青い月の裏切りは時を越えて〜記憶喪失の姫君は約束を果たすために運命を歪める〜

和澄 泉花

文字の大きさ
59 / 83
第三章【青の月の章】16歳

第59話「八重桜が咲くころ、私はどんな顔をしている?」

しおりを挟む
雪解け水が残り、木の芽が顔を出すころ。

桃のお腹は膨らみだし、日中でもウトウトすることが増えた。

春の気候はもともと眠気を誘うが、桃には異常な眠気が妊婦の症状として出ていた。

「すみません~。お子が出来るとこうも眠くなるものなのですねぇ」
「ふふ、人によって全然違うとは聞くわね」

「どうもこの子は浅葱に似て落ち着きがないようです。腹がポコポコするの、なかなか慣れません」
「あ、本当だ。今ポコッてした」

桃の腹に手を当てると、お腹の子が蹴り返してくる。

そろそろ落ち着く頃かと思ったが、桃はなかなか手こずっているようでボーッと縁側で休むことを増やしていた。

匂い袋を握りしめ、思いきり香りを吸い込む時もしばしば。
どうやら桃にはそれが落ちつくらしい。

浅葱は桃が匂いを好んでいると思い、香りの強い花を持ってくる。

残念ながら物によるようで、桃が吐きそうになるたびに浅葱は慌てふためいていた。


「もう妊婦とわかるくらいになりましたね」
「! 緋月!」

以前と変わらない微笑みを浮かべ、彼が寄ってくる。

立とうとすれば彼は手を前に出し、首を横に振って桃に目を向けた。

「不思議なものです。あの浅葱が父親になるなんて」
「いつかはこうなるんだろうなと思ってました。まぁ、まだ生まれるまでかかりますのでもう少し考えます」

子が出来たことで桃は長年抱えていた不安を打ち明けた。

鬼狩り一族として今後も生きていくことに迷いがあったようだ。

私の女官兼護衛となったのも、一度鬼狩り一族から離れて生き方を考えたかったそうだ。

時間はかかったが、少しずつ一族から離れていきたい。

浅葱と夫婦になりたいと願いながらも、子に選択肢を与えないままに鬼狩り一族に残りたくなかった。

ようやくその想いを浅葱に伝えられたと、桃はホッとして今、ゆっくりとした時間を過ごしていた。


「……時羽姫」

彼が困ったように微笑んで、「話をしたい」と言ってきた。

桃には聞かれたくないようで、どうしようかと考えているとタイミングよく浅葱が顔を出す。

桃一人を残すのは心配だったが、浅葱が来てくれたので私は安心して彼と一緒に外へ出た。


河川敷を歩いていると、春風が吹いて髪が乱れて手で押さえる。
隣を歩く彼に目を向けると、淡く光る月に似た美しさがまぶしかった。

(まだつけてくれてる)

何本も異なる色を渡しているのに、一番身に着けているのは緋色の組紐。

私はもう藍染の髪飾りも、木彫りの兎も視界から遠ざけたのに、彼を見るたびに想い焦がれた。

何度も想いを捨てようとして、火照るように思い出す。
下唇を指で押し、そのまま滑らせて首をひと撫でした。


「戦が起きます」

春のイタズラな風が草木をざわつかせた。
いつも遊んでいる子どもたちはいない。

風に押し出された雲が幾重にも重なってたなびいていた。

「戦って」
「鬼が攻め入ろうと動いています。鬼狩りはもちろんのこと、兵が徴収されて大きな争いになるでしょう」

背筋が凍り付くような話だ。
同時に抑え込んでいた憎悪がドロドロと這いつくばって顔を出す。

だが彼のやりきれない微笑みに私はハッとして顔を両手で隠した。

「緋月も、戦に行ってしまうの?」
「はい。……それはどうしたって避けられません」

カチッとまた、止まる音がした。

(まただ)

また私の大切なものが零れ落ちていく。
今でも悔しいくらいに鬼が憎いのに。

芹の敵を討ちたいと願うのに、頑丈に閉めたはずの鍵が壊れていき箱の中身があふれ出す。

「いや……」


足をとめ、私は彼が振り返るのを待つ。
目を見開いた彼が、赤みがかった紫の瞳に弱り果てた女を映した。

「どうして争いなんてするの。なんで私から奪っていくの。これ以上、とらないでよ……!」
「時羽ひ……」
「緋月はズルい! なんでそんなに私をかき乱そうとするの!」

こんなのはただの八つ当たりだ。
彼はちゃんと距離を保とうと微笑みを絶やさない。

いつから微笑みの向こう側に淀みを感じた?
彼が私を見る目がどんどん色を濃くして、それを私はよろこんでいた。

濡れた重なりは一度もない。
なのに私は何度も何度も、ありえぬ空想をして彼の瞳を思い出す。

(さんざん突き放したのに、やっぱりダメね。私、姫ではあっても心はどこにでもいる女だわ)

「行かないでよ……」

この一歩分の距離をゼロにするのは私か、彼か。
涙がハラハラ落ちる中で彼は苦しそうに目を反らし、口元を手で隠した。

「……っすみません。俺は……」

それで傷つくのは自分勝手だ。

(なによ……。何なのよ、こんな私、吐き気がする!)

勝手に被害者ヅラをして、突き放したくせに擦り寄って。

彼の行動に一喜一憂していた少女はいない。
ただ想い合うだけではいられない二人になってしまった。

言葉のないままでは、関係を保てない。

「……それでも行かないで」

想いが実らなくてもいい。
彼が生きてくれることが一番だ。
大切な人が死ぬのはもう嫌だ。
芽生えた命が失われる世界は絶対に絶対に……!

戦なんて、争いなんて……。

”鬼なんていなければいいのに!!”

何が起きても私は彼らを失わない道を選ぶ。
だからどうか、戦に行くと言わないで……。


「戻ろう。私、冷静になれない」
「姫っ! 俺は……!」
「ごめんね。緋月の顔、見れない。……見られたくない!」

私は緋月に背を向け、足早に歩きだす。
一定の距離を保って彼がその後ろを歩く。

どうして私は素直になれないの?
いい加減、あきらめてしおらしくすればいいのに……。

私が手を伸ばせないのと同じように、彼も折り合いをつけられない。
たぶん、私たちは恋をするには不器用すぎた。


(今日は月がなさそうね)

八重桜が咲くころ、私はどんな顔をしている?

せせらぎの音、広く茂った河川敷を眺めればいつの日か見つけた小さな白い花が咲いていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【書籍化】番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 完結済  コミカライズ化に伴いタイトルを『憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜』から『番の身代わり婚約者を辞めることにしたら、冷酷な龍神王太子の様子がおかしくなりました』に変更しています。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...