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第三章<空白の谷の魔女編>
16:消えていく仲間たち
しおりを挟む自分を庇って、目の前でルジェが消えてしまったことで、コシュカは呆然としているように見えた。
だが、杖を取り戻そうとした魔女の動きに、コシュカの瞳が生気を取り戻す。
飛び退くと同時にその杖を使って、彼女はヴェネッタの腕を叩き落とした。
「痛ったいなあ、ボクの杖なんだから返してよ」
「お断りします」
叩かれた腕をわざとらしく擦っているが、手元が仄かに光っているのが見える。恐らくヴェネッタは、回復魔法も使えるのだろう。
コシュカに叩かれた程度のダメージなら、魔法を使うほどではないだろうが、もしかするとグレイに掴まれていた箇所が痛んでいたのかもしれない。
そのグレイはすでに身体を起こして、再び臨戦態勢に入っていた。
「店長、オレが魔女の動きを止めます。その隙にコシュカと魔石を破壊してください」
「けど、それじゃあグレイが……!」
「オレが消えても、魔石さえ壊せりゃオレらの勝ちっスよ。オレらン中で一番力がある奴って考えりゃ、相談するまでもないでしょ」
グレイの言っていることは正論だ。シェーラとルジェを失った以上、俺たちに残されている戦力は人を選ぶ余裕などない。
不意打ちのチャンスだって、あと一度残っていれば良い方ではないだろうか?
それに、こうしている間にもコシュカが脱落させられてしまう可能性だってあるのだ。
「……わかった。頼んだぞ、グレイ」
「任せてください」
ヴェネッタの視線は目の前のコシュカに向いているが、当然俺たちの気配の変化にも意識は向けられているだろう。
俺とグレイは魔女を挟み撃ちするように、左右に分かれて走り出す。
けれど、ヴェネッタは戦力を減らす方を優先しようというのだろう。杖を持つコシュカに真っ先に向かっていくのが見える。
せっかく奪うことができた杖を、また魔女に取り戻されるわけにはいかない。
それをわかっているであろうコシュカは、ヴェネッタから少しでも距離を取るために全速力で逃げていく。
「魔法も使えないキミたちだけじゃ、この魔女狩りには勝てないよ」
「そんなもん、やってみなけりゃわかんねーだろ!」
駆け出した時に手近な石を握っていたグレイは、それをヴェネッタの後頭部目掛けて思い切り投げつける。
そんな攻撃は当然あっさりと弾かれてしまうのだが、予想されていたことだ。
勢いを落とさず飛びついたグレイが、魔女にタックルをかましていく。
さすがに振り返ったヴェネッタは、コシュカよりも先にグレイを脱落させようと考えたようだ。無防備に自分に向かってくるグレイに腕を伸ばしたのだが。
「かかった……!」
伸ばされた腕は、確かにグレイの身体に触れていた。
だが、グレイは自身の身体の前に圧縮を解いた寝袋を広げていたのだ。その寝袋に阻まれて、ヴェネッタの腕は彼の身体に触れることができない。
「小賢しい真似を……!」
鬼は素手での捕獲がゲームの条件であり、武器を扱うことは許可されている。さらに言えば、他の道具を使うことは禁止されていない。
ヴェネッタの両腕を寝袋で包むように拘束すると、グレイはそのまま体重をかけるように彼女の身体を地面に押し付ける。
こんな小細工は、すぐに魔法で破られることは承知していた。目的は、時間を稼ぐことだ。
「今だ! やっちまえ!!」
「コシュカ!」
ヴェネッタを挟み撃ちすると見せかけて、グレイの方へ意識が向いたのを確認してから、俺はコシュカの方へと方角を変えていた。
グレイの役割はヴェネッタの足止めをすること。そして、俺の役割はコシュカと共に魔石を破壊することだ。
道中に落ちていた大きめの石を拾うと、俺の意図に気づいたコシュカが魔石のついた杖の先を地面へと下ろす。
その魔石目掛けて、俺が石を振り下ろそうとした時だった。
「勝てないって言っただろ? キミたちには耳がついてないのかな?」
「なっ……!」
「きゃあッ!?」
俺が石を叩きつけたのは、何もない地面の上だった。
標的を外したわけではない。目の前から魔石が消えてしまったのだ。
顔を上げると、コシュカの身体が宙に浮いていた。その胴体には、真っ白な木から伸びた太い枝が巻き付いているのが見える。
ただの木だと思っていたものが、突然意思を持ったように動き出して、俺から彼女を遠ざけたのだ。
「ここはボクの作った空間だって言ったよね。やろうと思ったことは何だってできるんだよ」
「こんなのズリィだろ!!」
「魔法も武器の使用も許可してる。ルールの範囲内なんだから、そんなこと言われる筋合いはないよ」
予想外の行動に気を取られているうちに、いつの間にか魔法で寝袋は溶かされてしまったらしい。
「はい、それじゃあキミもおしまい」
ヴェネッタを拘束していたグレイの腕は、彼女に直接掴み返されていた。
「クソ……っ、店長、コシュカ……!」
「グレイ!」
「グレイさん……!」
