壁にキスはしないでください!~偽りの番は甘い香り、ほんろうされて今日もキスをする~

和澄 泉花

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第一章【運命はキスから動き出す】

第5話「無差別”壁”襲撃です」

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「桐哉く~ん、おっはよ~!」

さらに後ろから駆けてくるのは、金色のツインテールが特徴的な美少女。

絢葉いわくツンデレ枠だと言っていたが、葉緩にはハートをまき散らす天敵にしか見えない。
帰国子女の豪華絢爛女。
進藤クレアは厚かましくも桐哉の腕に抱きつき、上目遣いに猛アタックをしていた。

「おはよう、進藤」

布越しに牙をむくしか出来ない葉緩だが、桐哉は嫌なそぶり一つ見せず、まさに白馬の王子様に微笑んで一線をひく。一見、スマートな動作のため、引き離されても簡単に女子たちの恋愛フィルターははずれない。

その仮面の裏側を知っているのは葉緩の特権、というより、忍びとして観察してきた成果だ。
桐哉は内心、かなり緊張をしており、女子たちを相手にするのを苦手としていた。
実に初心、だがそれが良い……。

「今日ね、調理実習あるじゃん? アタシ、頑張ってクッキー作るから桐哉くんにもらってほしいなぁ」
「え、オレに?」
「アタシの気持ち込めて作るから。楽しみにしててね!」

すでに告白しているようなものだ。
クレアはお得意のウインクを桐哉に投げると、明るく手を振り先に校舎へ駆けていく。
ツインテール美少女は一部の男子から人気を集め、まるでアイドルのようにハートをまき散らす姿はますます葉緩の苛立ちを刺激した。

(進藤クレアめぇ……! 主様に近づくなバカッ!!)

そうは思っても壁に化している葉緩は声が出せない。
ぐぬぬと言葉を飲みこんで、じりじりと移動しつついざとなればクレアを吹き飛ばしてやろうと考えていた。

とはいえ、桐哉も桐哉でハッキリしない。

柚姫を好いていることは一目瞭然だが、基本的に優しすぎて好意を抱いて近づいてくる女子たちを邪険にできない。
中学生のときからモテモテではあったが、優しすぎと初心さがますます白馬の王子様像を強化していた。

余計な虫は葉緩が追いはらえばいい。
要は無事に柚姫と愛を分かち合ってくれれば、葉緩はそれで満足だ。
なのにすれ違いというか、運のなさと言えばいいのか。
クレアの猛アタックを、後方から柚姫はしっかりと目撃していた。
桐哉と目が合うと、目元の赤さは笑って誤魔化し手を振って先に校舎へ駆けてしまう。

(これは大変だ! 主様の恋の危機では?)

主のために動き、幸せを願う。
それが忍びの役割であり、その目標の壁の高さに葉緩は圧倒された。
追いかけることも出来ず立ちすくむ桐哉に、本来は抱くはずのない焦燥感を抱く。

両想いなのは明白なのに、なぜこうもうまくいかないのか。
桐哉がもっと強気でいってくれれば、柚姫は涙に暮れることはないのに。
恋に関しては奥手すぎるのがたまにキズで、普段の勇敢さは欠片も発揮しなくなるのが葉緩にはもどかしかった。

(ああ……主様が落ち込んでいられる。どうすればいいの!?)

柚姫に避けられたと気づいた桐哉は追いかけることも出来ずに、落ち込みながら歩き出す。
こういう時、大丈夫だと気さくに声をかけて励ますことができたらいいのに。
忍びとは制限が多く、大好きな人のために行動を妨げられるたびに葉緩は叫びたい想いに駆られた。

もっと堂々と応援したい。

なんだったら物理的に背中を押して、二人にラブハプニングさえ起こしたい!
それも桐哉が頑張るべきことと、忍びは主の成長のために無言を選ぶ。


忍びの目的には主の子孫繁栄も含まれる。
恋路を邪魔するものは全力で追い払うも、好きな人を前にがんばれるのは主本人しかいない。


忍びが世話焼きをしてもろくなことはない。
手を出したところで掟に反するし、無力を痛感するばかりであった。

「我慢強く志しを変えないのは難しいよ。私は忍耐がそこまで強くないというのに」

壁に隠れて葉緩は自己嫌悪に陥る。
一心に桐哉と柚姫の幸せを願うも、二人に身分を明かせないことを憂いていた。

ざわ……と風が吹いて壁の反対側にある木々から葉がひらりと落ちてきた。
太陽の角度が変わり、葉緩の隠れる壁の陰影も変化し、一瞬のまぶしさに視界が奪われる。

「この香り……」

葉の擦れる音にまぎれて、眠そうにあくびを混じらせる落ちついた低音の声がした。
葉緩がうすらと目を開くと、わざとらしく鼻をスンと鳴らして近づいてくる葵斗を視界にとらえた。


「やっぱり、この香りだ。こんなに甘い香り、気づかないわけがない」

何をブツブツと……としかめっ面に葵斗を観察していると、一気に距離が詰められて青い瞳に何の変哲もない壁が映りこむ。
驚きはするものの、忍びとして訓練を積んできた葉緩が失態を犯すことはない。
今は“隠れ身の術”で壁に擬態している。
壁としてのポリシーがあり、意地で平静を装った。

その意地も、葵斗には関係のないことだが。

「もっと触れたらいいのに。そしたらきっと……」

いつのまにか生徒のいなくなった通学路。
壁になりきったつもりの葉緩と、壁を見ている葵斗の二人きり。
チャイムが鳴ったと耳にしながら、葉緩は突然身に降りかかってきた出来事に息を呑む。

これはなに? 葵斗の唇が壁に重なっている?
チャイムが鳴りやむまでそれは動かなかった。
思考停止した葉緩も動かず、唇が離れても青い瞳には変わらず壁が映っているだけ。

「遅刻だね。 ……保健室で寝ようかな」

うんと背伸びをし、葵斗はいつものようにのらりくらりとした雰囲気で壁を越え、遅刻をカウントする教師の目を逃れていた。
一連の流れを葉緩は壁と一体化したまま、尻目に確認する。
あきらかにおかしいことが起きたと自覚した瞬間、葉緩を隠す特殊な布がめくれた。
熱が集中する頬を両手でおさえ、布に顔をうずめる。

(なになになに? おかしいです! 普通は壁にキスなんてしませんよね?)

いや、人間とは多種多様な生き物であり、このような奇行をとる人がいてもおかしくない。
だからといって納得できるものでもないが、壁に徹する葉緩に追及は許されなかった。
そもそも忍びという人種もある意味で奇行な者のため、葉緩は頭を抱えるばかり。

「壁好き? 壁フェチ? そんなバカな……」

奇行というより、“新人類”と呼ぶべきか。
普段は突っ込まれることの多い葉緩が首をかしげざるを得ない事態。

「昨日は教室の壁。今日は外の壁。……はっ! 無差別の壁襲撃?」

今まで葉緩の壁に隠れる技はばれたことがない。

むしろ気配を隠すことに関しては宗芭のお墨付きのため、葵斗にバレていると思いもしない。
完ぺき。バレていない。
それが前提のため、葉緩が答えに行きつくこともなかった。

「なんだか複雑です。モヤモヤします。……壁とはいえ、擬態しているだけの私ですから」

悶々としながらも校舎に入り、どんよりとしながら教室の扉を開ける。
結局遅刻となり、葉緩は担任にこってりと怒られた。
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