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第1章 メイドな日常の終わり
第7話 使者を世話する、簡単なお仕事
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「え? 慰労の使者を送る……ですか?」
評定から二日後の執務室。
レオナは目の前の部屋の主に聞き返す。
「そうだ。お前は従者としてそれに付いて行ってくれ」
「判りました――でも、たかがゴブリン討伐に、少し大仰ですね」
大戦の前線ならともかく、多少規模が大きめとはいえ、言ってしまえば今回はただの魔物退治だ。
この国の慣習としても異例ではある。
「まあな。だが、お前も評定で見たと思うが……」
ティアは、先日の評定を思い出したのか、深い溜息を吐いた。
「こちらとしては、あんな中途半端なことをして帰って来た愚か者に、最大限の温情を与えたつもりだが、アレはそう受け取ってない様子だったろう?」
レオナは、ティアの後ろに控えて見ていた若い武官の顔を思い返す。
「……まあ、あの感じだと、華麗な武功を上げて華々しく凱旋したつもりでいたんでしょうしね」
領内の森に巣くうゴブリンではなく、攻め込んできた敵軍を追い返したのであれば、レオナとしてもあの若い武官の心情に同意してもよかったのだが。
ゴブリンを森へ追い返しましたとか――レオナから見ても「それ全然解決になってないよねー……」である。
「そんな気分でいた所に、褒美ではなく、もう一回行ってこいと言われれば、面白くはあるまい」
「なるほど。だから使者にアレを煽てさせて、気分良くゴブリン討伐をやらせようと――ついでに、変なことを考えさせず、ふつうにゴブリンの巣を潰しに行くよう、うまく誘導しようってところですか」
「理解が早くて助かる」
「まあ、毎日ティア様を傍で見てますから。だいたい、そんなとこだろーなーと」
軽く言うレオナだが、ティアとしては皮肉な苦笑いしか出ない。
毎日ティアを傍で見ているだけで、ここまで理解できるというのであれば、家臣全員を毎日侍らせていたいくらいだ。
「目的はだいたいお前の言った通りだ。援軍として送った副指揮官にも、指揮官殿のお守を命じてはいるが、苦労するのは目に見えている。側面からの援護くらいはしてやらんとな」
「では、出発は急ぎですね。『全滅させるなら、森焼き払えば簡単じゃん』とか短絡する前に、使者様に面会してもらわないと」
「…………」
ティアが、レオナの顔をじっと見つめる。
「な、なんですか?」
「なぜあっちが将来の出世を約束された家臣で、こっちが使用人なんだろうな」
「雇ってる本人が何言ってんですか。っていうか、わたしは女なんですから、あっちと立場が入れ替わるとか、苦労しかないですよ」
その通りだ。
女の身で立身出世できたとしても、無駄な苦労ばかりな世の中であることは、ティアこそが世界一知っている。
「ま、そうなんだよな――残念なことに」
「で、わたしはただの使用人として、誰に付いていけばいいんですか?」
「ああ――扉の外の二人を入れてくれ」
指し示すのは、今日、部屋の外でティアを警護している近衛兵だ。
言われるがまま、レオナは外の二人を招き入れる。
レオナに招き入れられたのは、二人ともに女性。
女性の身辺警護だから女性という決まりはないのだが、ティアは昔から身辺の警護を敢えて女性で固めていた。
ただこの男社会で剣を扱うことができる女性などロクにいるわけもなく、専門に育成は続けているものの、未だ人数は少ない。
なので、まだ短いとはいえティアの身近に仕えるレオナは、大抵は顔を合わせているはずだった。
だが。
「この二人を使者として送る」
レオナは、ティアの正面に立つ二人をじっと見る。
この二人の顔は記憶になかった。
「お前に近い方がマリア。今回の正使をやってもらう」
マリアと呼ばれた方と目が合う。
容姿全般の印象は非常に女性的だ。美女と評して反対意見はでないだろう。
なのに、目が合ったレオナの頭の中に、(この世界にはない)『鬼軍曹』という単語が浮かんだ。
