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第2章 メイドな隊長、誕生
第32話 敵の指揮者も、大変です
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ドォォンッ!!
「なに!?」
予期せぬ轟音に、男が驚いた。
「おいおい。もう魔法を使う予定はなかったはずだぞ」
仲間の魔術師が今持っている杖は、たしかに魔法の威力を増幅する。
だが、術者本人の精神力はそのままなので、撃てる数が増えたりはしない。
なので、あの初心者魔術師の実力からすれば、そもそも、すでに打ち止めになっているはずだった。
「向こうの見張り櫓の上から火の玉が飛んでったぜ。どの辺に当たったかは見えねーけど、音の感じからしたら門の外――てか、堀の向こう側だなぁ」
「そうなのか?」
短くない付き合いで、嘘ではないことは判っているのだが。
男としては、音だけでそこまで詳細に把握できるということが理解の外で、つい聞いてしまう。
ゲルダも判っているのか、自分の言葉を疑われても気にした様子はない。
「間違いねーよ。敵にも魔術師がいるみてーだな。これだけ腹に響く威力の魔法が使えるなんて、かなりの実力者だぜ……クヒヒッ」
ゲルダは心底楽しそうに、座っていた枝の上へゆらりと立ち上がった。
今にも飛び出しそうなほど、全身をウズウズさせている。
そういう女なのはよく知っているが、状況が見えない今だけは、拙い。
「おい、待て」
「ヤだね。こんなおいしいエサ鼻先にぶら下がってるのに待ってられるかよ」
「任務を間違えるなよ? まずは太守の場所を確認して――」
「そんなこと言ってていーのかー? ほら、正門から戦闘の音が消えてくぞー? ……あ、終わっちまいそーだなー、これー。せっかくアイツ陽動ガンバったのに、このまンまだと無駄になっちまうんじゃねーかなー?」
わざとらしく耳に手を当て、棒読みで言ってくるのが癇に障る。
だが、正門で陽動の竜牙兵を相手にしていた者たちが太守を守るために固まってしまっては、陽動の意味がなくなるのも事実だ。
「……しかたない」
男は苦虫を噛み潰したような渋面で、小さく手を挙げた。
それだけで、男たちのいる大木から少し離れた辺りに人影がいくつも現れる。
全員、統一された無地のターバンと装束を身に纏っていた。
彼らは、組織の構成員。
組織の教主を狂信的に崇める者たちで構成され、非正規の活動で捨て石にされる為だけに、日々訓練を積んでいる信徒だ。
彼らの任務は、ゲルダが太守を拉致するための陽動。
殺されてしまおうと、捕まって自ら命を絶とうと、別に構わない。
本人たちは、それを(喜んで)承知した上で、ここにいる。
そんな訳で、今回は一旦撤退という選択肢がない。
組織のトップに命を捧げる絶好の機会を奪っては、男の方が信徒に殺されてしまう。
「あとは頼むぞ」
「あいよ。じゃ、取り巻きと遊ぶついでに、太守サマを拉致してくるわ。人生全部魔法に注ぎ込んだ魔術師の人生をあっさり終わりにするなんて愉しいこと、久しぶりだぜぇ……クヒヒッ」
「……周りは好きにしていいが、太守を間違って殺すなよ」
「わーってる――」
言いかけて、ゲルダが口を閉じる。
「どうした?」
「んー? もうすぐ何人か、建物の向こう側から出てくるぜ」
「もう来ただと? 太守もいるのか?」
太守もその中にいれば、裏門からの逃走を図っているということだ。
それにしては、早すぎるのだが。
「いンや。太守の足音はねーな。戦闘開始直後に、何人かと一緒に倉庫の辺りで立ち止ったきりだぁ」
「それを先に言え! ……太守を逃がすのでなければ、なぜこのタイミングでここへ来るんだ?」
信徒たちはまだ壁を乗り越えはじめているだけで、大きな騒ぎは起こしていない。
よしんばそれに気づいたとしても、こちらへ来るにはまだ時間が掛かるはずだった。
「あー……まー正門で戦闘が始まる直前に、何人かもうこっちへ走ってきてたからな」
「そういう大事なことは、先に言え!」
男はゲルダと同じ方――壁を乗り越えつつある信徒たちの方へ目を向けた。
ちょうど、壁を乗り越えようと上に乗った瞬間の信徒の一人が派手に仰け反り、そのまま壁の外へ落ちていったのが視界に入る。
重力に引かれて地面に叩きつけられたその身体は、もうピクリとも動かない。
「……弓で射たれたか?」
信徒の仰け反り方から、額に衝撃を受けたのだろうとは推測できる。
だがさすがにこれだけ距離があると、男の視力では受けた武器の識別などできない。
