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第1章 メイドな日常の終わり
第2話 メイドのお仕事(?)
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ワゴンに乗った食事を受け取り、広い厨房の奥にある小型の昇降機まで運んでいくのが、レオナの毎朝最初の仕事となる。
「よっ、と」
昇降機の中へワゴンを納め、背の低いレオナにも届く高さについているレバーを引くと、昇降機内のケージが勝手にするすると上へ昇り始めた。
「これでよし、と」
そのまま自分は手ぶらで厨房を出て、階段から雇い主の寝室がある階へと駆け上がる。
階段を上りきり、通路の突き当たりへ。
そこには、厨房と繋がる昇降機の口があり、中の機構が小さな音を立てて動いていた。
(真っ直ぐ昇ってくるだけのこっちのほうが、時間がかかるっていうね)
階段を上ってくるレオナより時間がかかるのは、食事運搬用ということで、安定性を優先しているかららしい。
もちろん、誰もいないのに勝手に物を上下に運んでくれるのだから、楽をできるレオナに文句があるはずもない。
(内燃機関もないこの世界でこんなもの設計できて、しかも作れるんだから、ドワーフってば凄いよな~)
レオナはのんびりと昇降機の前に立ってそれを眺めながら感心していた。
人力なしで動く、なによりこんな精緻な機構――人間の国の中ではこの州都レージュの、しかもこの屋敷でしか拝めない。
(お、きたきた)
じっと待っていたレオナの前で、昇降機内にワゴンが現れる。
レオナはちょうどいい位置で勝手に止まったケージから、ワゴンを取り出した。
「よっ、と」
下にいた時と同じように昇降機横のレバーを倒す。
すると、今度は昇降機がゆっくりと降り始めた。
ドワーフの技術で精緻に作りこまれた機構により、昇降ともにケージの揺れは最小限に抑えられている。
おかげで、ワゴンの上の食事は些かも崩れることなく、料理長自慢の美しい盛り付けを保っていた。
あとはこれを、雇い主の私室までコロコロと押していくだけだ。
■■■
部屋の前では、扉の両脇に近衛隊の隊士が立っている。
兜は被らず――見た目優先なのだろう――意匠を凝らした鎧を纏って剣を帯びているのは、どちらも女性だ。
レオナは、すでに顔見知りの二人と静かに目で挨拶を交わして扉を開けた。
中は薄暗い。
まずは窓を開けに行かなくてはならない。
ベッドの脇を通る。
ベッドに一番近づいたタイミングで、部屋に入ったときから微かに続いていた甘い匂いが強くなり、レオナの鼻をふわりとくすぐった。
それに一瞬気を取られた瞬間。
ズルッ!
レオナは足を滑らせ、足の裏が天井を向くほど豪快に尻餅をついた。
「ッ!!」
声は出せない。
そんなことをすれば、扉の外に控える近衛隊の二人が飛び込んできて大騒ぎだ。(実績あり)
「てて……」
レオナは涙目でお尻をさすりながら、立ち上がる。
そして、足を滑らせた原因になったモノを、拾い上げた。
部屋の暗さのせいで見えにくいので、顔の前まで近づけて正体を確認する。
(……布? ってわぁぁっ!)
正体を理解したレオナは一瞬動揺し、手に取った女性の下半身用の小さな布切れを取り落としそうになる。
(たまーにあるんだよなぁ……これ)
たまにあるのだが、まだまだ慣れないレオナであった。
物としては見慣れたはずなのに、やはりこういう形で意表を突かれると弱い。
(べつに寝相悪いわけじゃないのに、なぜ?)
