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一度目は秋口、学祭の準備で空き教室に不要な段ボールがあるはずだから取ってきてとクラスメイトからお使いを頼まれたとき。まさにその空き教室で、城戸は女子とプレイをしていた……お互いの衣服がはだけていたから、もしかしたら、それだけではなかったかもしれないが。真紘は衝撃のあまり一瞬フリーズした後、「ごめんなさい!」と謝罪を上げて咄嗟にドアを閉じて逃げ出した。よくよく考えれば、学校でプレイやらなんやらしている方が悪いのに、なぜ謝ってしまったのかとちょっぴり複雑な気持ちになった。
だから二度目のとき、卒業シーズンに今度は教師からのお使いで三年の教室を訪れ城戸が前回とは違う女子とあれこれしているところに遭遇した際には、「そういうのよくないと思います!」と注意した。注意してから、やっぱり脱兎のごとく全速力で逃亡した。
二度もそんな現場に遭遇し、それぞれ相手が違ったのを見た真紘は、城戸に関する噂はただの噂ではないのかも知れないと思った。そして、稀に校内ですれ違った際には偶然に見てしまった光景を思い出しては邪魔したことを詰られたりはしないか、とどぎまぎしたものだった。
しかし、城戸の方はちっとも真紘を気にする様子がなかった。だからてっきり、城戸にとってあれは大したハプニングではなかったのだろうと、とうに忘れ去ったことなのではないかと思っていたのだけれど……。
「たしかに、プレイ中に先輩が現れたときはびっくりしたけど。そんなことで恨んだりしないよ。むしろ、感動した」
「感動?」
何を言っているんだこいつ。
聞き間違いだろうかと半目で復唱したら、しかし城戸は躊躇なく頷いた。
「俺が認識している限り、学校でプレイするときに鍵をかけ忘れたのあの二回だけなんだよね」
そんなに学校でプレイしてるのかよ。
「そしてその二回ともに先輩が現れた。すごい偶然だと思わない?」
たしかにすごい偶然ではあるけれども。
「先輩ってすごく引きがいい人なんだなって思ったよ」
いや、明らかに悪い方の引きだろ、それは。
「それからずっと、先輩のこと気になってたんだよね、俺」
そのわりには廊下ですれ違ってもちっとも真紘を意識している様子はなかったように思う。だが、昨夜のプレイクラブで城戸の口から真紘の学級やフルネームがあっさり出たのは、彼が真紘のことを気にしていたからというのならば、なるほど腑には落ちる。
手を拭い終えた紙おしぼりをたたんでいると「俺の方で捨てておくよ」と城戸が手を伸ばしてきた。そして真紘の手から紙おしぼりを掴み取ったかと思うと、城戸はその手を裏返した。城戸の手の甲が、真紘の手のひらにすりと擦り付けられる。おしぼりで湿った真紘の手に、城戸のさらりとした皮膚の感触が伝う。
「そのうえ、たまたま入ったプレイクラブでも先輩に出会っちゃうなんて。ここまでくると、見えない糸で繋がってるみたいじゃない?」
「なんか、口説いてるみたいだな」
甘い言葉とスキンシップ。真紘が女子かSubであればきゅんとした場面なのかもしれないが、あいにくそのどちらでもない。
城戸とて冗談半分で行ったのだろうと思い、それに乗っかっただけだったが——。
「へぇ、意外。先輩って、鈍感なタイプかと思ってた」
城戸の顔が真紘に近づく。
鼻先が擦れ、吐息が掛かる。
「そうだよ。俺、今、先輩のこと口説いてんの」
薄色の瞳がすぐそばで細められる。
「俺、先輩とプレイしてみたい」
「……は?」
何を言っているんだこいつ、パート2。
「……冗談だよな?」
「本気だよ。もし断られたら指が滑ってうっかり先生に見せちゃいそうなくらいには」
それは口説くではなく脅しと言う。
「俺ってそんなにSubっぽく見えるもんなのか」
クラスでもプレイクラブでもさんざん揶揄されてきたけれども、第二性に拘りもないけれども。
ここまで勘違いされるとなんだかなと真紘は肩を竦め、懐から学生証を取り出した。そこに挟んでいる保険証を城戸に見せつける。
「俺はDomだ。お前がたとえ、本当に本気だったとしても、男女性だけじゃなくて、第二性も、お前とまったく同じなんだよ。だからプレイはできない」
城戸のこれまでの話を間に受けるとすれば。
二度も彼のプレイの場に現れた上に、たまたま訪れたプレイクラブでも遭遇した真紘に興味を持った。だから、遊んでみたいと思った。
なんとも単純で軽薄。遊でみたい=プレイに誘うに繋がったり、明らかに男である真紘に声をかけてくるあたり、城戸の中で第二性欲はかなりのウェイトを占めているものなのかもしれない。
