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幼い頃、水泳教室に通っていたことがある。プレイクラブのシフトは水泳教室に通っていたときと同じ、火、木、土の週に三日。予備校がない日の夕方から夜にかけて三時間入っている。
更衣室で衣服を脱ぐたびに、なんとなく塩素のにおいを思い出す。白いシャツと黒いベストの制服を着ると、そのにおいはあっさりと去っていく。
あくびを溢しながら同じシフト勤務の井田がやってきた。近隣の大学に通っている二年生。耳にたくさんのピアスが飾られていてちょっぴり強面の男だ。
「お、黛くん、ちーっす」
「お疲れ様です、井田さん」
「いやー本当お疲れよ。友達とのオール明けに姉ちゃんたちのカラオケに付き合わされちゃってさ。今日二時間しか寝れてねぇの」
「うわ……なんというか……若いですね」
「高校生が言ったら嫌味だぞ~」
ケラケラと笑いながら、井田はまた眠そうあくびをこぼす。
「それにしても、黛くんのバイト続いてんね。店長が「飛んだ田中の代わり見つけてきた!」って高校生連れてきたときは、マジでびっくりしたけど」
「あはは……」
「あの人、悪い人ではないんだけどさぁ……ないか? 高校生をプレイクラブに連れてきたっていう事実がちょっとだいぶ認識を揺るがすな」
ううんと表情を歪める井田に、真紘は苦笑する。
たしかに、悪い人かと言われるとそうでもないとは思うんだが……なんというか、倫理観が危ういとは思う。
「多少、強引なところはあるからさ。もし本当は今すぐにでも辞めたい! とかあったらちゃんというんだよ。なんなら俺も口添えしてやるし」
井田は強面だけれど、話してみると気さくな人で、面倒見もいい。突如として決まったバイトで、初日こそは戦々恐々としていたけれども、従業員はやさしい人たちが結構多い。ここで働いている未成年が真紘一人だけだから、気を遣ってくれているのかもしれない。
「ありがとうございます」と井田に感謝を告げて、彼が着替え終わるのを待ってから一緒に打刻を済ませホールに出る。
木曜日の夕方、客入りはそこそこ。早速「店員さんこっち」と呼ばれて、真紘が歩いて行った先に。
「昼休みぶり、真紘先輩」
「……なんでいるんだよ、城戸」
丸いバーテーブルの側に立つ城戸がにこりと笑う。
「何度も言ってるけど、未成年が遊びに来る場所じゃないんだぞ」
「遊びには来てないよ。今日は連れもいないし」
たしかに、前回ここで邂逅したときはSubのカラーバンドをつけた女性たちに囲まれていたが、今日はひとりきりだけれど。
「こんなところに遊び以外に何しに来るんだよ」
「先輩を見に来た」
「はぁ?」
「先輩が言ったんじゃん。今日バイトだって」
城戸の家でのプレイ……というか、プレイ未遂が一昨日のこと。そして昨日、城戸はまた昼休みに真紘の教室を訪ね屋上へと連れ出すと、放課後家に来てほしいと誘ってきた。だが、昨日は予備校があり、今日はバイトの予定があった。次に空いているのは日曜の午後だと伝えそこでまたプレイをする約束をした。
が、今日の昼休みもまた、城戸はわざわざ真紘に会いにきた。そのうえ、今も真紘を見にきたという。
「……そこまでしなくても、お前との約束を反故する気はないよ」
「なんのこと?」
「わざわざ昼休みに俺に会いにきたり、バイト先まで監視にこなくても、逃げないって」
城戸は薄色の瞳をぱちりと瞬かせてから、つんと唇を尖らせた。
「監視じゃなくて、先輩を見に来たの。先輩に、会いに来たの。俺、先輩のことが好きだから」
「はぁ」
「はぁって。そんな反応ある?」
と、言われても。
「先輩、俺に好かれて嬉しくないの」
「そりゃあ、嫌われるよりかは嬉しいよ」
「俺は先輩のこと好きだから、先輩にも俺のことを好きになってほしい。だから、会いに来てるんだよ。頑張るって言ったじゃん」
