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広報部2
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「誰が考えたキャラクターなんですか?」
少しでも気を紛らわすため舞の口は饒舌になる。それにしてもあれは無いだろう。余計な誤解を招くだけの着ぐるみをデザインした方もした方だが承認の印を押した方も押した方だ。
小学生くらいの子供たちに押し倒されている着ぐるみを見ながら新堂は言いにくそうに声を小さくして、
「幾つか案はあったんだが社内会議では別のに決まってたんだよ。ただ最後の会長審査でモンスターを形どったのは没食らってな。デザイナーにそれ以上払う予算もなくて残った候補があれしかなくて」
「……世知辛いですね」
「言ってやるな。広報部の黒歴史なんだから」
子供達の山に埋もれ見えなくなってしまった着ぐるみの方を見つめ2人は無言になる。なんだかんだ言っても人気者なことが唯一の救いのようだ。
昼の風が空腹を誘う。保護者が遊び疲れた子供を連れていき、徐々に賑わいが薄れていく。
「そういえば何してたんですか?」
話題を探して舞が口に出す。部内の全員がどこに行ってしまったか分からないからだ。
「焼きうどん作ってた」
「……あぁ」
新堂の言葉に思い当たる節を感じて、言葉が出る。設営の時、近くのバーベキュー場に鉄板が運ばれていく所を目の端で捉えていたからだ。
なぜうどんなのか、ちょくちょく王道を外すなぁと他愛のないことを考えながら、
「売るんですか?」
当然の如く至った答えを口にしていた。
ちょうどお昼時、タイミング的にも申し分ない。味のほうは未知数なのが怖いところだけれど。
しかし予想に反して新堂は首を横に振る。
「ありゃ午後の炊き出しだよ」
「炊き出し?」
「そ。ついてくるか?」
「はい。……っていいんですか?」
1度は盛大に頷いていた舞が、恐る恐る口を出す。何も無くとも持ち場は持ち場。勝手をしては人に迷惑がかかる。
そんな気遣いに新堂は、
「大丈夫だろ、午後に人は集まらないから。広報の奴らも半分は移動するし」
「ならいいんですけど……」
「それに好きなだけ煙草吸えるし」
「ならしょうがないですねぇ!」
今日1番の笑顔を見せた舞に、ため息だけが空に消えていった。
葛飾区からバンで移動して隣の県へ。県境の田んぼ道を越えて車は埼玉県三郷市へと入っていた。
目的地はそこではなくもう1つ先の吉川市だ。そこにはダンジョンワーカーの所有するダンジョンがあった。
最近肥大期を迎えたばかりの小規模なダンジョンは近くを流れる江戸川の河川敷に出来たため大きな経済被害はなかった。その代わり利便性もあまり良いとは言えないが。近くに蕎麦屋があるだけでコンビニ1つないのだから。
水辺近くのダンジョンに良くあることだが、大雨や河川の氾濫があると大きく口を開いたダンジョンはその水を飲み込んでしまう。そのためダンジョン自体が水没し、中にいるモンスターが溺死してしまうことが多くあった。定期的に間引く必要があるはずだが自然に淘汰されてしまい、社内では優先度の低いダンジョンという位置付けとなっている。
だと言うのにわざわざそこへおもむく理由があった。
「はい、押さないで並んでくださいね。人数分はちゃんとありますから」
列を作る薄汚い男たちに向かって同僚の1人、波平が声を投げかける。気の弱そうな彼はギラつく飢えた目に睨まれて喉を詰まらせていた。
定職がなく住所不定の、いわゆるホームレスの群れだ。元から河川敷にいたのかダンジョンが出来てから移り住んできたのかは分からないが、明らかに職員よりも多くの人がそこにいた。
「はいそこの。ズルするんじゃないよ」
1人1つだと言うのに列に並び直そうとする小狡い輩を辛が止める。中華系の顔つきだからだろうか、不正を働こうとした老人がぐちぐちと文句を垂れるのを聞いて掴み合いになっていた。
戸事は裏方で作業中。人見知りが激しい性格なので初対面の人と話すのが苦手だからだ。
