呪配

真霜ナオ

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09:来客

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「え、今からですか? いや……はい、わかりました。着いたら連絡ください」

 少しだけ困惑した声で來が言葉を発している様子を横から眺めていた慧斗は、スマホが置かれたタイミングを見計らって口を開く。

「こんな時間に誰か来んの?」

「加苅さんです。僕に話があるみたいで」

「うえ、もしかして俺のこと庇ったから、文句言いに来るとか?」

「違いますよ。というか、庇ったわけでもないんで」

 來のスマホに着信があったのは、ペットボトルの中身がすっかり空になった頃だ。

 配達先で事件があったからと警察に任意同行を求められたことや、誤配からファミレスまでの出来事を、慧斗は順を追って説明していた。

 慧斗自身は初日の事件は呪いとは無関係だと考えているのだが、話を聞いていた來は「どうでしょうね」と思案顔で、膝を支えに頬杖をついている。

「慧斗さんは、最近報道されてる連続怪死事件のこと知ってますよね?」

「ん? ああ、心臓麻痺で身体の一部が欠損してるとかいう……?」

「あれ、被害者全員がデリバリーマスターを利用してるんですよ。死亡した後に」

「死亡した後に、って……え、そんなの報道されてなくないか?」

 最近報道された事件の中でも強く印象に残る内容だったので、ネット記事が上がれば慧斗もよく目を通していた。

 けれど、これまで見たどの記事にもデリマスが関係しているなどという記載は無かったように記憶している。

「加苅さんに聞きました」

「マジかよ。それって機密情報的なやつなんじゃ……」

「さすがに何でもかんでも横流しじゃないですよ。普通・・の事件じゃなさそうな時に、僕が手を貸すことがあるので」

 霊的なものが視えるという力を除けば、來はごく普通の一般市民のはずだ。

 そんな彼に内部情報を漏らすというのは、信頼の証とも取れるのかもしれない。だが、バレれば大問題なのではないだろうかと不要な心配をしてしまう。

「多分、慧斗さんの配達先の一件も同じ被害者なんじゃないかと」

「確かに、そう言われると俺が配達したんだもんな……」

 慧斗がデリバリーマスターの配達員として登録をしたのは、大学に入学してからしばらく経ってのことだった。

 周囲にも登録をしている人間が多く、仲間内で誘われて試してみたのがきっかけだ。

 小銭稼ぎ程度とはいえ、空き時間で効率よくバイトができるのは慧斗にとって都合が良く、暇を見つけてはバイクを走らせている。

 知人というほどではないが、今回事件のあったという家も何度か配達に訪れたことがある場所だった。

 だから慧斗は彼女の顔くらいは知っているし、まったくの見知らぬ他人が被害者となった事件よりも、少しだけショックは大きい。

「じゃあ、他の被害者にもこういう呪いの配達みたいなやつが来てたのか?」

「どうでしょう。その辺りは捜査中なんじゃないですかね」

 改めて慧斗のスマホを見てみると、死の到着まで6日と3時間34分となっている。カウントは着実に進んでいるようだ。

 当然ではあるが、初めてこの通知が来た晩にアプリのアンインストールは試みた。それが現時点でカウントを続けているのだから、結果は口にするまでもない。

「捜査に手を貸すってことは、來の力でどうにかできたりすんの? こういうの、除霊みたいな?」

「慧斗さんが思ってるほど万能じゃないと思います。対象の目的がはっきりわかれば、対策のしようもあるって程度で」

「目的?」

 來の言う対象というのは、おそらく今回でいうところの呪いをかけた霊のことなのだと理解できる。

 慧斗の浮かべた疑問に応えるように、來が二本ある空のペットボトルを手に取る。

「たとえば殺人が起こったとして、被害者の霊は犯人に強い恨みを抱きます。それを晴らすまで成仏しません」

「それはまあ、そうだろうな」

 被害者とされたジュースのラベルが貼られたボトルが、犯人のお茶のボトルの後を追う。

