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16:特別をくれたのは-後編-

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「こんなところにいたんだ! 今って一人だよね?」

 無遠慮に距離を詰めてくるこの二人は、確かコンビニで声を掛けてきた水田と谷口かと思い至る。

 先約があると断ったはずなのだが、事情を知らない人間からすれば今の俺は一人で学園祭を過ごす男に見えているのだろう。

「いや、人を待ってる」

「え~、でももう学園祭終わっちゃうよ?」

「藤岡くんのこと一人にする誰かなんて放っといてさ、一緒にいよーよ」

「そうそう、後夜祭もう始まるし! ねっ?」

 諦めるつもりのないらしい二人組に、俺は内心でうんざりしていた。

 自分で言うのもどうかと思うが、おそらくこいつらは俺のことが好きなのだろう。名前すらおぼろげになるほど、まともに話したことだってないというのに。

 相手を知れば見え方も変わるというが、この二人に関して言えば今後印象が良くなることはない。

 コンビニ前で話しかけられた時も、こいつらはまるで千綿がその場に存在しないように振る舞って、俺にばかりアピールをしてきた。

 そんな人間にまで知る価値があるとは思えないし、俺の優先順位を変える必要もない。

「……!」

 そう考えていた時、近くの出店に向かう人物の姿に目が留まる。千綿を呼び出したはずのスミセンだった。

 そちらに向かおうとした俺は、水田に腕を掴まれたことで動きを阻まれる。

 苛立ちに任せて舌打ちが出てしまったが、構わず腕を振り払うと目の前の女は一丁前に傷ついたような顔をして見せた。

「待ってよ……! わたし、藤岡くんのことが好きなの!」

「ちょ、晴菜っ……まだ後夜祭始まってないのに抜け駆け……!」

「だってしょうがないじゃん!」

 やはりこの二人も、後夜祭のジンクスを頼りに好意を伝えようとしていたらしい。

 フライングをした水田に、目尻を吊り上げた谷口が約束と違うと訴えているが、こうなっては事前に交わした取り決めなど無意味なのだろう。

「あ、あたしも……藤岡くんが好き! 付き合ってほしい!」

 大きな声でそう口にするから、いつの間にか周囲の視線も俺たちの方へと向けられている。

 ギャラリーからすれば、恋する女子たちの決死の告白にでも見えているのかもしれない。

 どこか他人事のようにそう考える俺の心は冷めきっていて、1ミリだって動くことはなかった。

「悪いけど、俺は千綿しか見えてないから」

 はっきりと伝えてその場を抜け出すと、俺は今度こそスミセンのところへと足を向ける。

 成り行きを見守っていた野次馬の視線は痛いが、それ以上二人が追いかけてくるようなこともなくて、目的の人物はすぐに見つけることができた。

「スミセン!」

「……お? 藤岡、学園祭楽しんでるか?」

 売れ残りのたこ焼きを貰ったらしいスミセンは、それを口に放り込みながら俺の方を見る。

「千綿、どこ行った?」

「嶋? いや、俺は見てないけど」

「は……?」

「は?」

 問い掛けの意図がわからないらしいスミセンは、心底不思議そうな顔をしている。

 人を使って呼び出すくらいなのだから、特に隠さなければならない話をしていたわけでもないのだろう。

 だとすれば、スミセンがわざわざとぼける理由もない。

「だって、スミセンの呼び出しだって栗林が……」

「呼び出し、って……なんの話だ?」

 生徒と話していてふざけることもある教師だが、これは冗談を言おうとしている顔でないことはわかる。

 そう確信したところで、俺は考えるよりも先に自然と校舎の方へ走り出していた。

(誰が……なんで……!?)

