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カルミア王とハルリ王妃、リュカ王子とアンナ王太子妃、我が国の中心である夫婦はどちらも大変仲睦まじい。
リュカたちが見合いきっかけの実質恋愛結婚なのはよく知っているが、国王夫婦の経緯については巷での噂などは耳にしても本人たちや王と親しいセツの父からもこれまで特に聞いたことはなかった。だが、二人一緒にいる時の空気は和やかで笑顔も多くまさにラブラブという感じがするので、セツは彼らも恋愛結婚なのではないかと踏んでいる。
嫁姑感にも壁や溝がなく、カレルとリュカの間にはちょっぴりかたい空気があるけれどゲームで見ていたほどの不和もなく、話題や言葉をあちこちに向けながら楽しげに食事をしている王族たちの光景は一枚の絵画作品のように眩く微笑ましいのだが——どうしてか、カレル以外の面々がやけにセツに構ってくる。
「セツ、気に入った料理はあったか」
「このスープとても美味しいです」
「あらあら、私もお気に入りなのよ。おかわり頼みましょうか」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ねぇ、セツさん。今度匂い袋を作りたいと思っているのだけれど、おすすめのお花はあるかしら」
「この時期でしたらシラータの花がおすすめです。あまり濃くなく、爽やかな感じで。あ、ヴィオグラとかは避けた方がいいです。妊婦さんにはあまりよくないにおいなので」
「おや、そういうのもあるんだね。そういえば、この間セツのところで見た橙の花が気になっていたんだけれど」
「鮮やかな橙ならマリッカかな。においはほんのり甘い蜂蜜みたいな感じで、あれも睡眠促進とかの効果もあるよ。匂い袋を作るならいいかも」
「ああそれで思い出したが、この間セツが作ってくれた花飾りが——」
王宮御用達の花屋店員として、リュカの友人として、個々だったり夫婦ごとに会話をする機会はこれまでにも多々あった。結構親しみを抱いてもらっているとも思う。
だが忘れてはならない、彼らは紛れもなくこの国の核であり天上であることを。そんな一家が一堂に会する朝食という高尚かつプライベートな場に自分が参加し、あまつさえやたら関心と話題を向けられやりとりをしているこの現状の違和感たるや。しかもその全員がおそらく、今夜から自分の息子あるいは弟であるカレルがセツと夜伽をすることを知っているのだと思うと、いつも通りを意識して応対しつつも内心は非常に落ち着かない。
だって、これは、なんというか……感覚的にはカレルが家族の食卓にセフレを連れてきたみたいな状況じゃないのか。公私共に長年の付き合いはあれど夜伽相手となった人間を食卓に交えてしまっていいのか、王族的には普通の光景なのか。
肉体の汗をかくとカレルから借りた制服を汚してしまうので汗腺よ閉まれと必死に圧をかけつつ、会話に追われてちっとも見ることができなかった隣に目を向ければ、カレルは優雅な所作でスープを飲んでいた。美しい。ほうっと見惚れていると、王妃がくすくすと笑った。
「セツくんは相変わらずカレルが好きね」
「そんなに熱心に見つめちゃって」とにこにこ笑う彼女からは探りや悪気はちっとも感じない、カレルがセツを除いた公然に向ける笑顔と似た爽やかさと華やかさにカレルは母親似なんだなと愛おしい気持ちも覚える……が、それはそれとしてセツは咽そうになった。
カレルのことはそれはもう大好きだけれど、愛しているけれど、至上の推しだけれども。
十年以上もの間、セツは王宮に訪れその姿を見つけるたびにカレルに愛を伝えてきた。そうなれば使用人たちはもちろん王や王妃の言動からも、セツがカレルに凄まじい熱意を抱いていると認知しているらしいことが節々に窺え、夜伽相手の認定兼同意書を持ってきた際のリュカによってそれは裏打ちされた。幸いなことに、尊い第二王子にとって厄介な存在だと拒んだり遠ざけられることはなく、むしろあたたかな目で見守ってくれているように感じていたし今も感じるけれど……それにしたって、今ここで触れる話題でしょうか、王妃様。だいぶ際どいですよ。