必死になってドキドキと騒ぐ心臓を宥めつつ、レオナはようやく窓まで辿り着いた。
この国では、普通は木製の鎧戸だけでも付けられていれば上等なのが『窓』というもの。
戦争を意識しなくてはならない建物であれば、外の様子が覗き見られて換気ができれば上等とばかりに、石の壁に細長い開口部しかない場合だってある。
しかし、ここでは部屋の主の意向により、窓にもドワーフの技術が試験導入されていた。
元は小さかった開口部を大きく拡げ、透明なスライド式のガラス窓や鎧戸が取り付けてあると言う非常識なものとなっているのだ。
(うちの部屋も、これにしてくれないかなー。昼間でも薄暗いもんね――ってまあ、昼間は部屋にいないけど)
心の中で呟きながら、レオナは内側のガラス窓を開け、続けて外側の鎧戸を開いた。
窓から朝の新鮮な風が流れ込み、差し込む光が部屋の中のベッドを照らす。
「ん……」
ベッドで目を閉じて横たわっている部屋の、いやこの屋敷の、いやこの州都の、いや――州都を含むこの地方一帯、アザリア州を統べる主が眩しそうに目を開けた。
この世界唯一の人間の国――それを七つの州に分けた内のひとつが、この主の治める地。
主は、『太守』と呼ばれている。
この世界の人間の国は貴族制ではなく、官僚制を採っていて、トップは皇帝だ。
だが、今や皇帝の威光は地に落ち、地方の太守達がいかに他を叩き潰して勢力を伸ばすか――もしくは、いかにして皇帝にとって代わるか――それが、今の時代の世の動き。
覇を唱える為の力と権利を有した者たちが割拠するそんな戦乱の時代に、目の前の太守もまた、その一人として立っていた。
――本人の姿を目の前にしたレオナとしては、とても信じられないのだが。
「ふわぁぁぁ……」
身体を起こし、寝ぐせの付いた肩まで届く髪を鬱陶しそうにかきあげた後、両拳を突き上げて伸びをしながら豪快な欠伸をするこの女性。
紛れもなく、ここの太守様である。
政治も経済も戦争も男の役割な社会であるこの国で、百万の単位の民の上に立つこの女性。
早婚気味のこの国では、そろそろ結婚適齢期を過ぎそうなのに、未だ独身のこの女性。
紛れもなく、太守様なのである。
「おはようございます、ティア様」
レオナはベッドへ近づき、声をかける。
満足いくまで伸びをしてから、息を吐くのに合わせて両腕をパタンと下ろしたアザリア州太守、ティア・リュー・ドゥール。
彼女はベッドの中で座ったまま、傍らに立つレオナの方へ、まだ眠そうにトロンとした目を向けた。
「おー。おはよう、レオナ」
そして、抱き着いてくる。
「朝っぱらから、やめてください」
レオナは努めて冷たくあしらいつつ、心の中で頭を抱える。
まったく心臓に悪い太守様だ。
妙齢の美女に、肌が透けそうなほど薄い布越しに存在する大きなモノを押し付けられ、耳元に気だるい吐息を受ける身にもなってほしい。
こっちは、この世界に生まれる前の、男としての記憶もある身なのだ。
――まあ、レオナを育てた親には、その感覚は「転生前の記憶とは関係がない。今のレオナの本能だ」とキッパリ断言されてたりするが。
「そう言うな。仕事だと思って、しばらく大人しく抱き枕になってくれ」
「抱き枕って、二度寝する前提に自分を巻き込まないでください。つか、そんな仕事はないっ」
「なんだと~。ご主人様の命令に従わないってゆーのか?」
「あんたが命令に盲従する奴隷はいらないって、最初に言ったんでしょーが」
いつまでもやってられるか! と、レオナはご主人様ことティアの両肩を押しやって、強引に引っぺがした。
「えー」
抗議の声を上げるティアを無視し、レオナは頬の熱が冷めやらぬまま朝食の給仕を始める。