「この場合は犯人が死亡するか、逮捕されることで恨みが晴れる場合が多いです」

「そうじゃない場合もあるってことか?」

「霊は合理性に従って動くものじゃないですからね」

 ぺりぺりと音を立ててラベルが剥がされたボトルの下では、飲み残しのオレンジ色が僅かに揺れている。

「強い感情ほど、知らぬ間に残滓ざんしが溜まり続ける。時間が経つほどにそれは大きくなるんです」

「大きくなると、どうなるんだ……?」

「手当たり次第に呪いを振りまく、いわゆる悪霊が生まれます」

「悪霊……」

 これまで慧斗はごくごく普通に生きてきたはずで、誰かから恨みを買うような覚えはない。少なくとも、自身の記憶に残る限りではあるが。

 自分に呪いをかけたのは悪霊なのだろうか? と考え込んでしまった慧斗をフォローするように、空のボトルをテーブルの上に転がした來は口調を軽いものへと変化させる。

「別に難しい話じゃない。世の中には何にでも文句を言いたがる人っているでしょ、それと同じですよ」

「同じって……クレーマーってことかよ」

「迷惑を被るって意味では同じでしょ。当たり屋でもいいですよ」

 霊などというものとは程遠い世界で生きてきた慧斗とは異なり、來にとってはそこらにいるクレーマーと同じ扱いらしい。

「だから、慧斗さんの呪いは必ずしもあんたを標的としてかけられたものじゃないです。まあ、身に覚えがあれば別ですけど」

「身に覚えとかねーから! 一応倒れた人間を助けるくらいには善良な市民だろ」

「ふ……まあ、そうですね」

 反射的に突っ込みを入れてしまった慧斗は、來が小さく笑うのでそれ以上の抗議を続けられなくなってしまう。

 來と出会ってからまだ丸一日ほどしか経っていないが、初対面の印象よりも表情が動く青年なのかもしれない。

「そういう感じなんで、対策ができない場合には実力行使をするしかないです。なので、まずは呪いをかけた相手を――」

 ――――ピンポーン。

 來の言葉を遮るように鳴り響いたチャイムに、思わず二人で玄関扉の方へ視線を向ける。

 今日は客人を招く予定はないし、そもそも日ごろから来客はほぼ無いに等しい部屋だ。だとすれば加苅が來を尋ねてやってきたのだろうか?

「悪い、ちょっと待ってて」

「はい」

 ドアモニターなどというものは設置されていないので、玄関に向かった慧斗はドアについた覗き穴へと顔を近づける。

 本来ならばその先に人の姿があるはずだが、チャイムを鳴らしたと思われる誰かは視界に捉えられる範囲にはいなかった。

 外灯はあるものの周囲を見渡すには大した役にも立たず、外の景色はほぼ暗がりで動くものの気配は見当たらない。

 アパートの一階だということもあってか、ごく稀にだがピンポンダッシュを試みる輩もいる。そうした類の人間の仕業かと思った。

「なんだ? もしかしてイタズラ……ッ」

 多少の苛立ちを抱えて扉を開けた瞬間、慧斗の視界のすぐ端を何かが落下していく。

 金属のようなものが叩きつけられる音と共に、頬に熱が走ったのを感じる。足元へ視線を遣ると、銀色に光る包丁が落ちているのを見つけた。

「っ、慧斗さん……!?」

 駆け寄ってきた來が、慧斗の身体を反転させて赤い瞳を見開く。自身で触れた頬はピリッとした痛みを訴え、指には赤い液体が伝い落ちていた。

 目の前の瞳の方が数段綺麗な赤色をしているなんて場違いなことを考えたのは、慧斗自身が思う以上に動揺している証拠なのかもしれない。

「き、切れてる?」

「切れてますっ! 早くドア閉めて……ッ!?」

 呑気な質問を叱咤しながら、ひとまず玄関扉を閉めさせようとしていた來は、肩越しの景色を見てぎくりと身を強張らせる。

 その様子につられて後ろを振り返った慧斗の目に、夜の闇に紛れた不自然な光景が飛び込む。

「な、んだ……これ……」

 ドアノブからはとっくに手を離しているので、自然に閉まるはずの扉は動きを見せない。理由は明確だ。

 開かれた扉上部の隙間から、長く真っ黒な髪の毛の束が垂れ下がっていた。

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