転生奴隷チートハーレムの後は幸せですか?

文字の大きさ
上 下
3 / 34

第3話 切腹と火傷

しおりを挟む
 荷馬車を降りたカーサは御者に礼を言うと目の前に見えている門を見上げていた。
 十人縦に積んでもなお余りある高さの門をくぐればそこが目的地、後宮だった。
 まったく……
 変に気を使わなくてもいいのにと、カーサは腰に手を当て既に過ぎ去った荷馬車を目で追っていた。あの御者は親切にわざわざ門の前で降ろしてくれたのだが、どうせなら少しくらいは街中を見てみたかったと不満が募る。
 文句を言う相手はもう居ない。長老から伝えられている日時は今日なので、諦めて巨大なバッグを背負うと、カーサは門に近寄って、

「すみませぇん」

 手を広げると共に声を張り上げて存在を主張していた。
 数秒置いてから、門の小窓からひょっこりと覗いていたのは馬の鼻先だった。
 馬種だ、とひと目でわかる。顔が馬ということはミノタウロス族か、その亜族だなとカーサ判断していた。
 動物目《どうぶつもく》は分かりやすくていいなあと眺めていると、目線が向いてその口が動く。
 
「はい、どのような御用でしょうか?」

 低く響く声はやけに艶っぽい。透き通るように臓腑の奥まで震わせる。
 それだけで惚れてしまう人も居そうなほどの美声を前にカーサは一礼をする。

「本日から後宮勤めとなりました、小人族のカーサと申します」

「あーはいはい。じゃあこれ持って大会場に集合ね。地図の見方は分かる?」

「わ、分かりますよ」

 来客では無いことを確認したからか、急に雰囲気が柔和し、筋骨隆々な腕が小窓から生えてきていた。
 その指先に垂れる小さな小袋を受け取ると、木製の門がギシギシという音を立てて開いていた。

「そ、じゃあ頑張ってね」

 ……適当な人。
 こんなところで門番なんてしてないで歌手にでもなった方が余程稼げるだろうにと思いながら、長い口の端を持ち上げて手を振る男性を横目に後宮へと踏み入れた。



 大会場、と言われていたためどれほどのものかと胸を踊られせていたカーサは実物を目にして足を棒にし、しばらく放心していた。

「お、おぉ……」
 
 ようやく出せた声も言葉にはならず、感嘆の息を漏らすに留まる。
 それを一言で言うならば鳥の巣か檻のようだった。地面に無造作に突き立てられた丸太が天の一点に向かってドーム型に積み重なっている。両端は視界に収めるのが困難なほど広がっていて、正面に空いた穴には多数の女性が粒のように吸い込まれていく。
 これより大きな建造物は確かにあるが、これほど大きな美術品は他にない。圧倒的な存在感に目を輝かせ惚れ惚れとしていると、

『まもなく時間です。案内をお持ちの方はお集まりください』

 何処からと響く音声に肩をはね上げる。
 今のは……
 確か拡声器と呼ばれるものだったとカーサは思い出す。
 主上のもたらした技術のひとつで人の声を何倍にも膨れ上がらせ、遠く離れたところから声を届かせる。突然の未知の体験に若干の緊張を顔に滲ませながら、カーサは放送に従って足を早めていた。



 ホールには既に多数の人が居た。
 カーサの村人全員を余裕で収容できるほどの広さの中で、左手側には一段高くなった舞台があり、その手前には背もたれのついた椅子が置かれている。ホールの半分も使われていないが既に何人かの女人が席に着いていた。
 ……どこに座ればいいんだろう?
 強く握った案内の紙に目を落とすが座席について何も書かれていない。仕方なくカーサは前の端の方へ座るしか無かった。
 革張りの椅子は腰掛けると深く沈む。背の低いカーサでは後ろからだと誰が座っているか分からなく見えるだろう。
 村では見たことの無い上等な椅子に居心地の悪さを感じていると、壇上に一人の女性が現れて、

「静粛に」

 はっきりと、通る声が突き刺さる。
 無駄のない、体型が強調される衣服に長く伸びた背筋。まるで抜き身の刀のような雰囲気は同性をも魅了する魅力を放っていた。
 特徴的なのは頭の上に生えた犬耳だ。動物的特徴の少なさから人間種と犬種とのハーフを思わせる。
 女性は目線を下に投げかける。一瞬起こったざわめきも直ぐに鎮まると、形のいい胸を張り、

「よろしい。では皆、立てるものは起立、立てないものは各々の種族での待ての姿勢でいい」

 足のないもの、浮いているもの、不定形。種族によってはどうしても出来ないことがある。それを考慮した発言に一斉に女性達は動き出す。
 カーサも立ち上がろうとしたが、足が浮いた状態ではそれも一苦労だった。ようやく地面に足をつけた時には壇上の女性がたしなめるような目つきを向けていた。
 しょうがないじゃん……
 最後の方だったのだろう。悪いのは椅子だと抗議の目をするが女性は既に顔を背けていた。
 
「私の名前はエメリア。統一王の元奴隷であり奥の支配人でもある」

 その一言で再度ざわめきが大きくなる。
 統一王のことを知っているものならエメリアという名前を知らないはずがない。主上がこの世界に降り立ち四日目に手にした奴隷であり最初の七英雄。以後片時も離れず、その冴え渡る剣技で主上の敵を尽く薙ぎ払う様から付いた異名は暴嵐の姫。また七英雄の中では紅一点のため主上を題材とした演目ではヒロイン役で描かれることが多い。
 少年の羨望の的が主上なら、少女はエメリア様に憧憬を抱く。強く気高く一途で美しい。その存在が目の前に現れたのだから動揺するのも仕方がない事だった。
 その様子を一人冷めた目でカーサは見ていた。
 ……浮かれてるわね。
 興味がないと壇上に目を向ける。エメリアが女性達を一瞥すると、鋭い声で言い放つ。