まぁ、そこは人それぞれだから、否定はしないけれども。とはいえ、学校でプレイするのは風紀的に良くないし遭遇したら本当に気まずいからやめて欲しいけれども。
なにはともあれ、あいにく真紘は彼とプレイができる性にないのだ。
「だいたいな、プレイクラブは二十歳未満の入場厳禁だ。あの写真を先生に見せたら、お前だって取り締まられる」
「俺は女の子たちに誘われて、何も知らずに、足を運んだだけだよ。受付も年齢確認をちゃんとしなかった」
真紘が働いているプレイクラブの受付は来客者全員に年齢確認が行われるわけじゃない。酒や煙草の売買と一緒で、店員が怪しいと思った相手にのみ実施されている。城戸はたしかに一見大人びて見えるからぎりぎり引っ掛からなかったのか……いや、あの店なら怪しく思ってもスルー、なんてことをやりかねない。そもそもとして未成年である真紘を働かせているぐらいだ、倫理観がだいぶよろしくない。
「まぁ、注意ぐらいは受けるだろうけど。でも、先輩の方が圧倒的に重い処罰下されるんじゃない? うちの学校、バイト禁止だし。その上、バイト先はプレイクラブだし。俺と違って圧倒的確信犯」
「ぐ……」
「受験生の身には重そうだなぁ」
城戸だって多少の瑕疵を負うのは間違いない、それで一か八か日和ってくれないかと思ったのだが、驚くほどにノーダメージだった。城戸はちっとも動じた様子なく、むしろ指折り正論を上げ、真紘を唸らせてきた。
「安心してよ、先輩が俺の誘いに乗ってくれたらこの写真消すから」
「だから、プレイは」
「できるよ」
「……言っとくけどこれ、偽造保険証なんかじゃないからな」
城戸はぱちりと瞬くと、くつくつと喉を鳴らす。
「前言撤回。先輩ってやっぱり鈍感だ」
「は?」
「さっきからこんなにアピールしてるのに、全然気づかないなんて」
「なんのこと——」
「俺、先輩とふたりきりになってからずっと、Subだよ」
真紘はぽかんとした。
この男は今、なんと言ったか。
聞こえた気がする言葉を反芻してみるも、ちっともしっくりこない。
聞き間違いか。聞き間違い以外あり得るのか。しかし、これまで聞き間違いではないかと疑った城戸の発言はすべて、聞き間違いじゃなかった。
城戸はSubだったのか。しかし、昨夜クラブで遊んでいた城戸の手首には青のラバーバンドがあった。いや、待てよ——ふたりきりになってからずっと?
「もしかしてお前、Switchなのか?」
城戸はにっこりと笑った。
「正解」
だから二度目のとき、卒業シーズンに今度は教師からのお使いで三年の教室を訪れ城戸が前回とは違う女子とあれこれしているところに遭遇した際には、「そういうのよくないと思います!」と注意した。注意してから、やっぱり脱兎のごとく全速力で逃亡した。
二度もそんな現場に遭遇し、それぞれ相手が違ったのを見た真紘は、城戸に関する噂はただの噂ではないのかも知れないと思った。そして、稀に校内ですれ違った際には偶然に見てしまった光景を思い出しては邪魔したことを詰られたりはしないか、とどぎまぎしたものだった。
しかし、城戸の方はちっとも真紘を気にする様子がなかった。だからてっきり、城戸にとってあれは大したハプニングではなかったのだろうと、とうに忘れ去ったことなのではないかと思っていたのだけれど……。
「たしかに、プレイ中に先輩が現れたときはびっくりしたけど。そんなことで恨んだりしないよ。むしろ、感動した」
「感動?」
何を言っているんだこいつ。
聞き間違いだろうかと半目で復唱したら、しかし城戸は躊躇なく頷いた。
「俺が認識している限り、学校でプレイするときに鍵をかけ忘れたのあの二回だけなんだよね」
そんなに学校でプレイしてるのかよ。
「そしてその二回ともに先輩が現れた。すごい偶然だと思わない?」
たしかにすごい偶然ではあるけれども。
「先輩ってすごく引きがいい人なんだなって思ったよ」
いや、明らかに悪い方の引きだろ、それは。
「それからずっと、先輩のこと気になってたんだよね、俺」
そのわりには廊下ですれ違ってもちっとも真紘を意識している様子はなかったように思う。だが、昨夜のプレイクラブで城戸の口から真紘の学級やフルネームがあっさり出たのは、彼が真紘のことを気にしていたからというのならば、なるほど腑には落ちる。
手を拭い終えた紙おしぼりをたたんでいると「俺の方で捨てておくよ」と城戸が手を伸ばしてきた。そして真紘の手から紙おしぼりを掴み取ったかと思うと、城戸はその手を裏返した。城戸の手の甲が、真紘の手のひらにすりと擦り付けられる。おしぼりで湿った真紘の手に、城戸のさらりとした皮膚の感触が伝う。
