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14:本当に死ぬべき人
しおりを挟む学園祭当日。傍から見ればいつもと変わりないだろうが、俺の内心は多分誰よりも浮かれていた。
高校最後の学園祭はどうしても千綿と一緒に過ごしたいと思っていたから、真っ先に誘うことにしたのだが。
数日前に予約を入れた俺は、無事に約束を取り付けられたことに安堵していた。
仲のいい友達はもちろん、同じように千綿を誘いたいと考える男子生徒だっているかもしれない。
なにより普段から行動を共にすることの多い、花江との約束があるかもしれないと思っていたのだ。
だからこそ、今こうして隣を歩く千綿の姿に浮かれるなという方が無理な話だった。
「千綿、なに食う?」
「ん~、悩ましいよね。とりあえずたこ焼きとか……?」
学園祭では食べ物を扱うクラスも多いが、どこに向かうかを真剣に悩む横顔が可愛くて面白い。
俺自身は食べることに頓着は無い方だったのだが、千綿を見ていると食は楽しいものなのだと感じるようになった。
味の好みというものも無かった俺が、千綿が食べていると美味しそうに見えてしまう。
「じゃあたこ焼き行って、他も見ながら考えるか」
「うん!」
行き先が決まれば行動は早く、俺たちはたこ焼きを扱う出店を目指して歩き出す。
けれど、時間帯はまさに昼食時の戦場だ。店の前には文字通り長蛇の列ができていて、計画性の無さを後悔することになる。
「マジか……早めに買っとくべきだったな」
「まあまあ、回転は速いんじゃないかな?」
「けど、腹減ってるだろ」
「そうだけど……でも、こうやって一緒に並ぶ時間も楽しいかなって……あ」
ポジティブな考え方をする千綿に感心しかけたところで、彼女の腹が正直な気持ちを訴える音が響く。
さすがに恥ずかしかったらしい千綿の顔が真っ赤になるが、続けて俺の腹も鳴るのでお互いに顔を見合わせて笑うしかなかった。
限界というくらい空腹の状態で食べるたこ焼きの味は格別で、そこに千綿がいればもう言うことはない。
「そっちの、普通のやつだっけ?」
「ん? チーズ入り」
容器に詰められた半分ほどを食べ進めたところで、俺の方のたこ焼きを見つめる視線を感じる。
千綿のたこ焼きにはネギとマヨネーズがかけられているが、特別なものは何も乗せられていない俺の方は、一見するとノーマルなたこ焼きに見えるだろう。
しかし、中にはチーズが仕込まれているという変わり種だった。
「食う?」
「えっ……いや、自分で食べれるよ……!」
自分で食べようと思って刺したたこ焼きのひとつを、そのまま千綿の方へと差し出す。
目を丸くした彼女は左右に首を振ってそう言うものの、たこ焼きを食べたいということ自体は否定しない。
「つまようじ、自分のたこ焼き刺さってんじゃん」
彼女の手元にあるつまようじには、それを食べようとしていたのだから当然、ネギの乗ったたこ焼きが刺されたままだ。
容器に戻せば済む話ではあるものの、俺は指摘することはせずにたこ焼きを差し出したまま待つ。
「う…………じゃあ、イタダキマス」
散々視線を泳がせてうろたえた後に、食欲とを天秤にかけたらしい千綿は観念してチーズ入りたこ焼きを口にした。
「ん……お、美味しい!」
「だろ? もっと食っていいよ、俺もそっち貰う」
瞳を輝かせる彼女の姿は俺の胸を満たすには十分すぎて、もっと食べさせてやりたくなる。
それから互いのたこ焼きを交換し合いながら、俺たちは食事の時間を楽しんだ。
他にも飲食の店をいくつか回って、ステージも楽しんで、学園祭は想像以上にあっという間に終盤を迎えていく。
時間を忘れてしまいそうになるが、俺には絶対に今日実行しようと決めていたことがある。
どこもかしこも人が多くて喧騒を避けることは難しいものの、店じまいの時間帯ということもあって多くが持ち場に戻っている。
俺たちも自分のクラスの片付けを終えたところで、人通りの少ない中庭まで出ていた。
「千綿」
タイミングよく校内放送が流れて、これから後夜祭が開始するのだと告げられる。
呼びかけたのは俺の方なのに、千綿は意を決したような顔をしてこちらを見つめていた。
「志麻くん、あのね」
いつにも増して真剣な表情で俺を見上げる千綿の頬は、興奮しているみたいに色付いているのがわかる。
切り揃えられた前髪のおかげで、はっきり見える大きな瞳がまっすぐに俺を捉える。
「私、っ……志麻くんのことが、好きです……!」
聞き間違えることなんてあり得ないほどに、はっきりと告げられた好意の言葉に心臓が大きく脈打つ。
俺が先に言おうと思ってたのに。先を越されて悔しい。
そんな感情を覆い隠してしまうくらい、俺と千綿は同じ気持ちなんだという事実が嬉しくて堪らなかった。
ドガァンッ!!!!
