半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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帰路

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「――で?」
 広いパーキングエリアに車を停め、端にある喫煙所で煙草に火をつける。鬱憤を晴らすため大きく息を吸って肺に入れ、ゆっくりと煙を吐き出しながら新堂は短く言う。
 同じくパイプを咥え、ゆっくりと煙を楽しんでいた舞は、首を振って辺りを見渡していた。
 誰もいない。それを確認し、
「隆起性未確認遺跡い号」
 そこに続く言葉はなかった。
 ……で?
 新堂はしばらく待ってから眉間に皺を寄せる。
 知らない言葉ではなかった。むしろ過去の業界に関わっているなら知らないはずがない。
 群馬県沼田市。河岸段丘が有名な土地にあるダンジョン、い号といえばそこを指し示していた。
 別名、ザ・ファースト。世界で最初に確認されたダンジョンであり、未だ健在で範囲を広げている。土地の大半は国有化されていて、関東一円を仕切るダンジョンワーカーですら手を出せないところとなっていた。
 だからなんだと言うのか。新堂は話の流れが掴めず頭の上にハテナを浮かべていた。
 しかし舞は十分伝え終えたと言うようにパイプで口を塞ぐ。デザートのような甘い香りは気持ちを安らげていた。
 ……怒るな、まだ怒るな。
 新堂はそう唱えながら煙を肺に入れる。煙草の先が真っ赤に燃えるほど勢いよく吸い込むと、低酸素とニコチンで頭にモザイクがかかる。
 早死する吸い方だ、と笑いながら、
「い号か、超越期のダンジョンとなんの関係がある?」
 答えないだろうなと予測しながら問いかける。
「あそこ、私ん家なの」
「……」
 ふぅ、と一息つく。ちょっと新鮮な空気を味わいたい気分になっていった。
「それは……国有地を買い取ったって意味か?」
「違うって。私ん家の下からダンジョンが生えてきたの」
「そうだよな……売ったって話聞かないもんな……」
 呆然とする新堂はどうにか言葉を紡いでいた。
 何故こんなにも狼狽えているのか自分にも分からない。ただ突然の訃報を聞いた時のようないたたまれなさと同じものを感じていた。
 いや待てと思い直す。い号の被害者のことを思い出して、
「あの家族は全員亡くなってしまったはずだろ」
「勝手に殺すな。全員行方不明者になったって昨日のテキストにも書いてあったでしょ」
「なら……生きているのか?」
 新堂が問う。しかし舞は悲しく首を横に振るだけだった。
「朝起きたら家じゃなくてダンジョンの中だったし、父さんと母さんはモンスターに食い殺されたよ。目の前で見たから間違いない。そこで妹とはぐれてしばらくダンジョンに住んでたんだ」
「住んでた? どのくらいだ」
「2年。そんなに経ってると思わなくてビビったよ。気付いたら中学生になってたし」
 舞は指を2本立て、冗談めかして笑う。
 えぇ……。
 凄い経験をしていると称える気持ちも、重い話を軽々言うなぁと呆れる気持ちもある。上手く感情を整理できないまま、新堂は、
「……妹は生きてるかな」
 舞が生きているなら、あるいは。そう考えて口にする。
「いや、十中八九死んでるでしょ」
 ただ舞はとても現実的な発想を、軽く話す。
 そして、
「でも確認してないからさ。お姉ちゃんの務めとしてそれくらいしないと両親の手向けにならないでしょ」
 口角をぐいっと持ち上げる姿が眩しく輝く。
 どうしよう……。
 内心は既にお通夜だ。かける言葉も見つからない。
 これ以上この話題を膨らませることは不可能だった。誰だって兎の巣穴に手を突っ込んだら熊が出て来るとは思わない。
 しかし、
「普通そんなことになったらニュースになるんじゃないか?」
 い号の生き残り。2年失踪していた少女が戻ってくる。それにしては部長の狂島から事前の説明がなかったことへ違和感を覚えていた。
 それに対して、返答があった。
「ニュースになったよ」
「なったんか?」
「うん。地方紙だけど」
「地方紙だけ? おかしいだろ、い号からの生き残りだぞ」
「私も変だなって後々思ったんだけど。その頃ダンジョン内での失踪って珍しくなかったからじゃないかとね」
 舞は、なら仕方ないよねと笑っていた。
 確かに、と新堂は納得する。最近では減ってきているとはいえ、未管理のダンジョンが多かった時代、失踪者はありふれていた。肝試し感覚で入る奴、英雄思考で入る奴、犯罪者が身を隠すため。例をあげていけばキリが無いし、その殆どは行方不明のままだった。
 なら埋もれるのも仕方ないか。そう考えて新堂は頭を下げていた。
「すまん。言い難いこと聞いて」
 真摯な謝罪を受けて、舞はぷっと吹き出し、
「ほんとだよ。そんなんじゃ女性にモテないよ」
 いつの間にかなっていたタメ口でふざけたことを言う。
 確かにな、と新堂も肯定する。前職の影響か、根掘り葉掘り知らないと収まりが悪いと感じるようになっていた。
 職務のためとはいえ踏み込みすぎた。反省し、すまんというつもりだった。
「子供の間違いだろ」
 あ……。
 いっけねと舌を出す。直後懐かしのローキックが脛に快音を轟かせていた。
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