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第1章 メイドな日常の終わり

第1話 メイドの朝は、着替えから

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 ゴォーン……ゴォーン……。

「ふぁっ!?」

 朝を知らせる鐘の音で、レオナはガバッと飛び起きた。
 ここ州都レージュの住人に時刻ときを知らせるため、都市中央にある専用の高い塔の上に据え付けられた鐘が、都市の端々まで届く音量で鳴り響いているのだ。

「ぅ~……」

 窓の隙間から差し込む光を受け、寝ぼけて満足に開かない目をこすりながらベッドを降り、昨晩み置いた水で顔を洗う。
 ブルブルと顔を振っても残る顔や前髪の水気をふき取ると、少しは覚めてきた――でもまだ眠そうな様子のまま、ノロノロと着替えを済ませる。

「ふあぁぁ……っ」

 盛大な欠伸あくびの後、レオナは部屋をなんとなく見回した。

 同室の同僚ルームメイトは、今日も先に出ている。
 彼女のベッドがキチンと整えられているのを視界に入れ、レオナは部屋を出た。

 ――シーン。

 部屋に静寂が訪れる。

 ベッド脇にある、蓋の閉められた収納箱。
 その隙間からは、先ほど放り込まれたレオナの寝間着パジャマの端っこが顔を覗かせていた――。



   ■■■



「おはよう、レオナ」

 使用人の部屋職場へ行くと、同室の同僚ことアイシャがすでにそこにいた。

「おはよー」

 使用人メイドとしての服がよく似合う二歳年上の可愛い同僚――そして幼馴染でもある――に挨拶を返し、レオナは欠伸を噛み殺しながら後ろ手に部屋の扉を閉じる。
 アイシャはそんなレオナの姿を一目見て「もーっ!」と頬を膨らませると、椅子から立ち上がってレオナに近づいてきた。

「ブリムっ。曲がってる!」

 レオナの頭の上に乗るホワイトブリムに手を伸ばすアイシャ。
 寝ぼけ眼のレオナの視界に、アイシャの身体が覆いかぶさってくる。

「アイシャ、近い……」

 アイシャは、背が高い。
 小柄なレオナの目線は、アイシャの胸の高さでしかない。

 幼馴染だし、子供の頃も一緒に森の泉でこっそり水浴びして遊んだような仲なので、彼女のはよく知っている。
 ――はずなのだが、この距離で正面に立たれると、毎朝どうにも意識してしまうレオナであった。

「がまんしなさい」

 ホワイトブリムの位置を直したついでに髪の乱れも手櫛で軽く整えてから、アイシャはやっと離れてくれる。

「せっかくこの服似合っててかわいいんだから、ちゃんと着なさいよ」
面倒メンドくさい」

 正直な感想を述べたレオナの頭を、アイシャが軽くはたいた。

「いたい……」

 元々服装に頓着しない傾向があり、きちっとした状態で自室を出てきたためしがないレオナだが、さらにここ数日は毎朝寝ぼけまくっていることで、それに拍車がかかっていた。

 はっきり言って、ここは服の皺ひとつ許される職場ではない。
 それでもレオナがメイド長に怒られる経験をしなくてすんでいるのは、ひとえにアイシャのお陰なのだ。

「ほら、さっさと座って食べなさい」

 アイシャは、自分の分と一緒に確保しておいた朝食の前に、レオナを座らせる。

 ここの使用人は、他に比べてかなり待遇がいい。
 使用人全員と言うわけではないものの、アイシャやレオナ程度クラスの者がこのタイミングで朝食をとれる時点で、もう他ではありえない。

 他に勤務経験がないのでそんな有難さを全然理解してないレオナは、アイシャの向かい側へ座り、まだボーっとした目のまま食事を始めた。

「昨日も夜遅かったみたいじゃない。やっぱり今大変なの?」
「もー、大変」

 レオナは、アイシャと共に、雇い主の身の回りの世話を仰せつかっている。
 ただ最近、レオナだけ仕事が増えたので、必然的に仕事終わりが遅くなっていた。
 おかげで、レオナは毎晩同室のアイシャが眠ったずっと後に部屋へ戻る有様。

 かといって、朝は二人とも同じ時間からお仕事開始なのだ。
 アイシャが気を使って朝食を確保しておいてくれているおかげで(さもないと食いっぱぐれる)、レオナはギリギリまで寝ることができてはいるが、その程度は焼け石に水。
 そりゃもう、睡眠不足もはなはだしかった。

「ま、あんまり無理しないようにね……って、言っても無理か」

 使用人であるアイシャやレオナが、自分で勤務時間を決められるわけもない。 
 彼女たちの雇い主がやれといえば、やるしかないのだ。

「まー、今ちょっと大変だからね」
「……もしかして、隣州ゾートが攻めてくるの?」

 アイシャが不安そうな顔で聞いてくる。
 そりゃここの雇い主の身近で仕事してたら、嫌でもその辺りの空気は感じ取っちゃうよなー、とレオナは心の中で嘆息する。

 かと言って、正確な情報が使用人ごときに共有されるはずもない。
 雇い主のそばで中途半端な情報を耳にするだけのアイシャとしては、今は不安だけが膨らんでいる状態なのだろう。
 自分以上に雇い主の近くにいるレオナなら知ってるのではと、正確なところを聞きたくなるのも無理はなかった。

 とはいえ、レオナとしては。

「ごめんねー……もしなにかあったとしても、何も言えないんだよね」
「あー、いいのいいの! ちょっと思っただけで、無理に秘密の情報を聞こうとか思ってないから!」

 その辺は判っていて、無理に聞き出すつもりが元々なかったアイシャは、あっさり話題を引っ込めてくれた。

 今のレオナは、があって、世話係として以上に色々な情報を知ってたりする。
 もちろん、それをうっかり漏らすと機密漏洩になるので、アイシャの態度はとてもありがたかった。

(こういう空気不安が、官僚全体とか、最悪は領民全体に広がるとまずいよなー)

 なにか事前に対策を――と考えかけ、レオナは頭を振ってそれを追い出す。

「どうしたの?」
「あ、なんでもない。ちょっとボーッとしちゃって。あはは」

 自分レオナはあくまでメイド、だ。

首を突っ込んでどーする、ってね)

 その後は、二人揃って朝食の皿を空けることに集中した。

「…………!」
「……っ……!!」

 ほとんど流し込むと表現して差し支えない速度だ。
 他家より待遇がいいとはいえ、使用人の朝に『優雅』などという言葉は存在しないのである。

 ――アイシャは、レオナが起きてくるのを待ってなければ、もう少しゆっくり食べられたりするのだが。

「んじゃ、先に行ってくる」

 朝は、まずはレオナが一人で雇い主に付き、その間にアイシャが別の準備をすることになっている。

 アイシャよりも早く朝食を平らげたレオナは、すっくと立ち上がると、先ほどまでの眠気を引きずった子供っぽい空気を振り払った。
 ここからは、大人としての仕事の時間だ。

「いってらっしゃい……って、口元汚れてるじゃない! 拭いたげるからジッとしてて――もうっ、ほんと子供なんだからっ」
「あ、ありがと……」
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