猫アレルギーだったアラサーが異世界転生して猫カフェやったら大繁盛でもふもふスローライフ満喫中です

真霜ナオ

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第二章<猫アレルギー治療編>

17:満月と薬草

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 ギルドールは、丸い形をした滝を見上げながら、その名前の由来を思い出していた。
 満月のような形をして流れる滝だから、『満月の滝』と呼ばれているのだと思っていたのだが。
 正確にいえば、それも由来のひとつではあるらしい。

「満月みたいに見えるから満月の滝、っつーのはまあ安直だな。だからこそ、そっちの由来の方がメジャーになっているのかもしれん」

「ギルドールさんも、始めは気がつかなかったくらいですしね。訪れる人もいないというのであれば、そちらの由来の方が広まりやすいように思います」

 見た目から付けられる名前の方が、確かに浸透しやすいだろう。
 実際、満月のような形をしているのだから、そこから名付けられたと言われても疑問を抱くことはない。

「だが、本当の由来はそっちじゃないらしい。この滝の名前の由来は、満月の夜に関係してるって話だ」

「満月の夜に……?」

 滝がそのような形をしているというだけではなく、本物の月も関係しているということなのだろうか?
 今はまだ明るい時間帯なので、空を見上げても月を見つけることはできない。

「綺麗な形をしちゃいるが、滝の勢いは凄いだろ? まるで、人の侵入を阻もうとしているみたいに流れ続けてる」

「言われてみると、確かに……あの下で、滝行たきぎょうはできそうにないですね」

 流れる水の形にばかり注目していたが、普通の滝よりも流れ落ちる水の勢いは凄まじいように見える。
 滝壺たきつぼに足を踏み入れようものなら、浮かび上がれないどころか、身体の一部がもげるのではないかと思うほどだ。

「ただ、それが満月の夜になると話は変わってくる。あの滝の満月みたいな部分に、本物の月の光が丁度当たるようになるらしくてな。滝に満月が浮かび上がるってのが、もうひとつの由来になってるそうだ」

「それは……見てみたいですね」

「ああ、二つの満月が重なるってことだもんな」

 その光景は、とても幻想的なものなのではないだろうか?
 月の出るような時間帯に、この場所を訪れるのは危険度も高そうだ。けれど、それだけの価値がある景色のようにも思える。

「で、ここからが本題な。二つの満月が重なると、この滝の勢いが弱まって消えるらしいんだ」

「滝が消える……?」

 これだけ勢いのある滝が消えるというのは、想像がつかない。
 皆既月食のようなものを思い浮かべるのだが、そんな風に欠けていくのだろうか?

「ああ、どういう仕組みかは知らんがな。そして、滝が消えた先には、秘密の岩窟がんくつが現れるって話だ」

「秘密の岩窟……ってことは、あそこに薬草が生えてる可能性があるってことですか?」

「そこに何があるのかは語られちゃいなかったが、調べる価値はあるんじゃねえか?」

 今は滝の流れによって見ることは叶わないが、あの奥に誰も知らない空間が存在しているかもしれないのだ。
 満月の晩だけ立ち入ることができるというのであれば、これまで人に見つからなかったことにも合点がてんがいく。

「ヨウさん……!」

 コシュカもまた、その可能性に期待を膨らませたようだ。
 また空振りに終わる可能性だって、無いわけではない。そもそも満月の夜に滝が消えるという話自体、作り話ということもあるのだから。
 それでも、これまで何の手がかりも無かった状態に比べれば、明確な目的ができたことは素直に喜ばしい。

 少なくとも今夜は満月ではないということで、俺たちは帰りを待つグレイたちの所へ戻る。
 そして、帰りの道すがらに、二人にも満月の滝のことを説明した。

「じゃあ、満月の夜にもう一回あそこに戻りゃいいってことっスよね? 今度こそ伝説の薬草ゲットできちまうんじゃないスか!?」

「いや、でも何もない可能性もあるから、期待のしすぎは……」

「何言ってんのよ! それっぽい所は探し尽くしたんだし、あるに決まってるわ!」

 あくまでポジティブな意見のグレイとシアだが、背中を押してくれているようで頼もしい。
 本当にあそこに薬草があるのだとすれば、やっと治療の手段を手に入れることができるのだ。
 少しくらい、俺も彼らのポジティブさを見習ってもいいのかもしれない。

 ギルドールの家に帰りついた俺たちは、満月の周期についてを調べていた。
 俺のいた世界では、大体が三十日くらいの周期だったと思うのだが。この世界では、その周期も異なっているらしく、三ヶ月に一回ほどの周期で満月の夜が訪れるらしい。
 もしも、すでに満月の周期が過ぎていたら。あと三ヶ月、本当にあるかもわからない薬草が現れるのを待たなければならない。

