半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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貧者の水2

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 何を言っているんだと、今日何度目かわからない猜疑の目を向ける。同時に腑に落ちるようにあぁと頷いてしまうのは、先ほど見た夢のせいだろう。
 強酸バブル、青いクッションのような普通のスライムと違い淡い翠色をしたスライムである。その最大の特徴は名の通り何でも溶かす強酸、強塩基、腐食性の高い酵素を体内で自由に配合出来ることで、見分けることは簡単だが、スライムにはない飛び掛かりや酸飛ばしなど多彩な攻撃手段でハンターを苦しめるモンスターだった。弱点は明確で火に弱く、しかしよく燃え爆発し死に際に酸をまき散らすことから、ものすごく嫌われているモンスターでもあった。
 舞曰く、その厄介なモンスターになったという。そもそもモンスターになったということ自体眉唾な話ではあるが、それを否定してしまうと先ほどの翠色の説明がつかなくなり、かといって認められるものでもなく、いやいやいや……。
 葛藤する辛をよそに元凶である舞は説明を続けていた。 
「普通のスライムが近くにいなくてさ。まぁ上位種の方が何かと都合いいでしょ?」
「そういうことじゃなくて……」
 都合がいいか悪いかの問題ではなく、都合がいいというなら人間のままが一番都合いいわけで、そんなことをいっても聞く耳を持たないのが舞であることを、どうしようもないくらいわかってしまって辛は口を閉じる。
 代わりに、
「舞ちゃん、何者なのよ」
 今だ誰も活用方法の知らない貧者の水を持っていることと言い、摩訶不思議な呪法を使って人をモンスターに変えることと言い、彼女が本当にただの人間なのかすら怪しくなる。少なくともまともでは無い、まともだと思ったことは1度もないけれど。
 問いに、戸惑うのは舞で、言いにくそうに天を仰ぎ、
「ただの可愛い女の子……って言ったら信じます?」
 ふざけているのかな、と眉間に皺を寄せた辛が首を横に振るのは当然のことだった。
「ですよねぇ。いやほんとちょっとダンジョンに詳しいだけなんですけどね」
 どうやら彼女の思い描く世界ではちょっととは地平線の彼方を示すようだ。それ以上言えないのか、言いたくないのか、少女は口を真一文字に結ぶ。
 かわいい、それはそれとして困り、
「……ちょっと限界。体力的より精神的に疲れたぁ!」
 威勢よく喉を鳴らすと、辛はそのまま地面に横たわる。状況を整理する時間も必要だったが、まずは受け入れる心の余裕を作ることが急務だった。


「――という訳です」
 舞は言う。軽い仮眠を済ませた辛がねだり、経緯を今一度整理していた。
 ……わぁ。
 感嘆の声が漏れ、一体それがどれに対してなのか本人にもよくわかっていなくて、ただただ現実はそういうものであると受け入れるしかなかった。
 曰く、辛は一度死んでいた。モンスターになったからではなく、純粋に外傷によるもので、出血多量のショック死であった。それを何とかするために舞は貧者の水を使い、モンスターと人間の融合を成したという訳だ。
 果たしてそんなことが可能なのか、その疑問に舞は可能だとしか言わなくて、実際可能だったわけだから嘘ではないのだけれど、原理は彼女自身よくわかっていないという。貧者の水に願いを込めモンスターの一部を取り込むと形状が変わり、それを舞は浸食モードと呼称していたが、そのままなら舞が融合してしまうところを精神力で抑え込み、辛に移す。スライム、その中でも中層を根城とする強酸バブルを選んだのは、融合しても外傷は治らず、ならそもそも不定形のモンスターなら外傷に悩む必要がないからという判断だった。
 結果として、モンスターにはなってしまったが、辛はまだ生きることを許されていた。命の恩人であり、今後の人間社会での生活を崩してくれた悪魔でもあり、子供のように素直な気持ちで感謝できない。せめて強酸バブルじゃなければ、いやモンスターという時点で全部だめか。
 そしてここまでの道程を語った舞は、休日のおじさんよろしく、地面に横たわり肩肘をついて紙煙草をゆっくりと吹かしていた。スローバーニング、ニコチンを摂取するためだけのせわしない吸い方ではなく、口の中で煙を味わう優雅な吸い方だった。
 ……ははは、はぁ。
 乾いた笑いが口に出る。同じく寝転がりながら話を聞いていた辛は、今は半透明の腕を見つめていた。だんだんと仕様がわかってきて、意識していれば非常に時間はかかるものの全身のスライム化を解くことが出来る。今は服を身に着けていないこともあって、あと案外ゲル状の身体が楽でもあって、胸から下はスライム化している。その特徴も引き継いでいて、石の中に含まれる金属が泡を立てて溶ける感触が炭酸泉に浸かっているようで心地よい。
 来ていた防護服はスライム化の過程で溶けてしまったとのこと、高耐久耐薬品性をもつアラミド繊維ですら簡単に消化してしまうのだからモンスターは恐ろしい。それに対して舞は、
「いいじゃないですか。腕とかちぎれてもくっつくんですよ、お得ですって」
「それをお得で済ませたら人間辞めてるわ……人間辞めてたわ」
 他人事だろうか、いや彼女のことだから本心から出た言葉であるのだろう。辛ははにかみ、 
「……てことは舞ちゃんも?」
 自分がそうならあるいは、ぽわんと浮かんだ疑問に舞は煙草を口から外して、肩をすくめる。
「私は山ゴブリンですね。そのせいで身長は伸びないし別に強くなれた訳でもないしでメリットなんてないですけど」
「そっかぁ……そうかぁ……」
 確かに。辛は乾いた笑いを浮かべる。選べる立場なら、一番は人間のままだとしても、鳥のように空を飛べたり魚のように水の中を自由に泳いだりと夢が広がるが、ゴブリン……特に利点は思いつかず、苦笑いでごまかすことしかできなかった。
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