24 / 82
シーシャ4
しおりを挟む
「でだ。どうなんだ?」
ひとしきり争ったあと、丸太のように太い腕でチョークスリーパーを決めながら薬師丸が改めて尋ねる。森は腕の中で安らかに眠っていた。
……なーんでそんな気になるかね。
ぐちぐち言われることを嫌って黙る舞はそんなことを考えて男性たちを見ていた。ちょっと経歴が人より複雑なだけで恥ずかしがるような秘密など何も無いというのに。
そろそろ顔が青くなってきた森を面白がって見ていると、
「……言わなきゃだめですかね」
新堂がいつものうじうじモードに入っていた。
なんだこいつ……。
知ってることをただ言えばいいだけの事なのにみっともなく言い淀む理由がわからない。スリーサイズをいい当てろという訳では無いのだ。むしろ知っていたらストーカー規制法違反で森に逮捕してもらうが。
たばこ葉のことも知っていたし、と考えたところで舞ははたと気付き思考を巻き戻す。先日の喫煙所で新堂は一言もたばこ葉の話はしていなかった。ただその事だと決めつけたのは自分だった。
――い、舞よ。
……この声は。
――舞よ。やらかしたんじゃない。やってやったと考えるのじゃ。
……おじいちゃん!
煙の吸いすぎか、三途の川の向こうからおじいちゃんの助言がする。思えば親の両祖父はまだ存命だった。ほぼ会っていないけど。
いくらアングラやっているとはいえ知人2人だけが客では店の体裁が整わない。これは立派な広報活動だと理論武装を身につける。
「まぁまぁ。葉っぱも安定供給できるようになってきたしそろそろお客さんも多く取りたいし。いつまでも内輪でわちゃわちゃやるんじゃなくて挑戦の時が来たんだよ」
舞が手をひらひらと振りながら、だらしない笑みを浮かべる。
男は女に弱い理論から言えばこれでどうにかなるはずだった。
しかし、
「舞、お前本当になんの話しをしてんだ?」
薬師丸の疑問に半死の森もぎこちなく頷く。
想像よりも静かな反応に、舞はえっと、と前置きして、
「……たばこ葉を広めることを怒ってるんじゃないの?」
返答はノー。首を横に振られ、
「それも関係あるが、そうじゃないだろ。貧者の水――」
「ストップっ! それは流石にまずい!」
抱えられている森が必死に肘を動かして薬師丸の腹を打ち付ける。硬い筋肉の鎧の前ではなんの痛みを与えることは出来なかったが、主目的の口を塞ぐことは成功していた。
「……すまん」
「頼むぜ、まじで」
ようやく拘束から離れた森がシーシャに手を伸ばしながら安堵のため息を着く。ただ、
「今貧者の水って――」
途中までとはいえ聞いていた新堂が当然の如く質問したことによって、森は盛大に煙を吐きながらむせていた。
咳だけでは止まらず胃がひっくり返るほどえづき、なまくらな刃で斬るような目を向ける。
「詳しく知らないんだよな? 舞から聞いてないんだよな!?」
「えぇ、まぁ……」
「なら聞くな」
竹を割ったように気持ちよく後を断つ。それ以上は何を聞かれても答えないと、ソファーに深く身を沈めることで意思を示していた。
反面、新堂は納得がいっていないように唇を尖らせ眉を寄せていた。
……そりゃそうだよね。
非礼にもほどがある態度だと舞も呆れていた。別に言ったところで彼にはどうもできないことなのだから。
同情的な目を向けるが、新堂は森を睨むばかりで他に気を配る余裕はなく見えていた。仕方ない、助け舟をだそうと口を開いたとき、
「聞くなと言って納得できないのはわかってる。けどこれだけはすまん、ここだけの話で済まなくなるんだ」
「……俺は公安警察からの出向で今の立場にいる。これ以上信用出来る相手はいないぞ。それでも駄目なのか?」
「あぁ。国家程度で収まる話じゃない」
「そうなの?」
自分のことなのに部外者のように扱われている雰囲気に、舞は言葉をねじ込む。
3人が一斉に目を向けていた。その瞳には哀れみが浮かんでいる。
「当事者の意識が低いみたいだけど大丈夫なのか?」
「すまない……」
薬師丸が平謝りしていた。何故だろう?
