転生奴隷チートハーレムの後は幸せですか?

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第31話 襲撃8

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「つってもまずは新大陸がどこにあるかも知らなかったらどうしようもないからな。今から話すのは東のほうだ」

「東?」

 カーサは首をかしげて聞き直していた。
 それに満足そうにうなずいたレントンは、床に置いたバッグから古ぼけた紙を取り出して円卓の上で広げていた。
 ……あら。
 それは地図だった。事細かに記載された文字で埋め尽くされ、ほとんど真っ黒になっている。それでもどうにか解読できる文字を辿っていると、

「ここだ」

 レントンが指を置いたのは右端のところだった。
 ……なんにもないわね。
 地図上で珍しく空白の目立つところにカーサは笑みをこぼす。
 そこは王都から東、精霊族とエルフ族の住む森を抜けた先にある極海という海だった。年中酷い嵐と押し戻すような潮流によって鳥種も魚種もその先へといったものはいないとされていた。何もないわけではなく、時折未知の植物や動物の骨が流れつくことから、少なくとも嵐の先に島があるとされていた。

「行ったの?」

「行った」

 くそっ……
 勝ち誇ったような表情を浮かべるレントンに羨望と嫉妬の混じった目でカーサは見つめていた。
 うらやましい。うらやましすぎる。誰も見たことがないはずの新天地へ先を越されてしまった。純白のレースに泥を塗られたような喪失感で胸がいっぱいになる。

「どうしたの、彼女?」

 円卓の上に置いた拳を握りしめるカーサを横目に見て、ソウタがレントンに尋ねていた。聞かれた彼はふんと鼻を鳴らして、別になんでもねえと答えていた。

「でだ、その嵐の先にでっけえ大陸があるんだ。行くことは簡単だが、何もかもがでかすぎてな。食えるもんもすくねえし、魔物もこっちの比じゃねえ」

「そんなところ、行く必要あるのかしら?」

 そういったのは静かに話を聞いていた紫鬼だった。彼女はいつも通り煙を吐きながら地図に目を落としていた。
 ……うーん。
 カーサも同じように地図を見ながら内心でうなっていた。
 ロマンを求めるのであれば新天地の探索は推奨したい。しかしわざわざ危険とわかっていて人材と資材を消費する理由が国にあるとは思えなかった。

「ある」

 そう答えたのはソウタだった。芯の通った声で言う彼は唇を引き締めていた。

「いつかはわからないけど近いうちに必ず新天地から魔物があふれ出てくる。その時に何も知らなければただただ蹂躙≪じゅうりん≫されてしまうよ」

「根拠は?」

 その物言いには緊張感がにじんでいた。茶化す場面ではないとカーサも少し前のめりになって尋ねていた。

「新天地を見てきたから、じゃあ弱いよね。あそこで僕でも敵わない敵が生まれちゃったんだ。そこから逃げるように外へと向かう魔物は確認されている。今はまだこっちには来ていないだけなんだ」

「あんたでも敵わないって、そいつが来る可能性はあるの?」

「……わからない。あるかもしれないし、ないかもしれない。そうなったらここを捨てる覚悟が必要なことだけは確かだよ」

 ソウタは細々とした声で話していた。
 その不安げな表情に、場の雰囲気も重くなる。
 ……どんだけなのよ。
 カーサは一人肘をついて考えていた。
 どうやっても勝ち筋が見えないのがソウタだ。不可視の壁を操り、触れてもいないものを操作する。他の種族が使う魔法とは一線を画すそれをもってしても勝てないと言わしめるということは、他の誰がどれだけ束になっても勝てないということと同じことだった。
 それでも完全なものは存在しない。それに期待するには情報が足りない。興味はあるが、無鉄砲に突っ込むほどカーサは馬鹿にはなれなかった。
 ただ一つ情報があるとするならば、

「で、冬とそれが何の関係があるの?」

 先日、レントンの言った言葉を思い返していた。
 冬。確かに彼はそう言っていた。雪の降る、あの寒い季節のことを言っているというならばそれが何に関係するのか、疑問を持つのは自然なことだった。
 ソウタはゆっくりと目を閉じて深くうなずいていた。そして、

