12 / 29
12:疑惑
しおりを挟む「來に気をつけろって、どういう意味だよ?」
警察署で初めて來の姿を見た時、興味津々に話しかけていたとは思えないセラの発言に、慧斗は怪訝な顔をするしかない。
離れた場所に立って通話をしている來の話し声はこちらに聞こえていないので、小声で話すセラの声も來のもとには届かないだろう。
彼女も今一度その様子を確認してから、言いづらそうにではあるが口を動かす。
「その……視えるとか視えないとか、慧斗は本気で信じてる?」
「は? そりゃ、來が視えるって言ってるし……」
「あたしは、來くんが嘘をついてるんじゃないかって思ってる」
「お前……あのなぁ、っ」
はっきりとした言葉でそう言い切るセラ。すぐさま反論しようとした慧斗の眼前に、壁のようにセラの掌が差し出される。
声を飲み込んだことがわかると壁はすぐに引き下がっていき、言葉を探すセラの瞳が空中をうろうろと移動していた。
「嘘っていうか、不思議な力があるのはホントなのかもしれないけどさ。幽霊もいたわけだし?」
「そうだろ、來がわざわざ嘘つく理由とか……」
「でも、呪われた日に來くんと出会ったんでしょ? しかも同じアパート住まい。それで一緒にいたらまた変なことが起こって、部屋にまで泊まらせるって……普通そこまでしなくない?」
「それは……來がいい奴だから」
「ちっがう!」
昨晩は慧斗も同じ疑問を抱いたが、來なりの気遣いなのだということを感じ取ったので、その先を疑う理由もなかった。
しかし、セラは声音を潜めながらも真剣な表情で忠告を続ける。
「偶然にしては出来すぎてるでしょ? あたし、慧斗の呪いに來くんが関係してるんじゃないかって思ってる」
「なんで、そんなこと……」
「理由なんてわかんないけど、普通じゃないことが起きてるんだもん。警戒はしといた方がいいよ」
彼女の言うように來が呪いをかけている張本人なのだとして、彼にどんなメリットがあるのだろうかと、慧斗は遠い背中を見る。
來に救われたのは事実だが、出会い方が普通でなかったのは確かだ。
「こんなこと言ってごめんだけど、あたしは友達として慧斗のこと心配してるの」
「セラ……」
他人を家に上げる來のことを、リスクを考慮していないと考えていたが、それは自分も同じだったのかもしれないと慧斗は己を省みる。
それなりに付き合いのあるセラのような友人であるなら、困った時に手を貸してくれるのは自然な流れともいえるだろう。
けれど、ほとんどが初対面に近い人間の手は、必ずしも自分を助ける善意で差し出されたものだとは限らない。
特殊な力を持っているというのであれば、誰かを呪うことだってできるかもしれないのだから。
「……心配してくれてありがとな。ちゃんと気をつけるよ」
「ん。困ったらうち来たっていいんだからね」
「いや、それはさすがに遠慮するわ」
いくら善意の申し出とはいえ、ホイホイと異性の家に泊まりに行くほど慧斗も考え無しではない。
そんなやり取りをしているうちに、用事を済ませたらしい來が二人のもとへ戻ってくる。
「お待たせしました。あの、悪い知らせなんですけど」
「悪い知らせ……?」
難しい顔つきで歩いてきた來を迎え入れると、慧斗は無意識にその表情をまじまじと見つめてしまう。
綺麗な顔立ちだという点を抜きにしても、何か悪事を企んでいるようには思えなかった。彼の善意は本物なのだと、慧斗が思い込みたいだけなのかもしれないが。
あまりにも意味ありげに凝視してしまっていた慧斗の脇腹をセラが小突くことで、來の報告内容に意識を戻すことができた。
「例の連続怪死事件、新たに被害者が出ました」
「えっ……また人が死んだってこと!?」
「加苅さんから報告が入ったばかりで、現場検証中だそうです」
先ほど通話をしていた際に、加苅から報告を受けたのだろう。どこか遠くを通過していくサイレンの音が聞こえる。
今回の事件とは無関係の車両なのだろうが、その音を耳にするだけで三人の間に緊張が走るのがわかった。
「被害者の人たちってさ、呪いで殺されてんのかな?」
「それはまだわかりませんけど、僕はこれから現場へ視に行ってきます」
「行ってきます、って……遺体のある場所にか!?」
少しコンビニに寄ってきます、とでもいうような軽さで告げてきた來に、問い返す慧斗の声が思わず裏返ってしまう。
意図せず大きな声が出てしまったために、砂場で遊んでいた子どもやその親たちの視線が、慧斗たちの方へと向けられる。
対する來は表情を変えることもなく頷いていて、慧斗は特別なことでもないのかもしれないと思わされる。
「現場を視てわかることもあるので」
「……じゃあ、俺も行く」
「えっ、慧斗!?」
