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第3章 続・メイドな隊長

第49話 目標、捕縛(前編)

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 轟音と共に、窓の外がわずかな間赤く染まった。

「な、なんだ!?」

 館の二階で、この場では唯一戦闘向きではない恰幅の男が、窓の外に視線を向けて驚きの声を上げる。

 男は館の主、つまりは子供たちをさらわせた張本人の奴隷商だった。
 その奴隷商とカーラたちの間に立って壁となっているのは、奴隷商に雇われた用心棒たち十名。

「ああ、ただの合図だ。気にしなくていいよ」

 つい今しがた用心棒を、片手で軽々と持つ大剣で二人叩きのめしたばかりのカーラは答えた。

「まさか援軍を呼んだのか?」
「それこそまさか、だ。おまえら程度を相手するのに、援軍なんていらねーだろ」

 奴隷商の言葉を、カーラが鼻で笑う。

 挑発的な態度と言葉がかんに障ったらしく、カーラを睨む用心棒たちの武器を持つ手に力が入った。
 だが、カーラの視線に射竦いすくめられると、その武器が振り上げられることはなかった。

 その様子を苦々しく見ながら、奴隷商は平静を装ってカーラとの会話を続ける。

「貴様らのほとんどは下にかかりきりで、ここには貴様ら二人しか辿り着いてないのに、随分と余裕ではないか」
「乱戦になった隙にオマエらの誰かが下に降りちまって、子供たちのいるところでやり合うことになっても鬱陶しいからね。救出が終わるまで下へ降りないように抑えておくのがアタシらの仕事なのさ。それがなけりゃ、オマエもさっさとコイツらみたいにしてやってたんだけどねぇ」

 カーラは、足元に転がっている男を、爪先で軽く蹴った。
 言葉だけでなく、その挑発的な態度と表情に、奴隷商の前に立つ用心棒たちの怒りの視線がカーラに集中する。
 カーラは、その視線を鼻で笑う。

「ふん。そんな悠長なことを言ってていいのか? 用心棒どもが下でお前らの仲間を片づけて、こっちへ上ってくれば、お前ら二人は挟み撃ちになるんだぞ?」
「んなもん来るかよ。さっきの外のやつ音と光は、下が片付いたっていうウチの合図さ。これから上がってくるのは、アタシらの仲間だ。オマエもそれが判ってるから、冷や汗タラタラなんだろ?」

 カーラの指摘に、思わず奴隷商の口から舌打ちが漏れた。

 その言葉合図が事実でしかないことは、奴隷商にも否定ができない。
 一階で、すでに戦いの音が静まっていることの意味は、素人の奴隷商にだって理解できていた。

「オマエらもかかってこいよ。ウチの頼りになる増援が来る前に、勝負をかけたほうがいいんじゃねぇか?」

 挑発された残りの用心棒十人は、一歩も踏み出せないでいる。
 先ほどからの女の挑発に怒りを見せてはいるが、本能が感じている恐怖からか一人の例外もなく、女たちに向かって一歩も踏み出せていない。

 しかも、さっきからこちらを鼻で笑っている女は、無傷。
 防具どころかロクな布面積もない服とアクセサリしかまとわず、明るい褐色の肌を大きく露出させているにも関わらず、だ。

 明るい褐色の肌とそこに描か刺青された文様は、彼女の種族が女戦士アマゾネスであることの証左である。

 人間とは違って女しか生まれない種族で、全員が戦士として戦うことを当然としているほど身体能力に秀でているという。
 奴隷商も街で見かけたことはあるが、戦いの場でまみえるのは初めてだった。

(女戦士という種族がここまで強いとは……)

 酒の肴に伝え聞いていたその武勇が誇張された法螺ほらではなく、たんなる事実であったことが、奴隷商にとっては大きな誤算であった。

 当初はたった二人で突出してきた相手を七倍の数で蹴散らして下へ向かおうとしていたはずなのに、現実は、大剣をまるで小枝のように軽々と振りまわす女一人アマゾネスの非常識な膂力りょりょく、それと隣に立つ人間の女が振るう剣の苛烈さに、荒事の玄人プロたちが全員射竦いすくめられて動けなくなっているのだ。

 何とか表情を取り繕い、頑張って余裕を演出して見せてはいても、奴隷商の額に流れる冷や汗は隠せるものではなかった。

(それにしても、こいつらの背景と目的の見当がつかん――今はひとまずこの場だけでもしのがねば)

 自分の命さえ無事であれば、裏でつながりがある有力者の力で、後からなんとでもなる。

 奴隷商は、遅ればせながら自室の隠し通路から逃げ出すことにした。
 ここで用心棒たちを捨て石にして目の前の女どもを足止めさせれば、ひとまずは逃げおおせることもできるだろう。

 そう思って、自分の前に立つ用心棒へ命令しようと口を開きかけた、のだが。
 それは、やはり手遅れだった。

「違うよカーラ。これから上がってくるんじゃない」

 カーラの隣に立つ人間の女が言った。
 彼女は隊の中で、隊長レオナを補佐する副隊長の肩書を持っている。
 名前は、マリア。

「もうとっくに来てる。我らが隊長殿は、見かけによらず優秀なんだ」

 誰かが美女と評しても、それに異論がまず出ることのない容姿。
 ただ男がみな残念がることに、その鋭い視線には口説こうと思えるような隙がまったく見えない、酒と煙草が似合うタイプの美女だった。

 その彼女マリアの言葉が終わらぬうちに、二人の背後から不思議な声が響いた。

    眠り誘う砂    夢の扉を開け

 ただの言葉ではない、不思議な力を感じる空気の響き。
 その響きに打たれたかのように、奴隷商の前にいる男たち十人全員が、一斉に動きを止めた。

 皆が皆、視線が定まらなくなり、直後にバタバタと床に崩れ落ちていく。
 用心棒が一人、なんとか起き上がろうとしたのか頭を少し上げたが、やはり耐え切れず、すぐにゴトリと頭を床に落とした。
 床に倒れ伏した用心棒全員、もうピクリとも動かない。

「見かけによらず、は非道くない?」

 先ほどの不思議な声が響いてきた方角から、今度はちょっと拗ねた声が聞こえてきた。
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