悔しさを滲ませるグレイは、霧に包まれて見えなくなってしまう。その霧が晴れた時、そこにグレイの姿は無くなっていた。
せっかく時間を稼いでくれたというのに、俺たちはまた一人仲間を失ってしまうだけに終わる。
「あーあ、もうほとんどゲームオーバーだよね。これでもハンデはつけたつもりだったけど、キミたちが弱すぎてゲームにならないや」
服についた砂を払いながら立ち上がったヴェネッタは、木の枝に拘束されたままのコシュカを見上げる。
身動きが取れない以上、次に狙われるのは間違いなく彼女だろう。
コシュカまで脱落させられてしまえば、今度こそ杖を奪うことは厳しくなってしまう。
そんな考えすら読んでいるであろうヴェネッタは、俺を嘲笑うように魔法を使って宙に浮き、コシュカへと近づいていく。
「待て、ヴェネッタ……!」
声を上げるが、待てと言われて止まってくれるはずがない。
俺はコシュカに向かって走り出すが、足掻いたところで飛ぶこともできないのだから、絶望的な状況だった。
「ニャア!」
「っ!?」
コシュカにも魔女の腕が届く。そう思った時、コシュカの背後から飛び出してきたのは印章猫だった。
それに驚いたヴェネッタは、その場所から大きく距離を取ったのだ。
「……?」
俺はその行動に、不信感を覚える。
ルジェやシェーラの不意打ちの攻撃も、彼女の魔法を使えば弾くことなど容易いように見えた。
ましてや猫一匹ならば、ぶつかったところで何の脅威にもならないだろう。それどころか、猫を嫌っているというのであれば、魔法で弾き飛ばされても不思議ではなかった。
だというのに、ヴェネッタはあからさまに印章猫から距離を取ったのだ。
奇襲に失敗した印章猫は、地面に降り立って残念そうに魔女を見上げている。
そんな印章猫を見下ろすヴェネッタの表情は、憎しみとも戸惑いとも取れるような色を浮かべていた。
しかし、これはチャンスではないだろうか? 魔女が動揺したからなのか、コシュカを拘束する木の枝は緩んで、彼女はそこから抜け出すことができた。
ようやく合流することができた俺たちは、今のうちに魔石を破壊しようと石を振り下ろす。
ガキン! と大きな音がして、硬いもの同士がぶつかり合う音が辺りに響いた。
今度こそ、確かに魔石を破壊することに成功したのだ。
そう思っていたのに。
「え……何で……?」
割れたのは、魔石ではなく俺が持っていた石の方だった。魔石には、傷ひとつ付けられていない。
まさか、使った石が脆すぎたというのか?
そう思った俺の思考を、真っ向から否定してきたのはヴェネッタだった。
「アッハハハハハハ!! ねえ、成功したと思った? 残念でした、本当に壊せるわけないじゃん!」
「な、何を言って……」
「だから、壊せるわけないんだってば。魔石自体に、衝撃を跳ね返すように魔法をかけてあるんだよ。ボクが本気でキミたちのお遊びに付き合うとでも思ってたの?」
ヴェネッタの甲高い笑い声が、耳を素通りしていくような感覚だ。
魔石を破壊すれば洗脳魔法を解くことができると、仲間たちの犠牲と共に必死になってゲームに挑んだというのに。
始めから、ヴェネッタは約束を守るつもりなどなかったというのか。
「ああ、一応言っておくけどズルじゃないよ? ボクがかけた魔法以上の力を使えば、魔石は壊せたんだ。だけど、魔力のあるオニーサンとオネーサンが脱落した時点で、その方法も無くなっちゃったけどね」
それを聞いて、俺は最初から作戦を間違えていたのだと気づくことになる。
誰か一人が魔石を破壊できさえすればいいと思っていたが、残す人間をもっとよく考えるべきだったのだ。
最後まで残るのは、ルジェかシェーラでなくてはならなかった。あの二人が脱落した時点で、俺たちの勝機は失われていたのだから。
「そんな……じゃあ、俺たちはもうゲームに勝てないってことなのか……?」
希望が断たれてしまったことで、俺は膝から力が抜けるままその場に崩れ落ちてしまう。
絶対に解かなければならない魔法だというのに、俺たちにはもう手段が残されていないのだ。
「ヨウさん、諦めないでください!」
「……!」
喪失しかけた俺の戦意を引き留めてくれたのは、コシュカの声だった。
俺は絶望の淵に立たされたような状況だと思っていたのだが、彼女の瞳はまだ諦めていない。
「しつこいなあ、もう終わりだってば」
そう言って杖を取り上げようとするヴェネッタに、コシュカは思い切り体当たりをした。
彼女の手にあったはずの杖は、俺の方へと投げ捨てられていて、反射的にそれを受け取る。
「コシュカ……!」
グレイの時とは違って防ぐ物の何もない彼女は、当然ヴェネッタの手に直接触れられてしまった。
だが、そうすることで少しでも俺と魔女との距離を稼いでくれたのだ。
「道は絶対にあります。だって、ヨウさんは世界を救う勇者なんですから」
霧に包まれて消えていくその身体は、俺が守らなければならなかったというのに。
コシュカの表情は、俺が勝つと信じて疑わないものだった。
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