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第三章【青の月の章】16歳
第57話「私から緋月を奪わないで」
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涙を浮かべて振り返れば、赤色を背負った彼の切なく儚い微笑みがあった。
「ひづ……」
「すみません。冷静さに欠いてました。こんなのは時羽姫の心を無視している」
「違う。私が弱いから。もう私には守れるものが少ないのっ……!」
失うばかり。
彼を縛りつければ私はきっといつか、自分を殺したいほどに許せなくなる。
少しずつ私の心は箱に仕舞っていくから、私の意地が消えるまで彼に触れてほしくなかった。
「お願い……。ここはお母さまと芹と生きた場所なの。緋月までいなくならないで」
矛盾でしかない。
いなくなってほしくないのに、言葉は突き放している。
彼が絶対に私を見捨てないと知っていて、不安定な心で駆け引きをするあざとい女だ。
「私は永遠に返ってこない答えを待っているの。たくさんの人に愛されて幸せなのに、何一つ守れない」
何が姫だ、大切な人を守れない身分に何の意味がある?
そう葛藤しながらも結局は”姫であること”を手放せない惨めな姫だった。
「私から緋月を奪わないで。どうか……今のままで許して」
沈黙を貫いてきた彼がなぜこのタイミングで口を開いたのか。
その唇が、指先が、私に”女”を求めた。
答えられない私に彼がどうするかわかっているから、最低な言葉を重ねていく。
「俺はずっと姫のそばにいます。姫がちゃんと答えを出せるまで。何があっても何度でも時羽姫に会いに来ます」
「うん。……ありがとう」
彼と出会って六年の月日が流れた。
どんな風に笑って、何に憤りを感じ、心細さに微笑むかを知っている。
私は首に指先をあて、涙がこぼれないうちに彼に背を向けた。
息を切らして家屋に入り、心配して待っていた桃に抱きついた。
彼のさみしさに寄り添えない。
知りたいことはたくさんあるのに、彼に触れるまでには時間が足りなかった。
鬼への憎しみ、愛情の欠如、たくさんの苦しそうな声。
何かできるはずなのに何もできない無力さを受け入れられるまで、私は彼の手を取れなかった。
***
それからも彼は私のもとに顔を出してくれた。
ここ最近は鬼狩りの務めが多いらしく、以前より頻度は減ったがそれがちょうどよかった。
お互いに言葉数が減り、彼の顔を見るたびに胸が痛む。
下手くそに笑っていると自分でも感じるのだから、彼には弱い小動物に見えているだろう。
あの木彫りの兎はどんな瞳をしていたか。
気になればすぐにフタを開けていたのに、同じ色の瞳をまぶた越しに触れるようになっていた。
「イチタくん、みんな。久しぶり」
「「時羽ねーちゃん」」
ずいぶんと外に出ていなかったので、子どもたちに会うのはいつぶりかと遠い記憶に微笑んだ。
桃が少し離れたところで見守っている。
回復力の高さが桃の傷を完治させたが、あまり無理をさせたくないと申し訳なくなる。
寄る辺なさに添える程度だが、護身用に短刀を持つようにして”負けてたまるか”と意思表示をした。
「あれ? 今日はナナちゃんいないの?」
ナナだけでない。
見慣れた子どもたちの顔ぶれが変わっている。
いなくなった子、新しく増えた幼い子。
私は膝を抱えてしゃがみ込み、うつむくイチタと目線をあわせた。
「ナナは……死んだ」
「えっ?」
「ナナだけじゃない。他のやつらも、みんな死んじまった」
どうして、と聞けなかった。
心急くままにイチタを抱き寄せて、悲痛な思いを私にぶつけさせた。
「前から飯食えねぇやつらが多くて。それだけじゃなくって、鬼に襲われたときに死んだり、病気になっちまったりして……」
「……うん。ごめんね」
「なんで時羽ねーちゃんが謝るんだよ」
「そうだね。……生きててよかった」
背中をポンポンと撫でればイチタは声をあげて泣き出し、他の子どもたちもつられて泣きじゃくった。
私は抱きしめるしか出来ず、ナナたちの笑顔を思い浮かべて下唇をかみしめた。
また、零れ落ちた。
また、無力だった。
何も出来ないのだからひっそりとしていればいいのに、あの日の芹が忘れられない。
失いたくない人が私を置いていなくなる。
この嘆きは一生消えることはないだろう。
永遠に答えを得られず、永遠にこの手は大切なものをとりこぼす――。
「ひづ……」
「すみません。冷静さに欠いてました。こんなのは時羽姫の心を無視している」
「違う。私が弱いから。もう私には守れるものが少ないのっ……!」
失うばかり。
彼を縛りつければ私はきっといつか、自分を殺したいほどに許せなくなる。
少しずつ私の心は箱に仕舞っていくから、私の意地が消えるまで彼に触れてほしくなかった。
「お願い……。ここはお母さまと芹と生きた場所なの。緋月までいなくならないで」
矛盾でしかない。
いなくなってほしくないのに、言葉は突き放している。
彼が絶対に私を見捨てないと知っていて、不安定な心で駆け引きをするあざとい女だ。
「私は永遠に返ってこない答えを待っているの。たくさんの人に愛されて幸せなのに、何一つ守れない」
何が姫だ、大切な人を守れない身分に何の意味がある?
