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第1話 後宮へ行け
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「カーサ」
大広間。
太い木の柱が等間隔に並ぶそこは、鬱蒼とした雰囲気を醸していた。防腐剤の塗られた太い柱は焦げたように濃い茶色で、何台も並べられた燭台の揺らめく炎によって影を濃くしている。
広間を囲うように垂れ下がる黄茶の帳は外界の景色を完全に遮断している。しかし夜風だけは虫の音を運んでいた。
その上座に背丈の小さな男性が座っている。立派なあごひげは櫛を通し、絹のような光沢を放って床に着くようだった。朱の厚手の衣は金糸の混じり、位の高さを物語っている。
男性は皺の深い顔で前に座る少女を見つめていた。
十四、五。身長の低さからそれ以下にも見える少女は大きく膨らんだパンツにTシャツ、その上に金属のベルトが幾つも着いた薄汚いベストを羽織っていた。
ベルトには乳白色の透明な容器が括り付けてあり、少女の脇には身丈程の鞄が放り投げられていた。
「はい、長老」
たっぷりの時間を置いてから頭を下げた少女は答える。その表情は酷く引きつっていたがどうにも口の端が細かく震えていた。
「呼ばれた理由はわかっているな」
「はい」
カーサは答える。緩みそうになる頬を気取られないように大きく咳払いをするが、以前として視線をあげることは叶わない。
気付いていないのか、長老はその事には触れずに、
「王都はそれは素晴らしい場所だそうだ。主上の寵愛があれば一族も安泰になる」
「はい」
「ただし、お前にそんな事は期待していない」
「はい?」
突然方向の変わった話に疑問符が口から漏れていた。
……どういうこと?
話の意図が分からず困惑する。訳が分からずカーサは顔を上げていた。
視界に入る長老はさもつまらなそうに欠伸を一つ漏らすと、
「主上の寵愛などどうでもいい」
思いの込めた一言は失礼としか言えない内容だった。
「いや、それって言っていいんですか?」
カーサは急に砕けた口調で問う。
厳かな雰囲気からは遠く離れた態度を長老は気にした様子もなく、しまいには軽く煙管をふかしながら、
「ああ、いずれわかる。お前はお前の成したいようにすればよい。それでわが一族がどうこうなるわけでもないしな」
「あ、はい」
「詳しく伝えることができないことを恨まないでおくれ。皆そうなのだ」
「まあ別にいいですけど」
歯切れの悪い言い回しにカーサの鼻がひくひくと動く。
良くない報せの時に出る匂いにしかめっ面を浮かべていると、
「よいか。嫌なことがあれば嫌と言いなさい。帰りたいと思ったら帰ってくればよい。主上にそこまでする義理などないのだから」
「いや本当にそれで大丈夫なんですか?」
他人が聞いていたら不敬罪で族滅になってもおかしくない。それだけの事を飄々とのたまう長老に、不安を通り過ぎた感情を抱いていた。
それとは別に長老ははっきりと額に青筋を浮かべると、
「ああ、忘れておった。王都でうちのバカ息子にあったら即刻帰郷するように伝えておくれ。こんな晒し者をしてくれたお礼はしっかりしなければならないからね」
言われ、カーサは不意をつかれて思わず吹き出していた。
重い上着を羽織ることは活発な行動を好む一族にとってろくでなしの象徴であり、赤い衣は魔除の意味もあり乳飲み子に着せる物だ。それを一族の長老が羽織るということは馬鹿にされていると捉えてられても仕方がない。
贈り主は名義は主上となっていた。友好の証と言う目的だが喧嘩を売っているとしか思えない。ではなぜそうなってしまったかと言えば、選んだのが長老の息子だったからだ。
同時に多くの種族へ下賜された物を選定するのは、王都にいるその種族に親しい者。受け取れば一族の恥、受け取らなければ叛意ありと見なされる。
以降長老は公式の場では道化の格好をせざるを得なくなってしまっていた。
同情の目で見るがそれ以上におかしくて集まりに参加した一族の者は皆深く頭を下げざるを得なくなってしまった。小人種は好奇心旺盛で落ち着きがなく無鉄砲という印象がはびこっている中で、カーサの一族は珍しくおとなしいと言われるたびに肺がねじ切れるほど笑いの虫が暴れてしまう。
一族一温厚な長老が恥も外聞もなく三日三晩キレ散らかすほどの辱めを受けさせたのだから、長老の息子はまず帰ってこない。つまりは何があっても連れて帰ってこいという目でカーサを見つめていた。
「出来る限りは頑張りますけど期待しないでくださいよ」
本題がなんだか忘れそうなほど決死の形相に気圧されながらカーサは言う。
……無理だろうなあ。
長老の息子、その人物の姿を思い浮かべてため息をつく。こんなことをしでかすくらいの人が一筋縄でどうにかなるとは思えなかった。
「そうだ。一つ、絶対にしてはいけないことがある」
話は終わったかと思われたとき、長老は煙を口の周りに巻きながら話す。
「先にそれいってくださいよ」
「あわてるな。それはな――」
煙草を食み、そして煙管を置く。
見惚れるほど滑らかな動きは年期が入っていることを示していたが、ずいぶん時間を使うことにカーサはいらだちを覚えていた。