セツはとりあえず曖昧な笑顔を返しつつ、気を落ち着かせるために紅茶に口をつけたが。
「今日からカレルがお世話になるな、セツ」
王の口から出たその言葉に、セツは今度は完全に咽せた。周囲から掛けられる心配の声にジェスチャーで答えつつ咳き込んでいると、ふいに、背中を摩られる感触がした。どきりとした。なぜなら、セツの隣にはカレルしかいない。おずおずと目を向けてみると、カレルの顔は正面を向いたまま、だがその手はたしかにセツの背に回されていた。
さすがに王宮の人々はカレルがセツにツンツンしているのを把握している。それでもカレルは、身内に砕けたところを見られるのが面映いのかそれとも王族としての意識からかあるいは両方か、セツとの応酬の間に彼らが現れるとすんとする。丁寧な言葉遣いでの塩対応、ツンデレならぬツンすんとしたカレルにも当然萌えに萌える。そしてそれでも根のやさしさが溢れてしまう様を見ると胸がきゅうっと高鳴る。
「天使……」
ついぽつりと零せば、隣からは眇められた瞳が、周囲からはなんとも生温かい眼差しが向けられた。
「ふふ、うちの天使をどうぞよろしくね」
「下手だったり合わないところがあったらちゃんと話し合うんだぞ」
「そうよ、あなたたちの生涯に関わることだもの」
ゲーム上での王は主要キャラではないため登場シーンは数えるほどだが、いかにも厳かで気難しい印象だった。だが、セツの父に対する旧友のような態度や王宮で度々顔を合わせては雑談する際の姿を見ると、彼も一人の人間であり、プライベートでは笑顔が多く朗らかであることが分かる。ゲーム上では脇役でも皆々其々に歩んできた人生がある。
(だからといってこれはオープンが過ぎるけれど……)
圧をかけていた汗腺が限界を訴えてくるのを感じていると、ふとセツの背からカレルの手の感触が離れた。また目で追えばカレルは一連のやりとりにちっとも動じることなく、これまた優雅な所作で千切ったパンを口に含んでいた。ああ本当に麗しい。
リュカたちが見合いきっかけの実質恋愛結婚なのはよく知っているが、国王夫婦の経緯については巷での噂などは耳にしても本人たちや王と親しいセツの父からもこれまで特に聞いたことはなかった。だが、二人一緒にいる時の空気は和やかで笑顔も多くまさにラブラブという感じがするので、セツは彼らも恋愛結婚なのではないかと踏んでいる。
嫁姑感にも壁や溝がなく、カレルとリュカの間にはちょっぴりかたい空気があるけれどゲームで見ていたほどの不和もなく、話題や言葉をあちこちに向けながら楽しげに食事をしている王族たちの光景は一枚の絵画作品のように眩く微笑ましいのだが——どうしてか、カレル以外の面々がやけにセツに構ってくる。
「セツ、気に入った料理はあったか」
「このスープとても美味しいです」
「あらあら、私もお気に入りなのよ。おかわり頼みましょうか」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ねぇ、セツさん。今度匂い袋を作りたいと思っているのだけれど、おすすめのお花はあるかしら」
「この時期でしたらシラータの花がおすすめです。あまり濃くなく、爽やかな感じで。あ、ヴィオグラとかは避けた方がいいです。妊婦さんにはあまりよくないにおいなので」
「おや、そういうのもあるんだね。そういえば、この間セツのところで見た橙の花が気になっていたんだけれど」
「鮮やかな橙ならマリッカかな。においはほんのり甘い蜂蜜みたいな感じで、あれも睡眠促進とかの効果もあるよ。匂い袋を作るならいいかも」
「ああそれで思い出したが、この間セツが作ってくれた花飾りが——」
王宮御用達の花屋店員として、リュカの友人として、個々だったり夫婦ごとに会話をする機会はこれまでにも多々あった。結構親しみを抱いてもらっているとも思う。
