壁にキスはしないでください!~偽りの番は甘い香り、ほんろうされて今日もキスをする~

和澄 泉花

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第二章【番としての恋路】

第23話「抹茶のパフェが溶けてしまう」

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今まで感じたことのない、むずがゆい気持ちに叫びたくなる。

桐哉への忠誠心と、柚姫との幸せしか考えてこなかったので、自身の恋愛事となると信じるべき道が見つからない。

どこか冷静な気持ちと、逃げ出したい気持ち。募る罪悪感。

「どうして私は匂いがわからないのですか?」

――知りたい。それほどまでに求められるなら、香りを知ってみたい。

忍びだけが感じる匂いとは何なのだろうか。
まるでたった一人の匂いがなければ何の価値もないように。

その匂いの相手でなくてはダメだと突き付けられている気分だ。

葉緩の人生は番の香りありきのものにさえ思えてくる。

もし葵斗が葉緩から匂いを感じなければ、恋もしなかったと。
葉緩である必要性を感じない。

もし葵斗が惹かれる匂いがなければ――葵斗は葉緩を好きにならなかった?

そう思えば思うほど、気持ちが陰る。
喉の奥に物が詰まった感覚がして、苦しかった。

「何か違う気がして……」
「その違和感は――」

口に出すのは苦しいと、葵斗が悲しげに表情を歪めた。
目を閉じて苦悩をみせたかと思えば、葵斗は葉緩に手を伸ばして立ち上がる。

強引に手首を引っ張られ、体勢が崩れてテーブルに腕をつく。

反射で顔をあげると、近距離にせまった葵斗の顔が視界に入った。

「……えっ?」

拒絶より先に、それは止まない雨となる。
把握したときには葵斗はしつこさを見せ、葉緩に拒否を許さない。

「ちょっ、ここカフェ……」
「大丈夫、見えない位置だから。気配、隠せばいいよ」
「そんな簡単にっ……!」

吸い付くように重なる唇に飲み込まれていく。
音をたてて求めてくる葵斗にくらくらして、視界がぼんやりとかすんだ。

「んっ……は、ぁ……んん」

――呼吸が上手くできない。

ふわふわして、ぐちゃぐちゃして、何も考えられない。

どうして葵斗にだけこんなドキドキするのか。

それも嗅ぐことの出来ない匂いのせいなのかと、葛藤さえ飲み込まれていく。

葵斗が満足して唇をペロリと舐めて、抹茶ラテを口にする。

何も言葉が思い浮かばず、パッと視線を落とすと抹茶パフェが溶けていた。

あれほど楽しみにしていたパフェも食べる気が起きない。
膝で拳を握り、身を硬くしていると葵斗がパフェを注文しなおす。

溶けてしまったパフェを葵斗が食べ、葉緩は届いた新しい抹茶パフェを渋々口に運んだ。

(甘いけど、少し苦い……)

これが恋ならば苦すぎる。

どうにでもなれと葉緩は思考を放棄し、パフェを食べる手の動きが早くして平らげた。

***

喫茶店を出た後、葵斗が送ろうとついてこようとしたので、一人になりたい一心に突き飛ばした。

一人になると、家までの道のりをトボトボ歩いては足を止める。

複雑な心境は葉緩の歩調を乱し、頭の中をぐちゃぐちゃに混ぜようとしていた。

(私は葵斗くんのこと、どう想っているのでしょうか)

自分の恋なんて考えたこともなかった。

主に忠誠を誓い、運命の姫と縁を結ぶ。

子孫?栄を願い、未来永劫の発展を願う。
それが葉緩のすべてだった。

仕えるべき主に会うまでは半信半疑だった。

ひと目でわかると言われても、いざ訪れるまでは実感が伴わない。

ようやく桐哉に出会えたとき、本当に魂がざわつくのだと知り、それ以降はずっと桐哉のために動いてきた。

ついに桐哉に運命の伴侶が現れた時、ようやくお努めが果たせると有頂天になったものだ。

それしか葉緩に伴う心がない。それ以外に葉緩が心を分けることはないと思っていた。

葵斗に振り回されることは想定外。

忍びとして生きてきた葉緩に、自分に関する重要事項が出来てしまった。

単純思考に生きてきた分、簡単に答えは出せない。

(キスしてきたのも……私とわかってただなんて。こっちは壁のつもりですから。反則です)


ふわふわしたり、ドキドキしたり、怖くなったり。

まるでジェットコースターに乗っているようで、落ち着くことのない気持ちに酔いそうだ。

――愛屋及烏(あいおくきゅうう)。それは盲愛だ。

「私の心は何処に……」

心は揺れる。今まで感じたことのない、他人事で済まない自分事。

――その悩ましい時に、殺気を感じれば葉緩だって腹を立てる。

危険を察知して、大きく後ろに飛ぶとクナイを手に身構える。

足裏で砂利が擦れる音。風を斬る音。

それらが息を潜めたとき、葉緩が元々立っていた位置の変化を確認した。

コンクリートの地面に落ちる四つの鋭い刃。
明確な敵意に葉緩は忍びの顔となり、自分事は捨て去って相手を睨みつけた。
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