耄碌爺はほっと息を吐いて、
「主上と寝室をともにしてはいけないよ」
とてもとても大事な一言を最後に述べていた。
大広間。
太い木の柱が等間隔に並ぶそこは、鬱蒼とした雰囲気を醸していた。防腐剤の塗られた太い柱は焦げたように濃い茶色で、何台も並べられた燭台の揺らめく炎によって影を濃くしている。
広間を囲うように垂れ下がる黄茶の帳は外界の景色を完全に遮断している。しかし夜風だけは虫の音を運んでいた。
その上座に背丈の小さな男性が座っている。立派なあごひげは櫛を通し、絹のような光沢を放って床に着くようだった。朱の厚手の衣は金糸の混じり、位の高さを物語っている。
男性は皺の深い顔で前に座る少女を見つめていた。
十四、五。身長の低さからそれ以下にも見える少女は大きく膨らんだパンツにTシャツ、その上に金属のベルトが幾つも着いた薄汚いベストを羽織っていた。
ベルトには乳白色の透明な容器が括り付けてあり、少女の脇には身丈程の鞄が放り投げられていた。
「はい、長老」
たっぷりの時間を置いてから頭を下げた少女は答える。その表情は酷く引きつっていたがどうにも口の端が細かく震えていた。
「呼ばれた理由はわかっているな」
「はい」
カーサは答える。緩みそうになる頬を気取られないように大きく咳払いをするが、以前として視線をあげることは叶わない。
気付いていないのか、長老はその事には触れずに、
「王都はそれは素晴らしい場所だそうだ。主上の寵愛があれば一族も安泰になる」
「はい」
「ただし、お前にそんな事は期待していない」
「はい?」
突然方向の変わった話に疑問符が口から漏れていた。
……どういうこと?
話の意図が分からず困惑する。訳が分からずカーサは顔を上げていた。
視界に入る長老はさもつまらなそうに欠伸を一つ漏らすと、
「主上の寵愛などどうでもいい」
思いの込めた一言は失礼としか言えない内容だった。
「いや、それって言っていいんですか?」
カーサは急に砕けた口調で問う。
厳かな雰囲気からは遠く離れた態度を長老は気にした様子もなく、しまいには軽く煙管をふかしながら、
「ああ、いずれわかる。お前はお前の成したいようにすればよい。それでわが一族がどうこうなるわけでもないしな」
「あ、はい」
「詳しく伝えることができないことを恨まないでおくれ。皆そうなのだ」
「まあ別にいいですけど」
歯切れの悪い言い回しにカーサの鼻がひくひくと動く。
良くない報せの時に出る匂いにしかめっ面を浮かべていると、
「よいか。嫌なことがあれば嫌と言いなさい。帰りたいと思ったら帰ってくればよい。主上にそこまでする義理などないのだから」
「いや本当にそれで大丈夫なんですか?」
他人が聞いていたら不敬罪で族滅になってもおかしくない。それだけの事を飄々とのたまう長老に、不安を通り過ぎた感情を抱いていた。
それとは別に長老ははっきりと額に青筋を浮かべると、
「ああ、忘れておった。王都でうちのバカ息子にあったら即刻帰郷するように伝えておくれ。こんな晒し者をしてくれたお礼はしっかりしなければならないからね」
言われ、カーサは不意をつかれて思わず吹き出していた。
重い上着を羽織ることは活発な行動を好む一族にとってろくでなしの象徴であり、赤い衣は魔除の意味もあり乳飲み子に着せる物だ。それを一族の長老が羽織るということは馬鹿にされていると捉えてられても仕方がない。
贈り主は名義は主上となっていた。友好の証と言う目的だが喧嘩を売っているとしか思えない。ではなぜそうなってしまったかと言えば、選んだのが長老の息子だったからだ。
同時に多くの種族へ下賜された物を選定するのは、王都にいるその種族に親しい者。受け取れば一族の恥、受け取らなければ叛意ありと見なされる。
以降長老は公式の場では道化の格好をせざるを得なくなってしまっていた。
同情の目で見るがそれ以上におかしくて集まりに参加した一族の者は皆深く頭を下げざるを得なくなってしまった。小人種は好奇心旺盛で落ち着きがなく無鉄砲という印象がはびこっている中で、カーサの一族は珍しくおとなしいと言われるたびに肺がねじ切れるほど笑いの虫が暴れてしまう。
一族一温厚な長老が恥も外聞もなく三日三晩キレ散らかすほどの辱めを受けさせたのだから、長老の息子はまず帰ってこない。つまりは何があっても連れて帰ってこいという目でカーサを見つめていた。
「出来る限りは頑張りますけど期待しないでくださいよ」
本題がなんだか忘れそうなほど決死の形相に気圧されながらカーサは言う。
……無理だろうなあ。
長老の息子、その人物の姿を思い浮かべてため息をつく。こんなことをしでかすくらいの人が一筋縄でどうにかなるとは思えなかった。
「そうだ。一つ、絶対にしてはいけないことがある」
話は終わったかと思われたとき、長老は煙を口の周りに巻きながら話す。
「先にそれいってくださいよ」
「あわてるな。それはな――」
煙草を食み、そして煙管を置く。
見惚れるほど滑らかな動きは年期が入っていることを示していたが、ずいぶん時間を使うことにカーサはいらだちを覚えていた。
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