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実働1部5
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空気が変わる。それを辛は肌で感じていた。
心地よい緊張感が辺りを包む。中腰になり刃を平たく、そして辛の心臓に一直線に向けた舞は、
「怪我しないでくださいね」
「上等」
答えると同時に、
……またっ!?
先程と全く同じ軌道を描いてナイフが迫る。
刃がないとは言え、鉄の塊がまともに当たれば怯みはする。流石に2投目はないだろうと思ってしまった辛は身体を大きく逸らしてかわしていた。
体勢を崩され、それでもなお踏ん張る辛は聴く。
2歩、3歩。地面を蹴る音が急速に近づいていた。
姿勢を屈め、地面スレスレを走る彼女。10メートルの距離は2秒で縮められていた。
……甘いよ!
辛は地面を蹴り飛ばし片足を上げていた。軸足を中心に回転、一瞬だけ背中を向けるとその勢いのまま手に持つ棒で迎え撃つ。
砂煙を巻き上げ、その中を斬るように鉄の棒が舞を捉える。当たったらただでは済まない高速のスイングが脳天目掛けて吸い込まれていく。
……決まった。
タイミング的にかわせない、視覚の外から横っ面を叩く不意打ちは絶対に当たると確信していた。
――しかし。
「っ!?」
カツンと軽い音が鳴る。手に伝わるのは肉を叩き骨を潰す音ではなく、虚しく空振りする無の感触だ。
――流すか、このタイミングで!?
何本持っているか分からない新たなナイフが舞の顔のところにあった。頭に当たる瞬間下からすくい上げるように鉄棒の軌道を逸らしていたのだ。
やられたと感じるよりもよくやったと褒めたくなる。あの素人が大振りとはいえ瞬足の一撃を凌いだのだから。
辛は嬉しさのあまり頬を吊り上げる。牙を剥き、獲物を喰らうように薄く口を開け、
――ならこれはどう凌ぐ?
使う予定のなかったもう1本の鉄棒を振り下ろしていた。
――ヤバすぎるでしょ!
突進後、何故か目のすぐ横にあった鉄棒を上に弾きながら舞は悲鳴を上げていた。
目眩しになればいいな程度の牽制から近づくとよろけた辛が何故か背中を向けていた。そのままコマのように回転したかと思った時には命の危機がすぐ側にあったのだ。
いくらスポンジでぐるぐる巻きにされているとはいえ芯は鉄なのだ。まともにぶつかればホームランは免れない。
それよりも、
――なんで直前まで分からないのかなぁ!?
試合前に特製の煙草をキメて知覚速度を上げている。1秒が5秒程まで引き伸ばされているのに寸前まで気付けないことは異常だった。
かわせたのだってただの運でしかない。何となく影が見えたので払ったのがたまたま致命的な一撃だっただけ、同じことをもう一度しろといわれたら首が吹き飛ぶ勢いで否定するだろう。
辛がしたことは手品でも何でもなく純粋な武術だ。すなわち再現性があるということは何度でもあの攻撃を行えるということにほかならない。
足が竦む時間もなく、舞は見る。見上げた先でもう1本の鉄棒が振り下ろされる瞬間を。
――無理!
これって本当に訓練だよねと毒づきながらゆっくりと眉間をめり込ませようとする鉄棒を眺める。あれがキャンディーならどれほど良かったことか。いや、キャンディーでも結果は同じだろう。
考える時間はほぼない。だから舞は使いたくなかったとっておきに手を伸ばしていた。
体操服のハーフパンツから抜き取ったゴム紐で作った腰ベルト。背中側に吊り下がっているのは残り2本になったナイフと水の入ったピンクのゴム風船だった。先端が少しだけ盛り上がっているのは用途が違うからだ。
ヌルっとした独特の感触に注意しながら掴むと、舞は辛の股めがけてスライディングの体勢を取る。
――間に合……わないか。
倒れる身体と迫る棒。明らかに振り下ろされる凶器のほうが速かった。
仕方ない、諦める。その代わりとでもいうように辛の顔めがけてゴム風船を投げていた。
「――えっ?」
間の抜けた声が先に振ってくる。そうだろう、誰だっていきなり避妊具を投げつけられたら驚くものだ。
予想外の出来事に辛の手が固まる。驚きのあまり硬直した腕が、振り下ろされる棒の速度を妨げていた。
――喰らえ、正真正銘の悪足掻きを。
緩い速さで上昇するコンドームは口が縛られておらず、内容物をまき散らしながらしぼんでいく。中から飛び出したのは茶色く濁った水だった。
「――っ! ぺっ、な、なんだ!?」
口に入ったのか、辛は両手を離して細かく唾を吐き出す。袖を使って口元を拭った時だった。
「……あ……れ……?」
急に目の焦点が合わなくなり、1歩後ずさる。足は震えだし、まともに立っていることすら危ぶまれていた。
それでも距離を取るためすぐに後ろに飛ぶ。ふらつきながらも倒れないように踏ん張っている彼女に、
「はっはっは。特製茶葉エキスは効くでしょ」
不敵に笑う声が響く。
舞の声だ。地面に寝ころび、顔面から墓標のように鉄棒を生やした少女がかすかに見える小さな口を動かしていた。
心地よい緊張感が辺りを包む。中腰になり刃を平たく、そして辛の心臓に一直線に向けた舞は、
「怪我しないでくださいね」
「上等」
答えると同時に、
……またっ!?