顔立ちの整った美女なのだが、その雰囲気と視線の鋭さで男を遠ざけてしまうタイプだ。
一人静かに酒を呷る姿を見せれば、目をハートにした女たちが寄ってきそうな雰囲気も、同時にある。
(……なんかこの人、見覚えあるような、ないような気がしないでもないんだよなー)
間違いなく、直接会ったことはない。
だけど、なんとなく――。
「もう一人がサイカ。こちらは副使だ」
レオナの意識は、ティアの言葉で現実に引き戻された。
慌ててマリアの隣へ、視線を動かす。
目が合うと、ニッコリと優しく微笑んでくれた。
(綺麗な人だよな……)
向けられた柔らかな笑顔に、レオナは思わず惚れそうになる。
こちらは、腰までの長く艶のある黒髪が美しい、典型的な美女だ。
多分に儀礼的で装飾過多な近衛隊用装備を纏った姿は、優しさの中にも凛とした美しさを感じさせる。
(でも、近衛隊にこれだけの美人がいるなら、記憶にないってのもおかしいんだけどな~)
この疑問は顔に出ていたらしく、ティアが補足してくれる。
「この二人には、近衛隊所属ながら、これまで裏のことをやってもらっていてな。色々と使えるヤツらだ。今回はこれ以上の適任者はいない」
たしかに、今回の使者はただの伝言役ではない。
使者個人として武官を煽てて持ち上げ、うまく誘導しないといけないのだ。
(人を上手く使うなんて、近衛隊で必須の能力でもないはずなのに――この人たちって、優秀なんだ)
それに特別な任務を帯びた使者に抜擢されるのだから、優秀なだけでなく、ティアに信頼されてるのも間違いない。
(見てる感じだと、単純な主従関係ってわけでもないのかもな)
そんなことを思って三人を見ていると、ティアがレオナの肩にポンと手を置いた。
「あとは、お前たち二人にこいつを紹介しておこう――私付きの使用人、レオナだ。今回、お前たちの従者として連れていってもらう」
「よ、よろしくお願いします」
(これが、判らない……)
二人を世話する従者が付いていくのはいいとして、ティアの世話係の自分がわざわざ担当する必要性は?
レオナには、皆目見当がつかなかった。
だが、その答えは、この後あっさり判明することになる。
――レオナにとっては、判明しない方が良かったかもしれないが。
評定から二日後の執務室。
レオナは目の前の部屋の主に聞き返す。
「そうだ。お前は従者としてそれに付いて行ってくれ」
「判りました――でも、たかがゴブリン討伐に、少し大仰ですね」
大戦の前線ならともかく、多少規模が大きめとはいえ、言ってしまえば今回はただの魔物退治だ。
この国の慣習としても異例ではある。
「まあな。だが、お前も評定で見たと思うが……」
ティアは、先日の評定を思い出したのか、深い溜息を吐いた。
「こちらとしては、あんな中途半端なことをして帰って来た愚か者に、最大限の温情を与えたつもりだが、アレはそう受け取ってない様子だったろう?」
レオナは、ティアの後ろに控えて見ていた若い武官の顔を思い返す。
「……まあ、あの感じだと、華麗な武功を上げて華々しく凱旋したつもりでいたんでしょうしね」
領内の森に巣くうゴブリンではなく、攻め込んできた敵軍を追い返したのであれば、レオナとしてもあの若い武官の心情に同意してもよかったのだが。
ゴブリンを森へ追い返しましたとか――レオナから見ても「それ全然解決になってないよねー……」である。
「そんな気分でいた所に、褒美ではなく、もう一回行ってこいと言われれば、面白くはあるまい」
「なるほど。だから使者にアレを煽てさせて、気分良くゴブリン討伐をやらせようと――ついでに、変なことを考えさせず、ふつうにゴブリンの巣を潰しに行くよう、うまく誘導しようってところですか」
「理解が早くて助かる」
「まあ、毎日ティア様を傍で見てますから。だいたい、そんなとこだろーなーと」
軽く言うレオナだが、ティアとしては皮肉な苦笑いしか出ない。
毎日ティアを傍で見ているだけで、ここまで理解できるというのであれば、家臣全員を毎日侍らせていたいくらいだ。
「目的はだいたいお前の言った通りだ。援軍として送った副指揮官にも、指揮官殿のお守を命じてはいるが、苦労するのは目に見えている。側面からの援護くらいはしてやらんとな」
