呪配

真霜ナオ

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08:警察

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「こりゃあまた、若い仏さんだな」

 ポケットから取り出した白い作業用の手袋を嵌めながら、加苅はベッドの上に横たわる女性の姿を見下ろす。

 その場にしゃがみ込んで両手を合わせた後、そっと彼女の顔を覗き込む。

 腐敗臭は漂い始めているし、皮膚だって淡い青色に変色していて、間違いなく死亡してることがわかる。

 だというのに、彼女はまるでただベッドに身を預けて眠っているようだと思った。

「死後数日ってところか。通報者は?」

「マンションの管理人です。まだ裏取りの最中ですけど、アリバイはありそうっス」

 現場に到着してから今ある情報をかき集めてきた倉敷によると、被害者は宮原妃麻という19歳の女性だ。

 東北にある実家から昨年の春に上京してきた彼女は、1Kの狭いマンションで一人暮らしをしていた。電車を乗り継いで40分ほどの大学に通っていたという。

 管理人はどうやらお節介なタイプだったらしい。自身の娘と年が近いことから、妃麻のことを何かと気に掛けていたという。

 そんな管理人の話では、妃麻は活発なタイプではないものの、顔を見れば挨拶をしてくれるような女の子だったらしい。

 管理人はここしばらく息子夫婦との長期旅行で不在にしていたというので、容疑者のリストからは外れそうだと倉敷から聞かされた。

「管理人さんが旅行から帰ってきた時、妃麻さんの部屋の前に袋が置いてあったそうです」

「それがデリバリーの品か」

「はい。置き配とかゴミ出しとかきちんとしてる子だったみたいで、丸一日経ってもそのままなのは変だって。ポストもチラシが溜まってたみたいで」

「その通報がアタリだったってわけか」

 管理人が行動を起こさなければ、彼女の遺体発見はまだ先だったかもしれない。

 室内を見回しても荒らされた形跡はなく、生活感はあるものの綺麗に整頓されている。妃真自身の身体にも暴行の痕などは見られなかった。

 状況だけを見るならば、始めに病死が挙げられる。以前の自分ならばそう結論付けていたかもしれないと加苅は唸る。

 現場の状況に引っかかりを覚えるのは、すでに起こっている3件の怪死事件の存在があってこそだ。

 それらの遺体には欠損した部分があって、妃麻の遺体にその条件は当てはまらない。だとしても、死後にデリバリーを利用しているという点は、偶然だとは思えなかった。

 マスコミの間では連続怪死事件として報道もされているが、デリバリーの件については情報を規制している。

 だからこそ、少なくとも模倣犯が出ているとは考えにくいというのもあった。

「ここまで綺麗だと、知り合いの犯行か……友人関係は?」

「調査中ですけど、あんまり多くはなかったみたいっスね。確かに、ちょっと近寄りがたいのもわかりますけど」

 近寄りがたい、という倉敷の言葉を加苅も否定できない。

 きちんと手入れのされている艶やかな長い黒髪は、顔周りと前髪が綺麗に切り揃えられている。俗にいう姫カットというやつだろう。

 遺体の顔を見るだけでも整った目鼻立ちをしており、化粧を施すまでもない美人だとわかる。加えて寡黙な性格ならば、近寄りがたさを感じる人間も少なくないはずだ。

 もう少し先の季節であったなら目も当てられない状態になっていただろうが、幸いにもまだ日中の気温はそれほど高くならない。

「知人以外だとすると……宅配か」

「え?」

「怪しまれずに玄関を開けるとすれば、ネット通販かデリバリーだろう」

「あー、確かにそうっスね!」

 上京してきた若者の中には、きちんと戸締りをする習慣がない者もいる。けれど、管理人の話が正しければ、妃麻は決まりをきちんと守るタイプだったようだ。

 そうした性格をかんがみるならば、施錠をせずに過ごす女性ではないだろうと推測される。

「けど、今までの配達員って全員バラバラだったんスよね?」

「そうなんだよなぁ」

 これまでの3件もまた、デリバリーマスターの配達員が容疑者候補として挙げられていた。

 けれど、被害者は全員が注文前・・・に死んでいる。3名の配達員もデリバリーマスターの配達員であるということ以外、共通点が見つからなかった。