同僚の働きを、舞は遠方から見ていた。片手に喫煙具のパイプを持ち、もう片方には握りのついた鉄の棒、警棒のようなものを杖代わりにしている。
「炊き出しってこういうことですか」
どうにか整列させ、食事を配給する様子を眺めながら淡々と言う。喫煙を始め、ようやく落ち着いた身体にもう震えはなかった。
隣に立つのは同じく警棒を持った新堂だ。傍から見ればただサボっているようにしか見えない2人は仲良く口から煙を吐いていた。
「まあな。不法に侵入しているとはいえ、うちの管理しているダンジョンで何もしないって訳にもいかないんだよ。ただでさえひくぅい評判が底を割るからな」
「でも浮浪者集めてるのも評判悪くなりません?」
舞は思ったことをそのまま口にする。
ホームレスになるには何らかの事情があったことは承知の上で、はばからずに言うと見ていて気持ちのいいものでは無い。ガード下、公園、駅中と寝ている姿は景観を悪くし、ゴミや悪臭は直接的な被害があると言ってもいい。
それらが一所に集まっているということは一般市民から簡単に槍玉にあげる機会を与えることだった。
新堂はそうだなと前置きして、
「実際そういう問合せもあるけどな。でも良くなってることだってあるんだよ、不思議なことにな」
「良くなってること?」
「ダンジョンって雨風だけは凌げるし四六時中同じ温度だ。ちと暑いが綺麗な水辺も豊富だし寝るだけなら結構いい環境なんだよ。だから街を徘徊するホームレスも少なくなったし路上で寝てる奴も見なくなった。冷水が天然の風呂も洗濯あるから臭いも軽減されて、何よりゴミ漁りが減ったことのほうがでかい」
「ゴミ漁り……」
一瞬ピンと来なかった舞が直後にあぁと声を上げる。確か各家庭が出した古紙やアルミ缶などのリサイクル品を勝手に持ち去って業者に売っているのだと。
実物を見たことがない舞はそれがどうかしたのかと首を傾げる。ゴミを持っていく人が業者か浮浪者の違いでしかないなら気にするほどのことでもないだろうと顔に現れていた。
それを見た新堂は口を大きく開けて、
「まじか……」
「なんです?」
「普通嫌だろ。ゴミとはいえプライバシーに関わる事だぞ? 女捨てすぎだろ」
「あ、ジェンダーハラスメントですよその発言」
少しでも気を紛らわすため舞の口は饒舌になる。それにしてもあれは無いだろう。余計な誤解を招くだけの着ぐるみをデザインした方もした方だが承認の印を押した方も押した方だ。
小学生くらいの子供たちに押し倒されている着ぐるみを見ながら新堂は言いにくそうに声を小さくして、
「幾つか案はあったんだが社内会議では別のに決まってたんだよ。ただ最後の会長審査でモンスターを形どったのは没食らってな。デザイナーにそれ以上払う予算もなくて残った候補があれしかなくて」
「……世知辛いですね」
「言ってやるな。広報部の黒歴史なんだから」
子供達の山に埋もれ見えなくなってしまった着ぐるみの方を見つめ2人は無言になる。なんだかんだ言っても人気者なことが唯一の救いのようだ。
昼の風が空腹を誘う。保護者が遊び疲れた子供を連れていき、徐々に賑わいが薄れていく。
「そういえば何してたんですか?」
話題を探して舞が口に出す。部内の全員がどこに行ってしまったか分からないからだ。
「焼きうどん作ってた」
「……あぁ」
新堂の言葉に思い当たる節を感じて、言葉が出る。設営の時、近くのバーベキュー場に鉄板が運ばれていく所を目の端で捉えていたからだ。
なぜうどんなのか、ちょくちょく王道を外すなぁと他愛のないことを考えながら、
「売るんですか?」
当然の如く至った答えを口にしていた。
ちょうどお昼時、タイミング的にも申し分ない。味のほうは未知数なのが怖いところだけれど。
しかし予想に反して新堂は首を横に振る。
「ありゃ午後の炊き出しだよ」
「炊き出し?」
「そ。ついてくるか?」
「はい。……っていいんですか?」
1度は盛大に頷いていた舞が、恐る恐る口を出す。何も無くとも持ち場は持ち場。勝手をしては人に迷惑がかかる。
そんな気遣いに新堂は、
「大丈夫だろ、午後に人は集まらないから。広報の奴らも半分は移動するし」
