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 カレルはセツにバスローブを纏わせると、そのままベッドへと運び下ろした。
 それからカレルはどこからか小瓶を持ってくると、とろりと透明なその中身を手に広げ馴染ませるように揉み、セツの上に覆い被さった。
 纏ったばかりのバスローブの前がカレルによって解かれる。液体を纏っててらりと光るカレルの手指がセツの下肢に触れる。性器の上をゆっくりと撫でられれば、先の快楽ですでに勃ち上がっていたそこから先走りがとろりと溢れ出る。

「っ、ぁ……」

 小さく笑ったカレルの手がそのまま裏筋を辿って睾丸をなぞり、尻の方に回るとやわく肉を揉まれた。

「今日はこっちしか使わない」

 カレルの指先が、とん、とセツの窄まりを突く。先の恐ろしく凄まじい快楽を思い出した反射にそこがきゅっと収縮するのを感じた。

「本で読んだが、はじめからここで感じられるやつは少ないらしい」

 つぷりと濡れた音がすると同時、セツの中にまた異物が入り込む。しかし、先よりも抵抗がなく、温かな滑りを持ったそれがゆっくりと埋められていく感覚はむしろ——。

「でもお前はさっき、ここだけで達したよな」
「っあ」

 第二関節ほどまで埋まったそれが腹の方向に曲げられると、甘い痺れがぱちりと弾ける。
 繰り返されれば、くちゅくちゅと淫靡な水音が響き鼓膜までも犯され、甘美が増幅する。いつの間にか中に埋まる指が二本に増やされていて、同時に押されたりまばらな律動を与えられたりと弄ぶそれにセツは悶え震えた。

「ぁ、あっ……、ああ……ッ」
「お前、本当に俺が初めてか」

 快楽にふわつく思考の中で、なんでそんなことを聞くのだろうと思う。次いで、ふと、先のことを思い出す。
 今したことも、これからすることも、全部お前が最初ではじめてだ、と。カレルはそう言っていた。
 絶頂の余韻でぼうっとしていたときのことだったからすぐに反応ができなかったけれど……それって、つまり、カレルは今まで誰とも性交をしたことがない、ということだろうか。なぜわざわざ宣言したのか。はじめてなのにこれほどのテクニックを持っているのか。はじめてをセツに捧げてしまったということか。疑問と困惑がセツの中でぐるぐると回る。

「セツ」

 と一段低くなった声に呼ばれた次瞬、カレルの指があの一点に触れた。

「ひっ」

 頭の奥に焼けるような恐怖と快楽が迸り、セツの腰が大きく撓ってはシーツの上に落ちる。

「あっ……んっ、ぁ……」
「ちゃんと答えて」

 重く低い声で囁かれたセツは咄嗟に首を横に振った。

「は……?」

 瞬間、セツを見下ろすカレルの瞳が絶対零度に冷えた。

「そういう経験ないってさっき言ってたのは、嘘か」
「ち、がぁ……、あッ……」
「じゃあ、なに」

 問いながらも、カレルの指は絶えずセツの弱いところを虐めてくる。そのせいで思考も口もろくに回らない。しかし、見たことがないほどに凍てついた青い瞳が激しい怒りを、そしてどことなく悲哀を帯びているように見えて、セツはそれを放っては置けなくて、必死に唇を動かした。

「あ、ぁ、お、れ……、おれ、なんかに、っ、そんな、ぁ、あるわけ……ないっ……」

 眦から涙を零し、口端から涎が溢れさせての必死の弁明を終えると、頭の奥に白いものがちかついた。
 このまま達するかと思った——しかし、その瞬間、ふいにカレルの猛攻が止んだ。

「へ……」

 突然綱を切られたようにぽかんとしてセツはカレルを見上げた。カレルは眉間に皺を寄せた難しい表情をしていた。
 カレルの指はいつまで経っても動かなかった。寸止めの快楽に頭がおかしくなりそうなほどのもどかしさが湧き上がった。

「かれる……?」

 カレルがどうしてそんな顔をしているのか心配ではあった。だが、ここで寸止めするのは意地悪ではないかという思いもあった。
 その二つの思いをもとに、セツは手を伸ばしカレルの頬に触れた。カレルはゆっくりとひとつ瞬くと、セツを捉え、そっと瞳を細めた。

「お前は俺のことを、この世で最も美しいと言う」

 ぽつりと、カレルが言った。

「お前は俺のことを、この世で最も尊い存在だと言う。かっこいいとも、かわいいとも、素敵だとも、すごいとも言う。お前は馬鹿みたいに俺を賛美する」

 だってカレルは、美しくて尊くて、かっこよくてかわいくて、素敵ですごいから。本当にそう思っているから、そう言っている。
 それがどうしたのだろうか。なんで今その話を持ち出してきたのだろうか。
 困惑と止まないもどかしさにセツの眦からまた溢れた涙は、ふいに近づいてきたカレルの唇によって掬われた。

「でも、俺は知っている。真にこの世で最も美しいのが誰か、尊いのが誰か。誰にでもやさしいから。誰からも愛されるから。いつその目が逸れてしまうか、気が気じゃない」

 耳元で零されたその言葉は少し震えているように感じた。
 少しだけ、驚いた。カレルにも、なによりも美しく尊いと感じる存在がいるのかと。
 しかし、すぐに納得した。カレルには、たぶん、好きな人がいる。きっと、その人のことなのだろうと思う。
 今この状況で、どうしてカレルが好きな人のことに思いを馳せたのかは分からない。もしかしたらセツの見ていないところでその相手と何かがあったのかもしれないし、カレルが日頃から抱えている恋に対する不安が唐突に爆発したのかもしれない。
 セツはカレルの背に手を回して、ぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫だよ。カレルはとても魅力的だから」

 抱きしめながら、胸の奥に鈍い痛みを感じた。
 カレルには幸せになってほしい。それは前世の記憶を取り戻してからずっと抱いている、セツのなによりもの希望だ。
 けれどちょっとだけ、今までみたいにカレルに好き好き言い難くなる未来が来るのを惜しむ自分がいる。
 その恋を応援しながら、自分の欲求に負けて、彼の寝台に横たわっている自分がいる。
 カレルの深い恋を前に、セツの罪悪が浮き彫りになる。醜くて情けなくて苦しくなる。
 それでもセツはこの胸を突き飛ばせない。目の前の甘美から逃れることができない。
 カレルに恋われている誰かが、早くカレルと結ばれてくれたらいいのにな。でも少しだけ、もう少しだけ、このままでいさせてくれたらいいのにな。
 矛盾した思いが渦巻き、セツの胸をぎゅうっと締め付ける。

「……言ってろ、分からず屋」

 カレルがぽそりとそう呟くと同時、セツの中に埋まったままの指が抜かれる。
 それからカレルはセツの太腿の裏を押し上げると、晒された窄まりに指よりも遥かに大きく熱い塊を当てがった。

「あ……」

 セツはこれから行われることを理解する。いや、もとより今夜に夜伽をすると話していて、そのための準備を先までしていたのだから理解してはいたのだが、改めて実感した。
 もう予行練習でもなんでもない——セツはこれから、たしかに、カレルに抱かれるのだ。
 こくりと唾液を飲み下すセツを、カレルの青い瞳が見下ろす。

「絶対に、逃さないから」
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