「えーっと、今回の配達員は……あ、彼っスね」

「比嘉慧斗、か。まずは話を聞いてみるしかねーな」







 * * *







「あの、俺はなにもやってないですよ……?」

 署までご同行願おうか。ドラマで耳にするようなセリフと共に、青年を連れて取調室に入ったのが昼過ぎのこと。

 任意同行だと説明はしたものの、突然現れた警察の人間に囲まれたことで見えない圧力でも感じたのだろう。

 比嘉慧斗という青年は、困惑しながらも大人しく警察署まで着いてくるという選択をした。

 一般人が警察署を訪れる機会など、そう多くはない。トラブルに巻き込まれでもしない限りは、免許証の更新にでもやってくるくらいではないだろうか。

 手錠をかけられているわけでもないのに、慧斗は背を丸めた状態で縮こまって加苅の隣を歩いていた。

 それでようやく目線が同じくらいだということに気づいた加苅は、近頃の若者は無駄に成長するものだと、少々毒づきたくなってしまう。

 倉敷にしても頭一つ分とまではいかないが、向かい合うとどうしても目線が斜め上に向く。

 取調室に到着した今となっては、椅子に座っているので目線の高さの違いなど気にすることもないのだが。

「犯人が簡単に自白はしないだろうな」

「や、だから犯人とかじゃないんですって。アリバイとか話しましたよね?」

 戸惑いと少しの苛立ちを含んだ声色で、慧斗は身の潔白を訴える。

 宮原妃麻がデリバリーマスターを利用したのは、二日前の16時頃のことだった。死亡推定時刻はそれよりも前で、慧斗には大学に通っていたアリバイがある。

 会話を通じても不自然に感じる点は見当たらず、嘘をついているような様子もない。

 アプリを通じた注文を受けた彼は、店で受け取った商品を玄関前に置いただけ。被害者のことは何も知らない。

 だから加苅は、彼もまた他の配達員と同じように事件に無関係なのだろうと思った。聞き取る項目が多くて、解放してやれたのは遅い時間になってしまったが。

 だというのに、思いのほか再会が早すぎたのだ。

「……お前、まだオレに話してないことがあるんじゃないか?」

 そんな風に聞きたくもなるのは当然ではないだろうか。ファミレスに人の舌がある、などという通報を受けて向かった先に、知った顔がいたのだから。

「ありませんよ。俺は犯人じゃないし、解決のためならいくらでも協力します」

 僅かにではあるが、慧斗の身体が緊張したのを加苅は見逃さない。同時に、問い掛けには二重の意味を込めていた。

 不可解な事件の中で、繋がりそうでいて繋がらない点と点。

 彼が犯人ではないにしろ、これらの点を繋ぐための何かを慧斗が持っているような気がしたのだ。

 そして、それを肯定するかのように姿を見せた甥の存在。
 
 とても人間の手で起こしたと思えないような事件に出くわしたことも、加苅の刑事人生の中で何度か記憶に残っている。

 それらは大抵、なんとか理由を付けて解決をするか、未解決事件として扱われる場合もあった。

 そうした事件を扱う時、選択肢を失った加苅は來に協力を仰ぐのだ。もちろん警察として公式にではなく、同僚たちには内密に行われるものなのだが。

「もしかして、來くんに会いにいくんスか?」

 椅子の背凭れに引っ掛けていたジャケットに袖を通していると、目ざとい倉敷が加苅のもとへやってくる。

 どこか弾んだ声色は、彼が何を期待しているのかを伝えてくるようで、加苅は彼を署に置いていくべきかと一瞬悩んでしまう。

「あのな、遊びに行くわけじゃねえんだぞ」

「わかってますよー。じゃあ、自分車出しますね!」

「ったく、アイツ本当にわかってんのか」

 一足先に駐車場へと駆け出していった男の背中を見送った後、続けてデスクを離れようとした加苅は、彼のデスクに目を留める。

「…………先が思いやられるな」

 置き去りの警察手帳の中で、きりりと男前な顔を見せている部下の姿。

 爽やかなスポーツマンのような見た目が有能さを感じさせたのは、初対面で言葉を交わすまでだったことを思い出す。

 手帳をポケットに押し込むと、加苅はのろのろとした足取りで駐車場へと足を向けた。

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