「もしもし」
新堂がスマホを耳に当て口を動かす。
時刻は夜の10時を過ぎていた。カーテンの締め切った部屋は独り身だからか驚くほど静かだ。
舞の家での話の後、これ以上聞かないと約束をした上で新堂は帰路に着いていた。
わからないことは多々ある。彼女の交友関係、ダンジョンの知識、あのたばこ葉の正体。そして貧者の水。これ以上詮索しないと言ったが、あの時と状況が変わりすぎていた。
ぐるぐると渦を巻く思考を落ち着かせるために風呂に入り、アルコールで鈍らせる。適当なつまみで2本ほど急ぎ飲み干すと、目論見通り麻酔をかけられたように酔いが回る。
仕上げに煙草を1本吸いながら、古巣へと電話をかけていた。
ワンコールで相手が出る。
「営業時間外です」
「24時間営業してんだろ」
電話口から聞こえる不機嫌そうな声に新堂は冗談で返す。見せつけるような盛大なため息が聞こえ、
「……何の用でしょうか?」
「貧者の水について知ってる奴がいる」
その言葉の直後、受話器の向こうから盛大に吹き出しむせ込む音が耳を叩いていた。
汚ぇと思いながら、
「なんだ飯時か?」
「ゴホッ、ゴホッ……1人寂しくカップ麺食べてるところよ!」
「身体に悪いぞ」
「煙草よりマシでしょ」
なるほど、確かにと新堂は口元を緩める。
ひとしきり争ったあと、丸太のように太い腕でチョークスリーパーを決めながら薬師丸が改めて尋ねる。森は腕の中で安らかに眠っていた。
……なーんでそんな気になるかね。
ぐちぐち言われることを嫌って黙る舞はそんなことを考えて男性たちを見ていた。ちょっと経歴が人より複雑なだけで恥ずかしがるような秘密など何も無いというのに。
そろそろ顔が青くなってきた森を面白がって見ていると、
「……言わなきゃだめですかね」
新堂がいつものうじうじモードに入っていた。
なんだこいつ……。
知ってることをただ言えばいいだけの事なのにみっともなく言い淀む理由がわからない。スリーサイズをいい当てろという訳では無いのだ。むしろ知っていたらストーカー規制法違反で森に逮捕してもらうが。
たばこ葉のことも知っていたし、と考えたところで舞ははたと気付き思考を巻き戻す。先日の喫煙所で新堂は一言もたばこ葉の話はしていなかった。ただその事だと決めつけたのは自分だった。
――い、舞よ。
……この声は。
――舞よ。やらかしたんじゃない。やってやったと考えるのじゃ。
……おじいちゃん!
煙の吸いすぎか、三途の川の向こうからおじいちゃんの助言がする。思えば親の両祖父はまだ存命だった。ほぼ会っていないけど。
いくらアングラやっているとはいえ知人2人だけが客では店の体裁が整わない。これは立派な広報活動だと理論武装を身につける。
「まぁまぁ。葉っぱも安定供給できるようになってきたしそろそろお客さんも多く取りたいし。いつまでも内輪でわちゃわちゃやるんじゃなくて挑戦の時が来たんだよ」
舞が手をひらひらと振りながら、だらしない笑みを浮かべる。
男は女に弱い理論から言えばこれでどうにかなるはずだった。
しかし、
「舞、お前本当になんの話しをしてんだ?」
薬師丸の疑問に半死の森もぎこちなく頷く。
想像よりも静かな反応に、舞はえっと、と前置きして、
「……たばこ葉を広めることを怒ってるんじゃないの?」
返答はノー。首を横に振られ、
「それも関係あるが、そうじゃないだろ。貧者の水――」
「ストップっ! それは流石にまずい!」
抱えられている森が必死に肘を動かして薬師丸の腹を打ち付ける。硬い筋肉の鎧の前ではなんの痛みを与えることは出来なかったが、主目的の口を塞ぐことは成功していた。
「……すまん」
「頼むぜ、まじで」
ようやく拘束から離れた森がシーシャに手を伸ばしながら安堵のため息を着く。ただ、
「今貧者の水って――」
