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シーシャ3
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「薬師丸 雨生だ。ダンジョンで専業ハンターをしている。舞のことはよろしく頼む」
目から光が消え、ふてくされたように持ってきた缶ビールを開けた新堂に、同じく銀の缶が向けられていた。お互いソファーに座りながら、手だけを天に掲げて乾杯する。
残った5本の缶をテーブルの下にあるトップオープンの冷蔵庫にしまいながら、
「新堂 功です。公益財団法人ダンジョンワーカーで人事部に配属されていて、今は舞の教育係をしています」
「ほう……」
新堂の自己紹介を聞いて、大柄の男、薬師丸が唸るように喉を鳴らす。
「な、なんでしょうか?」
「いや、そうビビるなよ。一応ここら辺でハンターやってんだ、お宅の会社については色々と耳にしてるのさ」
薬師丸はそう言って缶ビールを一気にあおり、握りつぶす。これが5秒後のお前の姿だと言わんばかりに。
巨体なことも相まっていちいち人を驚かせる。何故か過度に恐れることがなくなったとはいえ、気変わり1つで真っ赤な華を咲かせられる人が目の前にいることは精神上よろしくなかった。
そんな気は本人にないこともわかっている。意図しない何気ない行動なのだ、少なくとも本人の中では。時折野生の血が目覚めてしまうだけで、類人猿なのだからゴリラになりたい時もある。
頭の中を毛むくじゃらの4足動物が通り過ぎている新堂は、先ほど聞いた言葉を思い返していた。
……ハンターかぁ。
よく聞く名前だと思うと同時に、頭を抱える人物であることが確定していた。
ハンターとはダンジョンでの資源で収入を得ている職業のことを指している。そういう意味では新堂も表面をなぞる程度には当てはまる。
ただ実体は半分が企業から給料が支払われる企業ハンター、もう半分が他の仕事をしながらの兼業ハンターだ。他にも細々とした分類分けがあるが、とりわけ注目されるのが専業ハンターだ。
危険のわりに儲からない、が常識となっている業界だが一部例外はある。十分に育ちきったダンジョン、完熟期以降の下層、深層と呼ばれる奥地には財宝が眠っていた。
拳大の純金がいくつも転がっていたり、巨大な宝石の原石、想像上の生物、レアメタルなど。持ち帰れる量に限りはあれど、ひと月で億を稼ぐことも無理じゃない世界だ。
その中でも特に注目されているのが、貧者の水と呼ばれる塊だった。かの有名な数式、エネルギーと質量の関係を示す式に当てはまらない超高エネルギーの物質ということはわかっているが、その取り出し方は未だ不明、研究中だった。産出量は少ないが、有効利用出来れば石油がタダでもいらないものとなると、欲しがる者は多い。
専業ハンターはもっぱら貧者の水を求めてダンジョンに潜る。えぐいモンスターが出ると言われているダンジョン奥地の深層ですら数ヶ月に1度しか出土せず、その値段は小さなものでも豪邸が立つ。
つまり目の前にいる人物は成功者であり、深層のモンスターと対等に渡り合えるヤバいやつだ。証明出来る資格はないため嘘の可能性もあるが、滲み出る雰囲気が疑うことを許さなかった。
「専業とは羨ましい限りです」
今更おべっかを使ってももう遅いと分かっていながら、新堂は相手を褒める。年収が日本のプロ野球選手のトップを超えるのだから羨ましいことに嘘はなかった。
「いい事ばっかじゃないけどな。ほらお前も挨拶くらいしとけよ」
薬師丸はそう言って隣で窮屈そうに座っている男性の脇腹を肘で小突く。ただそれだけなのに男性は大きく身体を揺らし、痛そうに顔を歪めていた。
今までろくに話さずただ観劇するようにニタニタと笑っていた男性は、
「森 林児。現職の刑事で……舞の保護者だな」
保護者が増えていた。そう簡単に増えるものだったろうかと新堂は首を捻る。
「保護者じゃないでしょ、もう……」
心なしか否定に熱が籠っておらず、投げやりに舞が言う。
何時もの調子ではない理由は、
「毎回補導されてる所を頭下げたのは誰だと思ってる? それに何度飯を食わせてやったっけな」
「あーもー、いつまでそのネタ引っ張る気? その節は助かりましたありがとうございます!」
舞がまくし立てて言う。彼女なりに思い当たる節があることは明白だった。
「新堂さんや、舞のことはどこまで知ってるんだ?」
自己紹介後、自然と少なくなった会話の最後に薬師丸が話を切り出すのを舞は聞いていた。
……はぇ?
探るような問いに、標的だけでなく舞も首を捻る。
何が言いたいのか、核心を得ない質問に対して、新堂が答えるより早く、
「どこまでってだいたいは知ってるよ。昔のことも話したし」
舞が割り込んで答えていた。
ただ、薬師丸はゆっくり首を横に振り、
「人の話に首突っ込むな。なんでも自分が考えてる通りに相手が動いてるって考えてるところがまだまだ子供なんだよ」
「はぁ……めんどくさ。おっさん臭いこと言ってると禿げるよ」
「禿げねえよ。家系的に禿げねえから、絶対」
「……」
話の途中で舞はゆっくりと視線を上に向ける。
……ほーん。
初めて会った5年前より白が多く、指1本分だけ後退した生え際を見て口角が上がる。知らぬは本人ばかりなのか、それとも現実逃避か。どちらにせよしばらくはこのネタでイジれそうだとほくそ笑む。
「……何見てんだよ」
「なんにも。でも将来バーコードにするくらいなら潔く剃った方が似合うと思うよ」
「見てんじゃねぇか!」
薬師丸がテーブルを叩く。背の高いシーシャがぐらりと揺れ、全員が倒れる前に手を伸ばし支えていた。
「やめろ馬鹿。割れたらどうするんだ」
「買い直せ」
「安くねぇんだよ、公務員の月収舐めんな」
醜い言い争いを傍目に、舞はほっと胸を撫で下ろす。つい先程焼いた新しい炭を置いたばかり。床に落ちれば消せない焦げ跡が付いて帰ってくる敷金が減額されるところだった。
目から光が消え、ふてくされたように持ってきた缶ビールを開けた新堂に、同じく銀の缶が向けられていた。お互いソファーに座りながら、手だけを天に掲げて乾杯する。
残った5本の缶をテーブルの下にあるトップオープンの冷蔵庫にしまいながら、
「新堂 功です。公益財団法人ダンジョンワーカーで人事部に配属されていて、今は舞の教育係をしています」
「ほう……」
新堂の自己紹介を聞いて、大柄の男、薬師丸が唸るように喉を鳴らす。
「な、なんでしょうか?」
「いや、そうビビるなよ。一応ここら辺でハンターやってんだ、お宅の会社については色々と耳にしてるのさ」
薬師丸はそう言って缶ビールを一気にあおり、握りつぶす。これが5秒後のお前の姿だと言わんばかりに。
巨体なことも相まっていちいち人を驚かせる。何故か過度に恐れることがなくなったとはいえ、気変わり1つで真っ赤な華を咲かせられる人が目の前にいることは精神上よろしくなかった。
そんな気は本人にないこともわかっている。意図しない何気ない行動なのだ、少なくとも本人の中では。時折野生の血が目覚めてしまうだけで、類人猿なのだからゴリラになりたい時もある。
頭の中を毛むくじゃらの4足動物が通り過ぎている新堂は、先ほど聞いた言葉を思い返していた。
……ハンターかぁ。
よく聞く名前だと思うと同時に、頭を抱える人物であることが確定していた。
ハンターとはダンジョンでの資源で収入を得ている職業のことを指している。そういう意味では新堂も表面をなぞる程度には当てはまる。
ただ実体は半分が企業から給料が支払われる企業ハンター、もう半分が他の仕事をしながらの兼業ハンターだ。他にも細々とした分類分けがあるが、とりわけ注目されるのが専業ハンターだ。
危険のわりに儲からない、が常識となっている業界だが一部例外はある。十分に育ちきったダンジョン、完熟期以降の下層、深層と呼ばれる奥地には財宝が眠っていた。
拳大の純金がいくつも転がっていたり、巨大な宝石の原石、想像上の生物、レアメタルなど。持ち帰れる量に限りはあれど、ひと月で億を稼ぐことも無理じゃない世界だ。
