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波乱なデート Ⅰ

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 部屋に戻ると拓哉は引っ越しで使ったダンボールをキッチンに並べ始めた。

「いつも作って貰って悪いな」

「気にしないで良いのよ、人の役に立てるのは嬉しいからね」

クマのぬいぐるみは、軽快な動きでダンボールに飛び乗ると料理を始めたのであった。

「しかし、良くも器用に出来るもんだな」

「慣れよ慣れ」

拓哉はカップにドリンクを入れると千夏の座る前に差し出した。

「疲れた?」

「・・・」

「千夏!」

「え、は、はい」

「どうしたんだ? 午後から様子が可怪しいぞ」

「あのね・・・あのね今はまだ何でもない関係だけど・・・負けないから」

そう言うと夏美は立ち上がり玄関へと向かった。

「夏美、夕食は?」

「食欲無いんだ、ごめんね夏美」

そのまま出て行ってしまうのであった。


 夏美の料理が並んだテーブル、拓哉は箸を取る事が出来ないでいた。

「千夏はずっと寝たきりで、私が中に同居する様に成ってからは拓哉の話を沢山聞かせたのよね」

クマのぬいぐるみは腰を降ろした。

「あの娘は実際拓哉と出会って好意を持ってるのは確かだと思うわ」

「しかしそれは・・・」

「分かってる、それで恋が成立する訳では無いのよね、後私の為にと言うのも有るのかもね」

「昔の約束か?」

「そうそう、私とあの娘では違うのにね」

「・・・」

「結論は別として、あの娘の気持ちを軽く扱わないで上げて欲しいわ」

「分かったよ、夏美は良い姉なんだな」

「あはは・・・惚れた?」

「どうかな」

「許嫁に対して冷たいのね、私だって貴方の事は諦めて無いんだからね」

クマのぬいぐるみは寝室に向かうと、ベッドに飛び込み動かなく成った。

 帰ったのか・・・。

拓哉は箸を取り夏美手作りの料理を口に運んだ。

 今日も美味いな。


 千夏の服ポケットから楓に預かった人形が顔を出し、落ち込んでる千夏の元へ歩み寄った。

「ただいま」

「おかえり夏美」

「大丈夫?」

「ダメかも・・・明日からどんな顔をして会えば良いのかな」

「今まで通りで大丈夫よ、拓哉は千夏が思ってるより心が広いわよ」

「うん」

「それにしても千夏がここまで独占欲強いとはね」
 
「だって拓哉さんと会う人皆が彼に興味を持つんだもん、紗理奈さんとか真琴さんとかさ」

「そうね、拓哉は人より浸し見やすいからね、でも私達に勝てる娘なんていないから自身を持って行きましょう」

「・・・」

「千夏は可愛いから大丈夫だよ」

「本当?」

「本当」

千夏は目元の涙を拭うと満面の笑みを夏美見せたのだった。

「そう言えばさ・・・夏美は毎晩拓哉さんと寝てるよね?」

「え、え、何の事かな?」

「知ってるんだよ! 夜な夜なぬいぐるみに移動してるのをさ」

「アハハハ、1度経験したら抱きしめられながら眠るのが癖に成っちゃってね」

千夏は人形の腕を掴むと壁に向け思い切り投げつけてのである。

「夏美の馬鹿、もう知らない」

「ふぎゃー」

千夏は翌日の朝食にも顔を出さなかった。

「夏美、俺避けられてる?」

「昨日も言ったでしょ、拓哉に会わせる顔が無いと思ってるのよ」

「飯も食わず?」

「それなら大丈夫よ、買い置きのパン齧ってるからね」

 ぬいぐるみだから表情は分からないが、どうやら本当に大丈夫な様で安心した。
このまま気まずいのは今後に差し支えるだろうし、早く元の感じに戻したい所だよな。

拓哉は何か思い付いた様で1人ベランダへと足を運んだのである。

「千夏、千夏ー、聞こえてるか?」

拓哉がベランダ越しに呼びかけると窓の隅からヒョコッと顔を見せた。

「今日暇か? 暇だったら街の散策兼ねてデートしないか?」

千夏は一瞬驚きの顔を見せたが直ぐに笑顔で頷いた。

「早く飯食って迎えに行くな」

朝食を行き勢いよく流し込む。

「千夏が羨ましい・・・」

「何言ってるんだ夏美だって来るんだろ?」

「当然!」

拓哉が食事を終えようとする頃、突然と寝室の壁が何回か音を立てた。

「あら千夏が呼んでるわ」

「随分と迷惑な合図だな」

「私帰るわ、また後でね」

再びクマのぬいぐるみはベッドで動かなく成ったのであった。


 千夏が人形に戻ると既に姿見の側に置かれ、寝室の中は千夏の服で溢れ返っていたのである。

「ただいまってなにこれ?」

「夏美遅いよ」

千夏は人形の方へ向く事無く答えた。

「なるほど、デートに着て行く服が選べないのね」

「夏美はどれが良いと思う?」

「どれでも似合うと思うけど、そう言う事じゃないのよね」

人形は立ち上がりベッドによじ登ると、千夏の服を見渡し一緒に組み合わせを考え始めたのだった。

「そのワンピースは?」

「うーん、もっとカジュアルな方が良いかな?」

「それならこれにダメージ系のパンツを合わせたら?」

「それは崩しすぎじゃない?」

「もう何でも良いと思うよ」

「ダメよ! 初めてのデートで相手は拓哉さんなのよ」

夏美は千夏が可笑しな所で頑固だった事を思い出すのであった。

 1時間かけて身支度を整えた千夏は玄関でチャイムが鳴るのをじっと息を殺し待つのであった。

「嬉しいのは分かるけど部屋で待ったら?」

「何処で待っても一緒よ」

それなら部屋で待ちなよと思う夏美。

「それに隣の玄関が開いて足音が近づいて来るのってドキドキするんじゃない?」

「千夏は変わってるわね、法に触れる事だけは辞めてね」

「それは千夏でしょう」

「あ、玄関が開いた」

千夏は立ち上がり耳を凝らす。

チャイムが鳴ると直ぐに出る事は無く余韻を楽しむ表情を見せる。

「早く出なさいよ」

服のポケットから顔を出してる千夏が小声で急かすと仕方無さそうに扉を開けるのだった。

「待たせちゃったかな」

「急だったからしっかり用意出来なかった・・・」

「とても似合ってて可愛いよ」

「ありがとう、嬉しい・・・」

ポケットの中では千夏の豹変ぶりに、両手で口を押さえ笑いを堪える夏美がいた。

「行こうか」

「はい」

2人はエレベーターを使いマンションの外へと出て行った。


 宛も無く歩く2人、千夏は十分満足であったが今の状況を壊す存在が離れた所から呼び止めるのだった。
拓哉が目を凝らし交差点の先を見ると、大袈裟に手を振る紗理奈が映った。
紗理奈は信号が変わるのを待てないと言う感じでピョンピョンと跳ねている。

「恥ずかしい人・・・」

千夏が小声で吐き捨てる。
 
「紗理奈は今日も元気だね」

拓哉は千夏と違い歓迎している様な素振りを見せる。

「千夏負けちゃダメよ」

夏美が応援すると力強く頷いた。

信号が青に代わり2人の元に駆け寄って来る紗理奈。

「2人共お揃いで何処か行くの?」

「越して来たばかりで街を良く知らないから散策かねてフラフラしてるんです」

デートと言うワードが使われない事に少し苛つく千夏。

「デートなんだ」

「アハハハ・・・そんなんでは無いですよ」

更に苛つく千夏。

「何だか千夏は面白く無さそうね、せっかくだから私が面白い所を色々案内してあげる」

「紗理奈さんは用事が有って出て来たんで無いのですか?」

「新学期の準備をと思って買い物に来たんだけど、それは次回でも平気だから気にしないで良いわよ」

「さぁレッツゴー」

紗理奈は拓哉の腕を引くと勝手に有るき出したのである。
仕方なく後に続く千夏は紗理奈の後ろ姿に悪意ある強い念を送っていた。


 大型複合施設、アミューズメントパークから下町の商店街まで様々な所を案内され、その分だけ拓哉と紗理奈の距離が縮まって行く様に千夏は感じていた。
 日も暮れ始めた頃、1軒のスパに辿り着いた。

「色々歩いて疲れたし、ここで癒やされて行かない?」

「俺は構わないけど千夏は?」

「私は・・・」

「裸の付き合いで色々聞くよ?」

「望む所です」

 千夏は何と戦う気なんだ?
広い風呂も偶には良いか、部屋では何時もシャワーで済ませてしまうからな。

3人は入り口で入浴券を買うと、それぞれ男湯と女湯のノレンを潜り消えて行った。






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