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魔法学校編
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これはツンデレキャラの宿命だろう。アリサをよく知る人間であれば、彼女のツンとした態度は照れを隠すためのものだと分かる。だがそれ以外の人は冷たい態度と捉え嫌われていると考えてしまうかもしれない。
どうにかフォローしたいけれど、アリサの中に芽生えているミレーへの思いをセツが明かしてしまっていいものか。元のゲームのプレイヤーとして察しはついていても現実としては又聞きのようなものだし、なによりそういうのはアリサ自身の口からミレーに伝えるべきものではないか。
ただこの誤解はどうにかしたいところではある。本当に嫌われているかどうかアリサに直接聞いてみたらとそれとなく促してみるとか……? だが、ミレーから突然そんなことを聞かれたアリサの反応は想像つく。多分、絶対、ツンが出る。余計に溝が深まってしまう。
イベントを奪ってしまった分、おせっかいかもしれないがアリサとミレーが近づく機会を作ることで埋め合わせられたらと思ったのだが。思わぬ拗れに遭遇してしまった。
「ミレーは、アリサと話したこととかはないんだよね」
「ない」
「そのアリサの態度からそう考えちゃうのも分からなくはないけれど……でも、アリサはなにもしていない相手を無闇に嫌うような人じゃないんだ」
「セツはアリサ・クラインと親しいの」
そう聞かれると答えるのは難しい。ゲームではアリサルートも攻略したし、弟からアリサの好きなところ語りを何度も聞いて親しみは持っている。だがこの世界でアリサに会ったのは、進級式と入学式があったあの日の一度きりだ。
「ええと、友達の友達かな……」
「友達の友達」
「そう言うとちょっと遠くて説得力ないかもだけど……ミレーははじめて見るお花と出会ったとき、触れてみたいとか、匂いを嗅いでみたいとか、思うことない?」
きょとんとしながらもミレーは頷いた。
「ある」
「俺もあるんだ。それで俺はそういうときはそうっと指や鼻を近づける。もし、いきなり触ったり顔を寄せて、花が傷ついたり逆に傷つけられちゃったりしたら、悲しいから」
ミレーがぱちりと瞳を瞬かせた。それから、少し考えるような仕草をして唇をそっと開く。
「分かる、かも」
ほっとした。花好きの彼女なら分かってくれるのではないかと思っていた。
「もしかしたら、それと似たようなものかもしれないよ」
「似たようなもの?」
「アリサがミレーの方を見ていなかったら、目は合わないじゃない? それってつまりアリサはミレーに少なからず関心があるってことだと思うんだ。その関心の中身が好きか嫌いかは第三者の俺には判別がつかない。でも、もしかしたら、アリサがミレーから目を逸らしちゃうのは嫌いじゃなくて、今まで接点がなかったミレーに突然触ったら……例えば、上手く話せなかったりするかもしれない。もしかしたら傷つけちゃったり傷ついたりしちゃうかもしれない。それで躊躇っている可能性だってあるんじゃないかな」
アリサは自分が照れを隠すときにツンとした態度を取ってしまうのを自覚している。アリサルートではモブキャラに関係をひやかされ主人公にきつい言葉を言ってしまい、ひどく落ち込み泣いてしまうアリサの姿も見た。昔からの悪癖だと猛省し、今更治せるものじゃないと悲哀に暮れ、もうあなたを傷つけたくないから私に関わらないでと主人公を突き放す。セツの知るアリサはツンデレで、少し臆病でとてもやさしい少女なのだ。
ミレーはしばしセツを見つめてから、そっと瞳を伏せた。
「みんな、私と目が合うと逸らすの。関わりたくないっていうみたいに」
尊敬していた父に裏切られ母も失ったミレーの境遇を憐れむ者は多くいた。だが、好奇心だったり魔法使いとしての実力を身につけていく彼女への僻みから、心ない眼差しや言葉を彼女に向けるものも少なくなかった。そうしてミレーは図書室の住人として孤立し長い年月を過ごすこととなった。
今のミレーが唯一信頼を寄せる人間であり養父の学長はどうにかミレーを学校生活に溶け込ませたかったらしいが、学校の長であり大魔法使いの彼が口を出せば気遣いと下心の友情が生まれるのも目に見えていた。健全とは言い難いし、ミレーは聡い子だからきっとそれに気づき余計に傷つけてしまうだろう、と学長はたまにセツに雑談の中で話していた。その姿は父親のものらしく、心からの葛藤なのだろうと思っていた。
