上 下
10 / 53
第1章 メイドな日常の終わり

第9話 思い通りに動かないのが、他人

しおりを挟む
 野営地の中央にある一番大きな幕舎の前に馬車が到着し、レオナが開かれた扉から現れた。

「へ……?」

 馬車の外には、出迎えの武官らしき情けなさそうな顔をした中年男がいたのだが、レオナの顔を見て唖然とした表情に変わり、動きが不自然に止まる。

 この武官は、最初のゴブリン討伐でティアが預けた百人ほどの兵を実質指揮する――つまりここでは副指揮官の一人だ。

「…………」

 レオナは色々――顔に向けられた視線とか――気づかないふりをして馬車から降りた。

 とにかく知らん顔だ。
 事情を聞かれても困る。

「着いたな」

 最後に馬車から降りたマリアの表情は清々しかった。

「はあ……そうですね…………」

 から解放されて放心状態のレオナは、あらあらといった表情のサイカにハンカチで顔を拭いてもらっていた。
 ハンカチの汚れに比例して、顔のあちこちに付いている口紅の跡キスマークが取れていく。

「すまない。つい、きょうが乗ってしまった」

 苦笑交じりにレオナの頭を撫でながら謝罪するマリア犯人には、まったく悪びれたところがない。

 前半のサイカの激しいスキンシップとは異なり、馬車の中のマリアは彼女のイメージに違わず、静かな雰囲気でレオナに接していた。

 静かに膝の上に乗せられ、静かにでられ、逃げようともがいてもビクともしない力で静かに抱きしめら拘束され、ときどき静かに顔中に接吻キスが降ってくる中、まるでぬいぐるみと化していたレオナ。

(前世では判らなかった、飼い主に可愛がられる猫の気持ちが判った気がする……)

 これ以上、馬車の移動が続いていたら、レオナは限界を迎えていただろう。

「さて。ここからは、仕事だ」
「はっ」

 レオナから離れたマリアが、見事に態度を使者のものへと切り替え、サイカもそれにならう。
 先ほどまでの二人はどこへ行った? というほどの変わり身を見て、レオナも慌てて気持ちを切り替えた。

「で、ではご案内しましょう」

 先ほどまでの様子に何かを察しているらしい武官は、何も気づかなかったことにしたようだった。
 多少ぎこちない歩き方で先導していく。
 レオナたちの方も、何事もなかったかのようについていく。

「お付きの方は、こちらへ」
「無用だ」

 幕舎の入り口で、武官はレオナを別のところへ案内しようとしたが、マリアがそれを止める。
 この国の慣例に従っている武官の言うことの方がもっともなので、従者としてメイド服でついてきただけのレオナとしては、マリアが止める意味が判らない。

「は? いや、それは……」

 だが、戸惑う武官を後目しりめに、マリアとサイカは平然と幕舎の中へ向かっていった。
 レオナは仕方なくマリアたちの後を追う。
 副指揮官はそれ以上は何も言わず、情けなさそうな顔のまま、最後尾を付いてきた。



   ■■■



 レオナたちが幕舎の中へ入ると、中で出迎えたのは一人の若い男。

「お待ちしておりました。副指揮官のグエンです」

 しかし、それは本来マリアたちを出迎えるはずの若い武官指揮官ではなく、ティアの指示により今回の増援で加わったもうひとりの副指揮官だった。

 もう一人中年の副指揮官よりも堂々としたその姿は、まだ若い。
 マリアたちと同年代だろうか。

 マリアがわざとらしく周囲を見回してから、口を開いた。

「指揮官殿の姿が見えないようだが……?」

 幕舎の中はがらんとしていた。
 人払いをしているのか、他に誰もいない。

 おかしな話だった。
 約二百とはいえ正式に兵を預かる指揮官であるはずの、あの若い武官の姿が見えないとは、どういうことだろうか。

「ええ」

 副指揮官グエンが、困ったものだという感じで肩をすくめた。
 案内役だった副指揮官が蒼ざめているのに引き換え、こちらはその飄々ひょうひょうとした態度と表情に一片の揺らぎもなかった。

