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第二章<猫アレルギー治療編>
20:岩窟の中へ
しおりを挟む舗装されているわけではない道を走る馬車は、ガタガタと不規則な振動を伝えてくる。
前回は眠気すら感じた長い道のりだったが、今回はずっと目が冴えたような興奮状態だった。
それは、同行するコシュカもグレイも同じだったのだろう。
目的地に到着するまでの間、会話らしい会話はほとんど無かった。それでも、俺たちはそれぞれに膨らませた期待を胸に馬車に揺られていた。
満月の滝に続く岩場に到着したのは、すっかり辺りが暗くなり始めた頃だ。
空を見上げてもまだ月は出ていない様子なのだが、その夜空を見て、俺は一抹の不安を抱えていた。
「……なあ、今夜は間違いなく満月なんだろうけど。曇って月が出ない場合って、どうなるんだろうな?」
そう。見上げた空には、月どころか星ひとつ見当たらなかったのだ。
満月の滝は、本物の満月の光を受けて初めて秘密の岩窟への道が開かれるのだという。
三ヶ月に一度の周期だということしか頭に無かったのだが、天候不順までは予想していなかった。
二人もまた、俺の言葉に不安そうに空を見上げる。
「とにかく、ここまで来たので行ってみるしかありません」
「そうっスよ。曇ってたからって引き返したら、あの二人に合わせる顔がねえし」
「……そうだな」
二人の言う通りだ。今は月が見えていないとはいえ、このまま岩場も登らずに引き返すことなどできるはずがない。
グローブを装着して、俺たちは薄暗い岩場を登り始める。
ヨルを預けられる相手はいなかったので、俺のリュックから顔だけを出すようにして、背負うことにした。
灯の指輪を使っているとはいえ、照らされるのは手元だけだ。足元は暗く、うっかり踏み外せば落下は免れない。
視界が良好だったこの間よりもずっと慎重に、俺たちは岩場を移動していった。
今回も無事に、満月の滝に到着することができた。
やはり普段使わない筋肉が痛みを訴えるのだが、怪我をした時に比べればなんてことはない。
滝を初めて目にするグレイは驚いていたが、二日前に見た光景とは、特に変わりがないように見える。
もちろん、明るさが違うので雰囲気も変わっている気はするのだが。それはあくまで、昼か夜かの差でしかない。
「コレが満月の滝……確かに、流れが弱まらねえと近づけそうにないっスね」
「ですが、やはり月は出てきませんね」
目的地に辿り着けはしたが、このまま満月が出なければ意味がなくなってしまう。
こればかりは自力でどうにかできるものでもなく、月が出るのを待つしかない。俺に魔法が使えたら、あの雲を払うこともできたのだろうか?
「ニャウ」
「ん? ヨル、何か言ったか?」
猫の声が聞こえた気がして、俺は後ろを振り返る。
ヨルをリュックに入れたままだったことを思い出して、その中から出してやるのだが。ヨルはきょとんとした顔をしている。
「ヨルさんではないみたいですね」
「店長、アレ……!」
二人の声にその視線の先を辿ると、そこにはいつの間に現れたのか、猫の群れがやってきていた。
青い長毛種の猫たちは、気持ち良さそうに川の中を泳ぎ回っている。
本来、猫は濡れるのを嫌がる種類が多いはずなのだが。あの猫たちは、水の中で過ごすことが当然のように遊んでいる。
ヨルは、水に落ちたくないとばかりに俺の頭に張り付いているのに。
「こんな所にも、猫がいたんだな」
「前回は見当たりませんでしたし、夜にだけやってくるのかもしれませんね」
しばらくその姿を眺めていたのだが、やがて遊び飽きた一匹が陸に上がってくるのが見えた。
そちらに近寄っていくと、特に逃げる素振りも見られない。水を払うように全身を震わせた猫の身体に触れて、俺は驚いた。
確かに川の中で遊んでいたはずなのに、毛並みに濡れた感触がまるで無いのだ。ましてや濡れれば乾かすのが大変な長毛種だというのに。
