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「今日誰もいないんだろ」
不思議に尋ねると、城戸はにこりと微笑む。
「そっちの保険じゃないよ」
じゃあ、一体なんのために。
尋ねるより先に、城戸は真紘の腕を掴んだ。
「あ、おい!」
そして強く引かれたかと思うと、ベッドの方へと放られる。視界ぐるり回り、背が柔らかく弾むものにぶつかる。
反射的に閉じた目を開いたら、天井を背にした城戸の姿がそこにはあった。
「先輩、抱かせて」
城戸は真紘の両手首をシーツに縫い付け、脚の間に膝を捩じ込む。股間が押される愉快とはいえない感覚に、真紘は眉を顰める。
「なんの真似だ」
「口説くって言ったじゃん」
「突然ベッドに押し倒すのがお前の口説き方か」
「燃えない?」
「燃えない」
きっぱりと答えて「早く膝を退けろ」と真紘は城戸を睨みつける。
城戸は真紘よりも背丈も体格もよく、押し倒してくる圧も力も強い。それでも、対抗できないほどではない。もし言葉だけで退いてくれないのであれば武力行使に出る他ないと思いながら、じりじりとした無言の間が少し流れた頃。城戸は真紘の手首を離した。
「残念」
城戸は真紘の上から退くと、ベッドの縁に座る。真紘も体を起こして、手首を見た。そこにはまだ城戸に掴まれた感覚がじんわりと残っている。
「痛かった? ごめんね」
「謝るくらいなら、最初から押し倒したりするな」
「ワンチャン流されてくれないかなって。いやぁ、先輩ってガード固いね」
「普通だろ」
大して親しくもない相手に押し倒されて流されるなんて、どんな貞操観念をしているんだ。
それとも、性に奔放な城戸の周りにはそういう人が多いのだろうか。いくら城戸の容姿がいいからって、そうもころっといくものなのか
。それとも容姿以外の部分も評されてのことだろうか。
シャツの首元を緩める城戸を見ながら考える。この男の容姿以外の魅力とは、一体。
性格……はよさそうに見えない。飄々とした態度は食えず底が見えず、何を考えているのかよく分からない。いや、それがミステリアスでよかったりするのだろうか。
あとは、やっぱり、性方面か。よほどプレイやセックスが上手いのだろうか。うっかり想像しかけるが、本人が目の前にいるところでそんなことを考えることに、妙な罪悪感と羞恥心を覚えて、内心で頭を横に振った。
「穴があいちゃうよ」
と、ふいに城戸が真紘の方を向く。
「もしかして、やる気になってくれた?」
「いやちっとも」
「ちっともか。じゃあ、何考えてたの」
「いや……」
さすがに今考えかけていたことを口にするのは憚られた。
「ちゃんと退いてくれるんだと思っただけ」
咄嗟に思いついたことを代わりに口にする。
性に奔放だったとしても、それぐらいの倫理観はあるのかと失礼ながらちょっと感心した。まぁ、もしくは、城戸にとって真紘は、彼の世界では珍しいおもちゃに過ぎない。無理やり犯すほどではなかっただけのことかもしれない。
「そりゃあ、退くよ」
城戸は答える。
「先輩に軽蔑されたくはないからね」
「はぁ」
「気のない返事だな」
小さく笑った城戸が、真紘の方にひとつ近づく。先のことがあったからつい警戒してひとつ退けば城戸は両手を上げた。
「先輩ってなんか猫みたい」
「あ?」
「警戒心が強い野良猫」
「それは明らかにさっきのお前の言動のせいだろ」
「もう強引な真似はしないから、距離取らないでよ」
くんと眉尻を下げる城戸に、真紘の心がぐらりと揺れる。「近づいていい?」とそっと首を傾げる城戸に、真紘はしばし逡巡してから
「……次、妙な真似したらぶん殴るからな」と許可を下ろした。
城戸が真紘の方へひとつ近づく。真紘が逃げずにいたら、城戸はあわく微笑んだ。
「先輩って、あの人のこと好きなの」
「あの人?」
「クラスで先輩と喋ってた人」
「もしかして、持田のこと言ってるのか?」
「名前は知らないけど。チャラそうな人」
チャラそうって。お前が言うことかと思いつつ、「好きだよ」と答える。と、城戸の瞳がわずかに細んだ。
「先輩って好きな人いたんだ」
「そりゃあ、人並みには。お前には俺が友達がひとりもいないぼっちに見えてたのか?」
「え?」
「え?」
きょとんとした城戸に、真紘もきょとんとする。この男は一体何を不思議がっているのだろうか。
「先輩、あの人に好きって言ってたよね」
「聞いてたのかよ」
「あんな公で言うから、てっきりクラス公認カップルとかだったのかと思ったんだけど」
「どういう発想だよ。別に、友達にも言うだろ。普通に。好きって」
城戸はわずかに首を傾げ、それから、ああと声を漏らした。
「セフレになら」
なんとも爛れた意見だった。