「その敵はある日突然眠ったんだ。何もせずじっと動きを止めるけどあらゆる攻撃を受け付けない。まるで冬眠のようだからその時期を冬って呼んでるんだ」

「なんなのよ、それは」

「なんだろうね。一応ボルカニックタイタンって呼んでるけど正直わっかんない」

 ……あのさぁ。
 苦笑するソウタに向かってカーサはため息をついていた。

「適当ね」

 一言気持ちを吐露《とろ》すると、ソウタの代わりにレントンが話に入ってきていた。

「仕方ないだろ。タイタンだけじゃなくて周りの魔物もつええんだ。正直冬眠がわかっただけでも十分なんだぞ?」

「泣き言いうなんてらしくないじゃない。その役目代わってあげるわよ?」

「後ろが見え透いてんぞ」

「おじいちゃんにはこれくらいじゃないと通じないと思ったのよ」

 ジトっとした視線に嫌味で返すと、レントンはさらに視線を強めていた。
 そのまま殴り合いでも始めるのかという空気の中、ソウタの隣に立っていたエメリアが一歩彼に近寄ると、その耳元に顔を近づけていた。

「主上」

「ん、どうしたんだ?」

「しばらく暇をいただきたいのです」

 ろくに感情の乗っていない、業務連絡のような声色に全員が一斉に押し黙っていた。
 いつ何時も、情事の際ですら離れることのなかった彼女の口から出てきた言葉が信じられなかった。ソウタも目を見開いてエメリアを見て、しばらく言いあぐねてから、

「……いいけど、理由を聞いてもいいかな?」

 絞りだすように尋ねていた。
 エメリアは淡々と答える。

「後宮内で不穏な雰囲気が漂っています。その原因は私にもあるはずですから、追放という形をとれば緩んだ空気を引き締められるかと」

「……わかった」

 ソウタは了承していた。
 ……あの、馬鹿。
 カーサの胸中《きょうちゅう》は怒りではなくもはやあきれていた。
 追放と言ってしまえば簡単に戻ることはできない。すなわち今後一緒にいられる機会が減る、もしくは永遠に来ないかもしれないということだった。それを理解していないならばただの馬鹿で、理解しているのであれば大馬鹿者だった。
 つける薬がないと閉口《へいこう》するカーサをよそにレントンが声を荒げていた。

「おいおい、マジで言ってんのか?」

「エメリアが決めたことなら仕方ないよ」

 そうじゃないだろと、レントンは頭を抱えていた。
 その様子を見て、

「ふーん」

 カーサがつぶやいた気の抜けた声に、ソウタは目を向けて尋ねていた。

「なにかな?」

「いや、何も。怒るのすらもったいないと思っただけよ」

「えっと、どういうこと?」

 首を傾げる彼に、カーサは鼻を鳴らす。そしてわざとらしく目線を切ると、立ったままのエメリアに微笑みかけていた。
 目が合い、眉を顰《ひそ》める彼女にカーサは問う。

「ねえ、エメリア。ここを出てどこに行くか予定はあるの?」

「……いや、ないが?」

「じゃあ一緒に行きましょ。行きたいところがあるのよ」

 その言葉にいやいやとエメリアは手を振っていた。

「お前は後宮でやることがあるだろ」

「やることなんてあるわけないじゃない。それに問題を起こした原因は私にもあるわけで、目的通りに進めたいなら一人より二人のほうがいいと思わない?」

 性根の悪い言い方に、エメリアは黙ってしまった。
 それも当然よね、とカーサは思う。ここまでさんざん大切な人に暴言を吐いてきた人物と出かけるなんて普通なら遠慮する。しかし彼女の目的を考えれば頷いたほうがメリットがあった。
 後は感情が勝つか理性が勝つかの問題だ。十分に勝算があると思っていたカーサに、横から声がかけられる。

「あら、なら私も出て行った方がいいかしら?」

 紫鬼だった。彼女の言葉は正しく、直接エメリアとやり合い、カーサとまで決闘をしている紫鬼を後宮に残す選択肢はなかった。

「いいんじゃない? 玉無しの世話なんて退屈なことより外のほうが空気もおいしいわ」

「玉無し……」

「カーサ。口が過ぎるぞ」

 苦笑するソウタを尻目に矢面に立つようにエメリアが前に出る。

「あら、じゃあ子供がいたの?」

「事情を知っているだろう」

「そうね。そんなもの投げうつ度胸がないことも知ってるわ」

 挑発に、エメリアは剣に手を添える。しかし抜くまでには至らない。
 雰囲気は最悪、一触即発の空気を裂くようにレントンが笑っていた。

「いいぞ、もっと言ってやれ」

「レントン。君はどっちの味方なんだ?」

「少なくともこのことに関してはお前の味方はねえよ。主上になって誰とくっつくかで賭けてたのにパーにさせられたからな」

「そんなことしてたんだ……」

 ソウタは目に見えて肩を落としていた。
 ……いい気味ね。
 同情するような目はアポロを除いて誰も向けていなかった。

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