だが忘れてはならない、彼らは紛れもなくこの国の核であり天上であることを。そんな一家が一堂に会する朝食という高尚かつプライベートな場に自分が参加し、あまつさえやたら関心と話題を向けられやりとりをしているこの現状の違和感たるや。しかもその全員がおそらく、今夜から自分の息子あるいは弟であるカレルがセツと夜伽をすることを知っているのだと思うと、いつも通りを意識して応対しつつも内心は非常に落ち着かない。
だって、これは、なんというか……感覚的にはカレルが家族の食卓にセフレを連れてきたみたいな状況じゃないのか。公私共に長年の付き合いはあれど夜伽相手となった人間を食卓に交えてしまっていいのか、王族的には普通の光景なのか。
肉体の汗をかくとカレルから借りた制服を汚してしまうので汗腺よ閉まれと必死に圧をかけつつ、会話に追われてちっとも見ることができなかった隣に目を向ければ、カレルは優雅な所作でスープを飲んでいた。美しい。ほうっと見惚れていると、王妃がくすくすと笑った。
「セツくんは相変わらずカレルが好きね」
「そんなに熱心に見つめちゃって」とにこにこ笑う彼女からは探りや悪気はちっとも感じない、カレルがセツを除いた公然に向ける笑顔と似た爽やかさと華やかさにカレルは母親似なんだなと愛おしい気持ちも覚える……が、それはそれとしてセツは咽そうになった。
カレルのことはそれはもう大好きだけれど、愛しているけれど、至上の推しだけれども。
十年以上もの間、セツは王宮に訪れその姿を見つけるたびにカレルに愛を伝えてきた。そうなれば使用人たちはもちろん王や王妃の言動からも、セツがカレルに凄まじい熱意を抱いていると認知しているらしいことが節々に窺え、夜伽相手の認定兼同意書を持ってきた際のリュカによってそれは裏打ちされた。幸いなことに、尊い第二王子にとって厄介な存在だと拒んだり遠ざけられることはなく、むしろあたたかな目で見守ってくれているように感じていたし今も感じるけれど……それにしたって、今ここで触れる話題でしょうか、王妃様。だいぶ際どいですよ。
セツはとりあえず曖昧な笑顔を返しつつ、気を落ち着かせるために紅茶に口をつけたが。
「今日からカレルがお世話になるな、セツ」
王の口から出たその言葉に、セツは今度は完全に咽せた。周囲から掛けられる心配の声にジェスチャーで答えつつ咳き込んでいると、ふいに、背中を摩られる感触がした。どきりとした。なぜなら、セツの隣にはカレルしかいない。おずおずと目を向けてみると、カレルの顔は正面を向いたまま、だがその手はたしかにセツの背に回されていた。
さすがに王宮の人々はカレルがセツにツンツンしているのを把握している。それでもカレルは、身内に砕けたところを見られるのが面映いのかそれとも王族としての意識からかあるいは両方か、セツとの応酬の間に彼らが現れるとすんとする。丁寧な言葉遣いでの塩対応、ツンデレならぬツンすんとしたカレルにも当然萌えに萌える。そしてそれでも根のやさしさが溢れてしまう様を見ると胸がきゅうっと高鳴る。
「天使……」
ついぽつりと零せば、隣からは眇められた瞳が、周囲からはなんとも生温かい眼差しが向けられた。
「ふふ、うちの天使をどうぞよろしくね」
「下手だったり合わないところがあったらちゃんと話し合うんだぞ」
「そうよ、あなたたちの生涯に関わることだもの」
ゲーム上での王は主要キャラではないため登場シーンは数えるほどだが、いかにも厳かで気難しい印象だった。だが、セツの父に対する旧友のような態度や王宮で度々顔を合わせては雑談する際の姿を見ると、彼も一人の人間であり、プライベートでは笑顔が多く朗らかであることが分かる。ゲーム上では脇役でも皆々其々に歩んできた人生がある。
(だからといってこれはオープンが過ぎるけれど……)
圧をかけていた汗腺が限界を訴えてくるのを感じていると、ふとセツの背からカレルの手の感触が離れた。また目で追えばカレルは一連のやりとりにちっとも動じることなく、これまた優雅な所作で千切ったパンを口に含んでいた。ああ本当に麗しい。
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