 教師からの呼び出しだと言われて向かったのだから、恐らく千綿は職員室を目指したはずだ。

 俺を待たせている状態でのんびり移動はしないだろう。それならばと、近道を使った可能性を予想する。

 後夜祭の放送が耳に届いたことで、さらに焦りが加速していく。

 どうしてあの時一緒に行くと言わなかったのか。そんな後悔と共に、記憶の内側にこびりつく彼女の惨状が頭に浮かぶ。

 もしもまた、あんな事態になっていたら。

 きっと悪夢だったのだろうと思って、考えないようにしていたこと。何がトリガーになったのか。なぜ一週間前に戻ったのか。

 確証は得られないが、少なくとも俺は千綿に生き返ってほしいと強く願った。

 状況は違っても、あの時と同じ後夜祭というシチュエーション。再びあの惨劇が起こらないという保証はどこにもない。

「ッ……千綿!!!!」

 膨らみ続ける不安に押し潰されそうになった時、倒れ込む彼女の姿が視界に飛び込んできた。

 一瞬手遅れだったのかと思ったが、俺を視認した千綿が動きを見せたので慌てて駆け寄る。

 どうしてこんなことになっているのかは不明だが、少なくとも酷い怪我をしている様子はない。

 彼女が生きていることを実感するために抱き締めた身体は、抵抗することなく俺の腕の中に収まる。

「良かった、無事で……来るのが遅くなって悪い」

「志麻くんが謝ることじゃないよ」

 言葉を交わすことができる安心感と同時に、消えきらない不安が新たな疑問を呼び起こす。

 始まったばかりの後夜祭。あの時と同じだとしたら、千綿は俺に告白をしようと考えているはずだ。

 けれど、あの時の後夜祭ではその直後に爆発が起こって、千綿の命を奪っていった。

(もし、俺への告白が何かのトリガーになっていたとしたら……?)

 すべて予想でしかないし現実的ではないと思いつつも、万が一を思えば千綿にもう一度告白させることはできない。

 そう判断した俺に迷いはなくて、何かを言おうと口を開きかけた千綿の言葉を遮る。

「俺は、千綿が好きだ」

 その直後、俺の世界は暗転した。

 次に目覚めた時、世界は再び一週間前の朝まで戻っていて確信する。どうしてだか俺は、学園祭までの一週間をループしているのだと。

 原因はわからないし前回と違った行動を取ろうとしてみるものの、行きつく結果は毎回同じだった。

 俺の願ったことがきっかけになっているとすれば、どうしてループをする必要があるのかはわからない。

 それでも、千綿の代わりに俺の命を犠牲にするという願いは確かに叶えられたのだ。あのジンクスの力は、本物だったということなのだろう。

 ループを抜け出すためには、どうすれば良いのかは今の俺にはわからない。

 ただ、もう一度千綿が死ぬ可能性があるくらいなら、後夜祭での告白は何があろうと実行すると決めていた。

(千綿が笑っていてくれれば、それでいい)

 その気持ちに嘘偽りはない。けれど、どういうわけだかループが始まって以来、彼女の笑顔を見る機会が減っていた。

 それどころか俺のことを避けようとしたり、千綿がやるとは到底思えないような言動が増えていたのだ。

 新しい世界の千綿は、俺のことが嫌いなのかもしれない。

 そんな風に過ごしていた毎日が、過ちだったのだと気がついたのは随分後のことだった。

「千綿に似てたから」

 差し出したのは、かつての記憶の中で購入したパンダの形の和菓子だ。

 千綿の記憶には刻まれていないとしても、あの日の出来事が懐かしく思えて、思わず手に取っていた。

 また似ていないと言って怒るだろうか? それとも、美味しそうだと言って瞳を輝かせるだろうか?

 俺の予想とは裏腹に、彼女の瞳からは大粒の涙がせきを切ったように溢れ出す。

「もう、こ、くはく……しないで……ッ」

 それを見た瞬間、俺はとんでもない選択を繰り返してきたのだと直感する。千綿もきっと、同じ・・だったんだ。

 手元から滑り落ちた袋を拾うこともできず、立ち上がった俺は彼女の前に膝をつく。

「…………千綿、これは可能性の話だけど」

 ずっとこうして、一人で苦しみ続けてきたんだろうか。触れた指先は可哀想なほど冷え切っていて、胸の奥がきつく締め付けられるみたいだった。

「俺の願いが原因かもしれない」

 拭うことも追い付かない涙の粒が、繋ぐ手元を濡らしていく。

 笑顔でいてほしいと願った彼女に、こんな顔をさせていたのが自分だったことを、恨まずにはいられなかった。
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