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20:最後の日の足音がする
しおりを挟む私を嫌う人間に死を願われたのであれば、どんなに良かっただろうか?
(私が死んだのは……眞白の願いが叶ったから……?)
小学生の頃からずっと隣にいた、かけがえのない親友。私のことを誰よりも理解してくれている大切なひと。
「ごめん……ごめんなさいっ……!」
真っ青な顔をした眞白は地面に膝をつくと、可哀想なほどに声を震わせながらこちらに頭を下げる。
「謝って済むことじゃないって、わかってる……あたしも、あたしが一番、自分のことが許せない、ッ」
表情は見えないけれど、こんなにも怯えたような彼女の姿は初めて見た。
自分の犯した罪を一人で背負い続けてきた眞白は、今までどんな気持ちで私の傍にいたんだろう。
「顔見せるなって言うならそうする、どんな罰でも受ける。死ねって言うなら――」
「もうやめて!!」
私は伏せる眞白の身体を力任せに引っ張り上げると、震える身体をありったけの力を込めて抱き締めた。
「っ…………ち、わた……?」
「……謝るのは、私の方だよ」
私という人間はつくづく、自分のことで精一杯なのだと実感する。
私の世界を変えたばかりか、命をも犠牲にしてくれた志麻くん。
そして、自分の感情を押し殺して私の恋を応援し続けてくれていた眞白。
「眞白の気持ちに、気づけなくて……ごめんね……っ」
誰かを好きだと思う気持ちは、始めはきっと純粋で温かいものだ。少なくとも私はそう思う。
そんな感情がこんなにも歪んでしまうまで、感じ取ることすらできなかった。ずっとずっと傍にあったのに。
大好きな人たちを大切にしたいだけなのに、結局は傷つけることばかりをしている。
『無かったことにするのは簡単じゃない』
そう言っていた眞白は、これまでどれだけその気持ちを消し去ろうとしてきたのだろうか。
眞白の気持ちがよくわかる。私だって、精一杯頑張ってもできなかったものなんだから。
彼女の心の内を覗くことなんてできないのに、抱き締めた身体から少しでも眞白の痛みを知ることができたらいいのにと思う。
私たちは互いの涙が止まるまで、回した腕を放すことができなかった。
◆
「これで、始まりの理由がわかったね」
「……本当に、ごめん」
「もう謝らないで、眞白。次謝ったらデコピンするから!」
屋上に続く踊り場に腰かけた私は、指を弾く真似をして見せる。隣に座る眞白が笑ってくれたので、少しだけ安心できた。
「最初が眞白、次が志麻くん。それで、最後が私の願いって考えると、一応の辻褄は合うんじゃないかな?」
「けど、そうなると条件がひとつ外れるな」
「うん。死ぬところを見る必要があるなら、眞白の願いは叶わないはずだもんね」
何もわからない状態だった時と比べれば、たったひとつでも条件が絞られたのはありがたい。
踊り場の壁に背を預けて立つ志麻くんは、懸命に頭を回転させているようだった。
「確実なのは後夜祭ってことだけか」
「それなら、藤岡くんが死なないようにってお願いすればいいってこと?」
「だけど、それでまたループしたら意味が……」
そこまで考えて、私はひとつの可能性に行きつく。
私と志麻くんの願いが同時に叶ったのなら、願いは一度に一人分でなくていいということになる。
「私と眞白で、順番に別々のお願いをしたらどうかな?」
このやり方だと、志麻くんをもう一度死なせてしまうことになるかもしれない。それでも、この方法が有効なら死のループを終わらせることができるだろう。
二人も私の言葉の意図を理解してくれたらしく、目を見合わせてから大きく頷く。
「私が志麻くんの死を無かったことにするようにお願いして」
「あたしがループを終わらせることを願う」
もしも願いが即座に叶うのだとすれば、志麻くんは死なずに後夜祭の終わりを迎えることができるだろう。
「……今までやってないことなら、何でも試してみようぜ。俺が死ななければ成功ってことだよな?」
「成功するって保証はないし、他に確実な方法があればいいんだけど」
