上 下
8 / 53
第1章 メイドな日常の終わり

第7話 使者を世話する、簡単なお仕事

しおりを挟む
「え? 慰労の使者を送る……ですか?」

 評定から二日後の執務室。
 レオナは目の前の部屋の主ティアに聞き返す。

「そうだ。お前は従者としてそれに付いて行ってくれ」
「判りました――でも、たかがゴブリン討伐に、少し大仰ですね」

 大戦おおいくさの前線ならともかく、多少規模が大きめとはいえ、言ってしまえば今回はただの魔物モンスター退治だ。
 この国の慣習としても異例ではある。

「まあな。だが、お前も評定ひょうじょうで見たと思うが……」

 ティアは、先日の評定を思い出したのか、深い溜息をいた。

「こちらとしては、あんな中途半端なことをして帰って来た愚か者に、最大限の温情を与えたつもりだが、アレはそう受け取ってない様子だったろう?」

 レオナは、ティアの後ろに控えて見ていた若い武官の顔を思い返す。

「……まあ、あの感じだと、華麗な武功を上げて華々しく凱旋したつもりでいたんでしょうしね」

 領内の森に巣くうゴブリンではなく、攻め込んできた敵軍を追い返したのであれば、レオナとしてもあの若い武官の心情主観に同意してもよかったのだが。
 ゴブリンを森へ追い返しましたとか――レオナから見ても「それ全然解決になってないよねー……」である。

「そんな気分でいた所に、褒美ではなく、もう一回行っやり直してこいと言われれば、面白くはあるまい」
「なるほど。だから使者にアレをおだてさせて、気分良くゴブリン討伐任務をやらせようと――ついでに、変なことを考えさせず、ふつうにゴブリンの巣を潰しに行くよう、うまく誘導しようってところですか」
「理解が早くて助かる」
「まあ、毎日ティア様をそばで見てますから。だいたい、そんなとこだろーなーと」

 軽く言うレオナだが、ティアとしては皮肉な苦笑いしか出ない。
 毎日ティアを傍で見ているだけで、ここまで理解できるというのであれば、家臣全員を毎日はべらせていたいくらいだ。

「目的はだいたいお前の言った通りだ。援軍として送った副指揮官にも、指揮官殿若造のおもりを命じてはいるが、苦労するのは目に見えている。側面からの援護くらいはしてやらんとな」
「では、出発は急ぎですね。『全滅させるなら、森焼き払えば簡単じゃん』とか短絡する前に、使者様に面会してもらわないと」
「…………」

 ティアが、レオナの顔をじっと見つめる。

「な、なんですか?」
「なぜあっちが将来の出世を約束された家臣で、こっちが使用人メイドなんだろうな」
「雇ってる本人が何言ってんですか。っていうか、わたしは女なんですから、あっち武官と立場が入れ替わるとか、苦労しかないですよ」

 その通りだ。
 女の身で立身出世できたとしても、無駄な苦労ばかりな世の中であることは、ティアこそが世界一知っている。

「ま、そうなんだよな――残念なことに」
「で、わたしは使として、誰に付いていけばいいんですか?」
「ああ――扉の外の二人を入れてくれ」

 指し示すのは、今日、部屋の外でティアここの主を警護している近衛兵だ。
 言われるがまま、レオナは外の二人を招き入れる。

 レオナに招き入れられたのは、二人ともに女性。

 女性の身辺警護だから女性という決まりはないのだが、ティアは昔から身辺プライベートの警護をえて女性で固めていた。
 ただこの男社会で剣を扱うことができる女性などロクにいるわけもなく、専門に育成は続けているものの、未だ人数は少ない。

 なので、まだ短いとはいえティアの身近に仕えるレオナは、大抵は顔を合わせているはずだった。
 だが。

「この二人を使者として送る」

 レオナは、ティアの正面に立つ二人をじっと見る。
 この二人の顔は記憶になかった。

「お前に近い方がマリア。今回の正使をやってもらう」

 マリアと呼ばれた方と目が合う。
 容姿全般の印象は非常に女性的だ。美女と評して反対意見はでないだろう。
 なのに、目が合ったレオナの頭の中に、(この世界にはない)『鬼軍曹』という単語が浮かんだ。

