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第一章【青の月の章】出会い〜14歳
第19話「内緒にします」
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「は……えっ?」
ちょっとした呟きに彼は顔を赤らめて視線をさまよわせる。
「今日は小奇麗な恰好をしているのね。そうだ、傷はもう痛まない? ちゃんと手当出来たかな?」
発言に繋がりがなく、気になることはポンポンと口から出てしまう。
前のめりになっていると、彼は背中を反らして距離を取ろうとしていた。
それにハッとして私も彼から少しだけ離れて、強張る頬を指で揉んだ。
「ごめんなさい。気になったら聞かずにはいられなくて」
「いえ……」
一瞬目を点にしていたが、すぐに彼は口角をゆるめて薄らと微笑む。
「好奇心旺盛なのは良いことです」
「本当? 本当にそう思ってる?」
詰めて確認すれば、彼は声を出して笑い「もちろん」と言って目尻の涙を拭った。
微笑むことはあっても、目立って大きく笑ってはいなかったのでその美しさに驚いてしまう。
ジッと彼の笑顔を凝視して、長いまつ毛や紫紺の瞳に魅入っていた。
「……時羽姫?」
あまりに見つめられるので、彼は戸惑いながら首を傾げる。
「私、緋月の笑った顔が好きだわ」
「笑った顔?」
「せっかくキレイなんだもの。笑っていた方が得だわ」
そう言って私は自分の口角を指で引き上げ、えくぼを浮かせた。
「笑っていた方がね、人のためにも自分のためにもいいんだって。お母さまがそう言ってたの」
いつも笑っていた母を思い出す。
一緒に桜の花を眺めたり、月を見上げて歌をうたった。
行動範囲はとても狭いものだったが、母といる時間は何よりもの幸福だった。
満たされる満たされない、そんな欠片さえ考えないほどやさしい時間だった。
「緋月のお母さまはどんな方? お父様はいつも宮中にいらっしゃるの?」
彼は口を開くも、すぐに飲み込んで言葉に悩んでいる。
何か気を悪くすることをしたかと顔色をうかがうと、彼は物思いに沈んだ微笑みを浮かべた。
「母もここに仕えてますよ。ただ二人とも忙しくしているので関わりがあまりないんです」
「そう……」
私はこの場所に一人で暮らしているが、芹が世話を焼いてくれるからさみしさは減る。
父に気づいてもらえないのは悲しいが、義母兄弟もたくさんいる中で私だけ特別扱いをするわけにはいかないと頭では理解していた。
「また……ここに来て」
そうすれば私のさみしさも、彼の空白も埋められるかもしれない。
足りないものがあるのなら、自分に出来る方法で満たしていくしかない。
私は彼の微笑みを素敵だと思ったからこそ、憂いより喜びに笑ってほしかった。
とはいえ、大胆な発言をしてしまったと胸がドキドキする。
芹が聞いていれば頭を抱え、ひっくり返るだろうと想像して苦笑いをした。
「内緒にします」
「えっ?」
彼の一言に目を丸くする。
手の甲で口元を隠し、耳まで真っ赤になって彼は強張る声を出した。
「父や母には言いません。だから姫も俺のことは言わないでください……」
「言うって、そんな相手いないわ。芹には言うだろうけど」
「芹さん以外には。見つかったら二人とも怒られてしまいますから」
確かにそうだと納得し、私は首がもげそうなほど首を縦に振る。
そして一度遠ざかった距離を詰めて、口元を隠す彼の袖を引いた。
「言わない。だから絶対に来て」
「……はい」
決して折れないとわかったのか、彼は困ったように笑うとそっと手を引いて立ち上がる。
それから彼と会話をして親睦を深めていった。
夕暮れになると芹が来て、予想通り頭を抱えるものだからおかしくなって彼と目を合わせて笑った。
なんだかんだと上手く芹を丸め込み、私と彼のささやかな戯れの時間が生まれた。
ちょっとした呟きに彼は顔を赤らめて視線をさまよわせる。
「今日は小奇麗な恰好をしているのね。そうだ、傷はもう痛まない? ちゃんと手当出来たかな?」
発言に繋がりがなく、気になることはポンポンと口から出てしまう。
前のめりになっていると、彼は背中を反らして距離を取ろうとしていた。
それにハッとして私も彼から少しだけ離れて、強張る頬を指で揉んだ。
「ごめんなさい。気になったら聞かずにはいられなくて」
「いえ……」
一瞬目を点にしていたが、すぐに彼は口角をゆるめて薄らと微笑む。
「好奇心旺盛なのは良いことです」
「本当? 本当にそう思ってる?」
詰めて確認すれば、彼は声を出して笑い「もちろん」と言って目尻の涙を拭った。
微笑むことはあっても、目立って大きく笑ってはいなかったのでその美しさに驚いてしまう。
ジッと彼の笑顔を凝視して、長いまつ毛や紫紺の瞳に魅入っていた。
「……時羽姫?」
あまりに見つめられるので、彼は戸惑いながら首を傾げる。
「私、緋月の笑った顔が好きだわ」
「笑った顔?」
「せっかくキレイなんだもの。笑っていた方が得だわ」
そう言って私は自分の口角を指で引き上げ、えくぼを浮かせた。
「笑っていた方がね、人のためにも自分のためにもいいんだって。お母さまがそう言ってたの」
いつも笑っていた母を思い出す。
一緒に桜の花を眺めたり、月を見上げて歌をうたった。
行動範囲はとても狭いものだったが、母といる時間は何よりもの幸福だった。
満たされる満たされない、そんな欠片さえ考えないほどやさしい時間だった。
「緋月のお母さまはどんな方? お父様はいつも宮中にいらっしゃるの?」
彼は口を開くも、すぐに飲み込んで言葉に悩んでいる。
何か気を悪くすることをしたかと顔色をうかがうと、彼は物思いに沈んだ微笑みを浮かべた。
「母もここに仕えてますよ。ただ二人とも忙しくしているので関わりがあまりないんです」
「そう……」
私はこの場所に一人で暮らしているが、芹が世話を焼いてくれるからさみしさは減る。
父に気づいてもらえないのは悲しいが、義母兄弟もたくさんいる中で私だけ特別扱いをするわけにはいかないと頭では理解していた。
「また……ここに来て」
そうすれば私のさみしさも、彼の空白も埋められるかもしれない。
足りないものがあるのなら、自分に出来る方法で満たしていくしかない。
私は彼の微笑みを素敵だと思ったからこそ、憂いより喜びに笑ってほしかった。
とはいえ、大胆な発言をしてしまったと胸がドキドキする。
芹が聞いていれば頭を抱え、ひっくり返るだろうと想像して苦笑いをした。
「内緒にします」
「えっ?」
彼の一言に目を丸くする。
手の甲で口元を隠し、耳まで真っ赤になって彼は強張る声を出した。
「父や母には言いません。だから姫も俺のことは言わないでください……」
「言うって、そんな相手いないわ。芹には言うだろうけど」
「芹さん以外には。見つかったら二人とも怒られてしまいますから」
確かにそうだと納得し、私は首がもげそうなほど首を縦に振る。
そして一度遠ざかった距離を詰めて、口元を隠す彼の袖を引いた。
「言わない。だから絶対に来て」
「……はい」
決して折れないとわかったのか、彼は困ったように笑うとそっと手を引いて立ち上がる。
それから彼と会話をして親睦を深めていった。
夕暮れになると芹が来て、予想通り頭を抱えるものだからおかしくなって彼と目を合わせて笑った。
なんだかんだと上手く芹を丸め込み、私と彼のささやかな戯れの時間が生まれた。
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