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24:迫る危険
しおりを挟む「セラ、全部終わったぞ」
『ホントのホントに!? 嘘じゃないよね!?』
興奮気味のセラの大きな声は狭い部屋中に響く勢いで、スマホを耳に当てていた慧斗も思わずそれから距離を取っている。
二人のやり取りを横目に見つつ、來は密かにシャツを捲って自身の腹部を見下ろした。
先ほどまでは緊張の糸が張り詰めていたこともあって、まるでそちらに意識が向いていなかったのだが、シャツとズボンの縁が赤い血を吸い込んで色を変えている。
「……まいったな」
慧斗が加苅の手から拳銃を蹴り飛ばした時、落下の衝撃で放たれた弾が來の脇腹を貫通していた。
専門家ではないものの、致命傷ではないはずだ。そう思っても傷を自覚したことで痛みは急激に襲い掛かり、そっとシャツを下ろすと静かに息を吐く。
自分が怪我をしたと知れば、慧斗はきっと責任を感じることだろう。すぐに警察も到着するだろうし、不要に心配させる必要もない。
そう判断した來は、脇腹を押さえつつ二人の通話が終わるのを待つことにした。
『あのさ、今あたし近くにいるんだけど』
「は!? 警察署にいろって言っただろーが、なんで動いてんだ!?」
『だって、やっぱり心配だったから……!』
行き先を知らせた当初は大人しく引き下がったかに思えたセラだったが、やはりじっとしていることはできなかったらしい。
『でもさ、警察の人も一緒に来てるの! 慧斗、もう安全なんだよね?』
「ああ、呪いの件はもう大丈夫だって」
『じゃあ出てこられるかな? 刑事さんが、最初に争った場所とかいろいろ聞きたいって』
「え、あー……けど」
返答に悩んだ様子の慧斗の視線が來の方に向けられた。移動をしても良いものかと問いたいのだろうと、察した來は頷いて見せる。
「行って大丈夫ですよ。僕はここに残るので、事情を話して人を寄越してもらえますか」
「わかった、じゃあちょっと伝えてくる」
怪我の件を知られたくないというのもあるが、どのみち加苅をこの場に一人残していくわけにもいかない。
上手い口実ができたとばかりに残る選択をした來は、慧斗を見送ると額に滲む脂汗を拭うために、邪魔な眼鏡をずらす。
「…………変な人だよな」
來の口からこぼれ落ちた言葉はほとんど無意識に近いもので、少しだけ口角が持ち上がるのを自覚する。
これまでの人生の中で、自分に対して信じるという言葉を向けてくれた人間は、数えるほどもいなかったことを思い出す。
世の中にとって異質な力を持つ自分を相手とするならば、それは仕方のないことだとも思えたので、理不尽だと考えたこともなかった。
世界が異物を排除するのはごく自然な流れで、他人に何も期待しなければいい。向けられるものが嫌悪だろうと恐怖だろうと、ただ無感情に受け流していくだけ。
だから、自分の口から羨ましいという言葉が飛び出したのは、來にとっても予想しないものだった。
それは二人の関係性を目の当たりにしたからなのか、慧斗という人間に信頼されているという事実に対してなのかはわからないが。
來のことを疎ましく思うのはなにも生きた人間ばかりではなく、死んだ者たちですらも視える自分のことを敵視する。
時には攻撃的な彼らが來に危害を加えようとすることも少なくはない。だからあの日も、調子を崩した來を今が好機とばかりに襲ってきた悪霊がいた。
幸いにも力の強いものではなかったので逃げ出すことができたが、慌てていたので眼鏡を置いたまま飛び出してしまったのだ。
あれが無ければ、何も自分を守ってはくれない。自分の身を守れるのは自分自身だけだと、痛いほどよくわかっているというのに。
來の背中を執拗に追いかけてきた悪霊は、強い力で彼の背中を押し出し、踏みとどまることができなかった來の身体はアパートの手すりを乗り越えてしまう。
痛みを覚悟してきつく目を閉じたのだが、來の身体は想像よりもずっと軽い衝撃を受けただけだった。
同時に、それまで感じていた全身を刺すような痛みも薄れていき、そこで記憶が途切れたのを覚えている。
これまで眼鏡が無ければ避けられなかった霊の影響を、打ち消すことができる存在がいるだなんて想像もしていなかった。
彼のような人間がそばにいてくれたらと思いもしたのだが、こんな突飛な話を信じてもらえるはずもない。そう諦めていたからこそ、慧斗の発言は信じられないものばかりだった。