「ヨーク殿は今、不在でして」

 ヨークというのは、指揮官である若い武官の名前家名である。

「我々が来ることは、判っていたはずです。にもかかわらず不在にして部下に出迎えを任せるとは、指揮官ヨーク殿は太守様の使者を愚弄する気ですか?」

 サイカが副指揮官二人を順に睨むと、ここまで案内してきた方の副指揮官が蒼ざめ、『じ、自分はこれで……』などと口ごもりつつ、慌てて幕舎を出て行った。

 これが当然の反応だ。
 太守の使者――ひいては太守本人の怒りを買っているのだ。

 太守などという権力者の機嫌を損ねる行為は、この国では命に係わる。
 同じく睨まれて平然としている、グエンの方がおかしい。

 もちろん、グエンが本当におかしいわけでも、非常識なわけでもない。
 グエンがティアから裏の使命(若い武官のお守り)を受けていることは、マリアもサイカも(あとレオナも)知っている。

 つまり、ここに残っている者は皆、ティアから直接、裏の使命を受けている者同士なのだ。
 なので他に人がいなくなれば、使者だの副指揮官だのといった肩書とは別の場になる。

 蒼い顔色をした副指揮官が出て行った瞬間から、グエン、マリア、サイカは揃って、肩の力を抜いて多少くだけた雰囲気に変わっていた。
 レオナだけは、従者メイドという立場上、そうもいかずにかしこまっているが。

「本人にそのつもりはなかったんでしょうが、結果的にそうなってしまってましてね……困ったもんです」

 完全に仲間内モードが入っているグエンの言葉は、一応マリアたちを立てた口調ではあるが、もはや言葉に交じる溜息を隠そうともしない。

「それで? 指揮官殿は、なぜここに姿を現さんのだ?」
「実は――行方不明なんですよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

お屋敷メイドと7人の兄弟

とよ
恋愛
【露骨な性的表現を含みます】 【貞操観念はありません】 メイドさん達が昼でも夜でも7人兄弟のお世話をするお話です。

クリ責めイド

めれこ
恋愛
----------  ご主人様は言いました。  「僕は、人が理性と欲求の狭間で翻弄される姿が見たいのだよ!」と。  ご主人様は私のクリトリスにテープでロータを固定して言いました。  「クリ責めイドである君には、この状態で広間の掃除をしてもらおう」と。  ご主人様は最低な変態野郎でした。 -----------  これは、あらゆる方法でクリ責めされてしまうメイド「クリ責めイド」が理性と欲求の狭間で翻弄されるお話。  恋愛要素は薄いかも知れません。

坊っちゃまの計画的犯行

あさとよる
恋愛
お仕置きセックスで処女喪失からの溺愛?そして独占欲丸出しで奪い合いの逆ハーレム♡見目麗しい榑林家の一卵性双子から寵愛を受けるこのメイド…何者? ※性的な描写が含まれます。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

なりゆきで、君の体を調教中

星野しずく
恋愛
教師を目指す真が、ひょんなことからメイド喫茶で働く現役女子高生の優菜の特異体質を治す羽目に。毎夜行われるマッサージに悶える優菜と、自分の理性と戦う真面目な真の葛藤の日々が続く。やがて二人の心境には、徐々に変化が訪れ…。

シャルル変態伯のいとも淫靡なる生活 ~メイドハーレム~

寺田諒
恋愛
男が権力に任せていやらしいことばかりする小説です。 シャルル・マジ・ド・クズはとある辺境を治める領主であった。歳は二十の半ばにまで達していたが未だに妻を持たず、受け継いだ土地を一人で治めている。 有能にして有望なシャルルだが、彼にはひとつ困ったところがあった。彼の性欲は著しく高かったのだ。 今日もシャルルは屋敷のメイドたちを相手にいやらしい行為に勤しむ。この話はそんなシャルル変態伯の生活を描いた18禁の物語。

料理の腕が実力主義の世界に転生した(仮)

三園 七詩
ファンタジー
りこは気がつくと森の中にいた。 なぜ自分がそこにいたのか、ここが何処なのか何も覚えていなかった。 覚えているのは自分が「りこ」と言う名前だと言うこととと自分がいたのはこんな森では無いと言うことだけ。 他の記憶はぽっかりと抜けていた。 とりあえず誰か人がいるところに…と動こうとすると自分の体が小さいことに気がついた。 「あれ?自分ってこんなに小さかったっけ?」 思い出そうとするが頭が痛くなりそれ以上考えるなと言われているようだった。

処理中です...