大好きな志麻くんに嫌われるための7日間

真霜ナオ

文字の大きさ
上 下
21 / 26

20:最後の日の足音がする

しおりを挟む

 私を嫌う人間に死を願われたのであれば、どんなに良かっただろうか?

(私が死んだのは……眞白の願いが叶ったから……?)

 小学生の頃からずっと隣にいた、かけがえのない親友。私のことを誰よりも理解してくれている大切なひと。

「ごめん……ごめんなさいっ……!」

 真っ青な顔をした眞白は地面に膝をつくと、可哀想なほどに声を震わせながらこちらに頭を下げる。

「謝って済むことじゃないって、わかってる……あたしも、あたしが一番、自分のことが許せない、ッ」

 表情は見えないけれど、こんなにも怯えたような彼女の姿は初めて見た。

 自分の犯した罪を一人で背負い続けてきた眞白は、今までどんな気持ちで私の傍にいたんだろう。

「顔見せるなって言うならそうする、どんな罰でも受ける。死ねって言うなら――」

「もうやめて!!」

 私は伏せる眞白の身体を力任せに引っ張り上げると、震える身体をありったけの力を込めて抱き締めた。

「っ…………ち、わた……?」

「……謝るのは、私の方だよ」

 私という人間はつくづく、自分のことで精一杯なのだと実感する。
 
 私の世界を変えたばかりか、命をも犠牲にしてくれた志麻くん。

 そして、自分の感情を押し殺して私の恋を応援し続けてくれていた眞白。

「眞白の気持ちに、気づけなくて……ごめんね……っ」

 誰かを好きだと思う気持ちは、始めはきっと純粋で温かいものだ。少なくとも私はそう思う。

 そんな感情がこんなにも歪んでしまうまで、感じ取ることすらできなかった。ずっとずっと傍にあったのに。

 大好きな人たちを大切にしたいだけなのに、結局は傷つけることばかりをしている。

『無かったことにするのは簡単じゃない』

 そう言っていた眞白は、これまでどれだけその気持ちを消し去ろうとしてきたのだろうか。

 眞白の気持ちがよくわかる。私だって、精一杯頑張ってもできなかったものなんだから。

 彼女の心の内を覗くことなんてできないのに、抱き締めた身体から少しでも眞白の痛みを知ることができたらいいのにと思う。

 私たちは互いの涙が止まるまで、回した腕を放すことができなかった。




 ◆




「これで、始まりの理由がわかったね」

「……本当に、ごめん」

「もう謝らないで、眞白。次謝ったらデコピンするから!」

 屋上に続く踊り場に腰かけた私は、指を弾く真似をして見せる。隣に座る眞白が笑ってくれたので、少しだけ安心できた。

「最初が眞白、次が志麻くん。それで、最後が私の願いって考えると、一応の辻褄は合うんじゃないかな?」

「けど、そうなると条件がひとつ外れるな」

「うん。死ぬところを見る必要があるなら、眞白の願いは叶わないはずだもんね」

 何もわからない状態だった時と比べれば、たったひとつでも条件が絞られたのはありがたい。

 踊り場の壁に背を預けて立つ志麻くんは、懸命に頭を回転させているようだった。

「確実なのは後夜祭ってことだけか」

「それなら、藤岡くんが死なないようにってお願いすればいいってこと?」

「だけど、それでまたループしたら意味が……」

 そこまで考えて、私はひとつの可能性に行きつく。

 私と志麻くんの願いが同時に叶ったのなら、願いは一度に一人分でなくていいということになる。

「私と眞白で、順番に別々のお願いをしたらどうかな?」

 このやり方だと、志麻くんをもう一度死なせてしまうことになるかもしれない。それでも、この方法が有効なら死のループを終わらせることができるだろう。

 二人も私の言葉の意図を理解してくれたらしく、目を見合わせてから大きく頷く。

「私が志麻くんの死を無かったことにするようにお願いして」

「あたしがループを終わらせることを願う」

 もしも願いが即座に叶うのだとすれば、志麻くんは死なずに後夜祭の終わりを迎えることができるだろう。

「……今までやってないことなら、何でも試してみようぜ。俺が死ななければ成功ってことだよな?」

「成功するって保証はないし、他に確実な方法があればいいんだけど」

「いや、構わない。できることは何でも試そう」