なかなかどうして、城戸の中の真紘ブーム去る気配がなさそうだ。
更衣室で衣服を脱ぐたびに、なんとなく塩素のにおいを思い出す。白いシャツと黒いベストの制服を着ると、そのにおいはあっさりと去っていく。
あくびを溢しながら同じシフト勤務の井田がやってきた。近隣の大学に通っている二年生。耳にたくさんのピアスが飾られていてちょっぴり強面の男だ。
「お、黛くん、ちーっす」
「お疲れ様です、井田さん」
「いやー本当お疲れよ。友達とのオール明けに姉ちゃんたちのカラオケに付き合わされちゃってさ。今日二時間しか寝れてねぇの」
「うわ……なんというか……若いですね」
「高校生が言ったら嫌味だぞ~」
ケラケラと笑いながら、井田はまた眠そうあくびをこぼす。
「それにしても、黛くんのバイト続いてんね。店長が「飛んだ田中の代わり見つけてきた!」って高校生連れてきたときは、マジでびっくりしたけど」
「あはは……」
「あの人、悪い人ではないんだけどさぁ……ないか? 高校生をプレイクラブに連れてきたっていう事実がちょっとだいぶ認識を揺るがすな」
ううんと表情を歪める井田に、真紘は苦笑する。
たしかに、悪い人かと言われるとそうでもないとは思うんだが……なんというか、倫理観が危ういとは思う。
「多少、強引なところはあるからさ。もし本当は今すぐにでも辞めたい! とかあったらちゃんというんだよ。なんなら俺も口添えしてやるし」
井田は強面だけれど、話してみると気さくな人で、面倒見もいい。突如として決まったバイトで、初日こそは戦々恐々としていたけれども、従業員はやさしい人たちが結構多い。ここで働いている未成年が真紘一人だけだから、気を遣ってくれているのかもしれない。
「ありがとうございます」と井田に感謝を告げて、彼が着替え終わるのを待ってから一緒に打刻を済ませホールに出る。
木曜日の夕方、客入りはそこそこ。早速「店員さんこっち」と呼ばれて、真紘が歩いて行った先に。
「昼休みぶり、真紘先輩」
「……なんでいるんだよ、城戸」
丸いバーテーブルの側に立つ城戸がにこりと笑う。
「何度も言ってるけど、未成年が遊びに来る場所じゃないんだぞ」
「遊びには来てないよ。今日は連れもいないし」
たしかに、前回ここで邂逅したときはSubのカラーバンドをつけた女性たちに囲まれていたが、今日はひとりきりだけれど。
「こんなところに遊び以外に何しに来るんだよ」
「先輩を見に来た」
「はぁ?」
「先輩が言ったんじゃん。今日バイトだって」
城戸の家でのプレイ……というか、プレイ未遂が一昨日のこと。そして昨日、城戸はまた昼休みに真紘の教室を訪ね屋上へと連れ出すと、放課後家に来てほしいと誘ってきた。だが、昨日は予備校があり、今日はバイトの予定があった。次に空いているのは日曜の午後だと伝えそこでまたプレイをする約束をした。
が、今日の昼休みもまた、城戸はわざわざ真紘に会いにきた。そのうえ、今も真紘を見にきたという。
「……そこまでしなくても、お前との約束を反故する気はないよ」
「なんのこと?」
「わざわざ昼休みに俺に会いにきたり、バイト先まで監視にこなくても、逃げないって」
城戸は薄色の瞳をぱちりと瞬かせてから、つんと唇を尖らせた。
「監視じゃなくて、先輩を見に来たの。先輩に、会いに来たの。俺、先輩のことが好きだから」
「はぁ」
「はぁって。そんな反応ある?」
と、言われても。
「先輩、俺に好かれて嬉しくないの」
「そりゃあ、嫌われるよりかは嬉しいよ」
「俺は先輩のこと好きだから、先輩にも俺のことを好きになってほしい。だから、会いに来てるんだよ。頑張るって言ったじゃん」
なかなかどうして、城戸の中の真紘ブーム去る気配がなさそうだ。
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