「周期表によると、次の満月は……明後日だ」

「二日後か。もっと待たされっかと思ったが、そんなら話は早く済みそうだな」

 しかし、俺の心配はどうやら杞憂きゆうに終わったようだ。二日後だというなら、しっかり準備を整えて同じ経路で滝に向かえばいい。
 安心したことで気が抜けたのか、俺は二の腕がじわじわと痛み出していることに気がつく。

「何か、筋肉痛になりそうかも」

「ハハ、確かにあの岩場は結構腕力が必要だったからな。一応薬でも塗っとけ」

「ありがとうございます」

 同じように岩場を往復したというのに、ギルドールもコシュカも平然としているのが、何だかに落ちないのだが。
 大事な時に『筋肉痛が酷くて目的地に辿り着けませんでした』、なんてことだけは避けなければならない。
 俺は素直にギルドールから貰った薬を塗っておくことにした。

 まだ町の中を出歩くことはできないので、必要な買い物はギルドールに任せる。
 始めは非協力的だった人物だが、今や世話になりっぱなしだ。何か自分にできる礼があれば良いのだが。
 そう考える一方で、頭の片隅では常に薬草のことが離れない。
 とうとう念願の薬草を入手できるかもしれない。そう考えると、俺は居ても立っても居られない状態だった。

「ミャオ」

 窓を開けて夜風に当たっていたのだが、気持ちが落ち着くことはない。
 そんな俺の心境を察してか、ヨルが足元に擦り寄ってきたので抱き上げる。
 抱っこを嫌う猫も少なくないが、普段から俺の肩に乗っているだけあって、ヨルは抱っこに対して特に抵抗もないようだ。
 ゴロゴロと喉を鳴らすので、気の済むまで顎をくすぐるように撫でてやる。

「早く、アルマの喜ぶ顔が見たいな」

 カフェの猫たちとたわむれながら、友人たちと楽しそうにしていた少年の姿を思い出す。
 当たり前だったあの日常を、一刻も早く取り戻してやりたかった。

「ヨウさん」

「コシュカ、シアは?」

 確か二人は、さっきまで女子部屋で一緒に話しをしていたはずだ。
 そう思って部屋の方を振り返るのだが、シアの声は聞こえない。

「長距離の往復で疲れたらしく、今は眠っています」

「大人でも尻が痛くなる長さだったもんなあ」

 あの馬車の揺れをもう一度経験するのかと思うと、少しだけ気が引けるのだが。
 それ以上の収穫があるかもしれないのだから、そこは我慢をするよりほかない。

「移動距離もそうっスけど、店長たちは岩場の往復もしたんだし。休んどかねえと当日に響きますよ」

「薬のお陰で筋肉痛は平気そうだけど、グレイだって登ってみれば大変さがわかるよ」

「オレを置いてったのは店長なんスけど」

 シャワーを済ませたらしいグレイが、濡れた髪をタオルで拭いながらやってくる。
 その目は恨みがましげに俺を見るのだが、あの状況なのだから置いていったことは許してほしい。

「……けど、本当にあそこにあるといいな」

 期待はしている。けれど、その膨らんだ期待が裏切られる経験も、嫌というほどしてきているのだ。
 あれから地図を見返してみたが、他に目星をつけられそうな場所を、見つけることはできなかった。
 つまり、あの滝に薬草が無かったとしたら、今度こそ本当に探すあてが無くなってしまうのだ。
 目指す場所がある今よりも、その状況の方が恐ろしかった。

「大丈夫、きっとありますよ。今度こそ手に入れられます」

「コシュカ……」

「満月の夜にだけ現れる岩窟とか、絶対あるに決まってますよ」

「ミャウ」

「ほら、副店長もこう言ってるんで」

「グレイ、ヨル……うん、そうだな。きっとあの場所にある。俺もそう思うよ」

 励ましの言葉を受けて、俺は自然と緊張が解れていくのがわかる。
 彼らがそう言うと、その言葉が本当になる気がしてくるから不思議だ。

「そういえば、すっかり猫好きを隠さなくなりましたよね。グレイさん」

「うっ……るせえな、わざわざそういう話はしなくていいんだよ!」

「お前ら、人の家で騒ぐんじゃねーよ。追い出すぞ」

「あ、ギルドールさん。おかえりなさい。買い出しありがとうございます」

 荷物を抱えて帰宅したギルドールは、響くグレイの声に渋い顔をしている。
 機嫌を損ねてしまう前にと、俺は率先して荷物を受け取りに向かったのだった。

 開いたままの窓の先から、向けられている視線には気がつかずに。
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