「いや、構わない。できることは何でも試そう」
見えない力に対抗することができないのなら、私たちにできるのはジンクスを利用することだけ。
やるべきことが定まってからの数日は、これまで以上に時間の経過が長く感じられた。
そうして迎えた何度目かの学園祭当日。
当然、他に何か方法がないかと三人で調べ回ったりしたものの、手がかりになるような情報を見つけることはできなかった。
不要なトラブルを起こして計画を実行できなくなっては困るので、授業や後夜祭の準備をサボったりはしなかったのだけど。
緊張感の続く学園祭を楽しむことなどできずに、私たちは校舎の屋上に集まってその時を待っていた。
「学校の屋上って、初めて入ったかも」
「普段は鍵かかってるからな」
「まさかあの千綿が、悪いことするようになるなんてね」
「二人だって共犯なんだからね……!」
職員室からこっそり鍵を拝借してきたのは眞白だというのに、悪い笑みを浮かべて私のことを見ている。
それでも確かに彼女の言う通り、このループが始まってからは以前の自分では考えすらもしないような悪いことを、沢山やってきたように思う。
「…………でも」
山のような罪悪感もあるし、志麻くんの命がかかっているのだから楽しむことなんてできない。それでも。
「こんなに綺麗な夕焼け、一緒に見られて良かったな……とは思う」
屋上から見る景色は視界を遮るものがなくて、雲一つなく真っ青だった空が橙色に溶けていく様は、本当に美しいと感じられた。
普通に生活をしていたら、卒業までこの景色を目にすることはなかったのだろう。
三人で肩を並べて夕日を眺める時間はあっという間に過ぎていき、後夜祭を告げる大きな放送が校内に響き渡る。
穏やかだった空気にピリリとした緊張が走って、私たちは円陣を組むみたいに向かい合った。
「……それじゃあ、いくよ」
私と眞白がお願いをした後に、志麻くんが私に告白をする。
そうして何も起こらなければ、ループは解消されて志麻くんも死を逃れることができたということになる……はずだ。
私は胸の前で両手を重ね合わせるように握って目を閉じると、お願いごとに集中する。
(お願いします。志麻くんを死なせないでください……!)
はっきりとそう願いを込めてから、私は顔を上げて眞白の方を見た。
自分の順番だと理解した彼女は、私と同じように両手を合わせて小さく祈りの言葉を口にする。
「ループを終わらせてください……!」
その様子を見届けた私は志麻くんを見る。これまでにない緊張感と共に、私のことをまっすぐに見つめる彼はひとつ深呼吸をするとゆっくり口を開いた。
「千綿、好きだ」
確かにその言葉を聞き届けた直後、鼓膜が破れるのではないかと思う大きな爆音と共に、私の身体は後方へと吹き飛ばされる。
そのまま校舎の外へと落下せずに済んだのは、背中が屋上の柵にぶつかったからだった。
全身を襲う強烈な痛みよりも先に感じたのは、たったひとつ。
「……ど、して……っ……?」
私とは離れた場所に、同じように倒れている眞白の姿。
志麻くんが立っていた場所には、飛行機のエンジンのような巨大な機械がめり込んで、もうもうと煙を上げていた。
目を覚ました私は呆然としてしまうものの、スマホに入った着信に気がついてそれを手に取る。
まだ衝撃が身体に残っているような気がして、立ち上がると眩暈と頭痛に襲われる。残された記憶によって、脳が混乱しているのかもしれない。
連絡は志麻くんからのもので、眞白にも同じように連絡を回した私は急いで学校へと向かった。
走りながら視界に入った校舎の屋上を見上げても、当然あの巨大な機械は影も形もなくなっている。
急いで登校をしてきたらしい二人が、私よりも先に昇降口の前に立っているのが見えた。
「志麻くん、眞白……っ」
駆け寄ろうとした私は、視界が大きく揺らぐのを感じて立ち止まった――つもりだったのに、瞬く間に地面が近づいてくるのがわかる。
焦ったように駆け寄ってきた志麻くんの姿を視界の端に捉えながら、私は意識を失ってしまった。
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