 顔立ちの整った美女なのだが、その雰囲気と視線の鋭さで男を遠ざけてしまうタイプだ。
 一人静かに酒をあおる姿を見せれば、目をハートにした女たちが寄ってきそうな雰囲気も、同時にある。

(……なんかこの人、見覚えあるような、ないような気がしないでもないんだよなー)

 間違いなく、直接会ったことはない。
 だけど、なんとなく――。

「もう一人がサイカ。こちらは副使だ」

 レオナの意識は、ティアの言葉で現実に引き戻された。
 慌ててマリアの隣へ、視線を動かす。
 目が合うと、ニッコリと優しく微笑んでくれた。

(綺麗な人だよな……)

 向けられた柔らかな笑顔に、レオナは思わず惚れそうになる。

 こちらは、腰までの長く艶のある黒髪が美しい、典型的な美女だ。
 多分に儀礼的で装飾過多な近衛隊用装備をまとった姿は、優しさの中にも凛とした美しさを感じさせる。

(でも、近衛隊にこれだけの美人がいるなら、記憶にないってのもおかしいんだけどな~)

 この疑問は顔に出ていたらしく、ティアが補足してくれる。

「この二人には、近衛隊所属ながら、これまで裏のことをやってもらっていてな。色々と使えるヤツらだ。今回はこれ以上の適任者はいない」

 たしかに、今回の使者はただの伝言役ではない。
 使者個人として武官をおだてて持ち上げ、うまく誘導しないといけないのだ。

(人を上手く使うなんて、近衛隊で必須の能力でもないはずなのに――この人たちって、優秀なんだ)

 それに特別な任務を帯びた使者に抜擢されるのだから、優秀なだけでなく、ティアに信頼されてるのも間違いない。

(見てる感じだと、単純な主従関係ってわけでもないのかもな)

 そんなことを思って三人を見ていると、ティアがレオナの肩にポンと手を置いた。

「あとは、お前たち二人にこいつを紹介しておこう――私付きの使用人メイド、レオナだ。今回、お前たちの従者として連れていってもらう」
「よ、よろしくお願いします」

(これが、判らない……)

 二人を世話する従者が付いていくのはいいとして、ティアの世話係の自分がわざわざ担当する必要性は?
 レオナには、皆目見当がつかなかった。

 だが、その答えは、この後あっさり判明することになる。

 ――レオナにとっては、判明しない方が良かったかもしれないが。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

風ノ旅人

東 村長
ファンタジー
風の神の寵愛『風の加護』を持った少年『ソラ』は、突然家から居なくなってしまった母の『フーシャ』を探しに旅に出る。文化も暮らす種族も違う、色んな国々を巡り、個性的な人達との『出会いと別れ』を繰り返して、世界を旅していく—— これは、主人公である『ソラ』の旅路を記す物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

ハイスペな車と廃番勇者の少年との気長な旅をするメガネのおっさん

夕刻の灯
ファンタジー
ある日…神は、こう神託を人々に伝えました。 『勇者によって、平和になったこの世界には、勇者はもう必要ありません。なので、勇者が産まれる事はないでしょう…』 その神託から時が流れた。 勇者が産まれるはずが無い世界の片隅に 1人の少年が勇者の称号を持って産まれた。 そこからこの世界の歯車があちらこちらで狂い回り始める。 買ったばかりの新車の車を事故らせた。 アラサーのメガネのおっさん 崖下に落ちた〜‼︎ っと思ったら、異世界の森の中でした。 買ったばかりの新車の車は、いろんな意味で ハイスペな車に変わってました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

起きるとそこは、森の中。可愛いトラさんが涎を垂らして、こっちをチラ見!もふもふ生活開始の気配(原題.真説・森の獣

ゆうた
ファンタジー
 起きると、そこは森の中。パニックになって、 周りを見渡すと暗くてなんも見えない。  特殊能力も付与されず、原生林でどうするの。 誰か助けて。 遠くから、獣の遠吠えが聞こえてくる。 これって、やばいんじゃない。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

処理中です...