不思議に尋ねると、城戸はにこりと微笑む。
「そっちの保険じゃないよ」
じゃあ、一体なんのために。
尋ねるより先に、城戸は真紘の腕を掴んだ。
「あ、おい!」
そして強く引かれたかと思うと、ベッドの方へと放られる。視界ぐるり回り、背が柔らかく弾むものにぶつかる。
反射的に閉じた目を開いたら、天井を背にした城戸の姿がそこにはあった。
「先輩、抱かせて」
城戸は真紘の両手首をシーツに縫い付け、脚の間に膝を捩じ込む。股間が押される愉快とはいえない感覚に、真紘は眉を顰める。
「なんの真似だ」
「口説くって言ったじゃん」
「突然ベッドに押し倒すのがお前の口説き方か」
「燃えない?」
「燃えない」
きっぱりと答えて「早く膝を退けろ」と真紘は城戸を睨みつける。
城戸は真紘よりも背丈も体格もよく、押し倒してくる圧も力も強い。それでも、対抗できないほどではない。もし言葉だけで退いてくれないのであれば武力行使に出る他ないと思いながら、じりじりとした無言の間が少し流れた頃。城戸は真紘の手首を離した。
「残念」
城戸は真紘の上から退くと、ベッドの縁に座る。真紘も体を起こして、手首を見た。そこにはまだ城戸に掴まれた感覚がじんわりと残っている。
「痛かった? ごめんね」
「謝るくらいなら、最初から押し倒したりするな」
「ワンチャン流されてくれないかなって。いやぁ、先輩ってガード固いね」
「普通だろ」
大して親しくもない相手に押し倒されて流されるなんて、どんな貞操観念をしているんだ。
それとも、性に奔放な城戸の周りにはそういう人が多いのだろうか。いくら城戸の容姿がいいからって、そうもころっといくものなのか
。それとも容姿以外の部分も評されてのことだろうか。
シャツの首元を緩める城戸を見ながら考える。この男の容姿以外の魅力とは、一体。
性格……はよさそうに見えない。飄々とした態度は食えず底が見えず、何を考えているのかよく分からない。いや、それがミステリアスでよかったりするのだろうか。
あとは、やっぱり、性方面か。よほどプレイやセックスが上手いのだろうか。うっかり想像しかけるが、本人が目の前にいるところでそんなことを考えることに、妙な罪悪感と羞恥心を覚えて、内心で頭を横に振った。
「穴があいちゃうよ」
と、ふいに城戸が真紘の方を向く。
「もしかして、やる気になってくれた?」
「いやちっとも」
「ちっともか。じゃあ、何考えてたの」
「いや……」
さすがに今考えかけていたことを口にするのは憚られた。
「ちゃんと退いてくれるんだと思っただけ」
咄嗟に思いついたことを代わりに口にする。
性に奔放だったとしても、それぐらいの倫理観はあるのかと失礼ながらちょっと感心した。まぁ、もしくは、城戸にとって真紘は、彼の世界では珍しいおもちゃに過ぎない。無理やり犯すほどではなかっただけのことかもしれない。
「そりゃあ、退くよ」
城戸は答える。
「先輩に軽蔑されたくはないからね」
「はぁ」
「気のない返事だな」
小さく笑った城戸が、真紘の方にひとつ近づく。先のことがあったからつい警戒してひとつ退けば城戸は両手を上げた。
「先輩ってなんか猫みたい」
「あ?」
「警戒心が強い野良猫」
「それは明らかにさっきのお前の言動のせいだろ」
「もう強引な真似はしないから、距離取らないでよ」
くんと眉尻を下げる城戸に、真紘の心がぐらりと揺れる。「近づいていい?」とそっと首を傾げる城戸に、真紘はしばし逡巡してから
「……次、妙な真似したらぶん殴るからな」と許可を下ろした。
城戸が真紘の方へひとつ近づく。真紘が逃げずにいたら、城戸はあわく微笑んだ。
「先輩って、あの人のこと好きなの」
「あの人?」
「クラスで先輩と喋ってた人」
「もしかして、持田のこと言ってるのか?」
「名前は知らないけど。チャラそうな人」
チャラそうって。お前が言うことかと思いつつ、「好きだよ」と答える。と、城戸の瞳がわずかに細んだ。
「先輩って好きな人いたんだ」
「そりゃあ、人並みには。お前には俺が友達がひとりもいないぼっちに見えてたのか?」
「え?」
「え?」
きょとんとした城戸に、真紘もきょとんとする。この男は一体何を不思議がっているのだろうか。
「先輩、あの人に好きって言ってたよね」
「聞いてたのかよ」
「あんな公で言うから、てっきりクラス公認カップルとかだったのかと思ったんだけど」
「どういう発想だよ。別に、友達にも言うだろ。普通に。好きって」
城戸はわずかに首を傾げ、それから、ああと声を漏らした。
「セフレになら」
なんとも爛れた意見だった。
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