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第一章<異世界生活編>
26:猫カフェ、存続の危機!?-後編-
しおりを挟む突然商人がやってきてから数日。トラブルの種は、俺の知らないところで撒かれ始めていた。
カフェの営業と保護活動で忙しくしていた俺は、あの商人の存在などすっかり忘れかけていたのだ。
猫たちは今日も自由に外を歩き回っているのだが、帰ってきた一匹の様子がおかしいことに気がつく。何かと遭遇したのか、近づけないほど興奮した状態が続いていたのだ。
必要以上に構うことはせずに、落ち着くまで見守っていると、状態は少しずつ治まっていった。それ以降はおかしな様子も見られなかったので、俺は安心していたのだが。
その翌日にも、別の猫が興奮状態で店へと戻ってきた。
客に怪我をさせてしまいそうだったので、どうにか宥めて奥の部屋へと隔離する。この猫もまた、時間の経過によって落ち着きを取り戻していった。
(おかしい……こんなこと、今まで無かったのに)
何か獲物を見つけたり、トイレの後に興奮状態になることはあった。
けれど、今回のそれは明らかに異なっており、どちらかといえばマタタビ草を摂取した時のような興奮度合いだったのだ。
元は野生の状態で生活していた猫たちなので、森の中に生えているマタタビ草であっても、必要以上には口にしないはずなのだが。
そんなことが続いたある日、膨らんだ違和感はとうとう現実のものとなる。
カフェの中にいる猫の数が、明らかに少なくなっていた。出入りを自由にしているとはいえ、猫たちは基本的に散歩を終えると、カフェに戻ってくる。
どの時間帯でもある程度の数はカフェにいるものなのだが、今日はほんの数匹ほどしか姿が見えないのだ。
さすがにおかしいと感じた俺は、コシュカとグレイに店を任せて、外へ出てみることにした。
始めは森の中を散策していたのだが、猫たちの姿は見当たらない。こうなると、恐らく猫たちは町に出ているのだろう。
そう思って町へと向かった俺は、思いがけない光景を目の当たりにすることとなる。
「な……何だよ、これ……一体どういうことだ?」
いつも賑わっている町の中には、人の姿が見当たらない。そして、まるで初めてこの世界にやってきた時のように、町中が荒らされた状態となっていたのだ。
あちこちに残された爪痕や、荒らされた花壇。明らかに、猫たちがやったのだとわかる。
散乱するゴミに混じって、破れたチラシのようなものが落ちているのが目に付いた。
俺は拾い上げたそのチラシに書かれた内容に、自然と呼吸が浅くなるのを感じる。
そこに書かれていたのは、魔獣が言い伝え通りの恐ろしい生き物であるというものだった。
勇者だと言われている男は魔獣を操る恐ろしい人物で、彼のひと声があれば、魔獣たちは簡単に人間に反旗を翻す。勇者は魔獣を使って、この国を支配しようと企んでいるのだ。
その下準備のために、魔獣を家猫としてあちこちに忍ばせ、人々には害のない生き物であると刷り込ませている。住人たちは騙されているのだと。
「こんなデタラメ、誰が……!」
こんな噂を流す人間が誰であるかなど、考えるまでもない。追い返したと思っていた商人は、諦めていなかったのだ。交渉に応じなかった俺を恨んで、いつの間にか根も葉もない噂を流していた。
そして、その噂を確かなものにするために、猫たちを利用したのだ。
その方法を確かめたわけではないが、恐らく外を歩き回る無防備な猫たちを狙って、過剰な量のマタタビ草を食べさせたのだろう。
それによって過度の興奮状態に陥った猫たちが、自身を制御できずに町を荒らしてしまったのだ。
「言い伝えの勇者サマが、とうとう本性を現したってトコかねえ?」
「! やっぱりアンタか……!」
呆然と立ち尽くす俺の前に現れたのは、予想通りというべきか、あの商人だった。
その顔にはニヤついた笑みを浮かべており、完全にハメられたのだとわかる。交渉が思い通りにならないと判断して、俺を潰しにかかってきたのだ。
「こんな状態じゃあ、カフェを続けるなんてできっこないだろうなあ! 国を支配しようと企むアンタは、あっという間に牢獄行きだろうよ!」
「……店長さん」
さらに、男の声を聞いた住人たちが、次々と家の中から姿を現し始める。男の後ろに弧を描くように集まる住人たちの瞳には、明らかな不信感が宿っているのが見て取れた。
無理もないだろう。元々この世界の人々にとって、魔獣という生き物は恐れるべき対象だというのが共通の認識だったのだから。
これまでは順調に信頼関係を築いてきたつもりだったが、突然町を荒らすようになってしまった猫たちに、男の撒いたチラシが決定打となったのだろう。
俺が責められるのは構わない。元々自分を勇者だなんて思っていないのだから。
(だけど、せっかく猫と人間が一緒に暮らせるようになったのに……!)