そう葛藤しながらも結局は”姫であること”を手放せない惨めな姫だった。
「私から緋月を奪わないで。どうか……今のままで許して」
沈黙を貫いてきた彼がなぜこのタイミングで口を開いたのか。
その唇が、指先が、私に”女”を求めた。
答えられない私に彼がどうするかわかっているから、最低な言葉を重ねていく。
「俺はずっと姫のそばにいます。姫がちゃんと答えを出せるまで。何があっても何度でも時羽姫に会いに来ます」
「うん。……ありがとう」
彼と出会って六年の月日が流れた。
どんな風に笑って、何に憤りを感じ、心細さに微笑むかを知っている。
私は首に指先をあて、涙がこぼれないうちに彼に背を向けた。
息を切らして家屋に入り、心配して待っていた桃に抱きついた。
彼のさみしさに寄り添えない。
知りたいことはたくさんあるのに、彼に触れるまでには時間が足りなかった。
鬼への憎しみ、愛情の欠如、たくさんの苦しそうな声。
何かできるはずなのに何もできない無力さを受け入れられるまで、私は彼の手を取れなかった。
***
それからも彼は私のもとに顔を出してくれた。
ここ最近は鬼狩りの務めが多いらしく、以前より頻度は減ったがそれがちょうどよかった。
お互いに言葉数が減り、彼の顔を見るたびに胸が痛む。
下手くそに笑っていると自分でも感じるのだから、彼には弱い小動物に見えているだろう。
あの木彫りの兎はどんな瞳をしていたか。
気になればすぐにフタを開けていたのに、同じ色の瞳をまぶた越しに触れるようになっていた。
「イチタくん、みんな。久しぶり」
「「時羽ねーちゃん」」
ずいぶんと外に出ていなかったので、子どもたちに会うのはいつぶりかと遠い記憶に微笑んだ。
桃が少し離れたところで見守っている。
回復力の高さが桃の傷を完治させたが、あまり無理をさせたくないと申し訳なくなる。
寄る辺なさに添える程度だが、護身用に短刀を持つようにして”負けてたまるか”と意思表示をした。
「あれ? 今日はナナちゃんいないの?」
ナナだけでない。
見慣れた子どもたちの顔ぶれが変わっている。
いなくなった子、新しく増えた幼い子。
私は膝を抱えてしゃがみ込み、うつむくイチタと目線をあわせた。
「ナナは……死んだ」
「えっ?」
「ナナだけじゃない。他のやつらも、みんな死んじまった」
どうして、と聞けなかった。
心急くままにイチタを抱き寄せて、悲痛な思いを私にぶつけさせた。
「前から飯食えねぇやつらが多くて。それだけじゃなくって、鬼に襲われたときに死んだり、病気になっちまったりして……」
「……うん。ごめんね」
「なんで時羽ねーちゃんが謝るんだよ」
「そうだね。……生きててよかった」
背中をポンポンと撫でればイチタは声をあげて泣き出し、他の子どもたちもつられて泣きじゃくった。
私は抱きしめるしか出来ず、ナナたちの笑顔を思い浮かべて下唇をかみしめた。
また、零れ落ちた。
また、無力だった。
何も出来ないのだからひっそりとしていればいいのに、あの日の芹が忘れられない。
失いたくない人が私を置いていなくなる。
この嘆きは一生消えることはないだろう。
永遠に答えを得られず、永遠にこの手は大切なものをとりこぼす――。
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