途中までとはいえ聞いていた新堂が当然の如く質問したことによって、森は盛大に煙を吐きながらむせていた。
咳だけでは止まらず胃がひっくり返るほどえづき、なまくらな刃で斬るような目を向ける。
「詳しく知らないんだよな? 舞から聞いてないんだよな!?」
「えぇ、まぁ……」
「なら聞くな」
竹を割ったように気持ちよく後を断つ。それ以上は何を聞かれても答えないと、ソファーに深く身を沈めることで意思を示していた。
反面、新堂は納得がいっていないように唇を尖らせ眉を寄せていた。
……そりゃそうだよね。
非礼にもほどがある態度だと舞も呆れていた。別に言ったところで彼にはどうもできないことなのだから。
同情的な目を向けるが、新堂は森を睨むばかりで他に気を配る余裕はなく見えていた。仕方ない、助け舟をだそうと口を開いたとき、
「聞くなと言って納得できないのはわかってる。けどこれだけはすまん、ここだけの話で済まなくなるんだ」
「……俺は公安警察からの出向で今の立場にいる。これ以上信用出来る相手はいないぞ。それでも駄目なのか?」
「あぁ。国家程度で収まる話じゃない」
「そうなの?」
自分のことなのに部外者のように扱われている雰囲気に、舞は言葉をねじ込む。
3人が一斉に目を向けていた。その瞳には哀れみが浮かんでいる。
「当事者の意識が低いみたいだけど大丈夫なのか?」
「すまない……」
薬師丸が平謝りしていた。何故だろう?
「もしもし」
新堂がスマホを耳に当て口を動かす。
時刻は夜の10時を過ぎていた。カーテンの締め切った部屋は独り身だからか驚くほど静かだ。
舞の家での話の後、これ以上聞かないと約束をした上で新堂は帰路に着いていた。
わからないことは多々ある。彼女の交友関係、ダンジョンの知識、あのたばこ葉の正体。そして貧者の水。これ以上詮索しないと言ったが、あの時と状況が変わりすぎていた。
ぐるぐると渦を巻く思考を落ち着かせるために風呂に入り、アルコールで鈍らせる。適当なつまみで2本ほど急ぎ飲み干すと、目論見通り麻酔をかけられたように酔いが回る。
仕上げに煙草を1本吸いながら、古巣へと電話をかけていた。
ワンコールで相手が出る。
「営業時間外です」
「24時間営業してんだろ」
電話口から聞こえる不機嫌そうな声に新堂は冗談で返す。見せつけるような盛大なため息が聞こえ、
「……何の用でしょうか?」
「貧者の水について知ってる奴がいる」
その言葉の直後、受話器の向こうから盛大に吹き出しむせ込む音が耳を叩いていた。
汚ぇと思いながら、
「なんだ飯時か?」
「ゴホッ、ゴホッ……1人寂しくカップ麺食べてるところよ!」
「身体に悪いぞ」
「煙草よりマシでしょ」
なるほど、確かにと新堂は口元を緩める。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
俺達は愛し合ってるんだよ!再婚夫が娘とベッドで抱き合っていたので離婚してやると・・・
白崎アイド
大衆娯楽
20歳の娘を連れて、10歳年下の男性と再婚した。
その娘が、再婚相手とベッドの上で抱き合っている姿を目撃。
そこで、娘に再婚相手を託し、私は離婚してやることにした。
ピアノ教室~先輩の家のお尻たたき~
鞭尻
大衆娯楽
「お尻をたたかれたい」と想い続けてきた理沙。
ある日、憧れの先輩の家が家でお尻をたたかれていること、さらに先輩の家で開かれているピアノ教室では「お尻たたきのお仕置き」があることを知る。
早速、ピアノ教室に通い始めた理沙は、先輩の母親から念願のお尻たたきを受けたり同じくお尻をたたかれている先輩とお尻たたきの話をしたりと「お尻たたきのある日常」を満喫するようになって……
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる