半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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新堂 功という男2

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 ……んん?
 予想していたどの反応にも一致せず、新堂はしばらく考え抜いた末、
「何者だ?」
 聞こえなかったことにして反復していた。
「普通聞き直します?」
 その顔は食堂で大ハズレを引いた時の職員と同じだった。直後蚊の鳴くような声で、『キモっ』とささやいてから、
「キモいです」
「わさわざ言い直すな、聞こえてんだよ」
 わざわざ目を見てはっきり告げる舞に、新堂は煙草の煙を吹き掛ける。くさっ、と悪態をつきながら空いた手で仰ぎ払う少女に、新堂は再三の問を投げつけた。
「考えても見ろよ、ただの新入社員がここで働いている職員すら知らないことを知ってるなんておかしいだろ」
「だからそれはダンジョン探索した経験があるから――」
「あるからなんだ? それだけでわかる事じゃないだろ」
 追い詰めるような言い方に、舞がそれは、と口ごもる。
 ……一緒じゃねぇか。
 誰しも立場があり、心に秘めておくことがある。話を振った上で都合が悪くなり黙るか、話を振られて核心を避ける為に口ごもるか、明確な違いはあれど結果は同じだった。
 ……な、わけないよなぁ。
 新堂の脳内に不義理という言葉が霧のように立ち込める。
 いつからだろうか、上手く言葉を話せなくなったのは。はぐらかして誤魔化して、本心の前に建前という板を置くようになったのは。処世術といえば聞こえはいいが、時折思いっきり吐き出してしまいたくなるほど重いものでもあった。
「時代、なのかね」
「なんですかそれ」
「最近の若いもんはってことだよ」
 自分だけが納得するための脈絡のない言葉の羅列を聞いて、舞の表情が明らかに曇る。
 悪いなと内心で呟きながら、新堂は鼻を鳴らしていた。
 全面的に正しいのは舞だ。だがそれを認めることはできない。なぜなら、
 ……上司を蹴っ飛ばすような女なんて認めてたまるか。
 いまだひりひりと悲鳴を上げる足に気を向けながら、煙を肺いっぱいに吸い込む。長い、長い息を吐くとつかえがとれたように身が軽く感じられていた。
「――で、最初に戻るが」
「はぁ? いい加減くどいって」
「くどいとはなんだ、くどいとは」
「くどいです。プライベートなことですよ、もうちょっと好感度稼いでからにしてください」
 少女は背を向ける。頭上には淡い煙が浮いていた。
 これ以上押し問答をするつもりはないという強い意思表示に、新堂はため息をつく。
「わかったって。もうこれ以上は聞かないよ」
「妥協したみたいな言い方やめてください」
「妥協してんだよ。その気になれば問答無用でしょっぴけるんだからな」
 新堂は事実を語る。致命的な情報漏洩じょうほうろうえいを未然に防ぐため、今の立ち位置にいるのだから。
「乙女の秘密の1つや2つくらい飲み込むのがいい男の条件ですよ」
「子供の隠し事を見つけるのも大人の役目だろ」
「……身長のこと馬鹿にしたら蹴りますよ?」
 振り返った舞が鋭く眼を光らせる。もう蹴っただろ、と反射的に口から出そうになって、どうにか飲み込んだ後、
「捕まるような行為はするなよ」
「捕まるような行為ってなんですか?」
「そりゃ情報漏洩とか横領、密輸とかだよ」
 その言葉を聞いて、舞はふむと頷く。まるでリスのようだと、2本目の煙草を咥えながら新堂はほくそ笑んでいた。
 そこへ思わぬ来訪者が近づいていた。
「おつかれー。お昼休憩中かな」
「お疲れ様です」
 南校舎から現れたのは部長、狂島 颯だった。彼は雨も降っていないのに真っ黒なビニール傘を手に持ち、もう片方の手を政治家の街頭演説のように振っていた。
 軽く頭を下げた新堂に習うように舞も頭を下げる。それに満足気な笑みを浮かべた狂島は、
「どう? 上手くやっていけそう?」
「えぇ。課長から教わることも多くて、でも親身になっていただいてとても勉強になります」
 ふふふと浅い笑い声が木霊する。
 ……こいつ。
 図らずも間に挟まる形になった新堂はえも言えぬ恐怖に頬を引きらせていた。
 部長である狂島は、一言で言うならば癖の塊である。普段は聞いているのか聞いていないのか、飄々ひょうひょうと物事を流すくせに、ある日突然爆弾を投げつけるように難題を持ってくる。離席も多く、彼が普段何をしているか誰も知らないのだ。
 薄ら寒い笑みの裏で権謀術数けんぼうじゅっすうを企てる。捉えようのない男というのが社内の共通認識だった。
 それを知ってなお、中学生にしか見えない少女が真っ向から美辞麗句びじれいくを並べて対抗する。何も気づいていないただの馬鹿か、よほど肝が据わっているのか。とにかく余計なことを言って舵取り効かない状況にならないよう祈るしかなかった。
 そしてその懸念けねんは直後杞憂きゆうに終わる。
「よかったよ。舞ちゃ――」
「夜巡ですよ、部長」
 肩を叩こうとしたのだろう、伸ばした手が届く前にその甲がつねられる。皮膚が渦を巻いて白く引き伸ばされる様子を当事者2人が笑みを崩さず見つめていた。
「……夜巡さん」
「はい」
 勝ち誇るように舞が手を指の力を抜く。セクハラを未然に防いだことを褒めればいいのか、上司に危害を加えたことをしかればいいのか、新堂が戸惑っていると、
「慣れてるみたいで何よりです。それと――」
 手の痛みをしずくを落とすように振りながら、狂島が新堂に視線を向けていた。
「人事部としての大仕事、偉ちゃんに任せてきたよ」
「分かりました……今年は何割ほどですか?」
 新堂が尋ねる。それに満面の笑みを浮かべた相手は、
「7割弱だね、去年より5ポイントも下がってるから今年の幹部会は平和になるねぇ」
 軽く言われた言葉に対して、新堂の表情は硬い。書面上確かに割合で言えば改善しているが、厳選した上で5ポイントしか下がっていないということは、実数は去年より悪化していることを理解していたからだ。
 ……行きたくねぇ。
 罵詈雑言が飛び交う幹部会でも、この男は飄々としているだろう。その皺寄せが誰に来るかを考えると、新堂は憂鬱ゆううつに肩を落としていた。
 
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