上 下
24 / 53
第2章 メイドな隊長、誕生

第23話 これが副官

しおりを挟む

「隊長?」

 そのとき、カーラとは反対側から優しげな声がかかる。
 だが声の優しさとは裏腹に、カーラの腕を引き剥がしてレオナを引き寄せる力は有無を言わせぬものだった。
 そして結果レオナは、反対側へ抱き寄せられた。

 今度は、以前から知る香りを感じる。
 サイカの香りだ。

「さ、サイカさん?」
「隊長。部下は呼び捨てにしてください。これは隊長の義務です」
「あ、は、はい……」

 優しく微笑むサイカだが、抱き寄せる腕の力にされ、レオナはただの脊髄反射でサイカの言葉にうなづく。

「あと、カーラもわたくしたちもあなたの部下なんですから、もっと隊長らしく威厳をもって接してください」
「ご、ごめんなさい」
「そういう風に謝る必要もありません。隊長という立場には、決定して命令する権限がありますが、逆にその結果全てを負う責任があるのです」
「あ、はい」
「だから、隊長が決めたことが正しくても間違ってても、わたくしたちは即座に、無条件に従います。そうしなければ、一瞬が明暗を分ける戦場では、致命的な対応の遅れや混乱につながるからです。私たちが戦場で刹那も迷わず命令に従えるよう、隊長は常に堂々としていてください」
「が、がんばります……」
「まーいーじゃねえか。今はべつに戦闘中ってわけでもねーんだしよ」

 ポンポンとサイカの腕を軽く叩いたカーラが、レオナの腕を引いて自分の方へ引き寄せようとする。
 だが、サイカはレオナにガッチリと腕を回して譲らない。
 呆れた表情を浮かべたカーラに、サイカは至極真面目な表情で言った。

「そういうわけにはいかん。これは我々の今後の命運を決める重要なことだ」
「オマエ、そこまで堅苦しいヤツだっけ?」

 カーラの疑問には答えず、今度は腕の中にいるレオナに向かって、ニッコリと微笑むサイカ。
 この微笑みの意味に気づいていたのは、ティアとマリアぐらい。

 つまり、レオナは気づかなかった。

「いい機会です。隊長、ちょっと練習しましょう」
「れ、練習?」
「はい。部下へ命令する練習です。私の言葉を繰り返してください。いいですか――『副官に命じる!』」
「ふ、副官に命じるっ」
「『今すぐ、膝枕せよ!』」
「今すぐ、膝枕せよっ……て、ええ!?」
「はいっ。今すぐ、隊長殿を膝枕いたします!」

 復唱し終わるや否や、レオナの頭はサイカの膝に押し付けられた。
 抵抗する間もない。

「ちょ、ちょっと、サイカさ……べ、べつに本当にしなくてもっ」

 レオナは起き上がろうとする。
 でも、頭や身体にそっと手を添えられているだけなのに、なぜか一切動けない。

「命令の撤回など、部下を惑わすだけです。さっき言った通り、一度下した命令には責任を持ってください」
「せ、責任って……?」
「到着まで、このまま続けましょう♡」
「あの、それ、なんか違うんじゃ……」

 抗議するもサイカは聞く耳を持たず、幸せそうにレオナの頭を撫で続ける。

 レオナが視線で周りに助けを求めるが、正面のマリアは「その手があったか……」と腕組みをしてブツブツと零すだけ。
 カーラも「やれやれ」といった感じで苦笑いを浮かべてこちらを見ている。

「いーな、それ。隊長、アタシともその練習やろーぜ」

 そして荷台にいる最後の隊員であるクレアは、止めるどころか、その猫人カットスの証である尻尾をくねらせながら、逆に参加希望を表明する始末だった。

「ティ、ティア様~」

 最後の最後、藁にもすがる思いで、レオナは泣きそうになって少々ウルウルさせた目を、ティアへと向けた。
 ティアを最後にしたのには、もちろん理由がある。

 期待してなかったのだ。

わたしも、太守をやめてお前の副官になりたくなったぞ」

 案の定、クックッとこらえ切れずに笑いをこぼすだけのティアは、目尻に涙まで浮かべている。

 レオナは「ですよねー」と最後の望みがついえたことを静かに受け入れた。

「ダメですよ。いくらティア様といえど、隊長の副官の座は譲りません」
「残念だな。が、まあいいだろう。私の膝枕は、次に使用人メイドのレオナを連れて視察へ行く時まで、楽しみにとっておくとしよう」

 当人の意思そっちのけで交わされる会話を聞きながら、レオナは「今後馬車に乗るとき、二度と心の平穏が訪れない気がするんですけど~……気のせい?」と確信に近い予感を覚えつつ、到着まで状況を受け入れたのだった。



   ■■■



「ちょ! カーラまで、なにを……!」
「いーじゃんか、減るもんじゃなし」
「オヤジかっ!」

 ――受け入れ切れてないかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽装交際

壬玄風
恋愛
お見合い話を打診された日奈子は穏便にお断りするため親友の早苗と交際しているフリをするのだが……

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

デバッグ中のゲームにバグとして転送されてしまったのでとにかく逃げようと思う

友理潤
ファンタジー
これはとある男の逆転に次ぐ逆転の物語。 「バグを見つけ排除する」為に、発売前の人気ゲームへと転生した主人公。 しかし彼はゲームの「バグ」と認定されてしまい、追われる立場に… そして、逃げ続けるうちに、このゲームの開発に潜む「闇」に触れていき… 運命に翻弄される主人公が取る最後の決断とは? ストーリーはゆっくり進めていこうと思っております。 合間にヒロインたちとのほのぼのしたやりとりも入りますので、のんびりとお付き合いいただけると嬉しいです。 よろしくお願いします。 ※この作品は小説家になろうでも公開しております。

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

お仕置きの思い出~お仕置きされたい?~

kuraku
ファンタジー
もう社会人二年目になっているけど、お仕置きされていたのはほんの数年前までの話。  ぶっちゃけ大学を卒業するまで私は英国生まれのママからお尻ペンペンのお仕置きを受けていた。門限破りくらいなら平手で済んだけど、無断外泊レベルのやつはケインが登場する。あれは、はっきりいってデーモンズアイテムだ。

もし学園のアイドルが俺のメイドになったら

みずがめ
恋愛
もしも、憧れの女子が絶対服従のメイドになったら……。そんなの普通の男子ならやることは決まっているよな? これは不幸な陰キャが、学園一の美少女をメイドという名の性奴隷として扱い、欲望の限りを尽くしまくるお話である。 ※【挿絵あり】にはいただいたイラストを載せています。 「小説家になろう」ノクターンノベルズにも掲載しています。表紙はあっきコタロウさんに描いていただきました。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

処理中です...