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第二章【青の月の章】15歳
第43話「求婚者」
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夏が本格化する時期になり、私は薄手の小袖で暑さを凌いでいた。
御簾(みす)をおろして部屋の中で影にひっそりとし、なるべく陽射しに当たらないようにした。
外に出ると簡単に日焼けしてしまうので、宮にいる時はなるべく影にいた。
桃にも「姫様があまり日焼けをされるのはダメ」と、半泣きに止められてしまったので尚更おとなしくする。
匂い袋のお礼だと桃が手荒れ用のクリームをくれたので、手の甲に塗れば潤っていくことにくすぐったさを感じた。
(あら?)
御簾越しに外を見れば人影がウロウロしている。
側室たちの庭と比べて、気持ち程度の木があるだけの場に来る人はいない。
道に迷ってくる場所でもないので不思議に思っていると、影がずんずんとこちらに歩いてくる。
「見つけたっ!!」
「きゃっ!?」
縁側に膝をつき、前のめりにその人はこちらに手を伸ばしてきた。
私は怯えて家屋の壁際まで後退すると、口を押えて息を殺す。
(なに!? 誰!? 知らない人だわ!)
御簾越しに見えるのは男性、身なりからして貴族として高い地位にいるだろう。
年齢は私と同じか少し上、顔立ちは太目の眉にハリがある肌、おっとりとした垂れ目だ。
「君、前に門から出ていくのを見たんだ!」
子どものように目をキラキラさせながら男は縁側で正座をし、腕をピンと伸ばす。
私はいそいで扇を手に取ると、サッと顔を隠して男の次の行動を待つ。
「あ……突然でびっくりしたよね。あはは、急ぎすぎた。ごめんね」
無理やり中に入ろうとはしない。
温厚そうな人で、和やかな雰囲気で笑っている。
「……あなたは誰ですか?」
彼や浅葱とは違う、御簾越しの出会い。
ましてや宮中にいる貴族と会話をする機会はほとんどなかったので妙に緊張してしまった。
「僕は宇治原 紀平(うじはら のりひら)と申します。父が大臣で、その嫡子です」
(宇治原の……)
ずいぶんと身分の高い人だ。
貴族は人数も多く把握しきれないが、この男性は私でもわかる相手。
母に教わった宮中での役職、芹にきいた姫としての役割。
それらを含め、私が本来相手をする対象となる地位の方だった。
「その……姫君のお名前をうかがっても?」
名前を知ってここまで来たわけではなさそうだ。
門からここに戻るのを見られたのが可能性として高いだろう。
正直、殿方に対し姫としての振る舞いがわからない。
彼と浅葱は”そういった相手”として公に向き合ったわけではないので、姫らしい対応に悩んでしまう。
ここで求められるのは”姫君”であり、”時羽”ではないのだから。
「時羽、と申します。何用でここに来られたのです?」
私の問いに男は顔をパッと明るくし、人の好さそうな笑みを浮かべる。
「不躾ながら申し上げます。時羽姫様、僕と結婚してください!」
「……はい?」
唐突な申し出に間抜けた声が出る。
何だこの人はと思い、扇を畳において御簾の向こう側をじっと観察した。
(人はよさそう。でもなんだろう……)
とても普通だと思った。
(悪い意味じゃなくて……彼や浅葱さんとはまとう空気が違うというか)
平穏というかべきか。
彼や浅葱のように戦いに特化した洗練がない。
良い意味で貴族の殿方であり、ごくごく普通の好青年だった。
「あの……時羽姫」
「はいっ!!」
観察していると男性は困ったようにヘラヘラしてまた声をかけてくる。
慌てて後退れば、少し頼りない微笑みで冠のズレを直していた。
「お返事、いただけますか?」
「えっ!? あ……返事……」
ごめんなさい、というだけなのに、言葉が詰まる。
今求められているのは姫としての対応。
そうなると断ることが正しいのか、判断がつかなかった。
忘れられた姫君とはいえ、本来の役割は政略結婚の駒となる等、目的があって動かされる身だ。
もしここに会ったこともない父がいれば、どんな反応をする?