水滴はついているようなのだが、どうやら水を弾く性質を持っているらしい。その身体からは、時折シャボン玉のような泡が浮かび上がっては空気中に消えていく。
この猫たちは、泡猫と名付けることにした。
「スゲー。青い目が月明かりで宝石みてえに光ってますよ」
「ホントだ、綺麗な瞳をしてるんだな」
「ッ……ヨウさん、グレイさん! そんな話をしている場合ではありませんよ!」
突然声を荒げるコシュカに、俺もグレイも驚く。けれど、すぐにその意味を理解して俺は顔を上げた。
泡猫の瞳が、『月明かりを受けて』輝いていたのだ。
「月が……出てる!!」
先ほどまでは確かに曇り空だったはずなのだが。見上げた先では、雲間からうっすらと月明かりが覗いているのが見て取れた。
月を覆い隠していた雲は徐々に流れていき、大きな丸い月がその輪郭を露にする。
待ち望んでいた満月が、とうとう姿を現したのだ。
次いで俺たちは、滝の方へと視線を向ける。
丸い形をした滝には、由来の通り、満月が映し出されていた。
「あれ、見てください。水流が……」
満月の明かりを受けた滝が、一瞬揺らめいたように見える。
すると、水流の勢いが少しずつ弱まり始めたのだ。滝壺に落ちる飛沫も控えめになっていき、明らかに変化しているのがわかる。
やがて、丸い形をしていた滝の中央の部分から、カーテンを開くように左右に水の流れが消えていく。
その先には、噂通りぽっかりと口を開けた、大きな岩窟が現れたのだ。
「惚けてる場合じゃないっスよ! また月が隠れちまう前に、早くあそこに行かねえと!」
「ああ、行こう!」
現実のものとは思えない光景に、口を開けたまま見入ってしまっていたのだが。
運よく現れてくれた満月だが、またいつ雲の向こう側に隠れてしまうかわからないのだ。
グレイの声に我に返ると、俺たちは急いで岩窟の中を目指すことにした。
滝が流れていた向こう側は、足場は悪いものの、ここに来るまでの岩場に比べれば難所というほどではない。
濡れているので滑らないよう気をつけつつ、ようやく岩窟の中に入ることができた。
ここから急いで薬草探しをしなければならないと思っていたのだが。
「……探す必要はなさそうですね」
「ああ、そうみたいだ」
岩窟の中を目の当たりにした俺たちは、思わずその場に立ち尽くしてしまった。
岩窟がある場所は、丁度滝が満月のような形になって流れていた部分だ。そこには、本物の満月の明かりが差し込むような形になっている。
その中には、月の光を受けて一面に光り輝く薬草が、所狭しと生えていたのだ。
形状が特殊なわけではないが、間違えるはずがない。
これが、俺たちが探し続けてきた、伝説の薬草なのだとわかった。
「やりましたね、店長……!」
「これで、アルマさんのアレルギーを治すことができるんですね」
興奮した様子の二人の声に、俺は頷くことしかできなくなってしまう。
期待はしていたが、いざ目の前に本物の伝説の薬草があるとなると、達成感と共に脱力感にも襲われてしまったのだ。
しかし、ここで座り込んでいる場合ではない。
ようやく治療のための材料を見つけることができただけで、俺たちはこれを無事に持ち帰らなければならないのだから。
「……よし、急いで採って帰ろう」
どこまでが必要になるかわからなかったので、薬草を根っこから丁寧に引き抜いていく。
ある程度の量を収穫した俺たちは、薬草を袋に詰めて岩窟の外に出る。
空を見上げると、輝く満月に再び雲がかかりそうになっているのが見えた。
こうして満月が姿を見せてくれたのは、本当に運が良かっただけなのかもしれない。
目的を達成した俺たちは、未だに無邪気に川遊びを続ける泡猫たちに別れを告げて、帰路につくことにする。
再び岩場を抜けて呼び出した馬車で、町へと引き返したのだった。
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