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第2章 メイドな隊長、誕生
第35話 赤髪の女
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次の瞬間。
「グッ!!」
ゲルダは間違いなく、間合いの外にいたはずだった。
だが剣先が届くどころか、サイカは今、地面に座り込んで呆然とするゲルダの背後に立ち、刀をゆっくりと鞘に収めていた。
「なん、だと?」
サイカが刀を一振りすると首が落ちる位置にいるゲルダは、しかし立ち上がることすらできない。
「擦れ違いざまに両手両足の腱、全部切りやがった……殺すんじゃなかったのかよ」
間合いの外から一気に飛び込み、ゲルダに認識する余地すら与えず、両手両足の四カ所を切ったらしい。
離れた所で見ていたレオナでさえ驚愕するような凄まじい技だった。
「こちらは仕事です。本当に情報源を殺してしまっては、隊長に怒られます」
「ちっ、科白と殺気にダマされちまった。急所に意識持ってかれてなきゃ、避けて反撃もできたってのによ……」
「駆け引きも戦いの内です」
「ケケッ、駆け引きだぁ? ……ねーちゃんさー、さっきからずっと思ってたんだけどよ――アタシと同類だろ?」
「…………」
「強い相手いたぶんのが好きなんだろ? 仕事とか駆け引きとか、後付けだよな? あの殺気は、駆け引きで出せるもんじゃあ、絶対ないね」
「…………」
「ホンキで殺す気だったよな? なのにまずは余計な手間ぁかけて、殺さずに逃げられないようにしたよな? なあ――ねーちゃんは今もホンキで、『動けなくしてから嬲り殺す』つもりだろ?」
「嬲る気などありません。私の胸が羨ましそうだったので、あなたの無駄な胸の脂肪ふたつを削ぎ落としてあげようと思っているだけです」
「クックッ……それ、ホンキで言ってるのが伝わってくるわ。人間、逆鱗がどこにあるか分かったもんじゃねーな」
ゲルダは、笑いながら立ち上がる。
同時に、ノーモーションの前蹴りが、サイカの腹部に突き刺さっていた。
「アグッ!?」
身体がくの字に折れ曲がるサイカの顔は、苦悶ではなく驚愕の表情が浮かぶ。
これを油断と言っていいのだろうか。
たしかに――たしかに両手足の腱を切断したのだ。
だが、サイカに切られた手首足首には血の跡があるものの、すでに塞がったのか、傷自体はまったく見当たらない。
「おっと」
それでも瞬時に刀を抜き放ったのは、さすがサイカだった。
しかし、ゲルダもそれは予測済みだったのだろう。
髪先を僅かに切らせたのみで躱し、後ろへ飛び退る。
「同類なんて言って悪かったよ。アタシなんかより、よっぽどイカレてんぜ、ねーちゃん♪」
驚きを隠せないサイカを後目に、ゲルダは大きく跳躍して十分な距離を取ると、甲高く指笛を鳴らした。
そして、両手で下から自分の大きな胸を大仰に持ち上げて見せる。
「悪いけどこれ、けっこー気に入ってんだ。ねーちゃんには判らないだろーけど、男相手だと色々使えて便利なんだぜ? てことで、切り落とされちゃ困るんで、今日のところは帰るわ。また遊ぼーな」
「くっ、逃げるなっ!」
「逃げるに決まってんだろ。そっちの援軍も来ちまったようだしな。さすがにねーちゃんも、もうマトモに一対一で相手してくんねーだろ? これ以上いても、つまんねーよ」
そう言ってゲルダは掌を顔の前に突き出す。
そこへ、矢が刺さった。
掌を動かすと、さらに二本、突き刺さる。
ゲルダは、矢の飛んできた方――建物の開いた窓越しに次の矢を番えて狙っている、鋭い視線の狐人の女性を、口の端を歪めて愉しそうに睨んだ。