思いがけない発言に驚きの声を上げたのはセラで、同様に來も目を丸くして慧斗のことを見ている。
「俺もきっと無関係じゃないし。現場に行ったらあの女の霊のこと、何かわかるかもしんねーし」
「でも、慧斗っ……危ないよ?」
慧斗の服の裾を掴んで不安そうに見つめるセラの言葉には、二つの危険に対する心配が含まれているのだろうと察する。
意図を理解していると伝えるために笑みを見せて、慧斗は彼女の手をそっと引き離すと來の隣に立った。
「大丈夫、ちゃんと気をつける。事件現場なら警察だっているしな」
「それはそうだけど……」
慧斗が來と共に行動することを選んだ理由もまた、言葉にはしないものの二つの意味を含んでいる。
一つは、セラの言うように來が本当に危険な企みをしている人間なのかを、自身の目で確かめるためだった。
彼女の心配が杞憂ではないのだとすれば、行動を共にすることでなにか尻尾を掴むことができるかもしれない。
もう一つは、純粋に來の安心材料になりたかったからだ。
初めて出会った時の苦しげな彼の表情と、慧斗に触れた時の安堵の様子。疑いの目を向ける必要があると理解した今でも、慧斗の中にどうしても捨てきれない感情が宿っていた。
「慧斗さんなら同行を許可してもらえるとは思います」
「ダメだったら外で待ってる」
「そこまでしなくても……まあ、目の届く場所にいた方が安心感はありますけど」
どことなく呆れたような物言いにも聞こえるのだが、來が僅かに口元を緩ませたのがわかる。
彼の言う”安心”はおそらく、慧斗の身の危険に対するものなのだろう。実際に、何の力もない自分はきっと守ってもらう立場になってしまう。
それを理解しているので反論はしないものの、來に同行する中で自分にも役割を見つけられたら良いと、慧斗には少しばかりの期待もあった。
「……じゃあ、あたしはバイトあるしそろそろ行くけど。気になるから逐一報告してよね!」
「りょーかい。ありがとな、セラ」
「來くんも、またね!」
「あ……はい、また」
一通りの話を聞き終えたセラはまだ不満そうな表情を見せながらも、スマホで時刻を確認すると一足先に公園を後にした。
早朝から連絡が入って集合まで掛けられたものの、ひとえに慧斗を心配しての行動だ。
彼女にこれ以上心配をかけることがないためにも、自身の目で正しい選択を見極めなければと、慧斗は密かに決意を新たにする。
「……仲いいんですね。慧斗さんとセラさん」
「ん? まーな、中学からの腐れ縁みたいなもんだし」
「ちょっと、…………羨ましいです」
來の口からそんな発言が飛び出すとは思いもせず、公園の出口を見ていた慧斗はワンテンポ遅れて隣へ顔を向ける。
「そんな顔で見ないでください」
「どんな顔してるかわかんねーけど」
「びっくりした顔してます」
指摘を受けると確かに普段よりも目を見開いている気がして、慧斗は何度か瞬きを繰り返した。
文句を言いたげだった來は目を伏せると、大きな眼鏡のフレームを指先でなぞる。
「……昔から、あまり親しい間柄の誰かがいたことがなくて」
「ボッチってこと?」
「言い方どうにかなりませんか?」
口調それ自体は淡々としたものだが、コミュニケーション能力がどうだとか、そうした次元の話ではないのだろうと直感的に慧斗は感じる。
彼の不思議な力が本物なのだとして、それがいつから備わっていたのか、生まれた時からのものなのかはわからない。
ただ、そうした異質な力を持つことで苦労するであろう場面があることは、慧斗の頭でも想像に難くない。
特に子ども同士ともなればなおさら、他と少し違うというだけで嫌悪の対象になったり、距離を置かれてしまうものだ。
「まあ、そうなんですけど。だから、お二人の関係がいいなって思っただけの話です」
話はこれで終わりだとでも言いたげに、來は公園の出口に向かって歩き始める。
その背中を見つめていた慧斗は、少し考えてから小走りに彼の後を追いかけて無遠慮に肩を組んだ。
「うわっ!? ちょっと、何するんですか」
「昔のことは変えてやれねーけどさ、今は違うじゃん?」
「え?」
驚いた拍子に少しずれたフレームの向こうで、赤い瞳が慧斗を映し出す。
悪事を働こうという人間の瞳がこんなにも綺麗なものなのだろうかと、答えが見つかるはずもない疑問が浮かぶ。
「俺は來と、羨ましいって思われるような友達になれたらいいって思うよ」
疑惑や警戒。間にある複雑な問題はひとまず抜きにして、それは慧斗の持つ純粋な感情だった。
「…………重いんですけど」
1
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。


意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる