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第1章 メイドな日常の終わり
第12話 救出するだけの、簡単なお仕事
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ゴブリンが巣くう森のはずれにある、昔の小さな集落の跡。
サイカが例の副官を尋問して聞き出した場所だ。
そこから少し離れた丘の上に、レオナたちは辿り着いていた。
ここにいるのはレオナの他、マリアとサイカ、そしてグエン。
四人は丘の上で眼下の集落跡の内部を窺い、またはこの後の指揮官殿の救出に備えて準備をしている。
そう――やはり彼は殺されたのではなかった。
あの集落跡に、側近たちの手によって囚われているのだ。
「はい、じっとしててくださいね」
「あの、サイカ様。自分でできますから……」
「いいからいいから――はい、両手を挙げてー」
後ろに立つサイカが、手際よくレオナの腰に革ベルトを巻いていく。
「はい、できました――それにしても、レオナの腰は細いですね」
「ヒャッ!」
背後から腕を回され、ぎゅっと抱きしめられたレオナの口から、小さく悲鳴が上がった。
サイカは、身を固くするレオナの様子を気にすることもなく、撫でたり、腰に当てた顔と手で身体を挟むように軽く押さえたり。
「ん~……思った通り、体幹がしっかりしてますね。正しく鍛えられてきたのが判ります。レオナに剣を教えたのは、お母さまでしたっけ?」
「そ、そうです……けど。あの……その手はちょっと、くすぐったいんですが……」
「ごめんなさい。この後の戦闘も考えて、レオナがどれくらい戦えるのか確認しておきたくて――これなら双剣を使うというのも、判りますね」
「あっ……あの、お腹に指を立てられるとですね……って、ちょ!」
「あ、ここがレオナの弱点ですね。覚えておきましょう♡」
「それ、絶対確認じゃないですよねっ」
レオナは、助けを求めようとあとの二人に視線を向ける。
だが、マリアとグエンは集落跡を観察していて、こちらを見ようともしない。
(いや、判ってたけどもーーーっ!!)
しばらくのスキンシップ(?)の後、満足したサイカがようやく離れ、革ベルトの左右に小振りな剣二本を差してくれる。
もちろん、レージュから武器を携行してきているはずもないので、野営地の武器庫から借用したものだ。
「これでいいですね――ああ、剣を携えたレオナも、やっぱり可愛いですね♡」
(いや。メイド服に剣を二本佩いた姿なんて、シュール以外の何物でもないと思うんですけどぉ……)
レオナは、自分の姿を見下ろして、溜息を吐く。
とはいえ、さすがに戦陣には小柄な女性に合う着替えなどあるはずもなく、また着替える時間も惜しいということで、レオナとしてもそこは諦めるしかなかった。
「……情報通りだな」
マリアが、集落跡を観察しながら呟いた。
古い集落跡とはいえ、屋根の残っている建物はいくつもある。
そのうちの一つに、何人もの武装した兵が出入りしていた。
兵が纏っているのは、アザリア州独自の兵装。
彼らは、ヨークと共に出立した供回り――あの副官と共に森でヨークを拉致し、ここへ監禁している側近たちだった。
「ここまで迅速に指揮官殿の居場所が判明したのも、サイカ殿のお陰ですな……」
グエンがサイカに感謝の言葉を述べる。
(ホント。サイカさんのお陰で、短い時間で彼らの計画が判明したわけで……)
今回のゴブリン討伐に同行していたヨークの側近たちは、全員ゾートの手の者だという。
息子の初陣ということで、父親が信頼する副官の紹介によって、最近雇われたということだ。
驚くべきことに、古くから仕える副官もゾートの手の者で、今回のようなときの為に潜り込んでいたらしい。
今回の拉致は、そのゾートからの指示だった。
元々側近達は、前回の出陣の際、ゴブリンの巣を捜索する中でヨークをゾート州へ拉致する計画を立てていた。
だが、ヨークは森の外でゴブリンを追い払っただけで満足して引き上げてしまったため、一度は計画が失敗。(理由が「野営は快適でないから、さっさと帰りたい」ということらしかったのは、今更さておき)
幸い再度の出陣を命じられたので、今度は多少強引ながらヨークを誘い出して拉致したということだった。
「指揮官殿を敵の手に渡すわけにはいきません。他に適任者がいない以上、手をお貸しするのは当然のことです」
もともとゴブリン討伐を目的に編成された少数の軍だ。
指揮官直属の側近たちが揃って裏切るなど、想定されていない。
レオナたちがいなければ、副官の虚言に踊らされて、遺体を取り返しにゴブリンの巣へ全軍で向かっていただろう。
そして、軍の捜索も虚しく、指揮官は隣州へ連れ去られていたに違いない。
「なので、お気になさらず」
ニッコリと微笑むサイカが視線を向ける。
「……っ!」
視線を受けたグエンが一瞬身体を硬直させた。
頬を引きつらせる。
レオナには、その理由が判っていた。
尋問を行うサイカがとても優秀だったのだ。
武官として軍にいるグエンは、尋問がどういうものかは嫌というほど知っている。
それに対する慣れも覚悟もある。
なのに、それ以上のものを目の前で見せつけられたのだ。
だからまあ、しかたないことではあった。
「この感じだと、まだしばらく動きはなさそうだな」
同じく砦跡を観察していたマリアが、サイカに声をかける。
「そうですね。馬は鞍を外されたまま。建物からは、炊煙も立ち昇っている。州境を越えるのに予定通り夜を待つつもりで間違いないでしょう」
「なら、今が一番気が緩んでいる頃だ。さっさと指揮官殿を救出に行くとしよう」
「使者として来られただけのみなさんには申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
ここへ来るまでに何度となく繰り返された言葉を、グエンはまた口にする。
なにしろここへ来ている中で、ゴブリン討伐で派遣された軍に属する者は副指揮官のグエンだけ。
あとは、使者として居合わせただけの、はっきり言って部外者なマリアとサイカ、そしてレオナのみなのだ。
軍の方は偽装も兼ね、もう一人の副指揮官が、ゴブリンの巣へ向かう準備を進めている。
「お気になさらず」
サイカがなんでもないように、ニッコリとしながら答える。
他に方法がないのは、ここにいる全員が了解していること。
「たかが十人を相手にする程度、大したことじゃない。それより、さっさと終わらせるぞ。ティア様が今夜お寝みになる前に、レージュへ戻ってレオナを返さないと、我々全員がメイド長に叩きのめされてしまう」
「はははっ。承知しました。では、よろしくお願いします」
マリアの言葉をグエンへの気遣いの冗談と受け取り、グエンは笑いながら立ち上がった。
「「「…………」」」
マリアだけでなくサイカやレオナも、グエンに気づかれないよう嘆息する。
――冗談ではないのだが。
「さて。せめて、自分が先陣を切らせていただきましょうか」
「待ってください、グエン殿」
はっと目を上げたサイカが、緊張を孕んだ声を上げた。
「……どうされました?」
サイカは遠くに視線を固定したまま、グエンの疑問に答える。
「森の奥から――オーガです」
「オーガ!?」
グエンは慌ててサイカの視線を追いかけ、砦跡近くの森の端に目を向けた。
しかし、深い森の中を見通すことなどできるものではない。
勘違いではないのか――そんな視線をサイカへ向けたのも、無理はなかった。
だが、サイカの隣でマリアが首を横に振り、グエンの疑問を否定する。
「サイカが言うなら間違いない――サイカ、オーガは何体だ?」
「そうですね……おそらく、五体前後」
「オーガが五体!?」
人間よりずっと巨体で、武器の棍棒を一振りすれば人間の頭を血の詰まった袋同然に弾けさせてしまう膂力を持つのが、この世界のオーガという怪物だ。
五体もいれば、集落跡にいる十人程度で歯が立つものではない。
「なぜ、こんなところへオーガが出てくるんだ……」
「森の食糧不足の影響を受けているのは、なにもゴブリンだけではないということでしょう。ゴブリン同様、縄張りである森の外側まで出てくるのであれば、相当に飢えているんでしょうね」
(食糧不足なのは、そうなんだろうけど――なぜ、不足したんだろ? ってとこだよね、問題は)
ティアの下へ上って来ている報告では、今年の気候に問題はない。作物の生育も順調だ。
なのに、森の中だけが異常?
森の中で、食料が不足する何が起こっているというのだろうか。
だが、それについて考えている余裕はなかった。
「……本当に、出てきやがった」
呆然とするグエンの言葉通り、サイカが見据える森から、今まさにオーガが現れたのだ。
その数――五体。
向かう先は、集落跡。
集落跡の方は、まだオーガに気づいていない様子だ。
マリアは他の三人の顔を見回し、苦々しそうに言った。
「厄介なことになったが、諦めて帰るわけにもいかないのが辛いところだな――いくぞ」
サイカが例の副官を尋問して聞き出した場所だ。
そこから少し離れた丘の上に、レオナたちは辿り着いていた。
ここにいるのはレオナの他、マリアとサイカ、そしてグエン。
四人は丘の上で眼下の集落跡の内部を窺い、またはこの後の指揮官殿の救出に備えて準備をしている。
そう――やはり彼は殺されたのではなかった。
あの集落跡に、側近たちの手によって囚われているのだ。
「はい、じっとしててくださいね」
「あの、サイカ様。自分でできますから……」
「いいからいいから――はい、両手を挙げてー」
後ろに立つサイカが、手際よくレオナの腰に革ベルトを巻いていく。
「はい、できました――それにしても、レオナの腰は細いですね」
「ヒャッ!」
背後から腕を回され、ぎゅっと抱きしめられたレオナの口から、小さく悲鳴が上がった。
サイカは、身を固くするレオナの様子を気にすることもなく、撫でたり、腰に当てた顔と手で身体を挟むように軽く押さえたり。
「ん~……思った通り、体幹がしっかりしてますね。正しく鍛えられてきたのが判ります。レオナに剣を教えたのは、お母さまでしたっけ?」
「そ、そうです……けど。あの……その手はちょっと、くすぐったいんですが……」
「ごめんなさい。この後の戦闘も考えて、レオナがどれくらい戦えるのか確認しておきたくて――これなら双剣を使うというのも、判りますね」
「あっ……あの、お腹に指を立てられるとですね……って、ちょ!」
「あ、ここがレオナの弱点ですね。覚えておきましょう♡」
「それ、絶対確認じゃないですよねっ」
レオナは、助けを求めようとあとの二人に視線を向ける。
だが、マリアとグエンは集落跡を観察していて、こちらを見ようともしない。
(いや、判ってたけどもーーーっ!!)
しばらくのスキンシップ(?)の後、満足したサイカがようやく離れ、革ベルトの左右に小振りな剣二本を差してくれる。
もちろん、レージュから武器を携行してきているはずもないので、野営地の武器庫から借用したものだ。
「これでいいですね――ああ、剣を携えたレオナも、やっぱり可愛いですね♡」
(いや。メイド服に剣を二本佩いた姿なんて、シュール以外の何物でもないと思うんですけどぉ……)
レオナは、自分の姿を見下ろして、溜息を吐く。
とはいえ、さすがに戦陣には小柄な女性に合う着替えなどあるはずもなく、また着替える時間も惜しいということで、レオナとしてもそこは諦めるしかなかった。
「……情報通りだな」
マリアが、集落跡を観察しながら呟いた。
古い集落跡とはいえ、屋根の残っている建物はいくつもある。
そのうちの一つに、何人もの武装した兵が出入りしていた。
兵が纏っているのは、アザリア州独自の兵装。
彼らは、ヨークと共に出立した供回り――あの副官と共に森でヨークを拉致し、ここへ監禁している側近たちだった。
「ここまで迅速に指揮官殿の居場所が判明したのも、サイカ殿のお陰ですな……」
グエンがサイカに感謝の言葉を述べる。
(ホント。サイカさんのお陰で、短い時間で彼らの計画が判明したわけで……)
今回のゴブリン討伐に同行していたヨークの側近たちは、全員ゾートの手の者だという。
息子の初陣ということで、父親が信頼する副官の紹介によって、最近雇われたということだ。
驚くべきことに、古くから仕える副官もゾートの手の者で、今回のようなときの為に潜り込んでいたらしい。
今回の拉致は、そのゾートからの指示だった。
元々側近達は、前回の出陣の際、ゴブリンの巣を捜索する中でヨークをゾート州へ拉致する計画を立てていた。
だが、ヨークは森の外でゴブリンを追い払っただけで満足して引き上げてしまったため、一度は計画が失敗。(理由が「野営は快適でないから、さっさと帰りたい」ということらしかったのは、今更さておき)
幸い再度の出陣を命じられたので、今度は多少強引ながらヨークを誘い出して拉致したということだった。
「指揮官殿を敵の手に渡すわけにはいきません。他に適任者がいない以上、手をお貸しするのは当然のことです」
もともとゴブリン討伐を目的に編成された少数の軍だ。
指揮官直属の側近たちが揃って裏切るなど、想定されていない。
レオナたちがいなければ、副官の虚言に踊らされて、遺体を取り返しにゴブリンの巣へ全軍で向かっていただろう。
そして、軍の捜索も虚しく、指揮官は隣州へ連れ去られていたに違いない。
「なので、お気になさらず」
ニッコリと微笑むサイカが視線を向ける。
「……っ!」
視線を受けたグエンが一瞬身体を硬直させた。
頬を引きつらせる。
レオナには、その理由が判っていた。
尋問を行うサイカがとても優秀だったのだ。
武官として軍にいるグエンは、尋問がどういうものかは嫌というほど知っている。
それに対する慣れも覚悟もある。
なのに、それ以上のものを目の前で見せつけられたのだ。
だからまあ、しかたないことではあった。
「この感じだと、まだしばらく動きはなさそうだな」
同じく砦跡を観察していたマリアが、サイカに声をかける。
「そうですね。馬は鞍を外されたまま。建物からは、炊煙も立ち昇っている。州境を越えるのに予定通り夜を待つつもりで間違いないでしょう」
「なら、今が一番気が緩んでいる頃だ。さっさと指揮官殿を救出に行くとしよう」
「使者として来られただけのみなさんには申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
ここへ来るまでに何度となく繰り返された言葉を、グエンはまた口にする。
なにしろここへ来ている中で、ゴブリン討伐で派遣された軍に属する者は副指揮官のグエンだけ。
あとは、使者として居合わせただけの、はっきり言って部外者なマリアとサイカ、そしてレオナのみなのだ。
軍の方は偽装も兼ね、もう一人の副指揮官が、ゴブリンの巣へ向かう準備を進めている。
「お気になさらず」
サイカがなんでもないように、ニッコリとしながら答える。
他に方法がないのは、ここにいる全員が了解していること。
「たかが十人を相手にする程度、大したことじゃない。それより、さっさと終わらせるぞ。ティア様が今夜お寝みになる前に、レージュへ戻ってレオナを返さないと、我々全員がメイド長に叩きのめされてしまう」
「はははっ。承知しました。では、よろしくお願いします」
マリアの言葉をグエンへの気遣いの冗談と受け取り、グエンは笑いながら立ち上がった。
「「「…………」」」
マリアだけでなくサイカやレオナも、グエンに気づかれないよう嘆息する。
――冗談ではないのだが。
「さて。せめて、自分が先陣を切らせていただきましょうか」
「待ってください、グエン殿」
はっと目を上げたサイカが、緊張を孕んだ声を上げた。
「……どうされました?」
サイカは遠くに視線を固定したまま、グエンの疑問に答える。
「森の奥から――オーガです」
「オーガ!?」
グエンは慌ててサイカの視線を追いかけ、砦跡近くの森の端に目を向けた。
しかし、深い森の中を見通すことなどできるものではない。
勘違いではないのか――そんな視線をサイカへ向けたのも、無理はなかった。
だが、サイカの隣でマリアが首を横に振り、グエンの疑問を否定する。
「サイカが言うなら間違いない――サイカ、オーガは何体だ?」
「そうですね……おそらく、五体前後」
「オーガが五体!?」
人間よりずっと巨体で、武器の棍棒を一振りすれば人間の頭を血の詰まった袋同然に弾けさせてしまう膂力を持つのが、この世界のオーガという怪物だ。
五体もいれば、集落跡にいる十人程度で歯が立つものではない。
「なぜ、こんなところへオーガが出てくるんだ……」
「森の食糧不足の影響を受けているのは、なにもゴブリンだけではないということでしょう。ゴブリン同様、縄張りである森の外側まで出てくるのであれば、相当に飢えているんでしょうね」
(食糧不足なのは、そうなんだろうけど――なぜ、不足したんだろ? ってとこだよね、問題は)
ティアの下へ上って来ている報告では、今年の気候に問題はない。作物の生育も順調だ。
なのに、森の中だけが異常?
森の中で、食料が不足する何が起こっているというのだろうか。
だが、それについて考えている余裕はなかった。
「……本当に、出てきやがった」
呆然とするグエンの言葉通り、サイカが見据える森から、今まさにオーガが現れたのだ。
その数――五体。
向かう先は、集落跡。
集落跡の方は、まだオーガに気づいていない様子だ。
マリアは他の三人の顔を見回し、苦々しそうに言った。
「厄介なことになったが、諦めて帰るわけにもいかないのが辛いところだな――いくぞ」
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