「ならいいんですけど……」
「それに好きなだけ煙草吸えるし」
「ならしょうがないですねぇ!」
今日1番の笑顔を見せた舞に、ため息だけが空に消えていった。
葛飾区からバンで移動して隣の県へ。県境の田んぼ道を越えて車は埼玉県三郷市へと入っていた。
目的地はそこではなくもう1つ先の吉川市だ。そこにはダンジョンワーカーの所有するダンジョンがあった。
最近肥大期を迎えたばかりの小規模なダンジョンは近くを流れる江戸川の河川敷に出来たため大きな経済被害はなかった。その代わり利便性もあまり良いとは言えないが。近くに蕎麦屋があるだけでコンビニ1つないのだから。
水辺近くのダンジョンに良くあることだが、大雨や河川の氾濫があると大きく口を開いたダンジョンはその水を飲み込んでしまう。そのためダンジョン自体が水没し、中にいるモンスターが溺死してしまうことが多くあった。定期的に間引く必要があるはずだが自然に淘汰されてしまい、社内では優先度の低いダンジョンという位置付けとなっている。
だと言うのにわざわざそこへおもむく理由があった。
「はい、押さないで並んでくださいね。人数分はちゃんとありますから」
列を作る薄汚い男たちに向かって同僚の1人、波平が声を投げかける。気の弱そうな彼はギラつく飢えた目に睨まれて喉を詰まらせていた。
定職がなく住所不定の、いわゆるホームレスの群れだ。元から河川敷にいたのかダンジョンが出来てから移り住んできたのかは分からないが、明らかに職員よりも多くの人がそこにいた。
「はいそこの。ズルするんじゃないよ」
1人1つだと言うのに列に並び直そうとする小狡い輩を辛が止める。中華系の顔つきだからだろうか、不正を働こうとした老人がぐちぐちと文句を垂れるのを聞いて掴み合いになっていた。
戸事は裏方で作業中。人見知りが激しい性格なので初対面の人と話すのが苦手だからだ。
同僚の働きを、舞は遠方から見ていた。片手に喫煙具のパイプを持ち、もう片方には握りのついた鉄の棒、警棒のようなものを杖代わりにしている。
「炊き出しってこういうことですか」
どうにか整列させ、食事を配給する様子を眺めながら淡々と言う。喫煙を始め、ようやく落ち着いた身体にもう震えはなかった。
隣に立つのは同じく警棒を持った新堂だ。傍から見ればただサボっているようにしか見えない2人は仲良く口から煙を吐いていた。
「まあな。不法に侵入しているとはいえ、うちの管理しているダンジョンで何もしないって訳にもいかないんだよ。ただでさえひくぅい評判が底を割るからな」
「でも浮浪者集めてるのも評判悪くなりません?」
舞は思ったことをそのまま口にする。
ホームレスになるには何らかの事情があったことは承知の上で、はばからずに言うと見ていて気持ちのいいものでは無い。ガード下、公園、駅中と寝ている姿は景観を悪くし、ゴミや悪臭は直接的な被害があると言ってもいい。
それらが一所に集まっているということは一般市民から簡単に槍玉にあげる機会を与えることだった。
新堂はそうだなと前置きして、
「実際そういう問合せもあるけどな。でも良くなってることだってあるんだよ、不思議なことにな」
「良くなってること?」
「ダンジョンって雨風だけは凌げるし四六時中同じ温度だ。ちと暑いが綺麗な水辺も豊富だし寝るだけなら結構いい環境なんだよ。だから街を徘徊するホームレスも少なくなったし路上で寝てる奴も見なくなった。冷水が天然の風呂も洗濯あるから臭いも軽減されて、何よりゴミ漁りが減ったことのほうがでかい」
「ゴミ漁り……」
一瞬ピンと来なかった舞が直後にあぁと声を上げる。確か各家庭が出した古紙やアルミ缶などのリサイクル品を勝手に持ち去って業者に売っているのだと。
実物を見たことがない舞はそれがどうかしたのかと首を傾げる。ゴミを持っていく人が業者か浮浪者の違いでしかないなら気にするほどのことでもないだろうと顔に現れていた。
それを見た新堂は口を大きく開けて、
「まじか……」
「なんです?」
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