先程と全く同じ軌道を描いてナイフが迫る。
刃がないとは言え、鉄の塊がまともに当たれば怯みはする。流石に2投目はないだろうと思ってしまった辛は身体を大きく逸らしてかわしていた。
体勢を崩され、それでもなお踏ん張る辛は聴く。
2歩、3歩。地面を蹴る音が急速に近づいていた。
姿勢を屈め、地面スレスレを走る彼女。10メートルの距離は2秒で縮められていた。
……甘いよ!
辛は地面を蹴り飛ばし片足を上げていた。軸足を中心に回転、一瞬だけ背中を向けるとその勢いのまま手に持つ棒で迎え撃つ。
砂煙を巻き上げ、その中を斬るように鉄の棒が舞を捉える。当たったらただでは済まない高速のスイングが脳天目掛けて吸い込まれていく。
……決まった。
タイミング的にかわせない、視覚の外から横っ面を叩く不意打ちは絶対に当たると確信していた。
――しかし。
「っ!?」
カツンと軽い音が鳴る。手に伝わるのは肉を叩き骨を潰す音ではなく、虚しく空振りする無の感触だ。
――流すか、このタイミングで!?
何本持っているか分からない新たなナイフが舞の顔のところにあった。頭に当たる瞬間下からすくい上げるように鉄棒の軌道を逸らしていたのだ。
やられたと感じるよりもよくやったと褒めたくなる。あの素人が大振りとはいえ瞬足の一撃を凌いだのだから。
辛は嬉しさのあまり頬を吊り上げる。牙を剥き、獲物を喰らうように薄く口を開け、
――ならこれはどう凌ぐ?
使う予定のなかったもう1本の鉄棒を振り下ろしていた。
――ヤバすぎるでしょ!
突進後、何故か目のすぐ横にあった鉄棒を上に弾きながら舞は悲鳴を上げていた。
目眩しになればいいな程度の牽制から近づくとよろけた辛が何故か背中を向けていた。そのままコマのように回転したかと思った時には命の危機がすぐ側にあったのだ。
いくらスポンジでぐるぐる巻きにされているとはいえ芯は鉄なのだ。まともにぶつかればホームランは免れない。
それよりも、
――なんで直前まで分からないのかなぁ!?
試合前に特製の煙草をキメて知覚速度を上げている。1秒が5秒程まで引き伸ばされているのに寸前まで気付けないことは異常だった。
かわせたのだってただの運でしかない。何となく影が見えたので払ったのがたまたま致命的な一撃だっただけ、同じことをもう一度しろといわれたら首が吹き飛ぶ勢いで否定するだろう。
辛がしたことは手品でも何でもなく純粋な武術だ。すなわち再現性があるということは何度でもあの攻撃を行えるということにほかならない。
足が竦む時間もなく、舞は見る。見上げた先でもう1本の鉄棒が振り下ろされる瞬間を。
――無理!
これって本当に訓練だよねと毒づきながらゆっくりと眉間をめり込ませようとする鉄棒を眺める。あれがキャンディーならどれほど良かったことか。いや、キャンディーでも結果は同じだろう。
考える時間はほぼない。だから舞は使いたくなかったとっておきに手を伸ばしていた。
体操服のハーフパンツから抜き取ったゴム紐で作った腰ベルト。背中側に吊り下がっているのは残り2本になったナイフと水の入ったピンクのゴム風船だった。先端が少しだけ盛り上がっているのは用途が違うからだ。
ヌルっとした独特の感触に注意しながら掴むと、舞は辛の股めがけてスライディングの体勢を取る。
――間に合……わないか。
倒れる身体と迫る棒。明らかに振り下ろされる凶器のほうが速かった。
仕方ない、諦める。その代わりとでもいうように辛の顔めがけてゴム風船を投げていた。
「――えっ?」
間の抜けた声が先に振ってくる。そうだろう、誰だっていきなり避妊具を投げつけられたら驚くものだ。
予想外の出来事に辛の手が固まる。驚きのあまり硬直した腕が、振り下ろされる棒の速度を妨げていた。
――喰らえ、正真正銘の悪足掻きを。
緩い速さで上昇するコンドームは口が縛られておらず、内容物をまき散らしながらしぼんでいく。中から飛び出したのは茶色く濁った水だった。
「――っ! ぺっ、な、なんだ!?」
口に入ったのか、辛は両手を離して細かく唾を吐き出す。袖を使って口元を拭った時だった。
「……あ……れ……?」
急に目の焦点が合わなくなり、1歩後ずさる。足は震えだし、まともに立っていることすら危ぶまれていた。
それでも距離を取るためすぐに後ろに飛ぶ。ふらつきながらも倒れないように踏ん張っている彼女に、
「はっはっは。特製茶葉エキスは効くでしょ」
不敵に笑う声が響く。
舞の声だ。地面に寝ころび、顔面から墓標のように鉄棒を生やした少女がかすかに見える小さな口を動かしていた。
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