「イッテーな――おい、今射ってきた狐人のねーちゃんも、次は遊んでやるからな。楽しみにしておけ!」
掌を突き抜けた鏃をまとめて掴むと、ゲルダはバキリと折りとる。
次に、反対側の矢羽根をまとめて握り、三本まとめて一気に引き抜いた。
グローブに派手な穴は開いているが、そこから血が流れ出る様子はない。
「じゃあな。次は期待しとけよ。いつも新月ばかりとは限らねーからな!」
ゲルダは踵を返し、壁へ向かってジグザグに走ると、身長を遥かに超える壁を左上斜め方向に飛び越え、その向こうへと姿を消した。
彼女の一見不合理な移動経路の理由は、彼女が不自然に避けた地面や壁へ直後に次々と突き刺さっていく矢が、雄弁に物語っていた。
結果を見れば、まるで背後が見えているかのように、一切無駄なく矢を避けていることが判る。
「くそっ!」
腹を押さえて表情を歪めたサイカが、普段からは想像できない雑な一言を吐き捨てた。
直後に一撃を返しはしたものの、すぐに後を追えるほど軽いダメージではなかったらしい。
「ねぇ隊長。追いかけるなら、ボクが行こうか?」
ドガガガガッ、と。
横合いからいきなり飛び込んできて、レオナに襲い掛かっていた残敵の隙を突き、拳と蹴りの連撃でまとめて叩き伏せた虎人の女が、レオナに向かって軽く聞いてくる。
ゲルダに矢を射かけた狐人のカナンと同じく、マリアが送って来たアルテア班の隊員だ。
「いや、イルミナ。追わなくていいよ」
双剣を持つ両手を一旦下ろして一息ついたレオナは、即答。
あの相手は、この状態から追いかけてなんとかなる相手ではないと、レオナは判断している。
とくに正面戦闘でなくなった今、姿を消した彼女が、戦闘ではなく「狩り」に切り替えてくる予感があった。
それになにより。
「……あれを先になんとかしないと」
レオナは訓練所の外、空の一点を見つめる。
遠くからこちらへ向かって、何かが近づいてきていた。
「グッ!!」
ゲルダは間違いなく、間合いの外にいたはずだった。
だが剣先が届くどころか、サイカは今、地面に座り込んで呆然とするゲルダの背後に立ち、刀をゆっくりと鞘に収めていた。
「なん、だと?」
サイカが刀を一振りすると首が落ちる位置にいるゲルダは、しかし立ち上がることすらできない。
「擦れ違いざまに両手両足の腱、全部切りやがった……殺すんじゃなかったのかよ」
間合いの外から一気に飛び込み、ゲルダに認識する余地すら与えず、両手両足の四カ所を切ったらしい。
離れた所で見ていたレオナでさえ驚愕するような凄まじい技だった。
「こちらは仕事です。本当に情報源を殺してしまっては、隊長に怒られます」
「ちっ、科白と殺気にダマされちまった。急所に意識持ってかれてなきゃ、避けて反撃もできたってのによ……」
「駆け引きも戦いの内です」
「ケケッ、駆け引きだぁ? ……ねーちゃんさー、さっきからずっと思ってたんだけどよ――アタシと同類だろ?」
「…………」
「強い相手いたぶんのが好きなんだろ? 仕事とか駆け引きとか、後付けだよな? あの殺気は、駆け引きで出せるもんじゃあ、絶対ないね」
「…………」
「ホンキで殺す気だったよな? なのにまずは余計な手間ぁかけて、殺さずに逃げられないようにしたよな? なあ――ねーちゃんは今もホンキで、『動けなくしてから嬲り殺す』つもりだろ?」
「嬲る気などありません。私の胸が羨ましそうだったので、あなたの無駄な胸の脂肪ふたつを削ぎ落としてあげようと思っているだけです」
「クックッ……それ、ホンキで言ってるのが伝わってくるわ。人間、逆鱗がどこにあるか分かったもんじゃねーな」
ゲルダは、笑いながら立ち上がる。