 見えない力に対抗することができないのなら、私たちにできるのはジンクスを利用することだけ。

 やるべきことが定まってからの数日は、これまで以上に時間の経過が長く感じられた。

 そうして迎えた何度目かの学園祭当日。

 当然、他に何か方法がないかと三人で調べ回ったりしたものの、手がかりになるような情報を見つけることはできなかった。

 不要なトラブルを起こして計画を実行できなくなっては困るので、授業や後夜祭の準備をサボったりはしなかったのだけど。

 緊張感の続く学園祭を楽しむことなどできずに、私たちは校舎の屋上に集まってその時を待っていた。

「学校の屋上って、初めて入ったかも」

「普段は鍵かかってるからな」

「まさかあの千綿が、悪いことするようになるなんてね」

「二人だって共犯なんだからね……!」

 職員室からこっそり鍵を拝借してきたのは眞白だというのに、悪い笑みを浮かべて私のことを見ている。

 それでも確かに彼女の言う通り、このループが始まってからは以前の自分では考えすらもしないような悪いことを、沢山やってきたように思う。

「…………でも」

 山のような罪悪感もあるし、志麻くんの命がかかっているのだから楽しむことなんてできない。それでも。

「こんなに綺麗な夕焼け、一緒に見られて良かったな……とは思う」

 屋上から見る景色は視界を遮るものがなくて、雲一つなく真っ青だった空が橙色に溶けていく様は、本当に美しいと感じられた。

 普通に生活をしていたら、卒業までこの景色を目にすることはなかったのだろう。

 三人で肩を並べて夕日を眺める時間はあっという間に過ぎていき、後夜祭を告げる大きな放送が校内に響き渡る。

 穏やかだった空気にピリリとした緊張が走って、私たちは円陣を組むみたいに向かい合った。

「……それじゃあ、いくよ」

 私と眞白がお願いをした後に、志麻くんが私に告白をする。

 そうして何も起こらなければ、ループは解消されて志麻くんも死を逃れることができたということになる……はずだ。

 私は胸の前で両手を重ね合わせるように握って目を閉じると、お願いごとに集中する。

(お願いします。志麻くんを死なせないでください……!)

 はっきりとそう願いを込めてから、私は顔を上げて眞白の方を見た。

 自分の順番だと理解した彼女は、私と同じように両手を合わせて小さく祈りの言葉を口にする。

「ループを終わらせてください……!」

 その様子を見届けた私は志麻くんを見る。これまでにない緊張感と共に、私のことをまっすぐに見つめる彼はひとつ深呼吸をするとゆっくり口を開いた。

「千綿、好きだ」

 確かにその言葉を聞き届けた直後、鼓膜が破れるのではないかと思う大きな爆音と共に、私の身体は後方へと吹き飛ばされる。

 そのまま校舎の外へと落下せずに済んだのは、背中が屋上の柵にぶつかったからだった。

 全身を襲う強烈な痛みよりも先に感じたのは、たったひとつ。

「……ど、して……っ……?」

 私とは離れた場所に、同じように倒れている眞白の姿。

 志麻くんが立っていた場所には、飛行機のエンジンのような巨大な機械がめり込んで、もうもうと煙を上げていた。








 目を覚ました私は呆然としてしまうものの、スマホに入った着信に気がついてそれを手に取る。

 まだ衝撃が身体に残っているような気がして、立ち上がると眩暈と頭痛に襲われる。残された記憶によって、脳が混乱しているのかもしれない。

 連絡は志麻くんからのもので、眞白にも同じように連絡を回した私は急いで学校へと向かった。

 走りながら視界に入った校舎の屋上を見上げても、当然あの巨大な機械は影も形もなくなっている。

 急いで登校をしてきたらしい二人が、私よりも先に昇降口の前に立っているのが見えた。

「志麻くん、眞白……っ」

 駆け寄ろうとした私は、視界が大きく揺らぐのを感じて立ち止まった――つもりだったのに、瞬く間に地面が近づいてくるのがわかる。

 焦ったように駆け寄ってきた志麻くんの姿を視界の端に捉えながら、私は意識を失ってしまった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

処理中です...