ちなみにこの国では、どんな身分であれ、たとえ当人の記念日であろうとも、寝起きのままベッドで朝食をとる文化などない。
ベッドで朝食をとるのは、この型破りな女性だけの文化だったりする。
他で学ぶことなどできないこの給仕が様になるまで、メイド長の地獄の特訓を受けたのは、今となってはいい思い出だ。
「どうせ起きたら、寝るまで暇なしなんだから、ちょっとぐらいいいじゃないか……」
ブツブツと零しているティアの不満そうな声を、レオナはいつものようにただハイハイと適当に受け流して済ませた。
このへんは、慣れたものである。
――まだ頬の熱はかすかに残ってたりするけれど。
「よっ、と」
昇降機の中へワゴンを納め、背の低いレオナにも届く高さについているレバーを引くと、昇降機内のケージが勝手にするすると上へ昇り始めた。
「これでよし、と」
そのまま自分は手ぶらで厨房を出て、階段から雇い主の寝室がある階へと駆け上がる。
階段を上りきり、通路の突き当たりへ。
そこには、厨房と繋がる昇降機の口があり、中の機構が小さな音を立てて動いていた。
(真っ直ぐ昇ってくるだけのこっちのほうが、時間がかかるっていうね)
階段を上ってくるレオナより時間がかかるのは、食事運搬用ということで、安定性を優先しているかららしい。
もちろん、誰もいないのに勝手に物を上下に運んでくれるのだから、楽をできるレオナに文句があるはずもない。
(内燃機関もないこの世界でこんなもの設計できて、しかも作れるんだから、ドワーフってば凄いよな~)
レオナはのんびりと昇降機の前に立ってそれを眺めながら感心していた。
人力なしで動く、なによりこんな精緻な機構――人間の国の中ではこの州都レージュの、しかもこの屋敷でしか拝めない。
(お、きたきた)
じっと待っていたレオナの前で、昇降機内にワゴンが現れる。
レオナはちょうどいい位置で勝手に止まったケージから、ワゴンを取り出した。
「よっ、と」
下にいた時と同じように昇降機横のレバーを倒す。
すると、今度は昇降機がゆっくりと降り始めた。
ドワーフの技術で精緻に作りこまれた機構により、昇降ともにケージの揺れは最小限に抑えられている。
おかげで、ワゴンの上の食事は些かも崩れることなく、料理長自慢の美しい盛り付けを保っていた。
あとはこれを、雇い主の私室までコロコロと押していくだけだ。
■■■
部屋の前では、扉の両脇に近衛隊の隊士が立っている。
兜は被らず――見た目優先なのだろう――意匠を凝らした鎧を纏って剣を帯びているのは、どちらも女性だ。
レオナは、すでに顔見知りの二人と静かに目で挨拶を交わして扉を開けた。
中は薄暗い。
まずは窓を開けに行かなくてはならない。
ベッドの脇を通る。
ベッドに一番近づいたタイミングで、部屋に入ったときから微かに続いていた甘い匂いが強くなり、レオナの鼻をふわりとくすぐった。
それに一瞬気を取られた瞬間。
ズルッ!
レオナは足を滑らせ、足の裏が天井を向くほど豪快に尻餅をついた。
「ッ!!」
声は出せない。
そんなことをすれば、扉の外に控える近衛隊の二人が飛び込んできて大騒ぎだ。(実績あり)
「てて……」
レオナは涙目でお尻をさすりながら、立ち上がる。
そして、足を滑らせた原因になったモノを、拾い上げた。
部屋の暗さのせいで見えにくいので、顔の前まで近づけて正体を確認する。
(……布? ってわぁぁっ!)
正体を理解したレオナは一瞬動揺し、手に取った女性の下半身用の小さな布切れを取り落としそうになる。
(たまーにあるんだよなぁ……これ)
たまにあるのだが、まだまだ慣れないレオナであった。
物としては見慣れたはずなのに、やはりこういう形で意表を突かれると弱い。
(べつに寝相悪いわけじゃないのに、なぜ?)