「でも……彼女だけは少し違った。目を逸らす前に、少しだけ、眉を下げるの。眦を赤くするの」
それに、とミレーが自身の胸にそっと触れる。
「あの子に目を逸らされると、胸が少しだけ、冷たくなる」
セツの心臓はぎゅうっと締め付けられた。
「魔法を掛けられている気配はないし、健康診断は正常値だった」
「う、うん」
「不思議なの」
「不思議だね」
「それらが、少し……気になってる」
常より少しだけ、温度の高い表情で、声で、ミレーが言った。
アリサとミレーの透明な拗れに最初に触れたときは焦ったが、今はすっかり青い春が広がっていた。
弟に見せてあげたい、この情景。きっと尊さで気絶してしまうんじゃないだろうか。セツですらちょっとくらりとした。
「手紙を書いてみたらどうかな」
「手紙?」
「いきなり直接話すより、落ち着いて言葉を選んだり聞いたりできるから、傷ついたり傷つけちゃう心配が少しは減るんじゃないかなって」
ミレーはセツを仰ぐと、
「お花」
と零した。
「お花の本をあの人はよく読んでる。だから、お花を添えたら……」
「喜んでくれるかもしれないね」
黄金の瞳がわずかに煌めく。
「手紙に添えるなら、押し花とかどうかな」
「この間、花園のお花で作った」
ミレーは膝の上に載せていた手をきゅっと握る。
「書いてみる。手紙」
「うん」
「セツ」
「うん?」
「あなたは不思議な人」
きょとんとするセツを見つめるミレーの眦がわずかに綻んだ。まるで、花のプレゼントをもらったときみたいに。
「あなたはこのまま演習を見ていくの?」
「うん。友達が出るから」
と、そこでちょうど第六試合の招集がかかる。ついにリヒトの出番だ。
「私もこの演習に出て戦う」
それはよく存じ上げている。なにせミレーの対戦相手は——。
「ねぇ、セツ」
ミレーが真っ直ぐな声で言う。
「私が相手に勝ったら、アリサ・クラインにおくる押し花を選ぶのを手伝って。セツ」
「え」
(勝ったらって)
ミレーはすくっと立ち上がると颯爽と去っていく。呆然としている間にミレーの背は見えなくなる。演習場からは第六試合開始の合図が響いた。
どうにかフォローしたいけれど、アリサの中に芽生えているミレーへの思いをセツが明かしてしまっていいものか。元のゲームのプレイヤーとして察しはついていても現実としては又聞きのようなものだし、なによりそういうのはアリサ自身の口からミレーに伝えるべきものではないか。
ただこの誤解はどうにかしたいところではある。本当に嫌われているかどうかアリサに直接聞いてみたらとそれとなく促してみるとか……? だが、ミレーから突然そんなことを聞かれたアリサの反応は想像つく。多分、絶対、ツンが出る。余計に溝が深まってしまう。
イベントを奪ってしまった分、おせっかいかもしれないがアリサとミレーが近づく機会を作ることで埋め合わせられたらと思ったのだが。思わぬ拗れに遭遇してしまった。
「ミレーは、アリサと話したこととかはないんだよね」
「ない」
「そのアリサの態度からそう考えちゃうのも分からなくはないけれど……でも、アリサはなにもしていない相手を無闇に嫌うような人じゃないんだ」
「セツはアリサ・クラインと親しいの」
そう聞かれると答えるのは難しい。ゲームではアリサルートも攻略したし、弟からアリサの好きなところ語りを何度も聞いて親しみは持っている。だがこの世界でアリサに会ったのは、進級式と入学式があったあの日の一度きりだ。
「ええと、友達の友達かな……」
「友達の友達」
「そう言うとちょっと遠くて説得力ないかもだけど……ミレーははじめて見るお花と出会ったとき、触れてみたいとか、匂いを嗅いでみたいとか、思うことない?」
きょとんとしながらもミレーは頷いた。
「ある」
「俺もあるんだ。それで俺はそういうときはそうっと指や鼻を近づける。もし、いきなり触ったり顔を寄せて、花が傷ついたり逆に傷つけられちゃったりしたら、悲しいから」
ミレーがぱちりと瞳を瞬かせた。それから、少し考えるような仕草をして唇をそっと開く。
「分かる、かも」
ほっとした。花好きの彼女なら分かってくれるのではないかと思っていた。