直後、耳を塞ぐ間もないほどに大きな爆発音と衝撃が俺を襲う。
宙に浮いた身体が壁に叩きつけられて、痛みよりも先に呼吸のできない苦しさに喘いだ。
「ゲホッ……! い、って……」
しばらく地面に這いつくばりながら、どうにか息が吸えるようになると真っ黒な煙が辺りを包み込んでいるのが見えた。
駆け回る足音や悲鳴が聞こえてきて、ボンベがどうのって言っている奴がいたから、爆発が起こったのかもしれないと思い至る。
それから少しして煙が晴れてきたことで、離れた場所に倒れる人影らしきものが目に入った。
「ち、わた……大丈夫か……!?」
話をしていた時、俺たちの周囲に人はいなかったから、おそらく千綿なのだろうと思って声を掛ける。
けれど、人影は動かなくて怪我をしているか、気を失っているんじゃないかと心配になった。
半ば這いずるようにして近づいていった俺は、すぐにその考えが間違っていたことに気がつく。
「ッ…………は……?」
そこにいたのは確かに千綿だった。ただ、顔の半分が抉れて失われてしまっている。
その内側から見えてはいけないものがドロリとこぼれ落ちていて、皮膚は痛々しく焼け焦げていた。
「うそ、だろ……千綿……」
名前を呼んでも、肩に触れても彼女が動くことはない。頭が死を理解していても、心が現実を拒んでいるみたいだ。
どうしてこんなことになってしまったのか。あの場所に立っていなければ。
考えても時間は戻らないというのに、あり得ない可能性を探すことをやめられない。
「嫌だ……っ、千綿……」
抱き寄せた千綿の身体はまだ温かくて、どうにか奇跡を起こせないかなんて縋りついてしまいたくなる。
「死なないでくれ……」
爆発を聞いてやってきた人間たちが、俺から千綿を引き離そうとする。
このまま手を離したら本当に終わってしまう気がして、俺はそれに抵抗しながら彼女に話しかけ続ける。
「頼むよ、千綿……」
千綿が笑っていてくれるなら、もう他は望まない。その隣にいるのが俺じゃなくたっていい。
「代わりに……俺の命をやるから、ッ」
駆けつけてきた教師に、とうとう俺たちは引き離されてしまう。
それと同時に激しい痛みが思い出したように全身を襲ってきて、抵抗することもできずに俺は意識が遠のいていくのを感じた。
目が覚めたら病院のベッドの上にいるのだろうか。千綿のいない世界で。
(それならいっそ、俺もこのまま連れて行ってくれよ)
閉じた瞼の裏側には、最後まで彼女の笑顔がはっきりと焼き付いていた。
目覚めた俺は、そこが病院のベッドの上ではないことに気がつく。
枕元に置かれたスマホのアラームが鳴って、いつもの起床時間を迎えたのだと認識した。
(どのくらい寝てた……? つーか、ここ……)
アラームを止めて見回した室内は、見慣れた自分の部屋だ。
はっきりと確認してはいないものの、自分もそれなりに大怪我を負っていたはずだが、入院もせず家に帰れる程度だったのだろうか?
そう考えたところで、俺は自分の身体に痛みを感じていないことに気がつく。
思わず勢いよく上半身を起こしても、痛みどころか全身どこを見ても擦り傷ひとつ無い状態だった。
「なんでだ……?」
まさか夢を見ているのかと疑って、スマホを確認する。そこに表示されていたのは、10月2日――学園祭の一週間前の日付だった。
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