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魔法学校編

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「——それぞれの望む道に進めるよう、精進していただければと思います。そしてその道中に迷うことがあれば、この学校には多くの先立がいます。一見は気難しそうに見える先生や先輩も、心の底ではかわいい生徒や後輩に頼られたくてうずうずしています。なので、気軽に相談し、頼ってくださいね」

 にこりと微笑むカレルに、先まで緊張に包まれていた新入生たちの空気がぱぁっと華やぎ解けるのが伝わる。その中にはほんのりと頬を染めているものも少なくなかった。

「それでは以上をもって、歓迎の挨拶とさせていただきます。どうかこの学校で過ごす日々が皆様の人生にとってよい礎となることを願って。在校生代表、カレル・フレーテス」

 一礼したカレルは多くの拍手に包まれながら降壇する。新入生の緊張を和らげ心から歓迎しようという思いやりに満ちた挨拶は非常にすばらしく、セツはスタンディングオベーションしたい衝動に駆られたもののそれはぐっと堪え、周囲の音量に合わせてぱちぱちと手を打った。
 例年はあくまで業者として花飾りの提供のみを行なっていた進級式と入学式に、今年は学長に誘われ見学という形で参列することとなった。入学式の方はゲームでは縁のない行事だったのだが、在校生代表がカレルと聞いたら興味が湧かないわけがなかった。毎年この日は来客が少ないし、見るだけ見たらさくっと帰路につけば大丈夫だろうと欲望のままに頷いたが。
(本当に良かった……!)
 次に学長に会うときはそれはもう盛大な感謝を伝えようと思いながら、新入生や来賓の退場を見送ってからセツも会場を後にした。校舎を出たところで、

「あ、やっぱりセツさんだ!」

 と横から声がした。見れば、そこにはリヒトがいた——そしてその隣には少女がひとり。

「進級式中にふと後ろを見たらセツさんみたいな人がいたから! よかった、本物だった」
「あはは、目が合ったような気はしてたけれど」
「ですよね! 俺手振りそうになっちゃいましたもん」
「我慢してくれてよかった。振られたら振り返しちゃってたと思うから」
「えー、振っておけばよかったかな」
「……ちょっと」

 どこで触れたものかとはかっていると、少女の方から口を開いてくれて少しほっとしつつどきどきした。

「あ、ごめん。つい楽しくなっちゃって」

 へらりと謝るリヒトをむっと一瞥してから、少女はセツの方を向き、手を差し出してきた。

「アリサ・クラインです。城下でお花屋さんを営んでいらっしゃるセツさんですよね」
「あ、はい」
「こうして話すのははじめてですね」

 アリサ・クライン——赤髪のツインテールが印象的な彼女は「ふぁんたじっく⭐︎はれいしょん!」の攻略対象キャラクターで、リヒトとカレルのクラスメイトであり、また伯爵令嬢でカレルとは幼馴染でもある。だからこれまでカレルの誕生パーティーで見かけたり、たまたま目があって会釈を交わしたことなどはあるのだが、こうして対面して話すのは彼女の言う通りはじめてだった。
 差し出された手を取り握手をすると、アリサはわずかに肩を跳ねさせすいと顔を俯かせ目を逸らした。
 妙な反応に、この差し出された手は握手のためのものではなかったのだろうか、もしかして自分は女学生相手にうっかりセクハラ紛いのことをしてしまったのだろうか、と不安になった。セツが慌てて手を離せば、アリサは今度はぱっと顔を上げて眉尻を下げた。どう対応するのが正解か分からず、セツはとりあえずリヒトの方を向いた。

「えっと、授業は」
「六年生は進級式の後は明日の戦闘演習に向けて自習になってて。だから、ここでセツさんの出待ちをしてたんですけど、そしたらアリサに声をかけられたんです。アリサ、セツさんと話してみたかったんですって」
「え、俺と?」
「ちょっと、リヒト!」