必死になってドキドキと騒ぐ心臓を宥めつつ、レオナはようやく窓まで辿り着いた。
この国では、普通は木製の鎧戸だけでも付けられていれば上等なのが『窓』というもの。
戦争を意識しなくてはならない建物であれば、外の様子が覗き見られて換気ができれば上等とばかりに、石の壁に細長い開口部しかない場合だってある。
しかし、ここでは部屋の主の意向により、窓にもドワーフの技術が試験導入されていた。
元は小さかった開口部を大きく拡げ、透明なスライド式のガラス窓や鎧戸が取り付けてあると言う非常識なものとなっているのだ。
(うちの部屋も、これにしてくれないかなー。昼間でも薄暗いもんね――ってまあ、昼間は部屋にいないけど)
心の中で呟きながら、レオナは内側のガラス窓を開け、続けて外側の鎧戸を開いた。
窓から朝の新鮮な風が流れ込み、差し込む光が部屋の中のベッドを照らす。
「ん……」
ベッドで目を閉じて横たわっている部屋の、いやこの屋敷の、いやこの州都の、いや――州都を含むこの地方一帯、アザリア州を統べる主が眩しそうに目を開けた。
この世界唯一の人間の国――それを七つの州に分けた内のひとつが、この主の治める地。
主は、『太守』と呼ばれている。
この世界の人間の国は貴族制ではなく、官僚制を採っていて、トップは皇帝だ。
だが、今や皇帝の威光は地に落ち、地方の太守達がいかに他を叩き潰して勢力を伸ばすか――もしくは、いかにして皇帝にとって代わるか――それが、今の時代の世の動き。
覇を唱える為の力と権利を有した者たちが割拠するそんな戦乱の時代に、目の前の太守もまた、その一人として立っていた。
――本人の姿を目の前にしたレオナとしては、とても信じられないのだが。
「ふわぁぁぁ……」
身体を起こし、寝ぐせの付いた肩まで届く髪を鬱陶しそうにかきあげた後、両拳を突き上げて伸びをしながら豪快な欠伸をするこの女性。
紛れもなく、ここの太守様である。
政治も経済も戦争も男の役割な社会であるこの国で、百万の単位の民の上に立つこの女性。
早婚気味のこの国では、そろそろ結婚適齢期を過ぎそうなのに、未だ独身のこの女性。
紛れもなく、太守様なのである。
「おはようございます、ティア様」
レオナはベッドへ近づき、声をかける。
満足いくまで伸びをしてから、息を吐くのに合わせて両腕をパタンと下ろしたアザリア州太守、ティア・リュー・ドゥール。
彼女はベッドの中で座ったまま、傍らに立つレオナの方へ、まだ眠そうにトロンとした目を向けた。
「おー。おはよう、レオナ」
そして、抱き着いてくる。
「朝っぱらから、やめてください」
レオナは努めて冷たくあしらいつつ、心の中で頭を抱える。
まったく心臓に悪い太守様だ。
妙齢の美女に、肌が透けそうなほど薄い布越しに存在する大きなモノを押し付けられ、耳元に気だるい吐息を受ける身にもなってほしい。
こっちは、この世界に生まれる前の、男としての記憶もある身なのだ。
――まあ、レオナを育てた親には、その感覚は「転生前の記憶とは関係がない。今のレオナの本能だ」とキッパリ断言されてたりするが。
「そう言うな。仕事だと思って、しばらく大人しく抱き枕になってくれ」
「抱き枕って、二度寝する前提に自分を巻き込まないでください。つか、そんな仕事はないっ」
「なんだと~。ご主人様の命令に従わないってゆーのか?」
「あんたが命令に盲従する奴隷はいらないって、最初に言ったんでしょーが」
いつまでもやってられるか! と、レオナはご主人様ことティアの両肩を押しやって、強引に引っぺがした。
「えー」
抗議の声を上げるティアを無視し、レオナは頬の熱が冷めやらぬまま朝食の給仕を始める。
ちなみにこの国では、どんな身分であれ、たとえ当人の記念日であろうとも、寝起きのままベッドで朝食をとる文化などない。
ベッドで朝食をとるのは、この型破りな女性だけの文化だったりする。
他で学ぶことなどできないこの給仕が様になるまで、メイド長の地獄の特訓を受けたのは、今となってはいい思い出だ。
「どうせ起きたら、寝るまで暇なしなんだから、ちょっとぐらいいいじゃないか……」
ブツブツと零しているティアの不満そうな声を、レオナはいつものようにただハイハイと適当に受け流して済ませた。
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