自分を信じてくれた彼を、救うことができて良かったと思う。
「……あれ。慧斗さん、バッグ置きっぱなしだ」
自然と閉じていた瞼を持ち上げて前方へ視線を向けた來は、そこに見覚えのある鞄が落ちていることに気がつく。
クローゼットの前にあるそれは、おそらく加苅との一件でその場に落としてしまっていたのだろう。中身が床に散乱している。
後で渡さなければならないと考えつつそれを眺めていると、財布や携帯用の充電器のほかに、小さなピアスのようなものが落ちていることに気がついた。
「慧斗さんの……?」
拾い上げてみれば、それは親指の爪ほどの大きさのピアスだった。けれど、桃色の石がついたそれは慧斗が身に着けるにしては女性的なデザインのように思える。
セラ以外の交友関係など來が知る由もないが、恋人の私物だったりするのだろうか。
そんな風に思ったところで、宝石の中央に不自然な穴が開いているのを見つけた。
血の付いた指を衣服で拭ってから宝石を強めに引っ張ってみると、ピアスのポスト部分と簡単に分離する。
そこにはアクセサリーのパーツにしては明らかに不自然な、機械のようにも見える何かが付いていた。
「これ……もしかして、盗聴器か……?」
実物を目にする機会は無かったが、今や盗聴器の種類は大小様々なものがあり、ネットのニュース記事で取り上げられているのを目にすることもある。
飲み込めてしまうほど小型なものもあるというのだから、ピアスに仕込めるサイズの盗聴器があっても不思議ではないのだろう。
「こんなものが、どうして慧斗さんのバッグの中に……?」
考えるまでもなく幽霊は盗聴器などを扱う必要はないし、当然だが來が仕掛けたわけでもない。
まさか生前の宮原妃麻が、と考えたところで、來の背後で何かが動く気配がした。
「う……來……?」
「っ、加苅さん……! 気がついたんですか?」
気配の主は加苅であったらしく、目を覚ました彼は來の姿を見つけると低く唸りながらその身を起こす。
背中を支えてやりながら、憑き物が落ちたようにすっきりとした顔をしている加苅を見て、無事に元の彼に戻ってくれたのだと安堵する。
「來……すまなかった、オレはあんなつもりじゃ……」
「大丈夫です、加苅さんのせいじゃない。悪霊に憑りつかれてしまうと、自分の力じゃどうにもなりませんから」
「話に聞いて理解したつもりでいたが、ちっともわかっちゃいなかったんだな」
自分自身が実際に悪霊に憑りつかれるという経験をしたことで、加苅にもようやく目に視えない存在というものを理解することができていた。
項垂れている彼にどう声をかけたものかと言葉を探していると、ふと顔を上げた加苅が何かを探すように周囲に視線を遣る。
「……來、比嘉くんはどうした?」
「え、慧斗さんですか? それならさっき、警察の人に呼ばれたのでセラさんと……」
「ッ、バカ! 今すぐ比嘉くんを追え!!」
突然声を荒げた加苅に驚いた來は、指示を出されてもすぐには動けずに瞬きを繰り返す。
「あの、呪いの件ならもうひと段落しました。それより、宮原妃麻さんは怪死事件の犠牲者じゃ――」
「それはわかってる!」
加苅は気を失っていたので改めて今の状況を説明しようとしたのだが、またしても來は言葉を遮られてしまう。
彼がなぜそこまで焦っているのかがわからずに、ふらふらと立ち上がる加苅に続いて、痛みを堪えつつ來も立ち上がる。
「視えたんだ、宮原妃麻の生前の記憶が」
「え、それって憑依されている間にってことですか?」
「ああ。始めは理解できなかったが、この部屋を見て彼女の視点だったんだと気がついた」
床の上に放置したままだった拳銃を手にした加苅は、弾倉の中にある弾を確認してから腰のホルスターにそれを戻す。
「説明は後だ、比嘉くんのところへ行くぞ!」
「待ってください、加苅さん……!?」
呼びかけに振り返る様子もない加苅が部屋の外へと駆け出していくので、來も歯を食いしばって後を追うしかなくなってしまう。
周囲には警察官らしき人間の姿は見当たらず、妙な胸騒ぎを覚えた來は加苅の腕を掴んで必死に食らいつく。
「加苅さん、慧斗さんに何があるんですか!?」
振り返った加苅の表情を見て、來は確信する。危険はまだ去っていないのだと。
「比嘉くんを標的にしてるのは、宮原妃麻の霊だけじゃないんだ!!」
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