「では、出発は急ぎですね。『全滅させるなら、森焼き払えば簡単じゃん』とか短絡する前に、使者様に面会してもらわないと」
「…………」
ティアが、レオナの顔をじっと見つめる。
「な、なんですか?」
「なぜあっちが将来の出世を約束された家臣で、こっちが使用人なんだろうな」
「雇ってる本人が何言ってんですか。っていうか、わたしは女なんですから、あっちと立場が入れ替わるとか、苦労しかないですよ」
その通りだ。
女の身で立身出世できたとしても、無駄な苦労ばかりな世の中であることは、ティアこそが世界一知っている。
「ま、そうなんだよな――残念なことに」
「で、わたしはただの使用人として、誰に付いていけばいいんですか?」
「ああ――扉の外の二人を入れてくれ」
指し示すのは、今日、部屋の外でティアを警護している近衛兵だ。
言われるがまま、レオナは外の二人を招き入れる。
レオナに招き入れられたのは、二人ともに女性。
女性の身辺警護だから女性という決まりはないのだが、ティアは昔から身辺の警護を敢えて女性で固めていた。
ただこの男社会で剣を扱うことができる女性などロクにいるわけもなく、専門に育成は続けているものの、未だ人数は少ない。
なので、まだ短いとはいえティアの身近に仕えるレオナは、大抵は顔を合わせているはずだった。
だが。
「この二人を使者として送る」
レオナは、ティアの正面に立つ二人をじっと見る。
この二人の顔は記憶になかった。
「お前に近い方がマリア。今回の正使をやってもらう」
マリアと呼ばれた方と目が合う。
容姿全般の印象は非常に女性的だ。美女と評して反対意見はでないだろう。
なのに、目が合ったレオナの頭の中に、(この世界にはない)『鬼軍曹』という単語が浮かんだ。
顔立ちの整った美女なのだが、その雰囲気と視線の鋭さで男を遠ざけてしまうタイプだ。
一人静かに酒を呷る姿を見せれば、目をハートにした女たちが寄ってきそうな雰囲気も、同時にある。
(……なんかこの人、見覚えあるような、ないような気がしないでもないんだよなー)
間違いなく、直接会ったことはない。
だけど、なんとなく――。
「もう一人がサイカ。こちらは副使だ」
レオナの意識は、ティアの言葉で現実に引き戻された。
慌ててマリアの隣へ、視線を動かす。
目が合うと、ニッコリと優しく微笑んでくれた。
(綺麗な人だよな……)
向けられた柔らかな笑顔に、レオナは思わず惚れそうになる。
こちらは、腰までの長く艶のある黒髪が美しい、典型的な美女だ。
多分に儀礼的で装飾過多な近衛隊用装備を纏った姿は、優しさの中にも凛とした美しさを感じさせる。
(でも、近衛隊にこれだけの美人がいるなら、記憶にないってのもおかしいんだけどな~)
この疑問は顔に出ていたらしく、ティアが補足してくれる。
「この二人には、近衛隊所属ながら、これまで裏のことをやってもらっていてな。色々と使えるヤツらだ。今回はこれ以上の適任者はいない」
たしかに、今回の使者はただの伝言役ではない。
使者個人として武官を煽てて持ち上げ、うまく誘導しないといけないのだ。
(人を上手く使うなんて、近衛隊で必須の能力でもないはずなのに――この人たちって、優秀なんだ)
それに特別な任務を帯びた使者に抜擢されるのだから、優秀なだけでなく、ティアに信頼されてるのも間違いない。
(見てる感じだと、単純な主従関係ってわけでもないのかもな)
そんなことを思って三人を見ていると、ティアがレオナの肩にポンと手を置いた。
「あとは、お前たち二人にこいつを紹介しておこう――私付きの使用人、レオナだ。今回、お前たちの従者として連れていってもらう」
「よ、よろしくお願いします」
(これが、判らない……)
二人を世話する従者が付いていくのはいいとして、ティアの世話係の自分がわざわざ担当する必要性は?
レオナには、皆目見当がつかなかった。
だが、その答えは、この後あっさり判明することになる。
――レオナにとっては、判明しない方が良かったかもしれないが。
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