「もしかしたら、それと似たようなものかもしれないよ」
「似たようなもの?」
「アリサがミレーの方を見ていなかったら、目は合わないじゃない? それってつまりアリサはミレーに少なからず関心があるってことだと思うんだ。その関心の中身が好きか嫌いかは第三者の俺には判別がつかない。でも、もしかしたら、アリサがミレーから目を逸らしちゃうのは嫌いじゃなくて、今まで接点がなかったミレーに突然触ったら……例えば、上手く話せなかったりするかもしれない。もしかしたら傷つけちゃったり傷ついたりしちゃうかもしれない。それで躊躇っている可能性だってあるんじゃないかな」
アリサは自分が照れを隠すときにツンとした態度を取ってしまうのを自覚している。アリサルートではモブキャラに関係をひやかされ主人公にきつい言葉を言ってしまい、ひどく落ち込み泣いてしまうアリサの姿も見た。昔からの悪癖だと猛省し、今更治せるものじゃないと悲哀に暮れ、もうあなたを傷つけたくないから私に関わらないでと主人公を突き放す。セツの知るアリサはツンデレで、少し臆病でとてもやさしい少女なのだ。
ミレーはしばしセツを見つめてから、そっと瞳を伏せた。
「みんな、私と目が合うと逸らすの。関わりたくないっていうみたいに」
尊敬していた父に裏切られ母も失ったミレーの境遇を憐れむ者は多くいた。だが、好奇心だったり魔法使いとしての実力を身につけていく彼女への僻みから、心ない眼差しや言葉を彼女に向けるものも少なくなかった。そうしてミレーは図書室の住人として孤立し長い年月を過ごすこととなった。
今のミレーが唯一信頼を寄せる人間であり養父の学長はどうにかミレーを学校生活に溶け込ませたかったらしいが、学校の長であり大魔法使いの彼が口を出せば気遣いと下心の友情が生まれるのも目に見えていた。健全とは言い難いし、ミレーは聡い子だからきっとそれに気づき余計に傷つけてしまうだろう、と学長はたまにセツに雑談の中で話していた。その姿は父親のものらしく、心からの葛藤なのだろうと思っていた。
「でも……彼女だけは少し違った。目を逸らす前に、少しだけ、眉を下げるの。眦を赤くするの」
それに、とミレーが自身の胸にそっと触れる。
「あの子に目を逸らされると、胸が少しだけ、冷たくなる」
セツの心臓はぎゅうっと締め付けられた。
「魔法を掛けられている気配はないし、健康診断は正常値だった」
「う、うん」
「不思議なの」
「不思議だね」
「それらが、少し……気になってる」
常より少しだけ、温度の高い表情で、声で、ミレーが言った。
アリサとミレーの透明な拗れに最初に触れたときは焦ったが、今はすっかり青い春が広がっていた。
弟に見せてあげたい、この情景。きっと尊さで気絶してしまうんじゃないだろうか。セツですらちょっとくらりとした。
「手紙を書いてみたらどうかな」
「手紙?」
「いきなり直接話すより、落ち着いて言葉を選んだり聞いたりできるから、傷ついたり傷つけちゃう心配が少しは減るんじゃないかなって」
ミレーはセツを仰ぐと、
「お花」
と零した。
「お花の本をあの人はよく読んでる。だから、お花を添えたら……」
「喜んでくれるかもしれないね」
黄金の瞳がわずかに煌めく。
「手紙に添えるなら、押し花とかどうかな」
「この間、花園のお花で作った」
ミレーは膝の上に載せていた手をきゅっと握る。
「書いてみる。手紙」
「うん」
「セツ」
「うん?」
「あなたは不思議な人」
きょとんとするセツを見つめるミレーの眦がわずかに綻んだ。まるで、花のプレゼントをもらったときみたいに。
「あなたはこのまま演習を見ていくの?」
「うん。友達が出るから」
と、そこでちょうど第六試合の招集がかかる。ついにリヒトの出番だ。
「私もこの演習に出て戦う」
それはよく存じ上げている。なにせミレーの対戦相手は——。
「ねぇ、セツ」
ミレーが真っ直ぐな声で言う。
「私が相手に勝ったら、アリサ・クラインにおくる押し花を選ぶのを手伝って。セツ」
「え」
(勝ったらって)
ミレーはすくっと立ち上がると颯爽と去っていく。呆然としている間にミレーの背は見えなくなる。演習場からは第六試合開始の合図が響いた。
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