変化がなく暇を伝えて揺れる釣り糸だけが虚しい。
 ザパッ。
 ようやく訪れた変化が耳に届く。舞の手にはなんの振動もなく、しかし確かに聞こえた水音がゆるりと閉じかけた目を開かせるには十分で、見る、隣に座る辛の横、数メートル向こうにいたのは、
 ……?
 痩せてはいるものの程よくついた筋肉が眩しい、ブーメランパンツ姿の男性だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

声劇・シチュボ台本たち

ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。 声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。 使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります) 自作発言・過度な改変は許可していません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...