 アリサは顔を真っ赤にしてリヒトを睨んでから、はっとしたようにセツを見た。

「べ、別に、そういうんじゃないんだからね! ただ、王宮や式典の花々を見てると花屋として腕が良さそうだから、うちの花飾りを頼みたいと思ってただけ! でも、パーティーで見かけても隅の方でひとりでいるかリュカ様といるかでなんだか声かけづらいし」

 まぁ、たしかに。セツは大概隅の方でちまちまと食事を食べたりカレルを眺めているから、パーティーでリュカ以外に話しかけることも話しかけられることもあまりない。

「カレルに紹介してって頼んだら嫌だって言われたし」
「カレルが?」
「へらへらしてるくせに心の狭い男なのよ」

 カレルほど心の広い人はいないと思うけれど……でも、セツの店を教えなかったのは不思議だ。アリサに頼まれたとき、たまたま虫の居所でも悪かったのかもしれない。

「えっと、つまり、俺と仕事の話をしたいと思っていたってことでいいのかな」
「そ」
「そ?」
「そういうわけでもないんだけど……」

 またアリサが俯く。セツが首を傾げると、リヒトが朗らかな声で言った。

「素直に言えばいいのに」

 アリサが髪よりも深い赤色の瞳を丸く見開く。
 セツはきょとんとする。
 リヒトだけが穏やかな表情のまま続ける。

「セツさんに大事な話があるって」
「大事な話って——」
「なにしてるの」

 そのとき、後ろからこの世で最も尊い声が降ってきた——言わずもがな、カレルである。

「ふたりして、俺の世話係をいじめてるのかな?」

 悪戯っぽい声で言うカレルに、セツはきょとんとし、リヒトは瞬き、アリサは眉を顰めた。

「何言ってんのあんた」
「俺がセツさんをいじめるわけがないじゃん」
「いじめるわけがないんだ?」
「だって俺、セツさんのこと大好きだし」

 と、リヒトがセツに飛びついた。

「ね、セツさん」
「ねって言われても。初耳かな」

 夏場のハグは結構蒸すが嫌なわけでもないので拒む気も起きず、セツはされるままにぎゅうっと抱き締められた。

「はじめて見たときから決めてました」
「プロポーズされてる?」
「セツさんはいいお嫁さんになりそうですよね。雰囲気的に」
「うーん、料理とか掃除は嫌いじゃないけれど」
「リヒトはなに言ってんの。そしてセツさんもなに普通に話に乗ってるの」

 アリサの呆れたような突っ込みにセツとリヒトが「つい」と声を揃えて言えば、アリサは大仰にため息を吐いた。

「はじめて見たときからこの人と仲良くなりたいって思っていたのは本当ですよ」
「ありがとう、リヒト」
「セツさんと話すの楽しいし是非ともベストフレンドになりたいくらいなんですけど、その座はきっとリュカさんのものなんでしょうね」
「たしかにリュカとは親友だけど。親友は何人いてもいいと思うよ」
「ええ、セツさん、人たらし……」
「でもリヒトは親友っていうより弟ポジションかな」

 リヒトの親友ポジションはもう決まってるし……とカレルの方を向いて、セツはどきりとした。カレルがあからさまにむっすり不機嫌な表情をしていたからである。

「なんか振られた気分……でも、セツさんみたいなお兄ちゃんは欲しいです」
「ねぇ、ちょっと、二人の世界作らないでくれる?」

 そう話すアリサとリヒトはカレルの変化に気づいてないようだった。触れていいものか、触れないほうがいいものか、放っておいていいのか。リヒトの腕の中でセツが変な汗をかく横で、アリサが肩を竦めて続ける。

「っていうか、リヒト。セツさんに変な言い方しないで」
「変な言い方?」
「大事な話があるって」
「間違ってはいないでしょ」
「べ、別に、大事な話ってわけじゃ……」

 アリサはまた顔を赤くして、ぷいっとそっぽを向く、と。

「大事な話って、なに」

 そう口を開いたカレルに皆の視線が集まった。
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