悪意ある男の行動ひとつで、猫たちの居場所が奪われてしまうことが耐えられなかった。
俺の言葉はもう、彼らには届かないかもしれない。見るからに憤っている住人もいる。けれど、それでも訴えることができるならと口を開きかけた時だった。
「オメーがこのビラ撒いたのか!?」
「……え?」
チラシを手に持った住人が声を掛けたのは、俺ではなく商人の方だった。俺だけではなく、商人も驚いた様子で怒りを露にする住人を見る。
「こんなビラ撒くなんて何考えてんだ!? ここらじゃ見ねえ顔だが、一体どういうつもりでこんなことしやがったんだ!?」
「本当よ! こんなデマばっかりのチラシ、何のために作ったっていうの!?」
住人たちの怒りの矛先は、俺ではなく明らかに商人に向いている。彼にチラシを突きつける住人は、そこに書かれた内容に憤慨しているようだった。
予想外の反応だったのか、戸惑う商人の額からは大量の汗が流れ出している。
「で、デマなもんか……! アンタら、ここに書かれたことを信じてねえのか!? あの男は魔獣を使って、国を支配しようと企んでんだぞ!? アンタら全員、この男に利用されてんだ!!」
「お前バカか? 店長さんがそんなことをするはずないだろうが」
「そうよ、猫たちだって可愛い家族だわ。受け入れられない人もいるけど、猫を使って国を支配だなんて、子供だって信じないわよ」
商人に次々とチラシを突き返した住人たちは、彼を無視して俺の方へとやってきた。
「えっと……皆さん、あのチラシのこと……」
「信じるわけないだろう、あんなモン。そりゃあ、猫たちがまた町を荒らし始めた時は驚きはしたけどよ。店長さんがこの町に来る前だって、猫たちが町荒らしてたのには理由があったってわかったんだしな」
「マタタビ草で興奮してんだって、俺すぐにわかったぜ!」
「あたしも!」
集まった住人たちの中には、アルマやホロンなど、子供たちの姿もあった。
俺や猫に敵意を抱いている者はいない。誰もが猫の様子がおかしいことについて、何か理由があるのだと考えてくれていたのだ。
「アンタが要らん知識を、住人と孫たちにまで教えたんだろうが。お陰でわしは、魔獣を遠ざける体のいい理由をふいにしちまったわ」
そう言ったのは、ホロンの祖父・バリムだ。未だに猫を受け入れきれていないバリムだが、彼もまた商人の言うことを信じず、俺に味方してくれたのだとわかった。
「この騒動を起こしたのは、そこの男か?」
「……!!」
住人たちが俺や猫のことを信じてくれた。それだけで胸が熱くなるのを感じていたのだが、次いで響いた声の主を見て俺は我が目を疑う。
そこにいたのは、お忍びでやってきたと思われるバダード国王とディアナ王妃だった。もちろん従者の二人も一緒だ。
王妃の腕には、悪戯猫のスアロも抱えられている。
「あ、アンタ……! その魔獣も危険だぞ! この男は勇者を名乗って、魔獣で国を征服をしようとしてるんだ! あんな危険な店、すぐに潰さないと国が滅びるぞ……!!」
男は王妃の抱える猫を指差して、ヒステリックにそう叫ぶ。猫カフェSmile Catが国王公認の店であることは、この国の人間ならば誰もが知っているはずだ。
けれど、今日の二人はお忍びの格好をしている。商人は、自分が前にしている相手が誰なのか、気がついていないのだ。
「……根拠のない噂を広めるだけでは飽き足らず、私の家族に汚らしい指を向けるなど、お前は身の程というものを知らぬようですね」
スアロに対して敵意を向けられたと判断した王妃は、その口元に美しくも恐ろしい笑みを湛える。スアロもまた、商人を威嚇するように唸り声を上げた。
「ルジェ、命令だ。その者を今すぐひっ捕らえよ」
「承知しました、国王陛下」
「え……こ、国王陛下……?」
国王が命じたことにより、ルジェがすぐさま動き出す。対する商人は状況が飲み込めていないようで、間抜けな顔をしていたのだが。
ルジェによって後ろ手に拘束されたことで、初めてその相手が誰であったのかを察したのだろう。商人の表情がみるみるうちに青ざめていくのがわかる。
その場にいた住人たちも、国王と王妃が揃ってやってきたことに驚いていた。
商人がチラシを撒いていたのは、どうやらこの町だけではなかったらしい。
兵士から偶然そのチラシの存在を聞かされた国王たちは、わざわざこの町までやってきてくれたのだ。
「お二人とも、ありがとうございました」
「礼には及ばんよ。……それに、私たちが来るまでもなかったようだしな」
商人を捕らえたことで事態が収束したことは事実だが、国王の言う通りだった。町の住人たちは誰も、あのチラシの内容が真実だとは思わなかったのだから。
これまで俺が住人たちと築き上げてきた信頼と、授けてきた知識が、商人の悪巧みを上回ったのだ。
商人は、虚偽の情報をばら撒いて店を貶めたとして、投獄されることとなった。
後日またお忍びでやってきた国王によれば、あの商人は国で禁止されていた武器の密売をしていた人物だったという。
金になることならば何にでも手を出す男で、カフェに目をつけたはいいが、交渉が決裂したことで逆恨みをしたのだと自白したそうだ。
そんな男に猫たちの居場所を奪われることにならず、本当に良かったと思う。
「やっぱり一発お見舞いしてやりたかったですけどね、オレは」
「まあまあ。投獄されることになったんだし、それで十分だよ」
事の顛末を説明した後も、グレイは怒り続けていた。また顔を合わせていたら、今度こそ本気で殴り掛かっていたかもしれない。
そう考えると、あの商人がグレイと再会することなく投獄されて良かった気がする。
「はた迷惑な人でしたが、これで一安心ですね」
コシュカも表情は変わらないように見えるのだが、ずっと気に掛けてくれていたのかもしれない。
こうして心配してくれる二人のためにも、平和な日々を取り戻すことができて安堵していた。
それと同時に──あの商人のお陰だというのは物凄く癪なのだが──町の住人たちが、俺が思う以上に猫という存在を受け入れてくれていると知ることができたのは、大きな収穫だった。
今後もまた、予期せぬトラブルが舞い込むこともあるかもしれない。
それでも俺は、このカフェの店長として、できることを精一杯やっていこうと思ったのだ。
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