「そのうえ、たまたま入ったプレイクラブでも先輩に出会っちゃうなんて。ここまでくると、見えない糸で繋がってるみたいじゃない?」
「なんか、口説いてるみたいだな」
甘い言葉とスキンシップ。真紘が女子かSubであればきゅんとした場面なのかもしれないが、あいにくそのどちらでもない。
城戸とて冗談半分で行ったのだろうと思い、それに乗っかっただけだったが——。
「へぇ、意外。先輩って、鈍感なタイプかと思ってた」
城戸の顔が真紘に近づく。
鼻先が擦れ、吐息が掛かる。
「そうだよ。俺、今、先輩のこと口説いてんの」
薄色の瞳がすぐそばで細められる。
「俺、先輩とプレイしてみたい」
「……は?」
何を言っているんだこいつ、パート2。
「……冗談だよな?」
「本気だよ。もし断られたら指が滑ってうっかり先生に見せちゃいそうなくらいには」
それは口説くではなく脅しと言う。
「俺ってそんなにSubっぽく見えるもんなのか」
クラスでもプレイクラブでもさんざん揶揄されてきたけれども、第二性に拘りもないけれども。
ここまで勘違いされるとなんだかなと真紘は肩を竦め、懐から学生証を取り出した。そこに挟んでいる保険証を城戸に見せつける。
「俺はDomだ。お前がたとえ、本当に本気だったとしても、男女性だけじゃなくて、第二性も、お前とまったく同じなんだよ。だからプレイはできない」
城戸のこれまでの話を間に受けるとすれば。
二度も彼のプレイの場に現れた上に、たまたま訪れたプレイクラブでも遭遇した真紘に興味を持った。だから、遊んでみたいと思った。
なんとも単純で軽薄。遊でみたい=プレイに誘うに繋がったり、明らかに男である真紘に声をかけてくるあたり、城戸の中で第二性欲はかなりのウェイトを占めているものなのかもしれない。
まぁ、そこは人それぞれだから、否定はしないけれども。とはいえ、学校でプレイするのは風紀的に良くないし遭遇したら本当に気まずいからやめて欲しいけれども。
なにはともあれ、あいにく真紘は彼とプレイができる性にないのだ。
「だいたいな、プレイクラブは二十歳未満の入場厳禁だ。あの写真を先生に見せたら、お前だって取り締まられる」
「俺は女の子たちに誘われて、何も知らずに、足を運んだだけだよ。受付も年齢確認をちゃんとしなかった」
真紘が働いているプレイクラブの受付は来客者全員に年齢確認が行われるわけじゃない。酒や煙草の売買と一緒で、店員が怪しいと思った相手にのみ実施されている。城戸はたしかに一見大人びて見えるからぎりぎり引っ掛からなかったのか……いや、あの店なら怪しく思ってもスルー、なんてことをやりかねない。そもそもとして未成年である真紘を働かせているぐらいだ、倫理観がだいぶよろしくない。
「まぁ、注意ぐらいは受けるだろうけど。でも、先輩の方が圧倒的に重い処罰下されるんじゃない? うちの学校、バイト禁止だし。その上、バイト先はプレイクラブだし。俺と違って圧倒的確信犯」
「ぐ……」
「受験生の身には重そうだなぁ」
城戸だって多少の瑕疵を負うのは間違いない、それで一か八か日和ってくれないかと思ったのだが、驚くほどにノーダメージだった。城戸はちっとも動じた様子なく、むしろ指折り正論を上げ、真紘を唸らせてきた。
「安心してよ、先輩が俺の誘いに乗ってくれたらこの写真消すから」
「だから、プレイは」
「できるよ」
「……言っとくけどこれ、偽造保険証なんかじゃないからな」
城戸はぱちりと瞬くと、くつくつと喉を鳴らす。
「前言撤回。先輩ってやっぱり鈍感だ」
「は?」
「さっきからこんなにアピールしてるのに、全然気づかないなんて」
「なんのこと——」
「俺、先輩とふたりきりになってからずっと、Subだよ」
真紘はぽかんとした。
この男は今、なんと言ったか。
聞こえた気がする言葉を反芻してみるも、ちっともしっくりこない。
聞き間違いか。聞き間違い以外あり得るのか。しかし、これまで聞き間違いではないかと疑った城戸の発言はすべて、聞き間違いじゃなかった。
城戸はSubだったのか。しかし、昨夜クラブで遊んでいた城戸の手首には青のラバーバンドがあった。いや、待てよ——ふたりきりになってからずっと?
「もしかしてお前、Switchなのか?」
城戸はにっこりと笑った。
「正解」
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