同時に、ノーモーションの前蹴りが、サイカの腹部に突き刺さっていた。
「アグッ!?」
身体がくの字に折れ曲がるサイカの顔は、苦悶ではなく驚愕の表情が浮かぶ。
これを油断と言っていいのだろうか。
たしかに――たしかに両手足の腱を切断したのだ。
だが、サイカに切られた手首足首には血の跡があるものの、すでに塞がったのか、傷自体はまったく見当たらない。
「おっと」
それでも瞬時に刀を抜き放ったのは、さすがサイカだった。
しかし、ゲルダもそれは予測済みだったのだろう。
髪先を僅かに切らせたのみで躱し、後ろへ飛び退る。
「同類なんて言って悪かったよ。アタシなんかより、よっぽどイカレてんぜ、ねーちゃん♪」
驚きを隠せないサイカを後目に、ゲルダは大きく跳躍して十分な距離を取ると、甲高く指笛を鳴らした。
そして、両手で下から自分の大きな胸を大仰に持ち上げて見せる。
「悪いけどこれ、けっこー気に入ってんだ。ねーちゃんには判らないだろーけど、男相手だと色々使えて便利なんだぜ? てことで、切り落とされちゃ困るんで、今日のところは帰るわ。また遊ぼーな」
「くっ、逃げるなっ!」
「逃げるに決まってんだろ。そっちの援軍も来ちまったようだしな。さすがにねーちゃんも、もうマトモに一対一で相手してくんねーだろ? これ以上いても、つまんねーよ」
そう言ってゲルダは掌を顔の前に突き出す。
そこへ、矢が刺さった。
掌を動かすと、さらに二本、突き刺さる。
ゲルダは、矢の飛んできた方――建物の開いた窓越しに次の矢を番えて狙っている、鋭い視線の狐人の女性を、口の端を歪めて愉しそうに睨んだ。
「イッテーな――おい、今射ってきた狐人のねーちゃんも、次は遊んでやるからな。楽しみにしておけ!」
掌を突き抜けた鏃をまとめて掴むと、ゲルダはバキリと折りとる。
次に、反対側の矢羽根をまとめて握り、三本まとめて一気に引き抜いた。
グローブに派手な穴は開いているが、そこから血が流れ出る様子はない。
「じゃあな。次は期待しとけよ。いつも新月ばかりとは限らねーからな!」
ゲルダは踵を返し、壁へ向かってジグザグに走ると、身長を遥かに超える壁を左上斜め方向に飛び越え、その向こうへと姿を消した。
彼女の一見不合理な移動経路の理由は、彼女が不自然に避けた地面や壁へ直後に次々と突き刺さっていく矢が、雄弁に物語っていた。
結果を見れば、まるで背後が見えているかのように、一切無駄なく矢を避けていることが判る。
「くそっ!」
腹を押さえて表情を歪めたサイカが、普段からは想像できない雑な一言を吐き捨てた。
直後に一撃を返しはしたものの、すぐに後を追えるほど軽いダメージではなかったらしい。
「ねぇ隊長。追いかけるなら、ボクが行こうか?」
ドガガガガッ、と。
横合いからいきなり飛び込んできて、レオナに襲い掛かっていた残敵の隙を突き、拳と蹴りの連撃でまとめて叩き伏せた虎人の女が、レオナに向かって軽く聞いてくる。
ゲルダに矢を射かけた狐人のカナンと同じく、マリアが送って来たアルテア班の隊員だ。
「いや、イルミナ。追わなくていいよ」
双剣を持つ両手を一旦下ろして一息ついたレオナは、即答。
あの相手は、この状態から追いかけてなんとかなる相手ではないと、レオナは判断している。
とくに正面戦闘でなくなった今、姿を消した彼女が、戦闘ではなく「狩り」に切り替えてくる予感があった。
それになにより。
「……あれを先になんとかしないと」
レオナは訓練所の外、空の一点を見つめる。
遠くからこちらへ向かって、何かが近づいてきていた。
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