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魔法学校編

56.

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「戦闘演習でカレルと戦ってたよね。あのときもすごかった」
「別に、すごくない」
「すごいよ。あれだけの魔力を操れるなんて。魔力探知もさ、この世界に魔力が宿ってないものがない中からひとつを辿って探し当てるのは、本当に高度で繊細な魔法だって、使える人は少ないって先生が言ってた。すごくないことなんてないよ」

 きらきらとした尊敬の眼差しを向けられたミレーはわずかに眉を下げて、セツを見た。それは、どう反応すればいいのか困っているようにも見えた。
 ミレーは幼い頃から英才教育を受け、実践経験も豊富。授業には出ていないが図書館で本を読み漁っては知識を蓄えている、努力家で優秀な魔法使い。だから、褒められるのも、尊敬されるのもおかしなことではない、むしろ当然のことだと思う。
 だが長い間世界を閉じてきた彼女には、人一倍まっすぐで明るいリヒトの瞳や賛辞は、眩しすぎて扱いに困るものなのかもしれない。

「あ」

 そこで、閃く——クラス展示にも関わることがなく、部活動にも所属していない、それでいてリヒトをサポートできるほど優秀な魔法使いの存在に。

「ミレー、大魔法祭出てみない?」

 思いつくままに口に出せば、リヒトもミレーもきょとんとしていた。

「セツ、大魔法祭にでるの?」
「あ、いや、俺は出ないんだけど。リヒトが有志参加するか悩んでるみたいで。俺はそれを応援したいなって思ったんだけど、俺がリヒトにできることなんも浮かばなくてさ。魔法上手くないから教えたりサポートしたりもできないし、そもそも生徒ではないから一緒には出れないし……」
「セツさん、そんなふうに考えてくれてたんですか……!?」

 とたん瞳を潤ませたリヒトが、セツに横から抱きついた。

「セツさんすごい好き」
「どうも?」
「私もセツのこと、好き」

 むすっとした声で言ったミレーがしゃがんだかと思うと、リヒトとは反対の方向から抱きついてきた。

「ちょ、ミレーさん!?」

 こんなに距離が近いタイプだったっけ、と困惑していると、ミレーはいっそう表情を顰ませた。

「その人はよくて、私は駄目なの。私もセツのこと、好きなのに」
「いや、その……」

 好かれるのは悪い気がしないし、それほどまでに心を許してくれたのかと思うと、むしろ嬉しい。だが、女性に抱きつかれることに耐性などないうえに、こんなところを万が一にもアリサに見られたらと思うと、胃が痛くなる。ふたりの関係に亀裂を入れたくはない。
 仕方なく、勢いよく立ち上がり、ふたりのハグを振り解き、その場に尻餅をついたふたりを見下ろした。

「と、とにかく! 俺はなにもできないけど、すごい魔法使いであるミレーならリヒトの力になれるんじゃないかって思って声をかけてみたってこと」

 ミレーはリヒトを一瞥してから、またセツを仰ぐ。それからゆっくりと立ち上がり、スカートを手で払う。

「大魔法祭は興味ない」

(まぁ、そうだよな)
 クラスに顔を出すことなく部活動にも所属していないミレーはこれまでに大魔法祭に参加したことがない。ゲームでミレールートを進んでいて発生するイベントも、一人空き教室で本を読んでいる彼女を主人公が見つけて屋台のお土産などをプレゼントするというもの。大魔法祭で一緒に何かをやることはない。
 それについ勢いで誘ってしまったけれど、優秀かつ学校行事から縁遠い彼女がもし何らかの形で大魔法祭に参加するとなれば、いろんな注目を集めることになるに違いない。その中には、彼女を傷つけるものものあるかもしれない。

「ごめん、ミレー。俺、考えなしに誘っちゃって——」
「でも。セツが喜ぶなら、その人のこと、手伝ってもいい」

 思わぬ言葉に目を見開くと、ミレーがセツに一歩近づき、金色の瞳でまっすぐに仰いだ。

「セツはたくさん私の力になってくれた。背中を押してくれた。お花を選んでくれた。匂い袋も作ってくれて、手紙を書くのも手伝ってくれた。私の友達。私の、好きな友達。だから、私もセツの力になりたい」
「……さっきもいったけど、俺、考えなしに誘っちゃったんだ。大魔法祭でショーってなったら、大勢の前に出ることになる」
「構わない」
「君に、よくない言葉をかける人もいるかもしれない」
「大丈夫」

 ふと、ミレーが笑った。それから、ミレーはまた一歩距離を詰めると、セツを抱きしめた。

「好きな人の言葉以外、私には届かない」

 そのとき、冷たい風が吹いた。日が暮れているといえど、真夏。さっきまでじっとりとした空気がたしかにそこにあったのに——と顔を上げたら、そこに氷雪が舞っていた。氷雪を降らしながら、こちらに歩いてくる人が、ひとり。

「あ、カレル」

 と、リヒトが零す。
「カレル、どうしたの」とセツも口を開いて尋ねようとした。
 しかしそれより先に、強い力に腕を掴まれ引かれる。
 ミレーが引き剥がれ、セツはカレルの胸に抱き止められた。

「それは、許してない」

 低い声が耳元で囁かれる。
 それからカレルはセツを抱き上げると、その場を離れた。
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