その中でも特に注目されているのが、貧者の水と呼ばれる塊だった。かの有名な数式、エネルギーと質量の関係を示す式に当てはまらない超高エネルギーの物質ということはわかっているが、その取り出し方は未だ不明、研究中だった。産出量は少ないが、有効利用出来れば石油がタダでもいらないものとなると、欲しがる者は多い。
専業ハンターはもっぱら貧者の水を求めてダンジョンに潜る。えぐいモンスターが出ると言われているダンジョン奥地の深層ですら数ヶ月に1度しか出土せず、その値段は小さなものでも豪邸が立つ。
つまり目の前にいる人物は成功者であり、深層のモンスターと対等に渡り合えるヤバいやつだ。証明出来る資格はないため嘘の可能性もあるが、滲み出る雰囲気が疑うことを許さなかった。
「専業とは羨ましい限りです」
今更おべっかを使ってももう遅いと分かっていながら、新堂は相手を褒める。年収が日本のプロ野球選手のトップを超えるのだから羨ましいことに嘘はなかった。
「いい事ばっかじゃないけどな。ほらお前も挨拶くらいしとけよ」
薬師丸はそう言って隣で窮屈そうに座っている男性の脇腹を肘で小突く。ただそれだけなのに男性は大きく身体を揺らし、痛そうに顔を歪めていた。
今までろくに話さずただ観劇するようにニタニタと笑っていた男性は、
「森 林児。現職の刑事で……舞の保護者だな」
保護者が増えていた。そう簡単に増えるものだったろうかと新堂は首を捻る。
「保護者じゃないでしょ、もう……」
心なしか否定に熱が籠っておらず、投げやりに舞が言う。
何時もの調子ではない理由は、
「毎回補導されてる所を頭下げたのは誰だと思ってる? それに何度飯を食わせてやったっけな」
「あーもー、いつまでそのネタ引っ張る気? その節は助かりましたありがとうございます!」
舞がまくし立てて言う。彼女なりに思い当たる節があることは明白だった。
「新堂さんや、舞のことはどこまで知ってるんだ?」
自己紹介後、自然と少なくなった会話の最後に薬師丸が話を切り出すのを舞は聞いていた。
……はぇ?
探るような問いに、標的だけでなく舞も首を捻る。
何が言いたいのか、核心を得ない質問に対して、新堂が答えるより早く、
「どこまでってだいたいは知ってるよ。昔のことも話したし」
舞が割り込んで答えていた。
ただ、薬師丸はゆっくり首を横に振り、
「人の話に首突っ込むな。なんでも自分が考えてる通りに相手が動いてるって考えてるところがまだまだ子供なんだよ」
「はぁ……めんどくさ。おっさん臭いこと言ってると禿げるよ」
「禿げねえよ。家系的に禿げねえから、絶対」
「……」
話の途中で舞はゆっくりと視線を上に向ける。
……ほーん。
初めて会った5年前より白が多く、指1本分だけ後退した生え際を見て口角が上がる。知らぬは本人ばかりなのか、それとも現実逃避か。どちらにせよしばらくはこのネタでイジれそうだとほくそ笑む。
「……何見てんだよ」
「なんにも。でも将来バーコードにするくらいなら潔く剃った方が似合うと思うよ」
「見てんじゃねぇか!」
薬師丸がテーブルを叩く。背の高いシーシャがぐらりと揺れ、全員が倒れる前に手を伸ばし支えていた。
「やめろ馬鹿。割れたらどうするんだ」
「買い直せ」
「安くねぇんだよ、公務員の月収舐めんな」
醜い言い争いを傍目に、舞はほっと胸を撫で下ろす。つい先程焼いた新しい炭を置いたばかり。床に落ちれば消せない焦げ跡が付いて帰ってくる敷金が減額されるところだった。
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