「先に言っておくことがあるため注意して拝聴しろ」

 有無を言わさぬ問いかけに凍りついたように静まり返る。
 肌を刺すような緊張感の中、

「ひとつ、主上の御子は授かることは出来ない」

 ざわめく。
 事前に匂わされていたカーサですら衣擦れの音を出さずにはいられなかった。

「静かにっ!」

 空気が何倍も重くなったような気迫を込めて怒号が響く。
 流石七英雄だなあと逆立つ毛をなだめながらカーサは思う。周囲からは微かに嗚咽も聞こえていた。
 エメリアは充分な時間を置いてから、こほんと咳払いをしていた。
 そして、
 
「よろしい。質問には後で答えるので黙っておくように。では次、主上の命は絶対である」

 些か誇らしげに言った後直ぐに彼女は言葉を重ねていた。

「しかし、例外として閨を共にするとの話があった場合には、準備が必要とその場では断ること」

 はーい、とカーサは心の中で気のない返事をする。
 先程から下の話しかしていない。長老からも止められ、元々興味のなかった話にどうも熱が入らない。
 しかし周囲の女性は別だった。せっかくのチャンスを不意にするような行為を受け入れられないと厳しい視線を浴びせていた。
 それもエメリアから言われたというのが癪に障っていた。最も主上の近くに居て、最も主上の愛情を受けている相手。誰が正妻に相応しいかという話になれば一番に上がるのが彼女だった。最大の難点は血が濁っていることだが他に正妻が出来たとて、邪魔に思っても主上の一番の臣下である彼女を排除は出来ない。
 だから女性達にはエメリアの行動が政敵を作らないための独裁に映っていた。
 ……クソ面倒くさいわね。
 恋愛ゲームなら勝手にやってろと、カーサはため息をついて足を交差する。
 緊張に殺気が混じる雰囲気に、エメリアはただ笑みを浮かべていた。
 瞬間、先程よりも高く逆立つ毛を構うことなくカーサは足元のバッグの後ろに隠れていた。
 笑っている。喜や楽ではなく、肉食獣が獲物を見つけた時の自奮させるためのものだ。
 身体が小さい種族は危機感に敏感だ。カーサと同じように何人かが逃げの体制をとるために行動する音が響いていた。
 不敬かどうかなど関係がない。粘つく黒い匂いが鼻について離れない。

「失礼。別に取って食おうなどとは思っていない」

 エメリアは手を挙げて静止を促す。
 そして、
 
「これから話すことで気分が悪くなったものは退出してかまわん。またやっていけないと思った時には故郷に帰ることも許す。その際勤めを果たせなかったことで咎めることは無いと主上の名に誓おう」

 一転して雰囲気を柔和させると薄く目を細めて笑みを作っていた。
 何をするつもりなのか。恟恟とする聴衆に向けて、

「よろしい」

 そう一言告げると、衣服を止めているボタンに手を伸ばしていた。
 一つ、また一つと慣れた手つきではだけていく姿は扇情的で、より美しい。意味がわからないと思うよりもその行為に惹き込まれて息を呑む。
 そして、最後の薄布を脱ぎ終えた彼女は堂々とした姿でその場に立っていた。

「ひっ……」

 ひきつけを起こしたような呼吸の音が湧いた。
 
「そ、それは……」

 誰かが聞いていた。カーサは全く耳に入らずにエメリアを凝視していた。
 均整の取れた身体は美の女神のよう。すらりと細く長い手足に適度に引き締まった肉体。腰まで伸びるコルクブラウンの髪は艶を放ち、控えめながらも形のよい胸に、肌は一切の瑕疵を許さない。
 ぽてんと膨れた腹をした小人族にはない神々しさを感じるのに、一点だけ許されざる冒涜を覗かせていた。
 臍の辺りから一直線に下に伸びる刀傷。そして股の周辺を覆う醜い火傷の痕。痛々しいすら通り越しておぞましいそこを、エメリアは愛おしそうに撫でていた。

「これは主上が後宮をつくると決めた時に私自ら行ったことだ。腹を裂いて子袋を抜き、股を火の精霊に焼かせた。理由が分かるか?」

「わ、分かりません」

 目を向けられた女子が上擦った声で答える。
 それを意に介した様子もなく、

「全ては主上の子を成さぬため。ひいては主上の死後、世を再び戦乱にしないために必要なことだからだ」

「主上が死ぬと?」

 別の女子が問う。
 含み笑いを浮かべるエメリアは下弦の月のような目で、

「死ぬ。主上自身も主治医も認めていることだ。それがいつになるかは不明だが死ぬことだけは間違いない」

 はっきりと、揺るぎない意志で述べる。

「かつての戦乱は終わっていない。今は主上の御力のもと静まっているだけ。主上の残した技術により次の戦争はかつて類を見ない程の犠牲を払うことになると国は確信している。そうならないために、死後合議制での統治になることが決まっているのだ。その時主上の御子など邪魔以外の何物でもない」

 エメリアは一息置いて、

「わかったな。これはお前たち氏族長も認めていることだ。軽率な行動、言動は以降厳禁とする」

 かわいそうな仔羊たちはただうなづいて返すことしかできずにいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

処理中です...