母が生んだ娘だと思い出し、姫として扱うか、娘として扱うか。
(またはそれでも視界に入らないのか……)
歯を食いしばり、憂いは押し殺した。
「ご――……」
「時羽姫?」
御簾越しでも間違えない、まっすぐに届く彼の声。
私は前のめりになって御簾の向こう側、男の更に向こうに立つ彼の姿をとらえた。
「緋月……」
冷たい汗に息をのみこむ。
御簾越しでよかったと、私は汗ばむ手を握りしめる。
こんな迷いだらけの顔を彼に見られたくなかった。
「君はなんだ? 姫の護衛か?」
御簾(みす)をおろして部屋の中で影にひっそりとし、なるべく陽射しに当たらないようにした。
外に出ると簡単に日焼けしてしまうので、宮にいる時はなるべく影にいた。
桃にも「姫様があまり日焼けをされるのはダメ」と、半泣きに止められてしまったので尚更おとなしくする。
匂い袋のお礼だと桃が手荒れ用のクリームをくれたので、手の甲に塗れば潤っていくことにくすぐったさを感じた。
(あら?)
御簾越しに外を見れば人影がウロウロしている。
側室たちの庭と比べて、気持ち程度の木があるだけの場に来る人はいない。
道に迷ってくる場所でもないので不思議に思っていると、影がずんずんとこちらに歩いてくる。
「見つけたっ!!」
「きゃっ!?」
縁側に膝をつき、前のめりにその人はこちらに手を伸ばしてきた。
私は怯えて家屋の壁際まで後退すると、口を押えて息を殺す。
(なに!? 誰!? 知らない人だわ!)
御簾越しに見えるのは男性、身なりからして貴族として高い地位にいるだろう。
年齢は私と同じか少し上、顔立ちは太目の眉にハリがある肌、おっとりとした垂れ目だ。
「君、前に門から出ていくのを見たんだ!」
子どものように目をキラキラさせながら男は縁側で正座をし、腕をピンと伸ばす。
私はいそいで扇を手に取ると、サッと顔を隠して男の次の行動を待つ。
「あ……突然でびっくりしたよね。あはは、急ぎすぎた。ごめんね」
無理やり中に入ろうとはしない。
温厚そうな人で、和やかな雰囲気で笑っている。
「……あなたは誰ですか?」
彼や浅葱とは違う、御簾越しの出会い。
ましてや宮中にいる貴族と会話をする機会はほとんどなかったので妙に緊張してしまった。
「僕は宇治原 紀平(うじはら のりひら)と申します。父が大臣で、その嫡子です」
(宇治原の……)
ずいぶんと身分の高い人だ。
貴族は人数も多く把握しきれないが、この男性は私でもわかる相手。
母に教わった宮中での役職、芹にきいた姫としての役割。
それらを含め、私が本来相手をする対象となる地位の方だった。
「その……姫君のお名前をうかがっても?」
名前を知ってここまで来たわけではなさそうだ。
門からここに戻るのを見られたのが可能性として高いだろう。
正直、殿方に対し姫としての振る舞いがわからない。
彼と浅葱は”そういった相手”として公に向き合ったわけではないので、姫らしい対応に悩んでしまう。
ここで求められるのは”姫君”であり、”時羽”ではないのだから。
「時羽、と申します。何用でここに来られたのです?」
私の問いに男は顔をパッと明るくし、人の好さそうな笑みを浮かべる。
「不躾ながら申し上げます。時羽姫様、僕と結婚してください!」
「……はい?」
唐突な申し出に間抜けた声が出る。
何だこの人はと思い、扇を畳において御簾の向こう側をじっと観察した。
(人はよさそう。でもなんだろう……)
とても普通だと思った。
(悪い意味じゃなくて……彼や浅葱さんとはまとう空気が違うというか)
平穏というかべきか。
彼や浅葱のように戦いに特化した洗練がない。
良い意味で貴族の殿方であり、ごくごく普通の好青年だった。
「あの……時羽姫」
「はいっ!!」
観察していると男性は困ったようにヘラヘラしてまた声をかけてくる。
慌てて後退れば、少し頼りない微笑みで冠のズレを直していた。
「お返事、いただけますか?」
「えっ!? あ……返事……」
ごめんなさい、というだけなのに、言葉が詰まる。
今求められているのは姫としての対応。
そうなると断ることが正しいのか、判断がつかなかった。
忘れられた姫君とはいえ、本来の役割は政略結婚の駒となる等、目的があって動かされる身だ。
もしここに会ったこともない父がいれば、どんな反応をする?
母が生んだ娘だと思い出し、姫として扱うか、娘として扱うか。
(またはそれでも視界に入らないのか……)
歯を食いしばり、憂いは押し殺した。
「ご――……」
「時羽姫?」
御簾越しでも間違えない、まっすぐに届く彼の声。
私は前のめりになって御簾の向こう側、男の更に向こうに立つ彼の姿をとらえた。
「緋月……」
冷たい汗に息をのみこむ。
御簾越しでよかったと、私は汗ばむ手を握りしめる。
こんな迷いだらけの顔を彼に見られたくなかった。
「君はなんだ? 姫の護衛か?」
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