男の独り言に、ゲルダは愉しそうに笑った。
「いや、あれはクナイだぁ」
「なに!?」
予期せぬ轟音に、男が驚いた。
「おいおい。もう魔法を使う予定はなかったはずだぞ」
仲間の魔術師が今持っている杖は、たしかに魔法の威力を増幅する。
だが、術者本人の精神力はそのままなので、撃てる数が増えたりはしない。
なので、あの初心者魔術師の実力からすれば、そもそも、すでに打ち止めになっているはずだった。
「向こうの見張り櫓の上から火の玉が飛んでったぜ。どの辺に当たったかは見えねーけど、音の感じからしたら門の外――てか、堀の向こう側だなぁ」
「そうなのか?」
短くない付き合いで、嘘ではないことは判っているのだが。
男としては、音だけでそこまで詳細に把握できるということが理解の外で、つい聞いてしまう。
ゲルダも判っているのか、自分の言葉を疑われても気にした様子はない。
「間違いねーよ。敵にも魔術師がいるみてーだな。これだけ腹に響く威力の魔法が使えるなんて、かなりの実力者だぜ……クヒヒッ」
ゲルダは心底楽しそうに、座っていた枝の上へゆらりと立ち上がった。
今にも飛び出しそうなほど、全身をウズウズさせている。
そういう女なのはよく知っているが、状況が見えない今だけは、拙い。
「おい、待て」
「ヤだね。こんなおいしいエサ鼻先にぶら下がってるのに待ってられるかよ」
「任務を間違えるなよ? まずは太守の場所を確認して――」
「そんなこと言ってていーのかー? ほら、正門から戦闘の音が消えてくぞー? ……あ、終わっちまいそーだなー、これー。せっかくアイツ陽動ガンバったのに、このまンまだと無駄になっちまうんじゃねーかなー?」
わざとらしく耳に手を当て、棒読みで言ってくるのが癇に障る。
だが、正門で陽動の竜牙兵を相手にしていた者たちが太守を守るために固まってしまっては、陽動の意味がなくなるのも事実だ。
「……しかたない」
男は苦虫を噛み潰したような渋面で、小さく手を挙げた。
それだけで、男たちのいる大木から少し離れた辺りに人影がいくつも現れる。
全員、統一された無地のターバンと装束を身に纏っていた。
彼らは、組織の構成員。
組織の教主を狂信的に崇める者たちで構成され、非正規の活動で捨て石にされる為だけに、日々訓練を積んでいる信徒だ。
彼らの任務は、ゲルダが太守を拉致するための陽動。
殺されてしまおうと、捕まって自ら命を絶とうと、別に構わない。
本人たちは、それを(喜んで)承知した上で、ここにいる。
そんな訳で、今回は一旦撤退という選択肢がない。
組織のトップに命を捧げる絶好の機会を奪っては、男の方が信徒に殺されてしまう。
「あとは頼むぞ」
「あいよ。じゃ、取り巻きと遊ぶついでに、太守サマを拉致してくるわ。人生全部魔法に注ぎ込んだ魔術師の人生をあっさり終わりにするなんて愉しいこと、久しぶりだぜぇ……クヒヒッ」
「……周りは好きにしていいが、太守を間違って殺すなよ」
「わーってる――」
言いかけて、ゲルダが口を閉じる。
「どうした?」
「んー? もうすぐ何人か、建物の向こう側から出てくるぜ」
「もう来ただと? 太守もいるのか?」
太守もその中にいれば、裏門からの逃走を図っているということだ。
それにしては、早すぎるのだが。
「いンや。太守の足音はねーな。戦闘開始直後に、何人かと一緒に倉庫の辺りで立ち止ったきりだぁ」
「それを先に言え! ……太守を逃がすのでなければ、なぜこのタイミングでここへ来るんだ?」
信徒たちはまだ壁を乗り越えはじめているだけで、大きな騒ぎは起こしていない。
よしんばそれに気づいたとしても、こちらへ来るにはまだ時間が掛かるはずだった。
「あー……まー正門で戦闘が始まる直前に、何人かもうこっちへ走ってきてたからな」
「そういう大事なことは、先に言え!」
男はゲルダと同じ方――壁を乗り越えつつある信徒たちの方へ目を向けた。
ちょうど、壁を乗り越えようと上に乗った瞬間の信徒の一人が派手に仰け反り、そのまま壁の外へ落ちていったのが視界に入る。
重力に引かれて地面に叩きつけられたその身体は、もうピクリとも動かない。
「……弓で射たれたか?」
信徒の仰け反り方から、額に衝撃を受けたのだろうとは推測できる。
だがさすがにこれだけ距離があると、男の視力では受けた武器の識別などできない。
男の独り言に、ゲルダは愉しそうに笑った。
「いや、あれはクナイだぁ」
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